世界で活躍するリコーダー教育者に聞く!子どもが「好き」で世界を開くために、人生のちょっと先輩である先生にできること
「好き」は世界を開くカギと語る吉澤実さんは、リコーダー奏者・教育者として世界中で活躍している。
NHK教育テレビジョン「ふえはうたう」で1988年より講師を11年務めたことをはじめ、現在も子ども向けのワークショップ・教科書編纂などに尽力し、リコーダーを核にして音楽の楽しさを伝えている。
これまで吉澤さんはご自身の可能性をどのように開き、子どもの可能性をどのように開いてきたのか話を聞いた。
「なぜ?」を大事にすればするほど、上達する
——吉澤さんはなぜリコーダーのプロを目指されてたのでしょうか?
もともとリコーダーのプロになろうとは思っていなかったんですよ。僕は高校卒業後、先生になろうと考えて音楽大学のフルート科に入学しました。
ところがある日、僕の人生を左右する衝撃的な出来事がありました。大学のオーディオルームで、リコーダー奏者「フランス・ブリュッヘン」の演奏に出会ったのです。僕はそのレコードを聴いて心底感動し、リコーダーを始めることにしました。
教育に関心が強かったこともあり、オーストリア・ザルツブルクのオルフ・インスティテュート(オルフ研究所)へ留学しました。それからリコーダー演奏家の資格を取る大学を卒業して、プロ奏者になりました。
プロを目指しながら、留学先で子どもに教える経験もさせてもらいました。
——子どもに教える経験から学んだことはありますか?
留学先で子どもにリコーダーを教えたことは、教育に携わる最初の経験でもあります。
当時留学先の音楽学校で教えていたやんちゃな双子の男の子のエピソードが、今でも印象的で忘れられません。
彼らはいつも僕に対して「それはどうして?」「なんでそうなるの?」「なぜ?」と問いかけてきました。それらの質問に答えていると教えるのにとても時間がかかり、その日のうちに目標が達成できないこともありました。
——「なぜ?」に寄り添うのは時間がかかることですよね。
そうですね。でも「なぜ?」を大切にしてじっくりと子どもと関わるうちに、子どもの好奇心を一緒に解決していく方がいいと思うようになったんです。
双子の男の子の「なぜ?」に寄り添うのは時間がかかりましたが、「なぜ?」を大事にすればするほどリコーダーが上達していきました。
このことから、知識・技能を習得するための学びよりも、好奇心から「なぜ?」と立ち止まり、「分かった」と感動する学びの方が、子どもは自ら学ぶ力を伸ばすのだと気づかされました。
時間はかかっても子どもの好奇心を大事にすることが、子どもの「好き」を作り、学びを広げ、学びを加速させると分かったのです。
——効率よく教えることよりも、子どもの「なぜ?」に一緒に立ち止まることを大事にされてきたんですね。
知識・技能を習得するだけでなく、感動体験を繰り返し好奇心のアンテナを伸ばす方が、自ら学ぶ子どもに育つんですよね。
例えば、リコーダーでいう知識・技能は、指づかいを習得して楽譜を演奏することですが、音楽には指づかいや楽譜の読み方以上におもしろいことがたくさんあります。
やはり音楽の醍醐味といえば「自分の心を表現すること」だと思います。
リコーダーの音を出すのに必要な「息」、この漢字は「自分の心」と書くじゃないですか?リコーダーに息を送って演奏することは、自分の心を表現することそのものなんです。
例えば「あ」という1つ言葉で、喜び、悲しみ、怒り、驚き…さまざまな感情や情景を表現できるように、1つの音符を演奏するときにはさまざまな表現ができます。「楽譜の一つ一つの部分や音符をどのような息、つまり自分の心を音にして表現するか?」に子どもの好奇心が向くことを大事に考えています。
学びを感動しながら楽しめば、学び続ける子どもになる
——吉澤さんにとって、「学ぶ」とは何でしょうか?
僕にとって「学ぶ」とは、奥深くまで続く道をワクワクしながら歩くことでもあります。
僕は東山魁夷さんの「道」という絵が大好きで、この絵には題名の通り1本の道が描かれています。この絵で描かれた道の先は、向こう側が少し曲がっていて、最終的に道は見えなくなるんです。でも僕は「道の先に何があるのだろう?」と考えることがワクワクしてたまりません。
同じように未知のことに向かって一緒にワクワクして学ぶことが、子どもと関わる中で一番楽しいことだと思うんです。
——私たち大人も、子どもから学ぶことが多いように感じます。
その通りだと思います。僕が現在10歳の孫と一緒にいて感じることは、子どもは一個人としての感覚や意見を持っているということ。
孫は僕が知らないことをたくさん知ってます。昆虫のこと、恐竜のこと…この前は「前世」のことについてお風呂で話してくれました(笑)。
孫が今まで知らなかったことを学び、それを僕が聞いて学ぶ…僕と孫は随分年齢が離れていますが、孫から学ぶことが多いです。
長い歴史から見れば僕は孫にとって「人生のちょっと先輩」なのだとも思いました。ときどき「この子が学ぶ目標は何だろう?」と不思議に思うこともありますけどね。
——子どもが学ぶ目標を見失っているとき、吉澤さんはどのように関わってこられましたか?
そういったときは「目標が分からなくなることもおもしろいよね!」と、学ぶ過程を子どもと一緒におもしろがるようにしています。
最低限、僕は人生の先輩として「人生経験から間違いだと思うこと」は伝えるようにしています。それ以外の場面では子どもの意見を引き出すように「どうしたいの?」「なぜそう思うの?」と問いかけます。
子どもの発言を「その考えもいいね」と受け止めた上で、「こんな可能性もあるよ!」と提案する形で自分なりの知見や解釈を伝えています。対等な立場での対話を通じてその子のなりの学びが得られるようにすることが、僕の関わり方です。
——対話を通して一緒に表現を探究する、という考え方で取り組んだ実践はありますか?
僕が1988年からNHK教育TVで「ふえはうたう」という番組を担当していたとき、ソプラノリコーダーの「シ」の音だけを出して即興表現を考える学習に取り組みました。
シの音を強く吹いたり弱く吹いたり、長く吹いたり短く吹いたりして、自然の情景を表す音遊びが実践の1つです。ソプラノリコーダーで「シ」の音を出すだけなら誰でも簡単にできますが、「シ」の音を出すことは、表現のスタートに立っただけ。
そこから子どもが心や情景を表現したくなる工夫をすることで、「リコーダーっておもしろい!」という感動がある授業を毎回目指していました。
それまで取り組まれてきた「知識・技能中心の学び」から、「思考・表現・意欲を大切にした学び」に転換させる必要性を感じていたからです。
この実践の背景には、「学びを感動しながら楽しめば、学び続ける子どもになる」という確信がありました。この確信があったから、子どもとの対話を大事にして学びに伴走する考え方を貫くことができました。
子どもが「好き」で世界を開くために先生ができること
——学び続ける人になると、どんなことに出会えるのでしょうか?
感動体験を原点に学び続ける人は、学ぶことそのものや学ぶ対象が「好き」になっている状態です。この「好き」は、世界を開くカギなんですよ。
「好き」を通して世界が広がるという話を、リコーダーを例にしてお話しますね。
リコーダーについて探究していくと、さまざまな縦笛に出会います。縦笛の形でリコーダーと同じような音の鳴る仕組みを持つ楽器は、世界に山ほどあるんですよ。その中でもリコーダーは、中世、ルネサンス、特にヨーロッパ・バロック時代に盛んに演奏された楽器です。
有名なJ・S・バッハも、リコーダーを使った曲をいくつか書いていますし、J・S・バッハが活躍した同じ時代にはリコーダーを主役にした曲がたくさん生み出されています。
これで音楽の歴史の学習ができましたね。
——音楽の父バッハもリコーダーの作品を残していたとは知りませんでした!
今度はリコーダーをカギにして、音楽以外の世界にも学びを広げてみましょう。
実はリコーダーは英語での呼び方で、ドイツ語、フランス語、イタリア語ではそれぞれ異なる呼び方で表されています。これで言葉とリコーダーを結びつけることができますよね。
リコーダーが盛んに演奏されていた時代には音楽に合わせて踊ることが多く、それぞれの時代のダンスについて学ぶことができますし、シェイクスピアの「ハムレット」やフェルメールの絵にもリコーダーが登場するため、文学や絵画にも学びを広げられます。
つまりリコーダーという1つの「好き」を広げていくと、音楽のみならず、歴史・言葉・ダンス・文学・絵画などさまざまな分野への扉を開くことができるのです。
まさに「好き」は世界を開くカギですね。
僕にとってはそれがリコーダーだっただけで、子どもはみんな、世界を開くカギを持っています。もちろん、大人も!
——子どもが「好き」で世界を開くために、先生にできることは何だと思いますか?
「好き」を作るきっかけは感動ですから、授業の中で子どもと一緒に感動する場面を1回でも作ることだと思います。
授業を考えるときに、「誰がどのような場面で、どのような反応をして、どのような表情を見せるか?」と子どもの様子を思い浮かべてみてください。そして授業の中では、子どもが「なぜ?」と思ったことや子どもが感じた「ワクワク」を一緒に味わってみてください。
先生も子どもと同じように「好き」をお持ちですよね?ご自身が子どもだった頃に心が動いた経験を思い出してみると、きっと子どもの気持ちが分かると思います。
——自分が子どもだったら、先生に「好き」を応援されたらとてもうれしく感じます!
そうですよね。だから先生には「人生のちょっと先輩」として、子どもが好奇心を働かせて感動を繰り返しながら学びに浸る姿を見守ってもらいたいですね。
そうすることで子どもは自ら学ぶ姿をたくさん見せてくれます。学びに浸る姿を見守っているうちに、目の前の子どもがどんな道を歩むのか楽しみで仕方がなくなると思います。
ぜひ先生も、子どもよりちょっと「先」に「生」まれた先輩として、子どもに生まれ変わったつもりで「感動」「なぜ?」「ワクワク」「好き」を一緒に楽しんでください!
〈取材・文=岩田 龍明 /写真= ご本人提供〉