正解がない時代にこそ必要な対話の力。社員を大きく成長させるYahoo!の「1on1ミーティング」
「1on1(ワンオンワン)ミーティング」(以下、「1on1」)とは、企業が人材育成を目的として、上司と部下が1対1で定期的に行う対話のことを言う。
元は米国シリコンバレーの企業文化として根付き、日本では2012年にヤフー株式会社が全社的に導入したことで注目を集めた。変化が早い社会に対応できる人材を育成することを期待して、今では多くの企業で導入が進んでいる。
ヤフーが「1on1」を先駆的に取り入れてから10年。会社としてここ数年は推進メッセージを出していないと言うが、「1on1」を誰もやめないどころかますます活用が進んでいることがその有効性を証明している。
具体的に「1on1」にはどのようなメリットがあるのか、教育現場に導入するとすればどんな形が良いのか、ヤフー株式会社で1on1の導入に携わられた吉澤幸太さんに話を聞いた。
メディアサービスの企画職として入社。ソーシャルメディアからニュースまで、複数のサービスでプロデューサーを務める。その後2012年の経営刷新に伴い人事部門に異動。全社の組織開発および人財開発をミッションとする中で、特に1on1普及担当者として、管理職への研修導入、アセスメント設計、全社横断的な勉強会の企画などに尽力して現在に至る。
「経験学習」と「1on1」の両輪で内省を促す仕組み
——ヤフーで行われている「1on1」はどういったものなのか教えてください。
「1on1」は、上司と部下が1対1で、週に1回30分程度で行う面談です。面談といっても業務の進捗確認や目標設定、人事評価をメインに行うようなものではありません。
当社では人材育成の手法として、北海道大学大学院の松尾睦教授の著書でよく知られている「経験学習」の概念を採用しているのですが、この経験学習が社員一人ひとりの中でちゃんと行われるように、上司が部下につき合うという発想で「1on1」を行っています。
——「経験学習」と「1on1」はどのように関係するのでしょうか?
「経験学習」の基本的な考え方は、仕事で実際に経験したことを振り返り、そこから教訓を引き出して次へとつなげていくというものです。
この「経験→内省→教訓を引き出す→試行する」というサイクルを常にグルグル回すことで成長していくわけですが、このプロセスの中で、特におろそかにされがちなのが「内省」だと考えています。
内省とは自分の経験を振り返り、自問自答すること。誰でもできることではありますが、忙しいとどうしても後回しにしてしまう上に、自分一人では内省の範囲が狭くなりがちです。
そこで、上司が部下の日常の悩みや不安、業務に関する課題感、また、逆に成功体験なども織り交ぜながら継続的に耳を傾ける場として「1on1」を取り入れています。
「あのとき、なぜその行動を取ったのか?」と聞かれれば、「なんでだったかな…」と自分の中で考えますよね。
これによって内省が進み、教訓や仕事のやりがいが引き出され、次なる挑戦に向かうモチベーションになっていく。つまり、内省のプロセスに他者との対話を取り入れることによって、個人の成長スピードを加速させ、会社の成長につなげようというのが経営の考えなのです。
個人の成長に周囲が関わるフィードバック文化
——ヤフーではいつどのような背景で「1on1」が始まったのでしょうか?
以前から個人レベルで「1on1」を実践する社員はいましたが、全社的に取り入れようという流れになったのは、黎明期から16年にわたってヤフーの成長をリードした社長が交代し、当社が新体制へ移行した2012年からです。
当時、新しく社長のバトンを託された宮坂は、上司の仕事は部下の「才能と情熱を解き放つ」ことだと、マネージャーの役割を再定義するというメッセージを出しました。
また、互いの成長のために、フィードバックし合う文化を根付かせたいという思いを発信していきました。そのために、「上司が部下の話に耳を傾ける時間を継続的につくってほしい」と全社員に呼びかける形で「1on1」が始まりました。
——フィードバック文化をつくりたいという要請の背景には、どのような問題意識があったのでしょうか?
2012年に新体制に移行するまで会社の指揮を取った前社長は、ヤフーを創業し、日本最大級のネット企業と呼ばれるまでに大きくした、いわばカリスマ的な社長でした。
たいていのことは前社長に相談すればうまくいく時代が長く続きましたが、スマートフォンの登場以降、事業環境は急速に変化していきました。
当時のヤフーはパソコンでは強かったものの、スマートフォン関連やSNS分野では出遅れており、業績は変わらず好調でしたが、社内では未来への不安が募り停滞感が広がっていたと記憶しています。
長年経営の手綱を握ってきたカリスマ社長をもってしても、スマホ時代のネット社会にどう対応していくかという問題への解を持ち合わせていませんでした。この状況を打破するためには、経営の世代交代を図ると共に、当時4,000人いた社員一人ひとりが成長することで会社として変貌していく必要がありました。
宮坂は、かねてより人が加速度的に成長するには周囲からのフィードバックが必要不可欠だと考えていたこともあって、個人の成長に周囲が関わるフィードバックの文化を醸成しようということで考えられた数々の施策の1つが「1on1」だったというわけです。
大事なのは、「聴く技術」
——「1on1」を導入するにあたって準備したことはありますか?
まずは上司と部下が上下関係を越えて同じ目線で対話をするために、傾聴の重要性を上司側にインプットするところから始めました。
具体的にはコーチングやフィードバック、フォロワーシップに関する研修を取り入れながら、相手の話をちゃんと聴けているかどうかをロールプレイを通してチェックし、聴く技術やコーチングスキルを身につけていってもらいました。
——「聴く技術」とは、具体的にどういったものなのでしょうか?
そもそも傾聴とは、話を否定せず、耳も心も傾けて、相手の言葉を真摯に受け止めることを言います。
話し手である部下が「自分の話をちゃんと聞いてもらえたな」と実感できていれば、ちゃんと傾聴できていることになります。
逆に自分では一生懸命話を聞いているつもりでも、相槌やリアクションがなければ話し手は誰だって不安になりしゃべりづらいですよね。これでは内省を促すという目的から遠ざかってしまいます。
「そんな風に思っていたの?おもしろいからもう少し聞かせて」と話に興味を示しながら、相手に「もっと話そう」という気にさせる。それが「聴く技術」です。
——ヤフーの「1on1」は「今日は何から話そうか?」という問いから始めるそうですね。
当社の「1on1」は、部下の内省を促すための時間であって、上司が情報を得るための場とはしていません。それ故、部下が「いい時間だった」と思えて、少しでも経験学習サイクルが回れば成功です。
上司の話したいことから話題を切り出してしまうと部下は遠慮して上司に合わせるだけになってしまうので、そうならないためにも、何を話すかは部下側が好きに決められるようにしたい。
…とはいうものの、「特に話すことはないです」と返されてしまい困る、という上司の悩み相談は多いです(笑)。
——そんなときはどうアドバイスしていますか?
日頃から部下の仕事ぶりを観察し、気になったことを2〜3点メモしておいてください、と言っています。
「〇〇さんとのメールのやり取り、なんだかギクシャクしてなかった?」とか、なんでもいいんです。呼び水を流すことによって相手がしゃべり始めればいいわけなので。
ただし、拾っておいたネタを「1on1」の冒頭からいきなり出すのはNGです。あくまでも、話すことがないと言われてしまい話がこれ以上続かないというときに持ち出すのがポイントです。
「1on1」は継続することに意味がある
——教員同士のコミュニケーション促進のために対話することは効果的だと思うのですが、教育現場で「1on1」を取り入れるとしたらどんな形が考えられるでしょうか?
まずは校長や教頭、教務主任といった管理職の方々が自ら実践してみてはどうでしょうか。メリットを感じられれば、他の先生方にも実践を提案する際にスムーズかもしれません。
ヤフーでもトップ自らが「1on1」の実践者でその有効性を実感していたからこそ自信を持って社員に勧め、全社に浸透しました。
ちなみに、私たちは上司・部下の縦の関係で実践していますが、隣のチームの上司や違う部署の同じ役職者同士がペアを組む「斜め1on1」というやり方もあります。
ただし、1on1は継続を前提としたものなので、1回実施しただけでは効果は感じにくく、ある程度の継続性と頻度を保つ必要があります。
時間と労力はかかりますが、日頃あまりコミュニケーションを取らない先生同士が1カ月間、毎日5分話したとしましょう。そんなことをしたら、この2人の関係性は1カ月後にはガラッと変わっているはずです。
——まずは隣の先生と毎日5分の「1on1」を3ヶ月間やってみる、といったスモールステップで始めてみると良さそうですね。
そうですね。慣れないうちは、最初の質問も決めておいた方がやりやすいかもしれませんね。「昨日あった出来事の中で最も印象深かったことは何ですか?」とか、何でもいいです。
また、「今日は私は聞く側、あなたは話す側」という形で役割をきっちり分けることは、わりと重要です。お互いに言いたいことを言い合ってしまうと、有効な内省は生まれづらいものです。
大人が正解を持たない時代に必要な対話の力
——お話をうかがっていて教員同士はもちろん、先生と生徒の「1on1」も良い効果があるのではないかと感じました。
そうかもしれませんね。近年、学校では知識の暗記ではなく、社会で起きていることを理解し、何が問題でどうすれば解決できるかを自分なりに考えて言語化する力を養うようなカリキュラム内容に変わってきていますよね。
「決まった正解へのたどり着き方」ではなくて、「そもそも問題が何かを特定する力」は、まさに企業で必要な能力です。
例えばこれからの時代に求められるネットサービスを新たに作るとなったときに、その道何十年のベテランや大人が考えているばかりでは、ヒットプロダクトは生み出せません。
仕事の進め方については詳しいかもしれないけれど、今の若い世代がネットに何を求めていて、どういったコンテンツが好まれるのかといったことは、新卒社員や学生さんたちの方が発想豊かです。
もはや大人だけが考えていてはお手上げ状態で、もっと若い世代も含めて多様な価値観を持つ人たちの知恵や発想やひらめきを出し合い、混ぜ合わせていかないと生きていけない社会に変わってきています。
そうであればなおさら、先生は子どもたちに正解までの辿り着き方を教えてばかりいる場合ではありません。教育過程において、もっと傾聴の比重を上げてもいいと思いますね。
——最後に、先生方にメッセージをお願いします。
今後、変化が激しくさまざまな社会課題が複雑に絡まり合う社会で、対話が果たす効果はますます大きくなっていくでしょう。
ぜひ先生方も、職場に無理のない範囲で「1on1」を取り入れてみてはいかがでしょうか。そのために私たちヤフーにできることがあればぜひ協力したいと思っています。
〈取材・文=栗崎 恵実/写真=ヤフー株式会社提供ほか〉