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正解も、競争もない教室づくり。学びを楽しくする「自由進度学習」とは?

正解も、競争もない教室づくり。学びを楽しくする「自由進度学習」とは?

日本の近代化が始まった明治時代から、およそ150年間続いてきた今の学校教育制度。

「先生に指示されたとおり、みなが同じ内容を、みなが同じペースで、みなが同じ方法で」学ぶという、極めて合理的な教員主体の「一斉・一律」の授業は、戦後の高度経済成長の大きな支えとなった。

しかし、物質的に満ち足り、人々の生き方が多様化したいま、それぞれの「自己実現」をめざす社会になり、学校教育のあり方も問い直されている。

そのよう中、自由進度学習を取り入れ、正解も、競争もない教室づくりをされているのが小金井市立前原小学校の蓑手章吾さんだ。

蓑手さんが取り組む自由進度学習の具体的な取り組みから教育観、大きな影響を受けたという特別支援学校での経験について聞いた。

写真:蓑手章吾 (みのて しょうご)さん
蓑手章吾 (みのて しょうご)さん
東京都小金井市立前原小学校教諭

全国的に有名なICT先進校である東京の前原小学校に勤務。教員14年目。現在は6年生を担任し学年主任を務めながら、校内のICTプロジェクト主任も担っている。さまざまなICTの取り組みについて多くのセミナーや勉強会で発信をしている。特別支援学校での勤務経験を生かし、子どもたち一人ひとりに向き合った指導についても尽力。その取り組みについてまとめた「子どもが自ら学び出す! 自由進度学習のはじめかた」を2021年2月に発刊。


子どもたちが「生きたいように生きていく」ために

——蓑手先生が主に算数の授業で取り入れられている「自由進度学習」について教えてください。

自由進度学習は、その名のとおり授業の進度を学習者が自ら自由に決められる自己調整学習の一つの手法です。自己調整学習は、一言でいうと「自立して学ぶ力」を身につける学習です。

具体的な進め方ですが、算数の授業を例にすると、まずはじめに10分間、僕がミニレッスン(教科書を使った一斉授業)を行います。

その後、25分間は自主学習や学び合いの時間になります。自分でめあてを立て、めあてが書けた子どもから自分が決めた内容に取り組んでいきます。

取り組む方法も、タブレットを使っても、プリントでも、教科書でも、何でも良しとしています。そして残り10分は、振り返りの時間にしています。


また、勉強する場所も自分で決めて良いと伝えているので、黒板ではなく壁に向かって学んでいる子もいます。一人でやる、友達と一緒にやる、ヘッドホンで音楽を聞きながらやる、友達の学習の妨げにならなければどれもOKです。

初めて僕の教室を見た人にとっては、驚く光景かもしれません(笑)。

——なぜ自由進度学習に取り組まれようと思ったのでしょうか?

一般的な授業はペースが決まっているので、理解のゆっくりな子が分かっていようといまいと、どんどん授業は進んでいってしまいます。

一方、理解の早い子やすでに知っている子たちも、勝手に先に進むことは許されず、静かに椅子に座って先生の話を聞いていなければなりません。

それが自由進度学習であれば、自分のレベルでどんどん学習を進められるので、常に刺激的な課題と向き合えます。できなかったことができるようになることで、成長実感も味わうことができます。

ですので、習熟度に差が出やすい算数やプログラミングなどの教科におすすめの手法だと思います。

ちなみに国語では、一つの物語でもそれぞれ感じ方が異なるので、自由進度ではなく、感じたことを全体で共有しあうことを大切にしています。そういった価値観の違いを学ぶことこそが多様性にあふれた学校の良さですよね。



——特別支援学校での経験も、自由進度学習を取り入れる大きなきっかけになったとお聞きしました。

僕が特別支援学校に異動したのは教員7年目のときですが、それまでさまざまな経験も積み、自分なりに勉強もしていました。だからこそ、異動する前は特別支援学校でもうまくやっていけると自信があったんです。

しかしその自信は異動して早々にポキッとへし折られました。

特別支援学校の子どもたちの前では、僕の教え方はうまくいかず、子どもたちの力も伸びていないと感じたのです。特別支援学校の子どもたちの状況は、一人ひとり本当に違うので、教科書がなく、学習内容はその子に合わせて決めていきます。

評価のつけ方においても他の子どもと比べることはなく、その子がどんなことができるようになったのか、どんな力が身についたのかを大切にします。向き合うのはその子自身の成長なのです。


———特別支援学校での経験を通して、教育観に変化はありましたか?

いろいろな状況の子どもたちが在籍する特別支援学校だからこそ、その子どもが必要な学びは何なのか、その子どもが幸せになるためにはどんな教育が必要なのか、を徹底的に考えるようになりました。

「教える」ということ、さらには「生きる」ということについてきちんと向き合わないといけないと思いました。

海外の教育についても自分でいろいろ学んでみたり、大学院にも通い勉強をしました。また今まで以上に周りの先生とも子ども一人ひとりについて議論を重ねました。

子どもたちがこの先、「生きたいように生きていく」そのために必要なことは何なのかを考え、日々さまざまな実践を繰り返していきました。そして徐々に、ちょうどよい活動や教材を用意できるようになったのです。

また、子ども自身がやりたいことを選ぶとやる気が出てうまくいく、ということも発見できました。子どもが自主的に学び始めて、僕も少しずつ子どもの成長が手にとるように分かって、楽しくなっていきました。



——それは貴重な経験でしたね。

保護者の方とも子どもの成長を一緒に喜びました。できることが増えること、それが保護者の方を感動させるんだなと。

子どもの成長というのはその子自身の喜びにもなるし、周りの人をこんなにも幸せにするのか、成長することそのものが喜びなんだと感じました。

それからは一人ひとりの状況に徹底的に寄り添い、成長を感じ、私自身も仕事にやりがいを感じられるようになりました。

特別支援学校の子どもに限らず、子どもは皆一人ひとり特性が違います。一人ひとりに合わせて、その子自身が成長するという喜びは、何にも代えがたいものです。

特別支援学校で経験したことを生かして、公立の小学校でも一人ひとりに向き合った教育に挑戦しようと決めました。


大事なのは自分が「昨日より成長できているか」

——実際に自由進度学習を公立校で実施されて、子どもたちの進度はバラバラですか?

バラバラですね。小学校6年生の算数「円」の単元を学習しているとします。単元の学習の中で最初の方の2時間目にあたる内容を学んでいる子もいれば、最後の方の7時間目の内容を学んでいる子もいて、さまざまです。

また自分は計算の単元が苦手だからと、他の単元に取り組んでいる子もいます。さらに中学入試の問題を解いたり、高校3年生の数学が終わったので、その先の大学入試の問題に取り組みたいという子もいます。

大学入試をやりたいと言われたときは、僕もちょっとびっくりして、インターネットで一緒に問題を探しました。



もちろん、自分の学年よりも前の学年に戻って学習する子もいます。例えば小学校6年生であっても小学校2年生のかけ算九九の定着に不安があれば、戻ってやってみるということもあります。

子どもたちには「自分のペースでいいよ」「どんなやり方でもいいんだよ」と、伝えています。他の人と比べる必要はない、大事なのは自分が「昨日より成長できているか」だと思います。


——「自分が成長できているか」を把握するために、工夫されていることはありますか?

「成長できているか」を把握するためには、振り返りが欠かせません。ですので、自由進度学習の最後の10分間は、必ず振り返りの時間と決めています。

振り返りの時間では、間違えたところを記録しその原因を確認していきます。「ケアレスミスをした」という抽象的な記録ではなく、間違えたポイントを具体的に書くことが大切だよ、と子どもたちには伝えています。

また全問正解で振り返りをする必要がないという子どもがいたら、「残念だったね。めあての立て方がやさしすぎた、という振り返りになるかな?」と声をかけます。

自分で取り組む内容を決められるからこそ、簡単な問題に取り組むのは、自分の成長を止めてしまうことに気づいてもらいたいからです 。


———振り返りをすることで、めあての大切さにも気がつきますね。

そうなんです。自分が成長できるめあてを立てていくことも大事なポイントです。自分が達成できるかできないか、ギリギリのめあてを立てること。

学びにおいて、テストで100点をとることは目的ではありません。自分で自由に学習する内容や方法を選ぶことができるようになると、子どもはテストで100点をとることにあまりこだわらなくなります。

最初は100点を自慢する子もいますが、自分との振り返りを通して、だんだんそのようなことはしなくなっていきます。100点を取ることがすごいとか、それ自体が目的であるような考え方を突破しないと本当の学びにならない、僕はそう思っています。

ただ、自分でめあてを立てたり、振り返りをしていくことは簡単なことではありません。このようなことの繰り返しを続けていくことが「学び方を学ぶ」ということだと思います。

子どもたちがめあてを立て、振り返りをしている時間にしっかりと伴走し、「学び方」を丁寧に教えていくこと、それが教員の大切な役割ではないかと考えています。


大切なのは、教育観を伝えること

——蓑手さん以外にも学年の先生と一緒に、自由進度学習に取り組まれているそうですね。

そうですね、僕が担当している6年生の学年の先生方も自由進度学習を実践しています。他の先生方とは「学びとは何か」等、教育の根幹の部分まで対話したり、考えていくことを意識しています。

例えば、この自由進度学習の取り組みについても「算数の教え方」というレベルで話をしてしまうと、抵抗を持つ先生もいると思います。それぞれ先生方には自分が良いと思ってる指導法があるからです。

だからこそ、指導テクニックの議論ではなくて、子どもにどんな力をつけさせたいのか、学校で教えるべきことは何なのか、ということを本気で話し合うようにしています。

子どもたちにこうなってほしいという願いは先生同士そんなに違いはないように思います。先生はさまざまな業務で忙しくはありますが、ICTの力を借りる等して無駄な時間を削減し、教育観を議論する時間を作るようにしています。

学校で教育そのものについて語りあうような場面って少ないですよね。僕はそのような時間を多く作ることがとても大事なことだと思っています。


 ——まだまだ自由進度学習は一般的ではないと思うのですが、子どもや保護者の皆さんの反応はいかがですか?

子どもたちはこの学習の仕方が大好きで、生き生きと取り組んでいます。また保護者の皆さんからも好意的な反応をいただいています。

他の学校の先生等から保護者の反応が心配だと質問されることもありますが、その際お伝えしているのは、保護者の皆さんへの情報伝達の大切さです。

僕は学年だよりを毎週発行しています。おたよりの中で自由進度学習やその他の取り組みについて、丁寧に伝えています。

おたよりで大切にしているのは「教育観を伝える」こと。

子どもたちにどんな力をつけてほしいと思っているのか、取り組みの背景にある思いや願いを書くようにしています。

僕も含めてですが、保護者の皆さんは自分が受けてきた教育しか知らないので、今の教育に対しても仕方ないと諦めているところがありますよね。でも僕はテクノロジーは進み、本当は昔よりも解決できることは増えているはずで、教育も変わっていかなければならないと思っています。

保護者の皆さんと一緒に教育に対して考えの転換をしていきたい、そんな思いを学年だよりに込めています。

実は保護者の方からも結構反応があり、「いつも楽しみに読んでいます」と感想をもらったりするとうれしくなりますね。 


——最後になりますが、特別支援学校、公立校、それらの経験を通して、あらためて蓑手先生は子どもにとってどんな存在でいたいと考えていますか? 

僕は子どもが進む道をどんどん広げる手助けとなる、そんな存在でいたいと思っています。

子どもは学ぶたびにできることが増え、可能性が広がり、楽しくなって、道はどんどん広くなっていくんです。そして子ども自身が幸せになり、周りの人も幸せになっていく。幸せがどんどん循環してほしい、そう願っています。

でも多くの大人はつい、「この道を行けば幸せになるよ。今は我慢」と言って、レールを敷きたがり、子どもの進む道を狭めているような気がします。

子どもたちに選択する自由を与えて、人生の楽しさを教える、そんな大人でいたいと思っています。


そして、子どもが学び続けていくように、僕自身も学び続けていくことを大切にしていきたいです。 教員も学び続けなければいけないということは結構言われる言葉ですが、 新しい指導法のテクニック等を学ぶこととはちょっと違います。

僕は「何のために学ぶのか」「生きるとはどういうことか」そのような人間の根本を探究していくことが大事だと思っています。例えば遺伝子学や哲学を学んだりするのもいいですよね。

もちろん子どもから教わることも毎日たくさんあります。学びとは生きる喜びそのものであり、それ以上に楽しいものなんかない!そう思っています。

〈取材・文=木村 祥子〉