日本国際バカロレア教育学会 副会長 ダッタ・シャミさん、教えてください!「知ること」について知る、『知の理論』(TOK:Theory of Knowledge)とは何ですか? [PR]
世界に広がり、日本の国策でもある国際バカロレア(IB)のディプロマ・プログラムにおいて、必修科目とされている『知の理論』(Theory of Knowledge:TOK)をご存知だろうか。
教育現場では、先生方が日々さまざまな工夫を凝らしてこれからの時代を生きる子どもたちに必要な知識を教授しているが、そもそも「知識」とは何だろうか?「知る/知っている」とはどういうことなのか、考えたことはあるだろうか?
こうした考えれば考えるほど深まる開かれた問いを探究し、知識を知識として学ぶだけではなく、さまざまな教科領域や文脈に応用可能な概念につながる知識に昇華させるものが、TOKの学びだ。
TOKに触れる第一歩として、日本国際バカロレア教育学会 副会長であり、ご自身も学生時代からTOKの真髄に長く触れてきたダッタ・シャミさんにお話を伺った。
中学までインド式、その後東京都のインターナショナルスクールで国際バカロレア(IB)教育を受ける。国内外の大学・大学院で日本史と教育を専攻。大学卒業後は物理の道に進むつもりだったが、一番考えさせてくれる授業をしてくれた日本史の教員の影響を受け、社会科教諭(日本史)の道へ。大阪の中高で日英バイリンガル社会科とIB教諭・IB部長、専門分野は教育学と社会科学。東京学芸大学教職大学院准教授 ・IB教員養成ディレクターを経て、現職。文部科学省IBコンソーシアム、教育委員会等のアドバイザー、日本国際バカロレア教育学会副会長、国立台湾師範大学客員教授、IBワークショップリーダーなども務める。
思考することなく身につけた知識は、弱く脆い
——「知の理論」(Theory of Knowledge、以下TOK)に注目しています。IBのディプロマ・プログラム(DP)の中の、「コア」科目の1つに位置付けられているTOKとは、どのような科目なのでしょうか?
16〜19歳までを対象としているIBのDPは、6つの教科と、「コア」(核)と呼ばれる3つの必修で構成されています。「コア」の1つに位置付けられているのが、TOKです。
3つの「コア」から育まれるマインドが、いろいろな教科領域につながるという考えのもと、TOKも重要な必修科目とされています。
TOKは何を養う科目なのかというと、端的に言うならば、学習者が「知ること」について知るマインドを養い、知識にまつわる全てのことを問いによって深く掘り下げていくものです。
知識とは何か(What is knowledge?)、それが知識であることをどうやって認識するのか(How do we know it is knowledge?)、知るための方法(Ways of knowing)は何で、知る人は誰なのか、知識はどのように構築され、どのように編集されるのか。
そうした、答えが一つとは限らない“開かれた問い”を探究することを通して、批判的思考を培い、学習者が自分なりのものの見方や他者との違いを認識できるように促す学びです。
——全ての教科領域につながる必修科目とのことですが、では一方でTOKを学ばないとどのようなデメリットがあるのでしょうか?
TOKの狙いは、新しい知識を習得することではなく、学習者が既に知っていることを振り返り、それをより大きな視座の中で捉えられるようになることです。もしTOKを経ずに教科学習を進めると、いくつかの教科においては知識の鵜呑みに止まってしまうとIBでは考えています。
つまり、TOKで養われる知識の本質的な部分について考えるプロセスが欠落してしまい、知識の応用ができなくなってしまうということです。
もちろんコンテンツもとても大事なのでそれが無意味だとは思いませんが、表層的な知識を基にした探究や研究や議論は、弱く脆いものです。TOKに触れることで、より豊かな学びを展開することができるのです。
——TOKの授業は、どのように実践されるのでしょうか?
教科の授業と違い、指導書やシラバスはなくガイド(指導の手引き)があるのみで、基本は問いを中心とした対話型の授業です。
私が好きなのは、「あなたは誰?」という問いかけから始めることです。
私たちは自分自身のことをよく知っているようで、掘り下げていくと、今まで認識していた自分の姿が変化したりします。自分というものにすら、絶対的な解があるわけではなく、そもそも人間は考え続けるものなのです。
知る人が常に考え続けることで変わっていくのだから、絶対的だと思っている知識も変わっていくことがあるのだということを体感してもらうために、「あなたは誰?」という開かれた問いから入ることがありますね。
どんな開かれた問いを出すかは教員の自由ですが、学習者は、最終的には「TOK展示」と「TOKエッセイ」という2つの課題を完成させる必要があります。
例えば「TOK展示」では、IBが指定する35のプロンプト(TOKのテーマ)から1つ選んだ上で、そのテーマと関連する事物を3つ選び、そのテーマと事物の関係性や自分の主張を示す展示とコメンタリーを発表します。
——プロンプトや3つの事物とは、具体的にどのようなものなのでしょうか?
「TOK展示」の2022年度のテーマのサンプルを見ると、
・どのようなものが知識と見なされるか
・私たちはどのような理由で、主張を疑うようになるのか
・知識、信念、意見の3つを私たちはどのように区別できるか
といったものが提示されていました。いずれの問いも、結構深いですよね。
例えば上記3つの中から、1つ目を選んだとします。
この問いについて探究していくために、何でもいいので、3つの事物を選んで、そのテーマと事物の関係性や自分の主張を練り上げていくわけです。3つの事物は、自分に結びついていれば、物でも場所でも出来事でも、なんでも構いません。
自分が実際に訪れた博物館の入り口で撮った写真でも、それが自分の考え方に影響を及ぼしたと言えるものであれば良いのです。
知識の根底にある奥深い世界を探究する旅に出よう
——学校の先生方の困りごとの1つである探究的な学びの展開に、TOKのエッセンスを取り入れると何かヒントになりそうです。
IBプログラムは、探究的な学びの観点ではかなり深い探究になります。
昨年度、NewsPicks Educationの呼びかけで、探究を実践している先生方、IB校でTOKを担当している先生方、教育者向けのプログラムを展開している団体の代表の方などが日曜日の早朝に集い、約1年間にわたってTOKについて学び合う会を開催しました。
参加された方々は、日頃から探究を実践されている強者ぞろいでしたが、皆さん苦労しながら取り組んでいました。
——どんなところに苦労されていましたか?
そもそもゼロからの学びであったため、TOKとは何か?どういうものか?をつかむまでに相当な時間がかかっていました。1年を経た今でも、ようやくなんとなく分かってきたくらい、と参加者の皆さんは苦笑いしながら仰っています。
学び合いの会は、毎回、事前にテーマを決めず、その場の流れで運営することも多かったのですが、それこそが実際のTOKの授業に近いので体感してもらっていました。
一例として、その日のチェックインでふと出た話題を取り上げ、学び合いの会のテーマにしたこともあります。その場に現れた、皆が注目している話題を起点に、「それはなぜだろう?」「それについてどう思うの?」「なぜそう思うの?」という風にどんどん問いを展開するのです。
そういった体験を繰り返す中で、少しずつ、TOKの輪郭がつかめてくるようです。
何を学ぶかというコンテンツのオーナーシップ、あるいは、どうやって学ぶかという学びのデザインのオーナーシップを自分で持つことができるようになると、モチベーションが上がるものですよね。
TOKの仕組みについてはIBの手引きを読めば分かりますが、ではどうやって実践するのかというと、そのとき、その場で学習者から出てきたものを大切にできるかどうかがポイントです。
——これまでIBのプログラムに触れたことがない先生方でも、TOKのエッセンスを授業に取り入れられるのでしょうか?
その場で学習者から出てきた話題を基に、テーマを広げていくようなライブ感が有効ですので、先生方にとっては、自分にも分からないような問いが飛び出すことがあります。
それを怖いと感じるか、楽しいと感じるかは人それぞれですが、自分の知らないことに触れることが楽しいと思える方は、きっとTOKが病みつきになると思います。
私は自分にも分からない問いが生徒たちから出てきたらとても興奮します。本当に病みつきになるくらいおもしろい。
生徒たちも、私が未知の問いにときめく姿をおもしろく感じるからか、どんどん問いを出してくれます。ただ、そんなライブ感を楽しめるようになるのに3年はかかりました。
教員歴が浅い方には少しハードルが高いかもしれないですが、やはり生徒たちが自ら学ぶように変容していく姿を見るのは、教員としてはうれしいはずです。そうした生徒たちの姿がたくさん見られるTOKは、教員という仕事そのものをより豊かなものにしてくれると思います。
——TOKの考え方を生徒と一緒に体験し、学ぼうと思った場合、まずはどんなトピックを題材に選ぶと良いでしょうか?
開かれた問いを投げかけやすい時事ニュースを扱うことはオススメです。
この広い世界では、私達が知らないことの方が圧倒的に多いので、1つのニュースを題材に、みんなで多角的・多面的に調べたり、知っている知識があれば共有してもらって、なぜ知っているのかと問うてみたり。
自分が知らないテーマを扱う不安を恐れるのではなく、ぜひ、知識の根底にある奥深い世界を子どもたちと一緒に見つけてほしいです。
<取材・文:先生の学校編集部/写真:芝田 陽介>
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