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Vol.5 ハーバード教育大学院留学記 主体的に学ぶことは主体的に生きること

Vol.5 ハーバード教育大学院留学記 主体的に学ぶことは主体的に生きること

「一人ひとりが自分の理想に向かって、主体的に学ぶには?」そのような問いを持って、「より深い学び」(Deeper Learning)を学ぶために、2022年7月から1年間、アメリカ・ボストンにあるハーバード教育大学院へ留学をしました。

教育大学院での授業や高校生との対話して感じたことは、「より深い学び」の教授法やスキルに留まらない、一人ひとりが主体的・民主的なあり方を体現することの大切さでした。今回は、私が留学で何を学び、どんなことに気づいたのかお伝えしたいと思います。

写真:奥田 麻菜美(おくだ まなみ)さん
奥田 麻菜美(おくだ まなみ)さん
ファシリテーター・ライフコーチ・教育研究者

オランダからの帰国子女で、アメリカンスクールで受けた授業がおもしろく、教育の道を志す。慶應義塾大学法学部卒業後、ITコンサルティング企業と教育系企業で勤務。2023年5月にハーバード教育大学院の修士課程を卒業。​個人が社会の中でいかに主体性を発揮できるかということに関心があり、ワークショップのファシリテーションやコーチング、研究を通して、一人ひとりが自分のcallingを自覚し、社会で力を発揮できる世界を目指している。


私の問い

どうしたら一人ひとりの生徒が目の輝きを失わず、学ぶことに没頭できるのだろうか。

日本で中高生向けの自習室や探究講座を運営していた私が、ハーバード教育大学院に留学することに決めたのは、このような問いをずっと持っていたからでした。

単発の探究講座を実施し、子どもたちが主体的に学ぶ姿を引き出せたとしても、その講座が終わって普通の授業に戻った瞬間に、魔法が解けたかのように元の姿に戻ってしまう。教育に関わる皆さんも「主体的に学んでほしい」という気持ちと、実際の授業の中で子どもたちがその行動を継続できないという矛盾に、悩まれている方も多いのではないかと思います。

私は2022年7月からの1年間、アメリカ・ボストンにあるハーバード教育大学院で、学習デザイン・イノベーション・テクノロジーを専攻しました。中でも私が研究したのは、「Deeper Learning」と呼ばれる、より深い、生徒主体の学びについて。「より深い学び」にまつわるさまざまな研究や授業にたくさん触れ、1年間で学習者として多くの経験を積むことができました。

今回はいろいろ受けた授業の中から「学校デザインワークショップ」で私が体験した学びの工夫について、そして実際にプロジェクト型学習を中心に学んでいるカリフォルニア州のサンディエゴにあるハイテックハイ(High Tech High)に通う生徒さんの声を紹介したいと思います。


自分が望む世界を創る学び

「自分が今後の人生で本当に必要なものを創りなさい」

世界60カヶ国から教員・学校管理職・カウンセラー・教育政策立案者・企業など幅広い背景の学生が集まる教育大学院で、常に根底にあったのはこの考え方でした。

ビジネススクールなど、他の大学院ではもっと成績を意識した授業設計になっていましたが、教育大学院で学ぶ学生にとって卒業後に重要なのは、大学での成績よりむしろ、教育現場で関わっていく目の前の学習者がどう学ぶかということ。

教育大学院のモットーは“Learn to Change the World”であり、今後社会に出たときに教育の変革に必要なことを見据えた学びが目的とされていました。だから、教育大学院では講義だけ、またはペーパーテストで成績がつく授業はほとんどありません。

授業前には膨大なリーディングが課され、授業中はリーディングとそれぞれの経験をベースにディスカッションを重ねます。そして期末になると、自分が必要なものを作って発表します。教授や同級生に向けて行うような発表の場合もあれば、企業やNPOとの協業、書籍の共同執筆など、将来につながるような発表の場もあるなど、さまざまな機会が設けられていました。


全員が民主的に参画する学び

教育大学院の授業の中でも、特に印象に残っているのが学校デザインワークショップの授業です。13週にわたって、学校のミッション・学習評価・カリキュラム・学校コミュニティへの説明責任など、さまざまな観点から自分が理想とする民主的な教育施設のデザインを考えます。

この授業は、ボストンで公立の芸術高校を立ち上げた経験があるリンダ・ネイサン氏が15年以上行っています。昨年度は6カ国から学生が、それぞれの国や地域で教育施設をデザインするためのコミュニティとして集まりました。

民主的な教育施設のデザインについて学ぶ授業で特徴的なのが、学ぶ内容だけでなく授業方法そのものも民主的な教育を体現した設計になっている点です。

毎回授業では全員で輪になって話すところから始まります。輪になってからは、Seed Talkという、とあるお題についてランダムなペアで話すチェックインのアクティビティを通して、互いの経験や考えについて知ります。

リンダは自身が常に学習とアウトプットのサイクルを体現していて、他の仕事や学びの場で吸収したアクティビティを突如授業で試してみることも多くありました。その際にも詳しい説明は行わず、まず全員で体験してみてからどう思ったかをリフレクションすることに価値を置いていました。授業の課題に取り組むだけでなく、この授業に関わる人がお互いのことをよく知るために対話を繰り返すところに、民主的な教育を感じました。

授業の最後には、それぞれが考えてきた民主的な教育施設のデザインについて、展示会で発表します。この展示会の企画・運営も学生に委ねられ、民主的なプロセスを通して準備を進めていきます。

学生は5つほどの委員会に分かれ、それぞれの委員会が当日のスケジュール、レイアウト、飲食物、チラシ、アンケートなどについて案を出します。案に対して一人ひとりが賛成・保留・改善案ありで投票し、改善案がある人は大きな輪の中で全員に向けて説明した後、全員で採択するかどうかを議論します。

このとき、多数決で最終決定をすることはありません。初めは参加者24人の意見がまとまるのか半信半疑なのですが、大きな輪でお互いの表情や様子を見ながら話すことで、無事当日までに決めることができました。前例や命令を飲むのではなく、その場で出た意見を元に民主的に決定する機会は、私にとって貴重な経験になりました。

展示会当日は、同級生だけでなく教育大学院の教授、家族、授業のディスカッションに参加してくださった学外の先生や高校生も足を運んでくれました。

学生がデザインした教育施設は、対象の学年やコミュニティによってさまざまです。幼児教育の施設をデザインした学生は幼児用のおもちゃ作成キットを用意し、同級生の子どもが実際に作って遊んでいました。大人の心身の健康をテーマに扱っていた同級生は、床で参加者と一緒にヨガ体験をしていました。

大人も子どもも、展示物に対して熱心に質問やフィードバックをしてくれて、最後には「Congratulations!」と労ってくれます。まだ構想だけで実物の施設はないのですが、いろいろな人の目に触れて感想をもらい祝福されることで、自分の学びに対して誇りを持つことができ、もっとこの構想を使って世の中を良くしたいという気持ちが湧いてくるのを感じました。


自分の源泉を問い続ける学び

3月に“Deeper Learning San Diego”というイベントに参加し、プロジェクト型学習を中心にした学びが展開されているカリフォルニア州にあるチャータースクール(公立高校)「ハイテックハイ」に在学する高校生に話を聞く機会がありました。最後にそのときのエピソードをご紹介します。

ハーバード教育大学院の認知科学の授業では、固定の学習目標をもとに授業を組み立てる学習設計である「逆算型デザイン(backward design)」と、生徒の進捗や興味に応じて目標を変えながら組み立てる学習設計「積み上げ型デザイン(forward design)」について学びました。この2つのうち、積み上げ型デザインを体現しているのが、ハイテックハイです。

私が話を聞かせていただいた生徒さんは、標準的な学校とハイテックハイのどちらも経験したことがありました。ハイテックハイの方が盲目的にいい場所だと捉えがちですが、どちらの環境にも合う合わないはあるというフラットな視点に立った上で話してくれました。生徒の話で特に印象的だったのは次の3点です。

・プロジェクト型学習は、「生徒の主体性を育む」ことを主眼に置いた教育法の1つであり、学力を高めるためには他の教育法と組み合わせることが効果的かもしれない

・プロジェクト型学習が生徒にとって本当に意味のあるものになるためには、テーマとなる問いに対して個人的なつながりが持てるような時間や経験を持ってもらうことが重要である

・プロジェクト型学習を指導することに長けた先生は、生徒が興味関心を広げる探究のフェーズ(discovery phase)では問いを広く取っている。その中で生徒の関心や進捗をよく観察し、全体での学習目標や問いを何度も再構築する

この話を通して私が感じたことは2つあります。

まず感じたのは、教科書をなぞったり点数で評価されることがスタート地点になると、学びへの内発的なモチベーションが湧かないということ。人の学びは、個別の経験や感情を、その人なりに表現するためのプロセスで起こります。その人が経験したことや体験したことを糧として、より良い社会を創るために、自分の学びの進捗を把握して必要な知識を取り入れるのが、生きた学びのプロセスなのです。

もう1つは、「主体的に学ぶ」ためには子どもも大人も不確実さを受け入れて、その波に乗ることを楽しむ経験が重要だということです。生徒が好奇心旺盛に新たな問いや気づきにぶつかるとき、先生も一緒になってそれまでの準備や計画を手放して一緒に楽しむことで、主体的な学びが日常的に生まれます。

教育大学院の同級生は、卒業式の次の日から新たな職場で働き始める人は少数で、いろいろな仕事を組み合わせながら、自分の理想の生き方を追求し続ける人が多いです。

不確実性の高い社会の中で仲間と助け合いながら、自分だけの生き方を探究する。ここで学んだ学生にとって、「主体的な学び」とは授業だけにとどまるものではなく、学校生活全体、あるいは個人のあり方・生き方そのものにつながっているのです。