フィンランドの国民栄誉賞を受賞した中学校の生物の先生にインタビュー!全ての先生が未来のための伝道者
2020年6月に大統領より長年の功績が認められ、フィンランドの名誉教員に選ばれたのが、教員歴40年、8月に定年退職されたキルシ・アリノ先生だ。
キルシ先生は、難民・移民の多い地域で中学校の生物を担当し、子どもたちの学びのモチベーションを支援し、生きること、身の回りで起こっていることへの関心を「生物」という授業を通して気づかせることを念頭に置き、多くのプロジェクトを立ち上げ、挑戦されてきた。
中でも、ご自身がお勤めの中学校内に、植物&動物園を作られたのはキルシ先生くらいだろう。
1990年代のフィンランド最大の教育改革の時代から現場にいらっしゃったキルシ先生に、教員という仕事の醍醐味、日々大切にされてきたことを伺った。
いつも新しいことを、いつももっと良い教え方、伝え方を
―― なぜ「生物」の教員を目指そうと思われたのですか?
偶然だったんです(笑)。子どもの頃から森に行くのが好きだったし、ガールスカウトにも入っていたりで、将来は森林関係で働くか、研究者になりたいと思っていました。
でも、考えれば考えるほど、研究者のような長期的な辛抱強さは私向きじゃないかもと思い始め、ちょうどアパートの家賃を支払うために臨時教員のアルバイトをしたのがきっかけで、教える楽しさに気がついてしまって。
でも親族には教員関係者も確かにいたから、DNAもあったかもしれないわね。
あと、中学でも高校でも、素晴らしい生物の先生に巡りあったことも関係していると思います。両方共女性の先生で、野外で学ぶことが多かった。
それでますます森に関心を持ったの。
――定年まで教員というお仕事を続ける中で、日々大切にしていたこと、モチベーションを維持するため取り組んでいたことはありますか?
プロジェクト!
継続して探究、研究するような授業、これは私も生徒たちもモチベーションにつながる大切な学び方だと思う。
そして毎日毎日、いつも新しいことを、いつももっと良い教え方、伝え方をしたいと考えてきた。
一人ひとりの生徒たちに、私の知っていることを何でも伝えたいと思ったんだけど、40年経った今でもやり切れていないし、最善の方法も見つかっていないわ。
ね〜、この仕事ってすごいでしょう〜!?
(目をとてもキラキラさせながら笑うキルシ先生。まるで教員の仕事には終わりがなく、いつも楽しみがまだまだ止めどなく先に用意さている、というようなウキウキ感が顔と体全体からあふれ出ていました。)
――オッリペッカ・ヘイノネンさんの教育改革の頃、現場で奮闘されたキルシ先生からご覧になって、その頃の教育現場では、改革をどう受け止めていたのでしょうか?
私には全く何の影響もありませんでした(笑)!
学校に自治が与えられたってことですが、私はそれ以前から自分の判断で授業をやっていましたから、大きな変化や異なったことは何も感じませんでした。
私の周りの先生の多くもそうでした。きっと学校や地域、校長先生によっての差はあったのでしょうね。
当時、教育改革で教員の裁量が増えるのならさらに自由に!と思って、課外授業は2コマではできないから3コマほしいと思い、次の時間の先生にお願いしたときに、嫌な顔をされたことを思い出しました(笑)。
でも、教員同士で授業を交換したり、自分たちで調整するのも普通だったし、積極的に授業運営をしている先生には大きなチャレンジはなかったと思います。
そうでない他の先生は少しずつ時間をかけて慣れていったのかもしれません。
フィンランドの教員は生涯学び続けている
――当時の改革で、教員養成が修士までになりましたが、以前と比べて教員の質が大きく変わったなど変化はありましたか?
修士までとなったことで必然的に長期にわたり深く学び、実習体験や研究等を通して現場に出るという機会が与えられることは、意味深いと思います。
でも正直なところ、フィンランドの教員は生涯学び続けていますから、常に成長している。
修士で卒業して終わりではないということも覚えておきたいです。
私も40年間学び続けてきました。自分の分野を研究開発しないなんてもったいないし、その分野のプロフェッショナルという意識があれば、そうすることは当然ですよね。
先生同士のネットワークや、情報共有も盛んに行われています。
――フィンランドの教育は世界中から注目を集めるようになりましたが、キルシ先生はフィンランドの教育のどういったところが優れていると思われますか?
- 全ての子どもたちが学校に行けること
- お金で教育を買わないこと
- もっとも学習サポートが必要な子どもが良い先生の指導を受けられること
- Learning By Doingで、実際に体験を通して学ぶことを重要と考えていること
そのあたりかなと思います。
――今年、キルシ先生は国の名誉教員に選ばれ表彰されましたが、どういった教育活動が評価のポイントになったのでしょうか?
私自身、正直とても驚いています。
私のモットーは生徒たちが自分で学ぶ力を身につけるように支援する教員ということなんですが、そういった意味では生徒たちが自らモチベーションを高め、関心を持ち、行動に移す機会作りに尽力してきたと思っています。
植物・動物園もそうですし、園芸野菜作り、プラネタリウム、さまざまな課外活動やキャンプ、全てにおいて体験学習を基本としてきました。
また私はパウロ・フレイレの考えにも感銘を受け、自分たちの暮らす世界で自らの価値を見出すことを伝えたいと思いましたし、ヴィゴツキーの学びの連鎖にも関心があり、チャレンジは必要だが、難しすぎるとつぶれてしまうことのバランスも考えていました。
キャンプ活動の後、生徒たちから「分かった!こういう学び方があったんだ!」という声を聞いたときはとってもうれしくなります。
共に学び合うプロセスが何よりも意味を持つのです。
全ての先生が未来のための伝道者
――コロナでこの春の学校は大変でしたね。キルシさんにとっては教員最後の時期がリモ―ト授業になってしまいましたが、いかがでしたか?
週末に自宅学習が決まって、月火で生徒たちの自宅のネット環境を確認し、準備して、水曜から完全にオンラインになったのよね。
本当に大変だった。Google Classroomを初めて使った生徒もいたから。
――PCやインターネット環境での問題はありませんでしたか?
今はどの家庭にもネット環境があるでしょう。万一の場合は、市が対応してくれたと思います。
移民や難民の家族であっても祖国との連絡を常に取り合っているから、彼らの方がネット環境には強いということもあるわね。
でも親もリモートワークになったから、例えば両親プラス3人の子どもが、PCで朝から作業となったら、ネット環境が落ちちゃうってこともあったでしょうし、ある生徒から家庭環境の都合で「テストを1時間遅らせて別途受け直してもいいか?」と聞かれてOKしたケースもあったらしいわ。
日頃の信頼関係と、本当のところをちゃんと理解できているから、まぁ良しとしたんだと思うけど。いろいろサバイバルしたわよね。
――最後に、 日本の先生たちへメッセージをお願いします
私は子どもたちのことを、小学生までは何でも食べて吸収する幼虫と思っています。
中学生になるとサナギを作り出し、中学2年生で中に閉じこもり何もしなくなり、中学3年生でサナギから飛び出す蝶になる。
そんな風に子どもたちの成長を見ているんです。
この難しい中学生の時期に、小学校までに吸収した土台をさらに自己開発に結びつけ大人への成長の準備をしていく、そのときに関われることは素晴らしい仕事だと思っています。
下水場に見学に行ったとき、「臭い」だけではなく、「へ〜!こんなシステムになっているんだ!」と関心を持ち、自分の成長の糧としていく学びの支援をしたいです。
世の中は興味深いことでいっぱいでしょう?
周囲のことに関心を持ち、自分も影響を与えられることを知り、そのための選択を自らしてほしい。
今は特に、地球環境における生物学的な多種多様性が崩れかけています。
そのことを生物や地理、環境の授業を通して知り、そしてそれを理解したら、「自ら影響を与えたい!変えたい!」と思うはずなんです。
私はある意味、自分のことを地球や人類の未来のための伝道者だと思っています。
言語の先生も文化や相互理解、歴史学習などを通して地球の未来に影響を与えることができます。
全ての先生が未来のための伝道者ですよね。
ぜひ、日本の先生方も「目の前の子どもたちの人生、地球環境、そしてその孫の代までに影響を与える仕事である」というミッションを持ってお仕事をしていただきたいと思います。
教員の仕事は本当に興味深いことだらけの仕事ですからね。
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