Vol.2 先生、もう一度1年生になります。小学校の先生のアメリカ大学院留学
「世界の大学 学びの車窓から」では、世界中の大学で学ぶ学習者を取材し、世界の大学で実践されている学びを紐解く連載です。
今回は、公立小学校で約5年間の勤務を経て、アメリカはニューヨークにある教育大学院に留学中の山本茜さんに、教育大学院での学びや日々の生活をレポートしていただきます。
小学生のときに自学ノートで調べた地球温暖化に衝撃を受け、大学時代に日本とアメリカで政治学・環境学を学ぶ。帰国後、通信教育で教員免許を取得。認定NPO法人Teach For Japanのフェローとして小学校に赴任した後、福岡市小学校教諭として勤務。2021年9月より、フルブライト奨学生としてアメリカのコロンビア大学教育大学院(Teachers College,Columbia University)に進学し、人間発達学部発達心理学科(Developmental Psychology, The Department of Human Development)の修士課程に在籍している。「みんなとの学びから自分を知る公教育」をテーマに、Social Emotional Learning (SEL)や、子どもや大人の自己・他者理解などを中心に勉強中。
小学校の先生、留学する
アメリカ、ニューヨークのマンハッタン。
ブロードウェイなどで有名なタイムズスクエア駅から20分ほど地下鉄に乗ると、116ストリート駅に到着します。地上に出ると、そこには大きな大学の門と、まっすぐにこちらを見つめる二体の彫像。コロンビア大学のメインキャンパスに到着です。
そのまま大学の校舎に沿って大通りを少し北に歩いていくと、工学大学院のモダンな校舎の向かいに突然、赤いレンガづくりの校舎が見えてきます。角には、「Teachers College」という銀色の文字。
1年前は公立小学校に勤務していた私ですが、いろいろな出来事が重なり、2021年9月からこのティーチャーズカレッジ(コロンビア大学大学院)にて、発達心理学を専攻しています。今回は、この大学院での学びと生活を、皆さんにご紹介します。
「先生、今日でこのクラスは終わりなんですか?」
数年前は、まさか2022年に自分がアメリカで大学院生をしているとは思ってもいませんでした。しかし、転機は突然やってきました。
2020年2月27日、木曜日。
夜の職員室でスマートフォンに突然届いた「全国の小中高への臨時休校要請」の速報。
翌朝、「先生、今日で1年生は終わりなんですか?」と不安そうに聞いてくる子どもたち。
あっという間に小学校が休校になり、校舎から子どもの声が消え、一人で考える時間が増えた私の頭に浮かんだのは、「学校ってなんだろう?」という問いでした。
オンラインでできる学びもたくさんあるけれど、子どもの社会としての学校の役割は、これからも消えないのではないか。学校という場所でいろいろな人と関わることは、子どもたちの成長にどう影響するのだろう。未曾有の事態をきっかけに答えを見つけたいと思い、大学院受験の準備を始めました。
突然の決断でしたが、周りの先生方や友人、家族など多くの人に支えてもらい、1年後、なんとか入学許可と奨学金を得ることができました。そして、2021年の秋に、大学院生活をスタート。社会も学校もこんなに大変な時期に応援してくださった方々に、心から感謝しています。
講義は週にたったの6時間。さあ、どうする?
ティーチャーズカレッジは、アメリカで最も古く、最も大きい教育大学院です。
現在は約100のプログラムがあり、5,000人を超える大学院生が学んでいます。
その中で私が在籍しているのは、発達心理学科です。ずっと興味を持っていた「子どもの自己理解」や「Social Emotinal Learning(社会情動的学習/SEL)」について、教育と心理学両方の観点から学べることが、この学科を選んだ決め手になりました。
1学期に履修する授業は3つほど。各授業で週1回、約2時間の講義があります。
1年間で卒業する学生もいますが、私は2年間で卒業する予定です。
留学直後は、小学校で分刻みで働いていたときとのギャップに戸惑い、ペースをつかむのに苦労しました。授業があるのは、週に6時間だけ。このまま授業の課題だけをこなしていては、2年間はあっという間に終わってしまう…。焦って考えた結果、時間の使い方を工夫して、授業以外にもいろいろなことにチャレンジすると決めました。
今学期は、月〜水曜日に毎日1つずつ授業があります。翌週のリーディングや課題などは、平日の空き時間に集中的に取り組むよう心掛けています。講義の他には、「オフィスアワー」という時間があります。学生はこの時間に研究室を訪れて、教授に1対1で質問や相談をすることができます。最初は、教授と何を話せばいいのか…と行くのをためらっていましたが、今は小さなことでも話しに行くようにしています。
講義がない日に友人と行っているのが、2つのスタディグループです。
一つめのグループでは、同じ大学院で学ぶ日本人の留学生と、日本の教育をテーマに話し合いをしています。コロンビア大学の他の大学院から参加してくれる方もおり、いろいろな視点から教育について考えるきっかけを与えてくれます。
もう一つのグループでは、”Knowledge Exchange(知識の交換)”と題して、台湾や中国、アメリカの友達と、その週に自分が受けている授業で学んだことを共有しています。専攻も受けている授業も皆バラバラですが、「その話、私の授業のこの理論につながるかもしれない」「台湾にはこんなオルタナティブスクールがあって…」と、どんどん話が深まり、あっという間に時間が経ちます。学んだことを自分の言葉にして伝えるのは、こんなにも勉強になるのか!と改めて感じています。
週末は、課題に追われて1日ひたすら勉強…という日もありますが、他の大学院で学ぶ友達やニューヨークで働いている方に会ったりと、平日にはできないことに取り組むよう心掛けています。ニューヨークはたくさんの可能性がある街ですが、時間は有限。授業に向けた勉強とそれ以外の学び、健康管理の3つのバランスに気をつけながら生活しています。
クラスメイトが教えてくれた、日本の教育
ニューヨークで「日本で小学校の先生をしていた」とクラスメイトに伝えると、日本の教育についての話題で盛り上がることがよくあります。皆さんは、「日本の教育って、どう?」と聞かれたら、何と答えますか?
「算数」「給食」「掃除」「学習指導要領」「使用する文字の多さ」。
よく聞く日本の教育に関する言葉です。
特に多いのは、給食や掃除の話題です。日本の学校が行っている給食当番や掃除当番は、他の国では珍しく、「子どもたちが掃除をしている動画を見て、感動した!」「本当に毎日机を下げるの?」と、目を丸くして話してくれます。毎回とてもうれしく、「先生たちも、慎重に仕組み作りをしているよ。特に安全面は配慮が必要だよ」と、現場の難しさも伝えています。
「学習指導要領」が話題に出たこともありました。アメリカの小学校で働いているクラスメイトが、「日本には国全体のガイダンスがあるって前に授業で聞いたよ。アメリカはそういうものがなくて大変!」と話してくれました。州ごとに教育政策を行うアメリカでは、学力や教育の質の格差など、多くの問題があるそうです。
日本で働いていたときは、海外の教育の取り組みはたくさん耳に入ってきたものの、目の前にあった日本の教育のよさについて考える機会は、なかなかありませんでした。日本の教育にも多くの課題があり改善が必要ですが、社会や学びに大きな変化が起きている今だからこそ、よいところ、変えていくべきところをもう一度考え直したいなと感じます。
また、もう一つ学校現場を離れて改めて思うのは、「学校の外からはなかなか見えないすごい技を、日本の先生方はたくさん持っている」ということです。
授業のめあて一語一句に現れる問いの工夫
職員室でのふとした会話に現れる子どもをケアする気持ち
パッと見て分かる掃除当番表づくり
認知発達の授業で教育効果が高いとされる手法について学んだときにも、「これは日本では先生が毎日やっていることだ!」とハッとしたものがいくつもありました。いつか、日本の先生のすごい技や工夫を、海外の先生や学生に伝えたい。そんな思いを持って、1年生として今日もニューヨークで学んでいます。