「SEL2.0」とも言われるSEEラーニングを実践する大日向小学校。自らの感情と他者の感情に気づく力を育むことで起きた変化とは?
長野県にある大日向小学校は、2019年に開校した日本初の「イエナプランスクール」認定校だ。2023年度から小3・4年生を対象にしたSEEラーニング(Social Emotional and Ethical Learning)のプログラムをはじめ、今年からゆっくりと全学年に広げている。
オランダでイエナプランを学び、開校当時から大日向小学校に関わる原田友美さんは、ある課題意識からSEEラーニングの導入を提案したという。同プログラムを実践する原田さんに、導入の背景と子どもたちの変化を聞いた。
社会人経験後、大学で心理学と美術を学び、東京都公立小学校で図工専科として勤務。
退職後、大日向小学校の設立準備に携わりながら、オランダにてオランダ・イエナプラン教育専門教員資格を、翌年、日本イエナプラン教育専門教員資格を取得。2019年より現職。2021年より日本イエナプラン教育協会理事。
(参考)SELとSEEラーニング
生徒がより豊かな人間関係を築き、責任ある市民として社会に貢献できるようになるための重要なスキルを育むSEL。実はもう一つ、このSELの流れを受けながら、さらに倫理的な側面に重点を置いた心のトレーニングとして発展したSEEラーニングというプログラムも、2019年から教育現場で実践が始まっている。
自分勝手とは違う自由の獲得を
——SEEラーニングのプログラムを取り入れたのは、どんな背景からでしょうか?
大日向小学校は今年、開校6年目になります。開校当時から子どもたちを見てきて、私の心に浮かんでいたのは、子どもたち自身が自己コントロールやソーシャルスキルを身につけるために、何らかのプログラムを学んだほうがいいのではないかということでした。
従来によく見られたように、ある種の圧力や規制によって統率されるような環境では、自ら考える力が育ちにくく、責任のある自由を扱えるようにはならないのではないかと思います。
では、そういったものが取り払われた大日向小学校で、子どもたちが自立するかと言ったら、そう簡単ではありませんでした。自由すぎて不自由な感じがしたんです。
——自由すぎて不自由というのは、どのような状況ですか?
私たちが目指したいのは、自分勝手な自由さとは違う、「ちゃんと自由を扱える」状態。それは、誰かに強制されなくても、自分の行動を選んだり感情をうまく取り扱ったりして、自分の望む道を選んだり、人と協働できたりすることです。
もちろんそれができる状態で大日向小学校に来ている子もいましたが、ぎゅーっと抑圧されていた反動で、自由をうまく扱えず自分勝手な行動となって表れている子たちもいました。
子どもたちが自分をコントロールする術というのは、放っておいてできるようになるものではなく、学んで身につけていくものなんじゃないかと思ったんです。子どもたちをその方向に導くために、私たちは何をすればいいのだろうと考えていました。
——自由を取り扱うスキルを身につける学び。それがどのようなものか、ヒントはあったのでしょうか?
イエナプランを学ぶために滞在したオランダでは、全小学校でシティズンシップ教育が義務づけられていて、それが生活全体で実践されている光景を見てきました。
人と対立したときはどうしたらいいか、価値観が違う人と一緒に暮らすためには何を気をつけたらいいか、怒りが湧いてきたときにどう扱ったらいいかなど、オランダの人たちが自立している背景にはシティズンシップをきちんと学んでいることがあるんだなと思ったんです。
そして同時に、そういうものを私たちはあまりに知らないということにも気がつきました。
シティズンシップ教育の代表的なものにピースフルスクールプログラム(PSP)があって、その中身はSELやSEEラーニングに近しいと思っています。SELのことは5〜6年前に知り、興味を持って本を読んではいましたが、何から始めたらいいか分からないまま時間が過ぎてしまいました。そんな中で出会ったのがSEEラーニングでした。
SEEラーニングはかなり具体的に、かつ作り込まれたプログラムで、内容も無償公開されています。エモリー大学の開発者の方のビジョンや願いに、とても心を惹かれました。
そして、そのビジョンは、イエナプラン教育が目指しているものととても近いものだったんです。管理職にこれを取り入れたいと相談したところ、まずは私が担当する学年からはじめてはどうかと言ってくださり、2023年度から始めました。
自らの感情を振り返り、言葉や行動を選び直す
——実際にどんな形でSEEラーニングが始まっていったのでしょうか?
大日向小学校では異なる学年を混ぜてクラスを構成していて、1〜3年生、4〜6年生の3学年制から2学年制に変更したのが昨年度のことです。私を含めた数名の教員で担任する、3・4年生の2クラスでSEEラーニングを始めました。
2年目となる今年は、全学年の教員で学び合いながら、学校全体で行っていけたらと考えています。
私はまた3・4年生の担任となり、先行して4月から取り組みを始めています。上学年クラス(5・6年)、下学年クラス(1・2年)では、ゆっくりとスタートしていこうと思っています。
——どんな風にプログラムが実践されているのか教えてください。
アメリカ・エモリー大学のホームページからダウンロードできるSEEラーニングのカリキュラムに沿って、順番に丁寧に進めています。私たちは、低学年向けにEarly Elementaryというカリキュラムを使っています。
全7章で構成されていて、それぞれに複数の学習体験のテーマがあり、授業の時間配分やワークの内容、声掛けの具体例まで細かく紹介されています。
35時間分くらいの内容なので、週1回やってちょうど1年で終わるくらいのボリュームです。まだ日本語訳が出ていないので、1つずつ翻訳をして準備し、毎週1時間ずつ取り組んでいます。
例えば最初の章は「思いやりのあるクラスづくり(Compassionate Classroom)」。ワークは「やさしさを探究する(Exploring Kindness)」、次に「クラスの約束事を作る(Class Agreement)」といったテーマで進んでいきます。
それぞれ自分が幸福を感じるときを思い描いて、お互いの共通点を見出し、最終的には誰しも優しくされたいと思っていること、誰も人を傷つけたいと思っていないことに、皆で合意をします。その上で、私たちが大切にしたいことをクラスの約束事としてまとめました。4月中にここまでを終えたところです。
プログラムをやっていて毎回すごいなと思うのは、各テーマのねらいである気づきに、ワークを通して導かれていくところです。体験を通した気づきが重なることで、子どもたちの様子が変化していくので、本当にパワフルなツールだと思っています。
——子どもたちの変化で、印象的なものを教えていただけますか?
ある出来事で誰かが劇的に変わったといった変化ではないのですが、他者のことを考えられるようになって、結果的にクラスが皆にとって居心地のいい場所になっていった感じがします。
第2章「回復力の構築(Building Resilience)」の中には、自分の感覚と感情を分けて理解するワークがあるのですが、これを通して子どもたちは自分の感情を取り扱えるようになっていきます。
SEEラーニングに取り組んでいてもけんかや衝突がなくなるわけではないですが、けんかになったいきさつを聞いていくと、「こんなことがあってイライラしていたけど、このときはまだ僕はレジリエントゾーンにいてぐっと抑えられた。次にこんなことがあったときにハイゾーンになって、もう自分を止められなかった」というように話してくれたこともありました。
相手の子もその話を聞きながら、自分の言葉がそんな風に相手の感情を変化させたことを知って、自分を振り返ることができる。そんな姿を見て「すごいな。私も子どものときに知っておきたかったな」と感じています。
ワークの内容が日常会話に取り込まれていって共通言語となることで、家庭での兄弟げんかが変化した話も、ご家庭から聞いています。また、お父さんお母さんに子どもたちがアドバイスすることも起こっているようで、とても興味深いです。保護者の方からの反応も良く、ご家庭の様子もよく伝えてもらっています。
——自分の感情や感覚をメタ認知する言葉が日常化することで、その子自身も変わるし、関係性も変わり、またその変化は学校内だけじゃなく保護者の間にも広がっていっているのですね。
そうですね。それまでは「ウザい、ムカつく」といった言葉や、イラっとした気持ちで終わっていたものが、その奥にある自分の願いに気がついていくんですね。「こんな風に言われると僕はこういう気持ちになるんだよ。だからやめて」とか、「本当はこうしてほしかったんだ」と言えるようになる。そうすると関係性が変わっていきます。
見方や感じ方、行動。これを自分が決めている、自分が選んでいる。それに気づいていくと、自分が好きじゃない関わり方は選び直せるようになっていきますよね。そんなことに気づくきっかけが、SEEラーニングの中にはたくさん入っていると思います。プログラムをコツコツ進める中で、私たち大人にとっても学びになっています。
昨年はプログラムの途中までしか進められなかったので、今年は最終章「私たちは共に生きている(We’re All in this together)」まで進んでみたいですね。そのときに子どもたちとどんな景色を見ているのか、ワクワクします。
人種や宗教を超えた、人間が幸せに向かう力を育む
——SEEラーニングを始める上で、気をつけた方がいいことはありますか?
そうですね。やりたい人がやるのがいいように思います。私自身、どれだけこれをやりたくて、どんなに素晴らしいかをよく語っていて、それが結果的に子どもたちや保護者の方に良いものとして届いているように思います。
ワーク自体は言葉を使って進めていくものですし、聞きなれないカタカナの言葉がたくさん出てくるので、言葉の理解がゆっくりな子は捉えづらいかもしれないとは思います。そう感じるときはロールプレイで演じてみたりして工夫していますね。本人が気づくきっかけになるような声掛けも意識して行っています。
また、SEEラーニング自体はトラウマを抱えた人のことも考慮されて構成されているといわれているのですが、傷ついた経験をシェアする時間など、それ自体をしんどく感じる子もいると思うので、そこにはケアは必要だと思います。
——ありがとうございます。最後に、原田さんが感じるSEEラーニングの魅力はどんなことですか?
SEEラーニングは、先生個人の経験を超えたところにクラス全体で到達できるすごく力のあるプログラムで、どれだけの思いが込められたものなのか、取り組んでいると本当によく分かります。
子どもたちがワークを通して自ら気づき、身につけていくためにどうしたらいいかという視点で、あらゆる専門家が考え、試行錯誤を重ねた結晶のようなプログラムだと思っています。
プログラム自体が、チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ法王や心理学者のダニエル・ゴールマン、エモリー大学により10年以上かけて共同開発されたもので、お金も時間もかけて作られたものが全世界に無償で公開されていること自体、本当にすごいことですよね。
ダライ・ラマが仏教家であることから、プログラムに抵抗感を感じる方がいることも理解できるのですが、SEEラーニング自体は、「共通する人間性」という、信仰・信条を超え、人間であることの共通性に基づいて、どんな地域・人種・信条の方にも相応しいものだと思います。
人種も宗教も、その全てを超えて、一人ひとりが持っている倫理観を大切にしていくことに、反対はないと思います。大きな意味でそれは人類が本当の幸せに向かっていくことですし、目の前の子どもたちの人生を豊かにしていくエッセンスが詰まっています。
どれほど本気のプログラムなのか。プログラムの中身と子どもたちの変化をまっすぐ見つめてもらえたらいいなと思います。
〈取材:先生の学校編集部/文:小川 直美/写真:先生の学校編集部〉