知識移転と感情労働、教師の価値が逆転!? 子どもの心に寄り添う教師という名の感情労働
2020年7月、15年ぶりにドラゴン桜が帰ってくる…!
講談社「モーニング」にて2003年から連載された「ドラゴン桜」は、伝説の弁護士・桜木が落ちこぼれと言われていた生徒たちを半年で東大合格に導く物語。2005年にドラマ化され、物語に出てくるさまざまな受験テクニックや勉強法は大きな話題を呼んだ。
2018年より「ドラゴン桜2」の連載が始まり、今回待望の「ドラゴン桜2」のドラマ化が決定した。
そんな「ドラゴン桜」をはじめ講談社で多くのメガヒット作品を担当し、伝説の編集者と言われているのが、株式会社コルクで代表取締役を務める佐渡島庸平さんだ。自身も3人のお子さんを持つ父親であり、子育てを通して先生という職業の素晴らしさを感じる瞬間があったという。
ドラゴン桜2の編集に携わる中で感じた教育の転換期、そして子育てを通じて感じた教師の強みについて、佐渡島さんに伺った。
Twitter: @sadycork / Youtube: 【編集者 佐渡島チャンネル】
人は人によって変わる
——まず、「ドラゴン桜」という作品は、注目されている勉強法を紹介する以外にも、多くのメッセージを持つ作品だと感じています。この作品を通して世の中に伝えたいメッセージを教えてください
勉強は楽しみながら夢中になって学ぶことが一番重要なので、それをどう支援していくかが大切だと思っています。勉強って苦しんでやる必要はなくて、ラクして学べる方法があるんだけど、その方法を子どもたちは知らないんですよね。
なのでドラゴン桜としては、楽して学ぶ方法を教えながら、学ぶ楽しさを伝えています。
——「ドラゴン桜」で実践されている教育法の中で、お子さんに試されていることはありますか
博士にするってことですね。
人って飽きるので、何かに詳しくなることと、好きでい続けることの両立って難しいんです。一生の趣味みたいなものってなかなか持てないですよね。それが持てるように、子どもが好きなことにハマる手助けをしてます。
大事なのは、モノを与えるのではなく、子どもがハマっている領域のプロフェッショナルと引き合わせること。人は人によって変わりますからね。
例えば今、うちの息子はアクアリウムがすごく好きで、青い魚について調べ始めているんです。都内各地のペットショップで売られている魚の値段や飼い方などを、とにかく一生懸命調べていて。
それを見て、東京海洋大の文化祭に連れて行ったり、珊瑚を育てている世界唯一のベンチャー企業があるんですが、その企業の方は生物に詳しいので、息子に会ってもらったり。そうすることで息子はどんどんハマっていくんです。
——学校教育でも、学校外にいるプロフェッショナルと創り上げる学びが増えていくと思いますが、そのような中での先生の強みって何だと思われますか
先生の強みは、子どもへの教え方を知っていることだと思います。
僕もそうですけど、親なのに子どもとの関わり方をきちんと知らないなって思うんです。子どもをコントロールしたいって思っちゃう。
だけど先生方は、子どもとの関わり方をちゃんと知っていますよね。それが先生の強みなんだけど、先生たちの中でうまく言語化されていないなと思います。
——佐渡島さんは、息子さんの不登校を通して、教師という職業のすごさを目の当たりにされたことがあったそうですね
一時期、息子が学校に行きたがらないことがありました。
ドラゴン桜で、東大は簡単だ!というメッセージを何度も発していたのに、小学校に息子が普通に行くようにすることが難しくてできない。
妻と僕が息子と何時間話しても、気持ちを変えることができないのに、担任の先生、校長先生が5分、10分、息子と話すと、表情があっという間に変わって、息子が「行ってみようかな」「やってみようかな」という気持ちになっていくんですよ。
あんなに家では騒いでいた息子も、先生と話すと素直になる。僕が何時間もかけてもできなかったことを、先生はたった数分でできてしまう。
この姿を目の当たりにし、改めて「教師」という職業の奥深さを感じました。
僕は、先生の役割は2つあると思っています。それが「知識の移転」と「感情労働」です。
人の心に寄り添う「感情労働」の価値が高まっている
——感情労働という言葉、初めて聞きました
肉体労働や頭脳労働など、労働にはいろいろな種類がありますが、教師・保育士、子育て、介護といった、人の心に寄り添う仕事は感情労働です。
明治以降は知識やスキルが重宝される時代だったので、学校教育ではずっと子どもたちに知識を教えること=知識の移転を重視してきました。
そんな知識偏重の時代が続いたので、感情を取り扱うということに対しての価値は顕在化されていませんでした。感情の取り扱いには、知識やスキルをそこまで必要としなかったからです。
そのため、教師や保育士という仕事は、医者や弁護士と比べると、比較的就きやすい仕事だと世間では思われています。しかし、その前提が崩れようとしています。
AIやロボットの登場により、知識やスキルの価値が下がり、相対的に気づかれていなかった感情を取り扱える価値が上がってきているのです。価値の逆転が起き始めているということです。
——先生自身はその価値に気づいていないように思います
実は、先生たちは最先端で感情労働をしてきたんだけど、先生たち自身もその価値を理解していなくて、自分たちの強みもよく分かっていないと思うんです。
だから再現性もないし、全ての先生が感情労働をうまくできているかというと、そうでもない。
例えば学級崩壊するクラスというのは、まさに先生の感情労働のうまさが発揮されていない場合に起きやすいのではないかと思っています。
昔は知識の移転によって保たれていた威厳が、今はそれだけでは保てないですからね。
——先生たちも感情への寄り添い方は習ったことがないと思います
授業手法とかについては大学で習うと思いますが、生徒の感情への寄り添い方とか、クラス全体が今どんな感情にいるのかとか、そういったことを教えてくれる授業ってないですよね。
そのあたりをしっかりと体系化しないといけないんだけど、学校って、究極の中小企業の集まりなんですよ。中小企業って今を生きていくのが一番大切なので、余裕人員がいないんです。
だからこそ、絶対体系化した方がいいのに、そういった動きが起こりづらい。
合計すると大きな産業なのに、各学校が中小企業化してしまっているので、なかなか変化を起こしづらい状態になっていると思います。
——確かに学校は、変化を起こしづらい状況にあると思います
ただ、何をもって変化と捉えるか、は考えた方がいいと思っていて。
例えば毎日パンツをかえていても、周りのみんなは変化とは思わないですよね。それでも、子どもだとそんな小さな変化ですら嫌がって、毎日同じパンツを履きたがったりする。
先生たちもそれと同じで、要は変化に対する経験値が少ないなという気がしています。
例えば働き方改革でも、やってみたらこんなに早く帰れるんだってことが分かったりするものなので、とにかくいろいろと難しく考えず、まずはやってみるっていうのが大事です。
そこで大切な視点は、子どもたちを自分側に寄せようとするのではなく、子どもたちに合わせて自分が変わっていくことだと思います。
知識を教えるから、ファシリテーションやコーチングへ
——感情労働は評価が難しいなと思うのですが、もっと社会的に評価されるためにはどうしたらいいのでしょうか
そもそも感情労働って、個別具体なので他人には分からないものなんですよ。
例えば奥さんが疲れているときにどう声がけすると良いかなんて、完全な法則とかないですから。
今起きている社会全体の流れも、完全個別化ですよね。
昔に比べると先生1人が見る1学級の生徒数も減ってきてはいますが、昔のローマ軍では1人のリーダーに対して8人までしか部下を持てない仕組みだった。
そう考えると、先生1人当たりに30人の生徒がいる現状は、知識移転の工場のようなものです。それではダメだと思うんですよ。
これは日本が、というよりも世界全体がどこまで教育費を払う覚悟があるかという問題でもあります。
——今、新型コロナウイルスの影響もあり、先生の役割も見直されるタイミングにあると思います。佐渡島さんは、教育はどう変わっていくと考えていらっしゃいますか
先ほど先生たちの役割は、「知識の移転」と「感情労働」だという話をしましたが、知識を教えるという「知識の移転」の役割は、ファシリテーションやコーチングに変わっていくと思います。それに尽きますね。
——先生の役割が変わるということですね
そうですね。だからこそ、ファシリテーションやコーチングについて先生も自ら学んだり、体験したりする必要があります。
でもこれは先生に限った話ではなくて、全業界で過去の知識が生きなくなってきているんですよ。他の業界は変化しないと食べていけなくなるので必死に勉強して努力しています。
でも先生は、給料は税金で払われ働く場も保証されていますよね。ある意味守られているが故に、その危機意識は低いように思います。
先生たちも勉強する内容自体を見直すタイミングにきていると思います。
外と混じり合っていろんな人の考え方を聞くとか、そういうことも大切になってきていると思いますね。