起業家教育は「自らの人生を切り拓く力」を育むコンテンツ。中2で起業した学生起業家・仁禮さんに聞く、子どもの自己認識力の深め方
学校の先生や教育業界関係者からのイベント登壇リクエストが多い仁禮 彩香さん。
彼女は、小学校1年生の頃に日本の学校教育に違和感をもち、中学2年生でその違和感の元となる課題を解決するために起業した若きアントレプレナーとして注目を集めています。
現在、2社目となる株式会社タイムリープで教育事業に取り組む仁禮さんが今年6月に立ち上げた小・中・高校生向けの起業家教育プログラム「タイムリープアカデミー」には、開講直後にもかかわらず「倍率3倍」というほどの応募が殺到し、起業家教育に対するニーズの高さがうかがえたと言います。
教育業界でも必要だと叫ばれ始めている起業家教育は、子どもたちに一体どんな効果をもたらすのでしょうか。
自らの力で人生を切り拓いている仁禮さんに、起業家教育がもたらす効果や今の学校教育に必要なことについて、お話を伺いました。
中学2年生の時に株式会社GLOPATHを設立、最高経営責任者に就任。教育関連事業、学生/企業向け研修などを展開。高校1年生の時に自身の母校である湘南インターナショナルスクールを買収し経営を開始。
2016年に株式会社Hand-C(現TimeLeap)を設立し、代表取締役に就任。同年 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビューが選ぶ未来を作るU-40経営者20人に選出。
小5から高3までが夢中になる完全オンライン型の起業家教育プログラム
――2020年6月から、小・中・高生に向けた起業家教育プログラム「タイムリープアカデミー」をスタートされたそうですが、どんなプログラムなのか教えてください。
小学5年生から高校3年生までを対象とした完全オンライン型の教育プログラムで、8ヶ月間をかけて「自らの人生を切り拓く力」を身につけることを目的としています。
自己認識・社会接続・才能発揮の3つを柱に、自ら考えたビジネスプランを形にするプロセスを体験してみることで、自分の才能で社会に価値を生み出す機会を提供します。
具体的には、前半は視野を広げてもらうためのインプット期間として、学校にいてはなかなか会えないようなプロフェッショナルや起業家の方々をメンターとしてお迎えし、特別授業を行います。
多様なメンターの方々からいろんなお話を聞きながら、ディスカッションやワークショップを通して自分や社会についての理解を深めます。
プログラム後半は、アウトプット期間として自分で考えたアイデアを形にするための実践に入っていきます。
事業計画を練る、クラウドファンディングなどの仕組みを活用して資金調達に挑戦するなど、起業のプロセスを実際に体験してみることで、自分や社会について多角的な気づきを得られるプログラムになっています。
――メンターの顔ぶれを見ると、立命館アジア太平洋大学学長の出口治明さんや、Yahoo!アカデミア学長の伊藤羊一さんなど、豪華メンバーが揃っていますね。スクールの子どもたちの反応はいかがですか?
今回、コロナ禍で急遽立ち上げたプログラムだったのですが、想定をはるかに超える応募があって驚きました。
その中から選ばせていただいた27名でスタートしましたが、皆さん好奇心が強くモチベーションがある受講生ばかりで、どんどん吸収してアウトプットしてくれています。
小学生は本質的な問いを投げてくれますし、高校生ともなるとプレゼンスキルが高く、スクール生同士でのピアメンタリング効果も生まれています。
こちらが提供した課題を超えて、自分たちでどんどん社会とつながって、あんなことやりたい、こんなことやりたいと活発に意見交換し合ってくれていることがとてもうれしいですね。
――双方向型でとても良い空気感が生まれているのでしょうね。なぜこういった「起業家教育」に取り組まれようと思ったのでしょうか?
先ほども少し触れましたが、タイムリープアカデミーを立ち上げたのは、起業家を育てたいからではなく、子どもたちに「自らの人生を切り拓く力」を育んでほしいからです。
そのためには、早いうちから社会と関わりながら自分を多角的に知る機会を持つことが大切だと思うのです。
自分の人生を生きられるのは、結局は自分だけ。自分という人間と共に生きていくためには、自分はどんな考え方をする人なのか、今は何に興味や関心を抱いているのか、得意なこと苦手なことは何なのかなど、まずは自分自身について深く知る必要があります。
いろんなことをインプットして、自分はどう思うか考える。
考える過程で“自分”を知り、社会に向けて何かしらの形で表現し、振り返ることによってまた新たな自分を知っていく。
この「自己認識のプロセス」を繰り返すことで、自分の才能や感情、価値基準などを多角的に認識することができ、自分に合った選択や決断ができるようになります。
本来、「自己認識のプロセス」にあふれた場所が学校であるべきだと思うのですが、残念ながら今の日本の学校教育ではこれが十分に提供されていないように感じます。
中学時代、したいことが何なのか分からないと、もがき苦しむ友達は少なくありませんでしたし、実際に私も学校生活に物足りなさを感じていました。
私自身がどうやって自己認識をしてきたか振り返ってみると、幼少期に自分や他者を理解しようとする環境があったことと、起業家としてトライ&エラーをたくさん繰り返してきたことが大きかったように思います。
起業家は、事業を生み出す過程で「自分は何がやりたいんだろう?」「何ができて、何ができないんだろう?」「これを私がやる意味はなんだろう?」「今社会は何を求めているだろう?」など、さまざまな角度からいろいろなことを考えます。
そして、社会というフィールドで自分の考えを実践し、検証する。
この一連の過程にこそ、子どもたちが多角的に自己認識できる良い学びがあふれていると思い、起業家経験ができる機会を提供しようと考えました。
学校は子どもたちの大事な土台を作る場所
――ご自身も起業家ですが、なんと一番最初に会社を設立されたのは中学2年生のときだったとか。やはり早い段階から自己認識できるような機会や、教育について考えるきっかけがあったのでしょうか?
今の私の土台が作られたのは、幼稚園と小学校入学の頃です。
私は湘南インターナショナルスクール(以下、SIS)というバイリンガルの幼稚園に通っていたのですが、そこは「人はみんな違う」という前提がある園で、「みんな違うけど一緒に生きていくためにはどうしたらいいだろう?」ということを、常日頃から子どもたち自身で考えさせてくれる環境でした。
「あの子は自分とどう違うのか?自分はみんなとどう違うのか?」という問いに3歳から毎日向き合っていたので、自ずと自己理解も他者理解も早かったように思います。
卒園後は地元の公立小学校に入学したのですが、学ぶ環境が幼稚園とはあまりに違って戸惑いました。
先生主導型・答えは1つ、というような授業で、例えば友達との喧嘩を題材にした道徳の授業では、解決策として「謝る」と答えられれば正解。
でも、そもそもなぜ喧嘩になったのか? 相手は何が嫌だったのか? 自分は仲直りしたいのか? など、もっといろいろと考えられることがあるはずです。
解決策も1つとは限らないのに、それを考える過程が省略されていることが不思議でなりませんでした。
どうしても違和感を拭えなかった私は、「ここにあと5年間通い続けるのは無理だ」と考えて、幼稚園の園長先生に小学校を作ってほしいと直談判しにいきました。
――小学校1年生にして、すごい行動力ですね!
それほど、学校にいる時間が楽しくなかったんです(苦笑)
その園長先生は1年間かけて本当に小学校を作ってくださいました。
小学2年生からSISの小学校に移り、その後は自分にとって理想的だと思える環境の中で楽しい学校生活を送ることができました。
この時の経験が、行動を起こせば変わるんだということを教えてくれたし、日本の教育環境に関心を持つきっかけになったんです。
もともと課題を見つけたら解決したくなる性格なので、日本の学校に対する違和感はどこから来るのかを突きとめたくなって、中学校は再び日本の学校に通いました。
そこでもやはり、学校生活に物足りなさを感じることになりましたが…。
――具体的に、どんなところに物足りなさを感じましたか
いろいろありますが、一番もどかしかったのは学校に通っている時間で社会について学ぶ機会がなかったことです。
SISの小学校では、外部からさまざまな分野のプロフェッショナルをお招きして特別授業を受けられる機会がたくさんありました。
体育の授業では元Jリーガーから体の動かし方を教わったり、美術と教養の時間には茶道のプロから日本人としてのアイデンティティを教わったり。
ただ単に知識を詰め込むだけでなく、その人の人間性や生き方、人生に対する思いにまで触れることができたので、授業の時間がとても楽しく、社会に対する視野が広がりました。
一方で公立の学校はどうかというと、外部の方が学校に来る機会は稀で、その学校の先生としか会わないような閉じられた環境です。
先生方も他のキャリアを知らないので社会について学ぶ機会がないし、授業もテストに向けて設計されている。
学校で学んだことが社会でどう役に立つのか、イメージが全く持てませんでした。
もっと社会に触れる経験と、能力を発揮する機会が欲しいという想いが起業につながっています。
――起業するという選択肢は大人でもハードルを高く感じる人もいますが、中学2年生で起業することに迷いはありませんでしたか?
小学生の頃に習っていた合気道の先生の影響が大きかったんです。その先生は、たまたま投資家もされていて、よくレッスンの合間にお仕事の話や新しく立ち上げる会社の話などをしてくれました。
小学生ながらに、「会社って作れるんだ」と記憶に留めたことを覚えています。
なので学校教育を良くするためのアイデアを思いついたときも、「会社を作ろう!」とパッとイメージが浮かんで、先生に相談しに行き、最終的には設立資金を一部援助してくださいました。
学校以外の社会とつながっていたからこそ、気づくことのできた選択肢だったと思います。
子どものアウトプットを大人の都合でねじ曲げないで
――起業家教育プログラムを提供するにあたって、子どもたちへの関わり方で大切にされていることがあれば教えてください。
子どもたちと向き合う時に私たち大人が絶対にやってはいけないことは、子どもたちの内側から湧き出てきた想いを、大人都合のアウトプットのためにねじ曲げたり、考えを無理やり引き出したりすることです。
教育現場や起業家教育を売りにしたプログラムでは、外向けに格好よく見せるために、子どもたちを無理に方向付けて成果を出させようとする場面が多々見られます。
私も中学生の頃に何度かそういう経験をしました。
でも、そうやって大人が無理やり子どもたちから引き出したものには、子どもたち自身の納得感が伴っていません。
子どもたちの才能を引き出し、本人が自分の才能をしっかり認識している状態で走らせてあげないことには意味がないのです。
私は子どもに大人の都合を押し付けることは絶対にしたくないので、タイムリープアカデミーでは「子どもたちから出てきたものを、ちゃんと使う」ことにこだわって、スタッフにも徹底してもらっています。
――タイムリープアカデミーはまだスタートしたばかりですが、これからどう発展させていきたいですか?
今は民間の習い事という枠組みで週末に実施していますが、もっと本質的に自己認識ができる“学校”という形に発展させていきたいですね。
そもそもの“小学生”“中学生”という概念を取っ払って、誰もが自由に自己表現ができて、社会の中で自らの才能に挑戦する機会にあふれていて、納得感をもてる進路につなげていけるような学校を、近い将来作りたい。
私たちが提供する起業家教育プログラムが、教育の多様化につながる一つの事例になればうれしいです。
――最後に、学校での学びをより良いものにしようと奮闘されている先生方にメッセージをお願いします!
自分がこれまで出会ってきた先生の中で一番ありがたかったなと思うのは、普段の会話の中で「君はどう思う?」と聞いてくれる先生でした。
質問されると、それに答えるために自分はどう思ったかな?と立ち止まって考えられます。
そんなコミュニケーションが日々積み重なっていくと、新しい世界や自分の未知なる部分に気づけるものです。
小さなコミュニケーションが、大きく子どもの人生に関わる。
未来を創る子どもたちには、是非「正解のない問い」を投げてあげていただきたいです。