1. TOPページ
  2. 読む
  3. 先生にこそ「安全基地」を。自分にも周りの人にも優しいコミュニケーション「NVC」・・・

先生にこそ「安全基地」を。自分にも周りの人にも優しいコミュニケーション「NVC」とは?

先生にこそ「安全基地」を。自分にも周りの人にも優しいコミュニケーション「NVC」とは?

全人類に必携のスキルとさえ言われ、教育業界でも注目を集めている「NVC」をご存知でしょうか?

アメリカの臨床心理学者であるマーシャル・ローゼンバーグ博士によって体系立てられたコミュニケーションの方法で、「Nonviolent Communication」の略称です。

日本語では、「非暴力コミュニケーション」と訳されます。観察・感情・ニーズ・リクエスト、4つの要素を大切にコミュニケーションをするNVCには、つながりを生む対話へのヒントが満載です。

そこで今回は、家庭、教育、ビジネスの場にNVCを広めるため活動しているNVC Singaporeのさだかね志保さんに、NVCの考え方に基づいた対話の意義や可能性について話を聞きました。

写真:さだかね 志保(さだかね しほ)さん
さだかね 志保(さだかね しほ)さん
NVC Singapore キッズプログラム ディレクター

学生時代から教育現場に身を置き、留学先の英国ヨーク大学では教育学及び発達心理学を専攻。卒業と共に英語科教員免許を取得するも、大手法律事務所、外資系企業勤務と教育から離れたキャリアを歩む。パートナーのシンガポール異動を機に、教育へキャリアチェンジ。全ての教育現場に非暴力の精神が根付くことを願い、NVC Singaporeに創設期から参画。各種セミナー開催、コンテンツ開発に携わる。シンガポール政府機関からの依頼を受け、幼保向けNVCプログラム開発にも携わる。すでに日本に帰国しているが、シンガポールにいる仲間と共に、家庭、教育、ビジネスの場にNVCを広めるため鋭意活動中。津田塾大学英文学科卒。


NVCは、自分にも周りの人にも優しいコミュニケーション

——校内研修で「NVC」を学ぶ学校も増えてきているようです。そもそもNVCとは、どのようなコミュニケーションでしょうか?

NVCを学ぶことで叶うことは、どんな状況でも自分と他者を尊重できるようになるということです。子どもたちに説明するときには、「自分にも周りの人にも優しいコミュニケーションだよ」と伝えています。

NVCを体系立てたマーシャル・ローゼンバーグ博士は、少年時代に人種差別による暴力を受けた経験があります。

一方で、筋萎縮症を患う祖母の介護にあたるおじさんが、常に笑顔で人のために尽くしている姿を見て、「この世には、他者の人生に貢献することを心から楽しんでいる人もいれば、暴力をふるい人を傷つける人もいる。なぜだろう?」と、疑問を持ったそうです。

マーシャル・ローゼンバーグ博士


この問いが彼の探究の原点になっており、心理学や比較宗教学などの学問、また対立の場で他者の幸福のために尽力している方々を研究します。

そして博士は、人間本来の性質として、「全ての人に、互いの幸福のために貢献しようとする思いやりが備わっている」とした上で、どうすればそれらの本質を引き出すことができるのかについて研究を重ね、NVCを体系立てたと言われています。


——まさに、自分にも周りの人にも優しいコミュニケーションですね。

傷つけられた経験を持つ方にとっては、全ての人に、互いの幸福のために貢献しようとする思いやりが備わっているなんて考えられない、と思われるかもしれません。

しかし、NVCでは「人は変化する」と考えます。

私たちはついつい「あの人はこういう人だから」「あの人はこういうタイプだから」と、決めつけてしまうことがあります。決めつけることで脳の処理速度を速くするという本能的な反応でもありますが、そうやって相手を定義してしまった時点で、私たちの目は曇ってしまいます。

見えなくなってしまうものが必ずあるんですよね。その人のあるがままの姿を見ることも、その人の持っている可能性にオープンであることもできなくなってしまうわけです。

意識や考え方も、今日出会った一言や今日出会った出来事でガラッと変わることもあると思うんですよ。

ですので、諸行無常ではないですが、「人は変化する」という前提に立ったコミュニケーションをNVCでは大切にしています。


——4つの対話スキルを用いてコミュニケーションをしていくのがNVCの特徴ということですが、具体的にお伺いできますか?

「観察」「感情」「ニーズ」「リクエスト」、この4つの要素を大切にコミュニケーションを図るのがNVCの特徴です。

NVCの対話は、起きた事象に対して、評価判断をせず「観察」することから始まります。


NVCを学ばれている方の中でも、この「観察」が難しいとおっしゃる方が多いのですが、過去の経験が影響して、どうしても事象に対して内面が動いてしまうので、事実だけ捉えるのが難しいのです。

例えば、「うちの旦那さんずっと寝てるんだよね」というのも、その「ずっと」の中にすでに評価判断が含まれているんですよね。

自分の「ずっと」と、相手の「ずっと」は違います。だから、「ビデオカメラに映ることだけを捉えましょう」という言い方でお伝えすることが多いのですが、この例で言うと、カメラに映るのは例えば、夜10時に寝て、昼の12時まで寝ていた旦那さんの姿なわけです。これが観察です。

主観が混じっていないかが、観察のポイントになると思います。


NVCの要は、「ニーズ」

——「観察」は主観を持ち込まず、次のステップである「感情」は、主観を持ち込んでいるのがおもしろいですね。

NVCは、右脳も左脳も使う全脳的なコミュニケーションなんですよね。

「観察」は左脳で論理的に、何がどこで、いつ起こって、といった事実だけを見ていきます。その次のステップとして、観察から生じた「感情」をありのままに感じ認めていくのですが、これは右脳ですよね。

「観察」では相手の様子にスポットが当たっていますが、「感情」では自分の内側にスポットを当てているのが特徴です。

そして感情をヒントに、大切にしていた「ニーズ」とつながっていきます。


——「ニーズ」とは一体何でしょうか?

NVCの要が「ニーズ」であると言えると思います。「生命を維持し、豊かにするために大切にしたい思い・価値観」がニーズです。

通常私たちが利用するニーズリストは、100個以上の思いや価値観がまとめられていますが、これはカチッと決められているものではなく、人によって別の表現が心地良い場合には、それを使うこともできます。

例えば、空気・食べ物といった「生命の維持」を表すニーズ、人との交流・聞いてもらうこと・相互依存といった「つながり」を求めるニーズ、そして創造性・遊び・成長など「自己実現」に関するニーズがあります。

——大切にしたい思いや価値観を言語化することが難しいと感じたのですが、リストから選択できるのはいいですね。自分の気づかなかった思いに気づくことができそうです。

「ニーズ」は老若男女、文化的背景や知識、立場や身分に関わらず、誰にとっても普遍的なものだと言われています。そして、「どのニーズも、同じくらい大切にされていい」というのがポイントです。

学校や会社といった組織の中では、効率性や秩序といったニーズが、聞くこと・聞いてもらうこと・平等であることなどのニーズよりも大切に扱われることが多いかと思います。

また、学校では、ついつい学びや成長といったニーズを大事にして、遊びや動き回ることといったニーズをないがしろにしてしまいがちではないでしょうか。

効率性や秩序、学びといったニーズが大人の中で生き生きとしているときに、それらと同じように、子どもの中にも生き生きとしているニーズがあるということに目を向けていただけたらうれしいです。


——ー方で、どのニーズも大切にしようとすると、組織をまとめるのが難しくなるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

そうなんです。だからこそ、「どのニーズも大切にされていい」という前提を踏まえた上で、対話を始めます。

例えば、授業中に遊びたいというニーズを前面に出して騒いでいる子がいるとします。一方で、学びたいニーズや静けさのニーズを持っている子もいる。

そんなときは、例えば、それぞれのニーズに言及した上で「みんなの思いを大事にしたいので、先生が話をするこれから5分間は、先生の方を向いて静かにしてもらえるかな?」とリクエストを出します。

このように、ニーズを明らかにした上で、相手に明確で実行可能な形で提案やお願いをすることを「リクエスト」と言います。

リクエストには、このような「行動リクエスト」のほか、こちらの発言に対する相手の理解や印象を確かめる「つながりリクエスト」があります。

NVCは結果や解決策をうまく引き出すためではなく、あくまでも思いやりを持ってつながり続けるためのコミュニケーションです。そのようにつながり続けることさえできれば、みんなの思いを大切にした解決策は、自ずと立ち昇ってくると考えます。


感情は、私たちが大切にしたいものに気づかせてくれるシグナル

——「どのニーズも大切にされていい」と頭では分かっていても、自分の「ニーズ」に対して「リクエスト」することに難しさを感じます。

日本の文化の中では、ニーズを表明することに慣れていないですし、自分のほしいものを求めるのは図々しいと思ってしまいますよね。

だから今回は、初めてNVCを知る先生方に3つの提案をしたいと思っています。

1つ目は、ニーズリストをプリントアウトしていただき、目に見えるところに貼ったり、手帳に挟んだりして、ニーズの言葉に慣れ親しんでいただきたいです。

日々の中で「どんなニーズを持っているか?」と自分に問うても、言葉にするのって難しいですよね。

100以上の言葉が並ぶニーズリストを使って、一番今の自分の思いに近いものを選ぶということを、1日1回でも、1週間に1回でも取り組んでいただけたらと思います。ニーズリストを見ていただくと、「こんなことを大切にして良かったんだ」ということにも気づくはずです。

先生という仕事は、人の目を気にする場面も多く、ないがしろにしてきた思いがたくさんあると思います。もしそういう思いに気づいたら、「どんな思いも大事にされていい」ことを思い出してください。

「こんな思いを大切にしたかったんだ。あのとき悲しくなったのは、当然だよね」とか、「あのときイライラしてどうしようもなかったけど、仕方がないよ。だって私は聞いてもらうことが大事だったんだもん」と、自分の内側にどんなニーズがあるのかを知ることができます。


——「辛い」「悲しい」のような感情が自分の中で湧いてくると、つい「ネガティブに考えてはいけない」と自分の気持ちを否定してしまうことがあります。

そうですよね。まさに提案の2つ目が「ネガティブな感情と仲良くなる」ということです。

ニーズが満たされると喜びや満足感、楽しさを感じます。逆に、ニーズが満たされないときは、怒りや悲しみ、絶望といったネガティブな感情を抱きます。

要するに感情は、私たちが大切にしたいものに気づかせてくれるシグナルなんですよね。

ついつい、ポジティブな感情のみを追い求めていく傾向にあると思うのですが、感情に「良い・悪い」はありません。どの感情も必要だからそこにあるし、そこに湧き上がっているんですよね。

焦りや怒り、ドキドキなど、そんな思いが湧き上がると、その感情を持っていることについて自分を責めてしまう。そうではなくて、「あ、怒っているな」と気がついたら「あ、私怒っているな」とあるがままを認めてみてほしいのです。

皆さんの中から送られた大切なメッセージを受け取って、「一体この感情が伝えようとしたことは何だろう?」とか、「私は今、何を満たしたかったんだろう?」と、考える癖がつくといいかなと思います。


——自分自身の心の声に耳を傾けるということですね。

最後に3つ目の提案ですが、「共感的に聴いてもらうことを体験してほしい」です。ただただ、とことん話を聴いてもらうという体験って、実はしたことがない人が多いように思います。

どうしても人は、何か相談されたら、アドバイスしないと申し訳ないという気持ちから口を挟んでしまうとか、人の話を聞きながら「俺もあのときこうだったな」とか、「私ならこうするな」とか、余計な思考や、自分を主体にする思考が働いてしまうことがあります。

この聴き方は、実は「I(私)」にスポットライトが当たっているんです。

話し手に対して、「あなたはこんな経験をされたんですね」「あなたは悲しかったのですね」と「YOU(あなた)」にスポットライトを当て続けることが、「共感的に聴く」ことです。

相手の経験に「尊重して寄り添う」、それが共感です。


——共感的に聴いてもらう体験は、先生方に必要な気がします。

共感的に聴いてもらうことで、その人がその人の力で自身の感情に気づいたり、自分でニーズにたどり着くことができます。

また、あるがままを認められる経験っていうのでしょうか、「その気持ちも持っていて良かったんだ」とか、「これを大事にしたかったんだな、大事にして良かったんだな」と、自分一人で内省するよりも深くまで自分を振り返ることができて、自己受容が進みます。

私たちは自分で自分を満たす力があるので、ニーズは自分で満たすというのが基本ですが、それを実際どのようにするのかということを体感するためにも、まずは他者にサポートをしてもらう体験を、ぜひしていただきたいです。


教育現場でまず一番癒される、大切にされる必要があるのは先生たち

——相手の「ニーズ」に目を向けて話を聴くようにしたら、共感的な聴き方ができそうです。

NVCでは「ニーズレベルの対話」を重ねることを大事にしています。

ニーズレベルの対話とは、「どんな発言であっても、その裏に隠されたニーズに思いを馳せてつながりあう行為」です。

私たちは日常の中で評価・判断されることに慣れてしまっていますが、「評価・判断をして当たり前」「評価・判断をされて当たり前」という価値観を解放して、ただただ聴き合うことに挑戦していただきたいです。

でもこれが難しい。評価・判断に慣れているということは、されたときの恐怖感などが、根強くあると思うんです。

こんな風に言ったら恥ずかしい、馬鹿にされるんじゃないかという傷もたくさん抱えているのが私たちなので、急に何でも話してくださいと言われても、何でも話せない人の方がおそらく多いと思うんですよ。ここまでにしておこうかな、とか、ちょっと綺麗な言葉使っておこうかな、とか。

だから、ニーズレベルの対話は言葉にするのは簡単ですが、実践するのはチャレンジングなものだと思います。


——学校の中でニーズレベルの対話をしていきたいと思ったら、何から始めると良いでしょうか?

先生同士で、「ただただ聴き合う」をやってみることだと思います。そうすることで、お互いへの信頼度を高めることができると思います。

とはいえ、近すぎる関係だとなかなかそれがやりにくいということもあると思うので、まず専門家の手を借りて、共感的に聞いてもらう体験をする。ニーズレベルの対話を体験すると、自分のニーズに気づくことができるので、自分の中からエネルギーが湧いてくるんですよ。

その内側の変化を先生方には体験してもらいたいです。

ニーズレベルの対話を実現するのは、決して安易なステップではないと思います。だからこそ共通の体験があると、進めていくパワーにもなるのではないかと思います。


——学校の中で、子どもたちと対話の文化をつくっていくにはどうしたらいいでしょうか?

NVCの4要素を導入する前に、「心から自分が大事にされていると思える土壌づくり」が大切ですね。

「自分は誰かに大事にされているんだ」という愛着の土台があると、子どもが自己実現や成長のニーズを感じやすくなると言われています。でも、子どもたちは発達の途中にあるので、感情を言葉で表現することも難しいでしょうし、感情をコントロールする方法も身につけていない。

そういった状況の中では、やはり先生が子どもたちの感情をサポートする「安全基地」として機能することが欠かせません。

そのために何が大事かというと、先生自身が安全基地を持つことです。

そうでないと、子どもたちの安全基地にはなれないと思うんですよ。先生があるがままを他者に受容される経験をすることで、自己受容できるようになる。

先生が自己受容できると、子どもも受容できる、というステップなので、教育現場でまず一番癒される、大切にされる必要があるのは先生たちだと思います。

安全基地をそれぞれに持ってもらえるといいなあと思います。


——NVCの考え方が、対話の土壌作りに役立ちそうですね。

そう思っていただけたら、うれしいです。ただ、NVCの考え方に固執しなくてもいいと思います。

「NVCのやり方はこうだから」「NVCを理解しないと対話はできないか」という状態は、本末転倒です。対話の土壌づくりは、一足飛びではいきません。うまくいかないという段階があって当然です。

例えば、これまでギュッと閉めていたものを、自由にすることで、子どもたちの中にはコントロールがうまく効かず、抵抗したり、反抗することも出てきます。でも、それがプロセスとして自然です。

先生同士でも起こりうることだと思いますが、そんなプロセスも許容できる柔軟さがあるといいですよね。


——最後に、読者の方へメッセージをお願いします。

思いやりでつながるコミュニケーションが増えることで、精神的健康が保たれます。学校全体が安全基地として機能するようになれば、子どもたち、先生、そして社会にとっても、学校がより豊かに生きるためのパワースポットになりますよね。

安全基地の存在は、人を内発的動機で動けるようサポートします。

外発的動機ではなく、内発的動機で動けるようになると、人は幸福感を持ちながら自分の人生を歩んでいくことができます。目の前の子どもたちに対しても、一緒に働く仲間に対しても、「人はみな、自らの人生を素晴らしくする力を持っている」という前提に立って、コミュニケーションしてもらえたらうれしいです。


〈取材・文=岩田 龍明/写真=ご本人提供〉