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Vol.4 元国家公務員の藝大生が語る、フィンランドでのアート・デザインの学び方とは?

Vol.4 元国家公務員の藝大生が語る、フィンランドでのアート・デザインの学び方とは?

教育水準や幸福度指数が高いことで有名なフィンランド。

首都のヘルシンキから電車で10分ほどにあるアアルト大学は、3つの大学(ヘルシンキ工科大学、ヘルシンキ経済大学、ヘルシンキ美術大学)が合併してできた大学です。QS世界大学ランキングのアート&デザイン部門では、世界第6位に選ばれています(2023年最新版)。

そんなアアルト大学でのアート&デザインの学びの特徴についてご紹介させていただきます。

写真:水野 渚(みずの なぎさ)さん
水野 渚(みずの なぎさ)さん
大学で国際関係や国際開発を学び、新卒で防衛省語学職職員になる。国際関係も一人ひとりの個人対個人の関係性の上で成り立っていると感じ、文化や言語を超えたコミュニケーションへの関心を深める。防衛省を退職し、デンマークの大人の学校と呼ばれるフォルケホイスコーレに留学。帰国し、ウェブメディアの会社で働いたあと、東京藝術大学大学院美術研究科グローバルアートプラクティス専攻に進学し、参加型アートを実践。草木や土、石などの素材と人間との関わりについて社会的、文化的、環境的な側面から学ぶため、2023年1月からフィンランドのアアルト大学で交換留学をしている。


学生主体の学びスタイル

北欧は、ユニークで充実した教育制度が有名です。私が今学期に取っている「Art and Media studio」という授業は、まさに北欧的な授業スタイルの1つと言えます。

北欧が発祥で、学生が主体となった教育スタイルに、Studio based learning(スタジオ・ベースド・ラーニング)があります。講義室や図書館とは異なった「スタジオ」という物理的な場所で、学生は創造のインスピレーションとなる遊びやプロトタイプを作りながらフィードバックや批評を受け、学びます。
スタジオ・ベースド・ラーニングについて

「Art and Media studio」コースでは、主にアートを専攻する学生が、大学が提供する時間や場所、資金を使って、自らの関心を深めることができます。

この授業はまだ始まったばかりなので、あまり多くのことを語れないのですが、それぞれの学生がある特定のテーマを持った先生毎にわかれて、自分のプロジェクトを進めます。クラスメイトや先生と共に、自分のプラクティスを深める場になりそうで、楽しみです。

この学生主体の学びスタイルは、授業だけにとどまりません。アアルト大学では、授業外の学生活動が非常に活発です。

例えば、アート・デザイン・建築学部に所属する学生が組織するTOKYOという団体や、アート・メディア学科の学生が運営するDADAという団体など、多くの学生組織が存在し、主にSNSを通してそれぞれに関連する情報を交換したり、ムービーナイトやディナーパーティー、スポーツ、アートフェアなどのイベントを企画したりしています。また、学生団体TOKYOが運営する(意思決定する委員会に学生が含まれる)カフェテリアが学内にあるのもユニークだなと感じました。

また、冒頭でアアルト大学のアート&デザイン部門は、世界ランクが第6位と書きましたが、全ての学生がこのお知らせに純粋に喜んでいるわけではありません。近年、アアルト大学のアート部門の予算が削減されており、そのことに対して不満を持っている学生は少なくありません。

そんな学生が自主的に集まりを開いてデモ活動をするのを見ていると、「仲間を作って声を上げること」の大切さや、仲間づくりが学生生活の醍醐味であること、社会は自分の外にあるのではなく一人ひとりが構成しているという当たり前のことを思い出します。


過程を評価する学びスタイル

2つ目の特徴として、アアルト大学の授業を受けて強く感じることは、過程を大事にして評価する学びのスタイルがあることです。

授業にもよりますが、アートやデザインの授業の中には、Learning diary(ラーニングダイアリー)を提供することが求められるものがあります。ラーニングダイアリーとは、自分の学びを振り返り、評価して、発展させるためにつける日記のようなもので、一回一回の授業での学びや気づきを文章やドローイング、写真などを使って自分なりのスタイルでまとめます。

なぜその問いに関心を持ったのか、なぜその作品が生まれたのか、なぜそのデザインになったのか。授業の最後に試験を受けたりレポートを提出したりするだけではなかなか見えにくい、一人ひとりの学びのプロセスが重視されているのだと思います。

授業をどのように自分の学びや問いに生かし、人生を豊かにしていくのかということが、成績の評価軸になっているのは、とても興味深いです。

私もアアルト大学に来て、初めてラーニングダイアリーというものを書いています。

これがあるおかげで、何気なく書いたデザインスケッチや、他の授業で知った参考になりそうな文献、休日に行った展覧会、日々書き留めないと忘れてしまいがちな小さなインスピレーションが、それぞれつながり、自分のコアの問いを深める手助けになっています。同時に、学びには「終わり」がないのも事実で、いつまでも探究の「過程」であるとも言えます。

また、特にアートやデザインの分野では、最終的な作品の良し悪しは、個人の好き嫌いによるところもあると思うので、思考過程が分からないと、評価しづらいのも理由にあるのかなと思ったりします。


協働を大事にする学びスタイル

3つ目の特徴は、分野横断や産学連携など、誰かと一緒に学んだり、プロジェクトを進めたりする機会が多いことです。例えば、CHEMART(ケムアート)は、化学工学部とアート・デザイン・建築学部がコラボレーションして始まった長期的プロジェクトで、双方の強みを生かし、木材とセルロースを利用する新しい方法を生み出します。​​

「Design for Government」という授業では、政府機関と協働して、実際の社会問題(例えば、少子高齢化に伴うデジタル政策について)が課題として与えられ、ユーザーインタビューなどを通じてグループで提言を行います。

他にも、実際の企業をクライアントやコラボレーターとして授業を進める機会は多いようです。

私が取っていた「Glass Challenge」というガラスを学ぶ授業でも、ペアワークでした(これには施設が限られているという都合もあります)。

最初は、自分が作りたいものを作れないので気乗りがしなかったのですが、進めていくうちに、自分だけの発想では出てこないアイデアが作品に付加されたり、自分の苦手なことを頼めたり、逆に自分が何を得意とするのか、何にこだわっているのかが見えてきたりなど、一人で進めていたら見えなかったものが見えてきました。一人で好きなものを作ることと同じくらい、誰かと協働して作ることはとても尊いことだと思います。


「国」ではない「風土」を探究

これまで書いてきたことと矛盾するように聞こえるかもしれませんが、これまで約3カ月間授業を受けたり、友人と話したりする中で思うのは、学びの特徴は、専攻や授業、先生によるところも大きいということです。

また、これはあくまで私個人の体験であって、同じ授業を受けていても、異なる環境で育った人はもちろん違う感想を持つかと思います。「フィンランドだから」「アアルト大学だから」「アートだから」といった大きな分かりやすい所属に隠れて、その背後にある無数の小さな違いが見えなくなってしまう恐れがあるということに自戒を込めたいと思います。

これと関連したエピソードとして、今回アアルト大学に留学して気づいたこと・不思議だと思うことの1つに、出身国をあまりお互いに聞かない、ということがあります。私の過去数回の留学経験の中では、誰か新しい人と会ったときに「What’s your name?」と名前を聞いたあとすぐ、大体「Where are you from?」と出身国を聞いていましたし、聞かれていた記憶があります。

しかし、今回の留学生活では、名前のあとの質問として多いのは、「What’s your major?」と学科や専攻を聞くことです。初回の授業で簡単に自己紹介するときも同じで、自分の出身国を言う人は少ないと感じます。

もちろん、アアルト大学には留学生がとても多くて国際的な環境が当たり前(学生の約17%がフィンランド国外出身者)という事実もあるかと思いますが、人のことを「国」で判断しないためなのかと個人的に推測しています(真偽は分かりませんが)。

それぞれの「国」は良くも悪くもパワフルなイメージを持っています。出身国(に伴う背景や文化、価値観)を知ることで、コミュニケーションがうまくいくことも多々ありますが、大きな所属に意識がいってしまい、個々人をきちんとゆっくり理解しようとすることができなくなってしまう恐れがあることも事実です。

「出身国を聞かないのはなんでだろう?」という話を友人にしたところ、「え!そうかな。あまり意識してなかった」と言われたので、このエピソードも私個人の体験なのかもしれません…。

今の自分は、多少なりとも、良くも悪くも、旅慣れてしまったからこそ、どこに行くかにワクワクするよりも、どこであろうとも、そこにある風土や人との関わりから生まれる何かあたたかいものを発見できるように、これからも過ごしたいと思います。

この記事が、読者の皆さまにとってインスピレーションやヒントになれば、とても幸いです。