一歩踏み出すことでしか、現実は変えられない。コロナ禍で学生アスリートを支えた#スポーツを止めるなの発起人・野澤武史の原動力とは?
Twitterから火が付いた、#スポーツを止めるな。
コロナ禍でスポーツの大会が中止となり、進学に向けたアピールの場を失った高校生アスリートに向けて、大会に代わるプレーアピールの機会を提供するために、ラグビー元日本代表の野澤武史さん、廣瀬俊朗さんを中心としたメンバーで始めたプロジェクトである。
夢を追いかける次世代アスリートを応援するこのプロジェクトは、テレビ番組にもなるなど、ムーブメントの輪が広がっている。
なぜこのプロジェクトを始めたのか、プロジェクト発起人でありラグビー元日本代表の野澤武史さんに話を聞いた。
1979年生まれ、東京都出身。幼少の頃からラグビーを始め、慶應義塾高校では主将としてチームを花園に導き、全国大会ベスト8進出に貢献。慶應義塾大学ラグビー部で日本一に輝く。神戸製鋼を引退後、母校でコーチを務め、U17日本代表ヘッドコーチに。日本ラグビーフットボール協会リソースコーチとして人材の発掘・育成にも勤しむ。現役時代のポジションはフランカー、愛称は「ゴリ」。グロービス経営大学院卒(MBA取得)。 歴史書で有名な山川出版社代表取締役社長。一般社団法人「スポーツを止めるな」代表理事。
未曾有の事態に立ち上がった、#スポーツを止めるな
——2020年コロナ禍でムーブメントとなった、#スポーツを止めるなについて教えてください。
僕は普段、日本ラグビーフットボール協会の発掘・育成担当として、次世代の才能を探すため日本全国を回ってたくさんの先生や選手と会っています。
春の選抜大会は、新高校3年生にとってお披露目の場であり、大学のリクルーターが選手を見つけるという重要な役割を担う大会ですが、コロナのため中止に。
すると大学のリクルーターから、どこに良い選手がいるか分からないという困惑の声が届きました。高校の先生たちからも、本来進路が決まっているはずの選手もまだ決まらない、と途方に暮れる声。双方が困っていたんです。
実は、強豪と言われる高校は大学と直接のパイプがあったりします。チームの強弱だけでなく、地域の強弱もあります。
強豪ではない、地域としても地盤がない、そんな先生や選手たちがより困っていました。
——そんなことが起きていたんですね。
そこで何かできることはないかと、ラグビーのコーチ仲間である最上紘太さんと4月終わりごろから話し始め、5月14日に#ラグビーを止めるなを始動しました。
高校生アスリートに、自身の得意なプレー動画を「#ラグビーを止めるな」のハッシュタグ付きで投稿してもらい、元ラグビー日本代表の廣瀬俊朗さんや堀江翔太さん等、有名選手がリツイートして盛り上げようというプロジェクトです。
その後あれよあれよとメディアにも取り上げていただき、他の競技にも広がっていきました。コロナ後も責任を持ってこの活動を継続していくため、一般社団法人「スポーツを止めるな」を設立し、活動を続けています。
——あっという間に他の競技にも広がったのは、共通する課題があったからでしょうか?
はい、課題は2つあって、一つは先ほど話した進路支援の課題。もう一つは、モチベーションの課題ですが、元々あった課題とコロナ禍で新たに発生した課題があります。
元々あった課題としては、「プレイヤーセンタード」という考え方。
これはコーチングの世界では重要視されているもので、プレイヤーが真ん中にいて、それをコーチやスタッフが支え、プレイヤーの自己実現を叶えていくというもの。これがぶれてしまうことは、どの競技にも共通してあった課題です。
そしてコロナ禍で新たに発生したのは、競技自体ができない、見てもらえないということ。
チアリーディングやフィールドホッケーの選手たちもプロジェクトに参加してくれましたが、彼らは、進路云々ではなく「見てもらいたい、応援してくれる人たちとつながりたい」という気持ちを抱えていました。
強みは過去、好き嫌いは未来
——#スポーツを止めるなが社会的にも高く評価されたポイントは何だったでしょうか?
一番は、行動したことだと思います。
僕たちが大切にしていることの一つに「できることから、できるだけやろう」や「利他心」というものがあります。
躊躇したり、100点満点を目指したりしていたら、行動はできなかった。でも利他的に、高校生アスリートのために何ができるだろうか、と考えて迅速に動けたことが大きかったと思います。
——野澤さんが高校生アスリートを支え励まそうとする、その原動力は何ですか?
誰しも“スイッチ”ってあると思うのですが、僕の場合「機会の平等」がスイッチになっています。
全国津々浦々回っていると実感しますが、チャンスは平等ではなく、その大きさも回数も、環境や境遇によって全然違うんですよね。
とある地方に、身長が高く足の速い高校2年の選手がいて、僅差で地域の代表に入れず、僕としてはずっと頭の片隅で気になっていました。
あとで学校の先生に聞いたら、ラグビーを辞めて地元で就職をしたと。「え、どうして?」と聞いたら、チャンスに恵まれずアピールする実績が足りなかったと。
その先生に「野澤さん、授業料免除になるスポーツ推薦が無くて、東京の大学に子どもを通わせるって、簡単なことじゃないんですよ」と言われ、目が覚めました。
それであれば「仕組みを作って解決しよう」というのが僕の原動力ですね。
きっかけって本当に小さいことじゃないですか。ちょっとしたことで、ぐーんと伸びることもあるし、落ち込むこともある。
だから「野澤さんの企画のおかげでふわふわしてた自分がチャンスをつかめた」なんて言ってもらえたら、うれしいですね。
——問題意識を持っていても、なかなか行動に移すのは難しいですよね。
やっぱりスモールアクションだと思うんです。
最初からネルソン・マンデラみたいな人になろうとしたら足がすくんでしまう。そうではなく、本当のヒーローって案外身近にいて、そういう人はちょっとした行動を積み重ねているんです。
行動を起こすには慣性の法則を止めなければいけないし、恥をかくとか面倒だとか失敗したらどうしようと思ってしまいますよね。でも一歩踏み出すことでしか現実は変えられないし、ひいては自分の成長にもつながります。
それともう一つ。
最近僕は好き嫌いに人生を寄せていっています。好きこそものの上手なれ。強みで勝負するのではなく、好きなもので勝負する。
実際にユース(高校生世代から20歳までの育成世代)の選手に、得意なプレーではなく好きなプレーで自己紹介してもらうと個性が出ておもしろいんです。好き嫌いで見ると世界が全く違って見えます。
強みは過去、好き嫌いは未来なんです。
自分で考えて行動したときの成長率はすごい
——まだコロナが収束する見込みが見えない状況ですが、高校生アスリートが自分らしく輝くために、大人にはどんな働きかけができるでしょうか?
一番大切なのは、主体性にアプローチすることでしょうね。大人から権限を委譲し、自分たちで考えさせ、ゴールを決め、行動させる。
例えば、公立校で唯一高校ラグビーベスト8に入る奈良県の御所実業。
ここでは全国からチームが集まり、交流しながら練習を重ねる大きなフェスティバルが開催されています。これを高校生がホストとなって運営していると聞きました。それってまさに生きた教育だと思うんですよね。
ワールドカップで決勝の舞台に立ったときは自分たちで考えなければいけないんですよ。社会人になったら自分で課題を発見し、解決策を考え、実行していく。ありたい姿を思い描き、「判断・決断・実行」することが不可欠です。
自分で考えて行動したときの子どもの成長率はすごいですよ。爆発的に伸びますから。
——主体性を信じて権限委譲するというのは、指導者として怖さや葛藤もありますか?
怖いですよ。何年もトップダウンの指導をしてきた強豪ほど葛藤は強いでしょう。負けたらレッテルを貼られるかもしれないし、「野放し」と紙一重ではないかと不安になるでしょう。
トップダウンでやれば指導者の考えから外れることも少ない。しかし、大人がチャレンジしなければいけないと思います。変わることには勇気が要るし、大人の学びには痛みを伴います。大切なのはゴールを決めることです。
目の前の目標だけでなく、より大きな目的を突き詰めて考えることです。それを学生に考えてもらえるよう導くことが重要だと思います。
——高校生アスリートにも考え方の切り替えを求めることになりますね。
ある学生に聞いたのですが、進路について自分で考えて選び取ることが良いか、それとも先生のネットワークで決めてもらった方が良いかと同世代に聞くと、多くが後者を選んだといいます。
驚きました。若い選手たちも変わっていかなければいけないと強く思いました。そのためには、安全安心に自分をアピールできる場が必要だと感じています。
#スポーツを止めるなで分かったことは、選手が自ら大人に向けてアピールすることの教育的価値です。
自分の強みを理解し、表現すること。人に評価してもらうとは、どういうことか。伝えるだけでなく、伝わるコミュニケーションとは何か。試行錯誤しながら選手たちは成長していきます。
これは高校生アスリートだけでなく私たち大人にも必要なことですよね。
学生スポーツの世界をより良いものにしていきたい
——学校教育における偏差値至上主義と、スポーツにおける勝利至上主義。似た構造に感じますが、どのように思われますか?
僕は「勝利至上主義だけではだめ」と言っています。
勝とうとすること。その過程で得られる、研鑽、感謝、感動という、他では得難いものがあります。
そして優勝しないチームは全て負けるわけです。仲間といろいろなことを考える。その中で得るものは絶対にあるので、勝利至上主義が悪いとは思わないです。
そこにゴールがあるのなら、勝利を求めていくというのは意味があると思います。
もう一つ、中国史の先生におもしろい話を聞きました。
中国のエリート選抜制度である「科挙」は、長い歴史の中で、筆記試験のときもあれば面接のときもあったそうですが、結局、筆記試験が最も長い期間採用されていたそうです。
つまり、生まれ育った境遇を抜きにして、本人の努力次第でチャンスをつかむことができるわけです。
今は暗記が悪者のような扱いを受けていますが、基礎知識の定着は学びのベースではありませんか?ですので、一概に何が良い・悪いは言えない。
そのさじ加減が重要で、だから皆が議論しているのでしょう。
——今後の#スポーツを止めるなの展望を教えてください。
学生スポーツの世界をより良いものにしていきたいし、学生スポーツを通じて日本の社会に貢献していきたいと思っています。それは、自分が自分らしく輝ける場所にしていきたいということ。
そして「判断・決断・実行」ができる人財を社会に輩出していきたい。そう願っています。
その一つとして、#スポーツを止めるなでは2021年1月にクローズドで安全安心な場所で選手が自分をアピールし、スカウトを受けることができる「Hands up」というシステムをリリースしました。
「Hands up」は手を挙げるという意味で、自らの未来をつかみとってもらうという意味を込めています。
——最後に高校生アスリートと日々向き合っている先生たちにメッセージをお願いします
皆さん毎日大変な思いをされて選手と向き合っていらっしゃると思います。高校生アスリートのために、より良い場所を作っていけるよう、僕らも皆さんのお手伝いができるとうれしいです。
ぜひ一緒にスモールアクションをしていきましょう!
〈取材・文=鈴井 孝史〉