SELを学ぶことは、国際マナーを学ぶに等しい!?自由ヶ丘学園高等学校が実践するSEL×PBL×STEAMの授業とは?
東京都・自由ヶ丘学園高等学校において、2021年から実践されているひときわユニークな授業がある。
同校でSTEAM教育を担当している今井朝子さんによる、SEL2.0とも言われているSEEラーニング、PBL、STEAMを掛け合わせたオリジナルの授業だ。
OECDの報告書にも紹介されているこの授業について、その内容やSELの位置づけ、生徒たちの変化などについて話を聞いた。
日立製作所にて研究開発に従事した後、アメリカの企業にて東京大学とイリノイ大学とのVRの国際研究プロジェクトに参加し、アプリケーション開発に従事。その後ユーザビリティやフィールド調査に関するフリーランサーとして多数企業の新規事業提案等に携わる。現在、総務省情報通信審議会専門委員、OECD SSES National Project Manager、Salzburg Global Seminar Fellow、群馬県非認知教育専門家委員会委員、SEL Japan 運営メンバー。
SEL×PBL×STEAM、3層構造のオリジナル授業
ーー今井さんのSTEAM教育の授業では、授業の一環としてSELを取り入れているそうですね。
はい。高校の学校設定科目として、週に1回のSTEAM授業を受け持っています。この授業は高校1年生を対象としたもので、世界の仲間と協力し、より良い世界に貢献することを楽しむことを目標に置いています。
これを達成するために、社会性と情動の学習(SEL)、問題解決学習(PBL)、そしてSTEAMのアプローチを組み合わせた授業を開発し、実践しています。
ーー具体的に、どのような授業なのでしょうか?
授業は、プロジェクトを回せるようになるための練習としてPBLを中心とし、そこにSTEAMのアプローチを組み合わせる形で展開しています。ただ、プロジェクトを回すには、その基盤となる心構えやスタンスがしっかりしていることが肝要です。
ここの基盤を育むものとして、SELを取り入れています。多様性を認め、相手と共感するような国際マナーを教えるような位置づけでまずはSELを学んだ上で、PBLに取り組んでいます。
ーーつまり、SEL×PBL×STEAMの3つを掛け合わせた授業というわけですね。
その通りです。授業も2つの場を用意しており、教室における授業では、「基礎」として、中核的な基盤を整えます。土台としてSELを学び、次に技術的なスキルを教え、一番上にアカデミック・スキル(従来型の教育)を乗せる、という形です。
ただ、特にSELのスキルは教室の中だけではなかなか身につかないため、教室での学びを社会の中で「応用」していくために、放課後の活動の中で生徒が企業や地域の人々、海外の高校生とオンラインや直接会ってコラボレーションする機会も設けています。
現在はホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパン様と一緒にAIロボットのデザインなどに取り組んでおり、学校教育と社会の両方の場で、SELを基盤に置いたPBL中心のSTEAM教育を実践しています。
授業デザインの詳細は学校ブログに書きましたので、よかったらご覧ください。
ーーSELを扱う際には、どのようなプログラムや教材を用いていますか?
私の場合は、厳密にはSEL2.0ともいわれるSEEラーニングのカリキュラムを使っています。当初SELについていろいろネットで調べているうちに、SEEラーニングに行き当たり、内容を読んで「これだ!」と確信しました。
さっそく、エモリー大学のホームページに無償で掲載されているカリキュラムをダウンロードして、それを自分で翻訳して授業で使い始めました。
SEEラーニングの教材は、他者とどうやって仲良くしていったらいいかといったことが大人の言葉で書かれていて、非常に多感で難しい時期にいる高校生にぴったりのトーンだと思いました。
また、SEEラーニングはダライ・ラマが監修しているとあって、世界平和の考え方が根底にあります。国家間の抗争や紛争をなくして平和に暮らしていけるようになるためにはどうしたらいいかという視点が伏線としてあって、最後は、協働でプロジェクトを回すことによって課題を解決していく。
こうしたプロジェクトをやるための章立てになっているところに価値を感じました。
ーーSEEラーニングの教材は、エモリー大学による「スクールカリキュラム」の高校生向けのものですね?
そうです。7章まであるワークに加えて、最後はプロジェクトで仕上げるという構成になっています。私のSTEAM授業の中では、特に基礎として重要だと感じている第1章「Creating a compassionate classroom」のみを実践しています。
どういうクラスにしたいかを自分たちで考えて提案し、クラスの合意を形成しようというワークで、プロジェクトを回すにあたってすごく基本的な部分を体感できると思っているためです。
このワークをした上で、民主主義社会や起業するような場面で、こういうことが必要なんだよと説明すると、子どもたちはすごく納得するんですよね。
エモリー大学のSEEラーニングの教材は、掲載されているワークに取り組むうちにその章で狙いとしている到達地点に辿り着けるようになっていて、本当によくできているなと感心します。
国際的なSELの枠組みから見た、日本人に足りないもの
ーーそもそも、今井さんがSELを知った際になぜ「これだ!」と飛びついたのでしょうか?
教員になる以前、私は理系エンジニアとして数々の国際プロジェクトに関わってきました。国際環境に身を置くと、うまくプロジェクトを回している人たちの考え方やマインドが、どうも日本人とは違う。
なぜこうも違うのか?彼らは一体何を持っているのか?といったことがずっと疑問でした。分からないながらも、そうしたスキルを子どもたちにも教えた方が良いとも思いました。ただ、どうやって教えたらいいのかも分かりませんでした。
そんな中でSELを知り、調べてみたところ、私がかねてより子どもたちに教えたいと思っていた、プロジェクトを回していく上での心構えや姿勢、対人スキルといった要素がびっしり書かれていました。
「これを教えたら、日本の子どもたちも国際社会で活躍できる人材になれる」とピンと来たわけです。
ーーSELやSEEラーニングを知った今、今井さんが国際プロジェクトに携わっていた頃を振り返ると、日本は海外とどんなところが大きく違うと感じていますか?
日本においても、相手を思いやるといった部分では、ご家庭や幼稚園・保育園における幼児教育、学校教育でも実はSELはたくさん実践されています。ただ、国際的に言われているSELの内容と照らし合わせると部分的でしかなく、もしかしたら偏っているのかもしれません。
2024年4月に、OECDより2023年に15カ国16サイトで実施された「OECD社会性と情緒のスキルの調査」の調査報告書が公開されました。報告書では、15種類の社会性と情動のスキルと、ウェルビーイングや将来に向けた考え方などの関係が報告されました。
その中には
「自分の意見や欲求、感情を自信を持って発言して、社会的影響力を行使することができること」
「物事を深く考え、失敗から学び、洞察し、ビジョンを描くことで、斬新なやり方や考え方を生み出すことができること」
「自分自身と人生全般に対して、前向きで楽観的な期待を抱いていること」
「強い苛立ちに直面したとき、怒りや苛立ちを抑えるために対処ができること」
「異なる考え方を受け入れ、多様性を尊重し、外国の人々や文化を理解できること」
「自分自身に高い基準を設定し、それを満たすために努力することができること」
「不安を和らげ、冷静に問題を解決することができること」
など、日本の教育にはまだあまり取り入れられていない内容があります。
こうしたスキルは、ウェルビーイングや起業したいという気持ちに関係していることが、「第2回OECD社会情動的スキル調査」の結果から分かっています。これからの複雑で変化が激しい社会で幸せになれる子どもたちを育てるためには伸ばしていくべきスキルであると言えます。
練習すれば身につくスキル。課題は評価
ーーSEEラーニングを導入して1年ほどが経過しましたが、子どもたちにどのような変容が見られますか?
SEEラーニングに触れ始めてから、子どもたちはすごくよく自分の意見や要望を言うようになりました。
SEEラーニングは、座学ではなくワークショップ形式が多く、自分の意見を述べたり、人の意見を聞いたり、相手に感謝したりするような場面がたくさん出てきます。ワークを重ねていくうちに、安心安全な空間ができ上がってきて、何でも言うようになってきたのだと思います。
他のクラスの先生からは、私のSTEAM授業を受けた生徒たちは、プロジェクトやグループワークが上手でやりやすいと言われます。SEEラーニングは、基本的には生徒たちにたくさん会話をしてもらって進んでいくような授業なので、コミュニケーション力が向上するのかもしれません。
ーー初めてSEEラーニングを授業に取り入れたことによって、今井さんご自身にも何か新しい気づきなどはありましたか?
生徒たちは最初は本当に静まり返っていたことを考えると、やはり練習が足りないんだなということを、つくづく感じますね。
また、生徒たちの振り返りには、周りの人の考えていることを知りたい、知れてよかった、分かってよかったという声がすごく多いんです。いかに、他者の考えを知りたいのだけれど、知る機会が少ないか。もっと意見を共有する機会を、いろいろな形で持たせてあげなきゃいけないなとすごく思います。
ーーやはり練習すれば身につくスキルということなんですね。その一方で、課題はどんなところですか?
やはりすごく抽象的で哲学的なので、これをどう評価するのかは難しいところです。内容が禅問答みたいで、幸せとは何か、ウェルビーイングとは何か、違いって何だろう?など、答えのない問いを発し続けるので、どこまで理解できているかが分からないし、果たして理解しなくてはいけない内容なのかどうかも分からない。
そこをどう評価するのかは難しいと感じています。
ーー実際にどのように評価しているのですか?
私の場合ですが、点数をつけなければいけないので、振り返りはやります。
例えば、 先日は、common humanity(人間の共通性)をテーマに、人間ということでは共通しているにも関わらず、人種差別があったり、紛争が絶えないね、といった話をしました。
振り返りでは、自分のことを認めてくれる人の発言であったり行動はどんなものですか?という、抽象度の高い設問を出し、これがしっかり書かれていればOKにしました。
自分が人として認められていると感じることが認識できていれば、それを自分でも他者に実行できるであろうという仮説に基づいた判断です。的外れなことを書く子もあまりいないので、ほぼ皆満点を取ります。
ーー書くということは即ち、一段階自分の中で思考して文章にしているわけなので、その時点でスキルが発揮されていると捉えることができますね。
そういう解釈で良いかなと思います。ざっくりとはしていますが、その概念が認識できていればOKとしか言えないですよね。ただ、そうしたスキルをしっかりと計測しようとしているのがOECDなんです。壮大な計画ですよね。
学び手の学習体験をどうデザインするか
ーーCASELという団体も、5つのスキルを提示していますが、OECDの5つのドメインとは若干異なります。団体によってくくり方が違うのはどう捉えれば良いのでしょうか?
本質的には全て同じことを言っているのだけれど、その分類の仕方や見方が少しずつ違う、ということなのだと私は解釈しています。
そもそも、こうした分類は、既にあったものを可視化して整理した結果です。分類したことによって、できている・できていないという凸凹が可視化され、感情の教育や協働のスキルが足りないのであれば、その辺りを学校教育で底上げしようよ、ということが言えるようになりました。
これには、AIの登場も大きく影響していると思います。今まで、OECDではPISA(OECD生徒の学習到達度調査)によって学力を測っていました。ですが、これからの時代は、記憶して答えが出るようなものは全てAIに取って代わられてしまう現実が急速に認識されつつあります。そんな社会の変化の中で、では人間に求められるものは何なのか?
それは、聞けばすぐに答えが返ってくる記憶するだけの知識ではなく、やはり社会性と情動のスキルだということが共通認識になってきているということなのだと思います。
実際にGoogleを筆頭とする国際企業では、SELのスキルを重視している雰囲気も出てきていて、やはり国際的に活躍する上では、このスキルを持ち合わせているかどうかがビジネス上非常に重要になってくると思います。もはや、生徒たちが未来で食べていくために必要なスキルだということです。
ーーまさに答えのない問いに向き合い、0から1を生み出す力が求められているのですね。
その通りです。社会に出れば、解のない複雑な問題にあふれています。解き方を考えるだけでも相当な時間が必要ですし、一人だけではなかなか状況を打開できないでしょう。
そんな時代を生き抜くためには、自他を理解し、分からない状態に耐えて粘り強くやり続けたり、他者と協働したり、交渉したり、メンタルをコントロールして突破したりしていく力が絶対に必要なんですよ。
もはや、「生きていくためのスキル=ライフスキル」であり、だからこそ、学校でSEL(SEEラーニング)に取り組む意義があると思っています。
ーーSELやSEEラーニングに興味がある先生方が、自分の学校で一歩踏み出して始める際に、具体的に何からやればいいでしょうか。
私は、自己理解と他者理解の前提となる多様性を認識させるところを重点的にやるのがいいと思います。
また、自己理解の時間を取ることも必要です。授業をしていて感じることは、日本では、自分の幸せであったり、自分は何をやりたいのか、どうありたいのかなど、「自分」について考えたことがない子がとても多いということです。
自分という人間を理解して初めて、他者を認めていけるようになります。また、自分の状態を理解することは、感情のコントロールにもつながります。
今の日本社会では終身雇用が崩れ、もはやレールがありません。だからこそ、自分を知らなければ、自分で道を探せません。 それにはやはり練習が必要です。そういう準備を一緒にしてあげないと、これからのグローバル社会を生きていく上では少し辛いかもしません。SEEラーニングの教材においても、自分を知るようなワークは一番最初に位置づけられています。
ーー最後に、SELやSEEラーニングに興味を持たれている先生方へメッセージをお願いします。
SELやSEEラーニングは、感情の制御や他者との良好な関係性を築き、うまくやっていくことを目指すという文脈では、両者に決定的な違いはありません。強いて言うならば、SEEラーニングは、Ethicalが加わっているだけあって、世界平和・平等・公平性といった部分が色濃く出ている気がします。
いずれにせよ、どちらでも、やりやすい方を使ったらいいと思います。
SEEラーニングジャパンから、SEEラーニングの概要が分かる解説と、基本の練習をまとめた『SEEラーニング プレイブック ー感じることからはじまる学びー』という本が出版されているので、そこから始めてみてはいかがでしょうか。
SELやSEEラーニングは概念が大きく、かつ体感を伴って初めて理解できるものなので、伝え方が本当に難しい。年齢も個性も多様な子どもたちに、どう体験させるか。User experienceならぬLearner experienceをどうデザインするかが肝だと思っています。
国際機関やコミュニティも、学校の先生方も保護者の方々も、皆で協力し合って考えていきたいですね。
〈取材・文:先生の学校編集部/写真:自由ヶ丘学園高等学校提供〉