自分にできることを考え、他者を助けるピア・サポート。「支える・支えられる」関係性が育むチカラ
1990年代にアメリカの教育団体が提唱したSEL(Social and Emotional Learning)を筆頭に、非認知能力を育むプログラムは世界中に存在しており、「ピア・サポート」も見えない力を育む学習の1つだ。
ピア・サポートは、精神保健の分野で始まった、同じ悩みを持つ者同士が助け合うことを出発点として始まった取り組みで、現在は学校現場にも取り入れられている。
そんなピア・サポートについて長年研究しているのが、立命館大学教授の増田梨花さんだ。日本だけでなく世界の学校における導入事例についても詳しい増田さんから、ピア・サポートが育む非認知能力や、ピア・サポートを学校で実践する価値について、話を聞いた。
専門領域は、臨床心理学全般・発達臨床心理学・学校臨床心理学。今を生きるのがつらい方が少しでも笑顔になれるよう、絵本や音楽を活用した心理療法について研究している。浦島太郎のお話が大好きで、潜水艦の艦長になるのが夢だった幼少期。深海の研究をする予定だったが、今は海よりももっと広くて深い人間の「心」に潜って研究を進めている。
「支える・支えられる」関係性を育む
——増田さんは長年、心の研究に取り組まれているそうですね。まずは主な研究内容について教えていただけますか?
私は臨床心理学をベースにした研究に取り組んでおり、研究対象は、子どもからお年寄りまでと幅広いです。これまでには、リラックス効果やストレスマネジメントをテーマにして、絵本の読み合わせや音楽を活用した実証的な研究にも力を入れてきました。
子どもからお年寄りまで、全ての人の心が研究対象ではあるのですが、子どもの心がどのような段階を経て発達・成長していくのかが、私の大きな関心ごとのうちの1つです。
具体的には、「SEAL(Social and Emotional Aspect of Learning)」というイギリス発祥のプログラムや「ピア・サポート」について研究をしています。
——Social and Emotional Aspects of Learningですか。アメリカで提唱されたSELと名称が似ていますね。
SEALは、2005年にイギリス政府によって学校に紹介された非認知能力を伸ばす学びのことです。
自己認識力・感情コントロール力・共感力・社会性などといったものを育むのがSEALで、アメリカの教育団体であるCASELが提唱したSEL(Social and Emotional Learning)に基づいて設計され、イギリスの文脈に適応したものだと聞いています。
私がSEALと出会ったのは、イギリスのある研究者の方に教えてもらったことが始まりです。主にイギリスやカナダの保育園・幼稚園(チャイルドケア・デイケア)で、SEALを実践している現場を見せていただいたのですが、歌いかけ(歌い合わせ)や絵本の読み合わせを通して、子どもたちの非認知能力を育んでいることが分かりました。
イギリスやカナダには、さまざまな人種の方が住んでいて、そこにはいろいろな文化的背景・価値観が存在します。多様さが混在する社会の中では、必ずコンフリクト(対立や衝突)が起きますよね。そういうときにお互いの立場を受け入れていくことが大切ということで、SEALが生まれたそうです。
——プログラムが誕生する背景が知れて、とても興味深いです。
これはSEALのプログラムを実践するカナダのとある幼稚園に行ったときのエピソードなのですが、中国語・英語・フランス語が話せる4歳の女の子がいました。カナダの公用語は英語とフランス語で、先生が英語で絵本の読み聞かせをしていました。
でも、教室の中にはさまざまな母語を背景に持つ子どもがいるので、英語をあまり理解できない子もいるわけです。するとその女の子が、読み聞かせてもらった後に、中国をルーツに持つ英語をあまり話せない子たちに中国語に翻訳し始めたんです。
これぞ、まさに私のもう一つの研究領域である「ピア・サポート」を体現している姿だと感じました。
——ピア・サポートとは何ですか?
ピア・サポートのピア(peer)とは仲間を意味し、サポート(support)は支援を意味しています。始まりについては諸説あるのですが、同じ境遇の人たちが助け合うという意味があります。
例えば発祥といわれる精神保健福祉の分野では、アルコール依存症の患者が当事者同士で助け合ったことから、ピア・サポートは始まったとされています。
学生同士で支え合うピア・サポート制度を取り入れる大学もあり、立命館大学もその制度(上級生が下級生をサポートするオリター・エンター)が導入されています。当事者同士、経験した者だからこそ、本音を出して語り合える場が生まれるのが特徴だそうです。
私が所属している日本ピア・サポート学会では、ピア・サポートを「仲間や同輩が相互に支え合い問題解決する活動」と定義し、ここから生まれる関係性が、安心・つながり・絆を生み出し、思いやりのある学校風土をつくり出すと考えています。
当学会で大切にされている考え方として、「誰もが成長する力を持っている」「誰もが自分で解決していく力を持っている」「人は、実際に支援する中で成長する」「誰もが他者をサポートできる存在である、サポートを受ける存在である」というものがあります。
ピア・サポートにおいては、当人たちが「自分たちができることをできる範囲で周りの人をサポートする」ことが基本。サポートを受けた相手はもちろん、同様に利害関係や忖度なしに相手のためを考えて行動を起こした、サポーター自身も非認知能力が育つのです。
つまりピア・サポートでは支援する・されるという一方的な関係性ではなく、双方向にメリットのある関係性が生まれるというわけです。
ネガティブな経験こそが、サポート活動に生きる
——なぜ増田さんは、ピア・サポートを研究しようと思われたのでしょうか?
私が研究でカナダに訪れて、バスに乗車するときのことです。前の人が後ろを振り向いていたんですね。なぜかというと、後ろに年齢の高い方がいたら、どうぞと前に入れてあげていたんです。
私も電車を利用する際、後ろに並んでいたところ、お兄さんたちが声を掛けてくれて、列の前の方に並ばせてもらったんです。「サンキュー」と返すと、相手もすごくうれしそうでした。
実は私、大学時代にカリフォルニアの大学に留学していた時期がありました。留学当初、私は全然英語を聞き取ることができなくて、課題をこなせず困っていました。でもそんなとき、同級生や大学院生のバディがついてくれて、ノートテイクをしたりゆっくり授業の内容の解説をしてくれたんです。それに本当に助けられて。
反対に私は日本の文化について分かる範囲で彼らに話をしたり、折り紙の折り方をレクチャーしたり。これって、まさにピア・サポートそのものですよね!
このように私自身が利害関係や忖度なく助けてもらった経験から、お互いに支え合える社会を作りたいと思ったことが研究のきっかけです。
——日本の学校現場でピア・サポートを実践することには、どのような価値があるのでしょうか?
昨今、子どもたちや学校を取り巻く環境は、大きく変化していますよね。とりわけ日本では、これまで地域社会が当たり前のように担ってきた支え合いが、少子高齢化や核家族化が進んだことにより、希薄になってきています。
そんな子どもたちが自分のことを表現したり、他者を理解することで人間関係を豊かに育むことができるようになるために、「自分たちができることを考えて、実際に周りの人をサポートする」というピア・サポートの経験が大切だと考えています。
ピア・サポートでは、「支え・支えられる」関係が基本となっているので、自分がどんな支援をしてほしいか伝える力や、相手の気持ちに寄り添って考える力、そしてその考えを実行に移す力などを育むことができます。
そのため、ピア・サポートを実践することで、非認知能力が育つと考えています。
——ピア・サポートの具体的な実践事例について、教えていただけますか?
ある北陸の中学校で、ピア・サポート導入のお手伝いをしました。活動をスタートする際には、部活動で一軍に入れなかった生徒や、勉強に苦手意識を持っている生徒、不登校傾向がある生徒等に声を掛けてピア・サポートグループを作りました。
そのうちの1つのグループが、こんなことを言い出したんです。
「僕たちの住んでいる地域では、雪がたくさん降るから、毎朝雪かきをする必要がある。でも特に、一人暮らしのお年寄りには雪かきはとても重労働だから、僕たちにも何か手伝えることがあるんじゃないか?」と。
そうしてその子たちは、朝1時間早く家を出て、学校の近くにあるお年寄りの家を訪ねて、雪かきを始めました。最初は雪かきだけだったのですが、重いものを持っている人に「持ちましょうか?」と声を掛けたり、だんだんと日常生活にも応用して行動できるようになってきました。
ここまでの実践で、生徒たちは「相手の気持ちに寄り添って考える優しさや共感力」「自分が考えたアイデアを伝える表現力」「どんなサポートが必要かを考える想像力」「自分で考えたアクションを実行する勇気や行動力」を、ピア・サポートを通して育んできています。
地域の人に感謝されたら、自己肯定感も育まれますよね。生徒たちが部活のみならず、さまざまな場面で意欲をもって積極的に行動するようになったことを先生方も実感されていました。
——支え・支えられる関係を通して、さまざまな力が育まれるのですね。先ほどの事例では、ピア・サポートに取り組むチームを作っていたようですが、意図的に特定の子に声を掛けていたように感じました。何か理由があるのでしょうか?
はい。私がイギリスでピア・サポートのフィールドワークをしたときに、イスラエル出身の先生からお話を聞きました。その先生がサポーターを募集するとき、「いじめられたりいじめたりした経験のある人、あるいは勉強に困った経験のある人、ぜひピア・サポーターになってみませんか?」と声を掛けたそうです。
その理由を聞いてみると、ネガティブな経験をした人は、相手がどんなことに悩んでいて、どんなサポートが必要なのか、より分かるからだそうです。
——ネガティブな経験を持っているからこそ、同じような経験をした人の役に立てるということもありますよね。
そうですね。それから、自分たちにできることからのスタートでいい、というところも、ピア・サポートの素敵なところだと思っています。
さて、もう1つイギリスの事例も紹介させてください。イギリスのとあるダウンタウンの学校での事例です。
イギリスのダウンタウンに住んでいる人たちは、深刻な貧困層が多いそうで、その地域の学校に通う女子生徒はスカートを履くことができないのだそうです。なぜだか分かりますか?
それは、何か犯罪に巻き込まれそうになったときに、すぐに逃げる必要があったからです。
そこで、その学校のピア・サポーターたちが立ち上がりました。話し合いの結果、その学校の体育会系(体格のいい)男子生徒が、週に1度バス停から学校までの15分ほどの道のりをエスコートするという取り組みをすることに決まりました。
その日は、女子生徒はスカートを履いて登校できるようになったのです。先生も「生徒たちが自分で考えて決めたんです!」と、このエピソードをうれしそうに話してくれました。
さらにおもしろいことに、その様子を見ていた地域の方たちから「自分たちにも何かできることはないですか?」と学校に声掛けがあり、見守りを地域の方が担当してくれるようになったそうです。まさにピア・サポートが地域に広がった事例だと思いました。
日常の営みを、SELの観点から捉える
——生徒が中心になって、地域の人間関係や行動まで変えてしまうなんて、とてもパワフルな事例ですね。ここまでお話をうかがっていると、もしかすると私たちは普段から、無意識に非認知能力を育てる活動をしているようにも感じています。
そうだと思います。現在私はある小学校で、先生向けのピア・サポート研修に携わっています。この研修では、ピア・サポートで育んでいる非認知能力に気づいていただくために、子どもたちでもできるワークを紹介し、先生方にも取り組んでいただきました
その研修では、「サバイバルクイズ」「タワーづくり」「プレゼント」という流れで3つのワークを実践しました。
「サバイバルクイズ」は、1チーム5人ほどのグループになり、それぞれのチームには数匹の動物と共にいる状況設定が与えられます。その後、「どうしても動物を手放さなくてはならなくなりました。どのような手順でどのような理由で手放していくかを考えてください」と問います。
すると、さまざまな価値基準のもとに手放す順番が話し合われ、メンバーの多様性を実感したり、自分の意見を伝えたり相手の意見を聞いたりして、合意形成を図る経験ができます。
また、スパゲッティパスタの麺6本とマシュマロ3つを使った「タワーづくり」のワークでは、グループで麺とマシュマロを全て使い塔を作ります。このワークでも、アイデアをお互いに出し合ったり、1つの作業に協力して取り組んだりします。
そして最後には「プレゼント」のワークを行いました。これは、一緒に活動をしていた右隣の人のいいところを手紙に書くというワークです。「プレゼント」のワークでは、「今日のグループワークを通して、メンバーのどんないいところを見つけましたか?」と問い掛けます。メンバーのいいところを見つけることは、まさにその人の非認知能力に気づくことでもあると思います。
先生方にも「プレゼント」のワークを通してお伝えしたのは、日頃の活動から子どもたちがどのような非認知能力を培っているのか、発揮しているのか、子どもたちの姿を、非認知能力の観点から再確認してくださいということです。
——子どもたちを捉えるときには、点数で測れる学力だけではなくて、一人ひとりがどんな非認知能力を培っているのかを丁寧に見ることが大事なのですね。
日本の教育現場で活躍する先生方は、日頃から素晴らしい教育活動をされていると感じています。
ただ日々の営みを、例えば、自己認識力・感情コントロール力・共感力・社会性といった「どのような非認知能力が育っているのか」という観点で見つめてみることで、自分たちが取り組んでいることの価値をさらに深く理解できて、さらに子どもたちの非認知能力を伸ばせるようになると考えています。
SELの考え方を学校現場に落とし込む手段の1つとして、ピア・サポートの研究を私は進めています。もしピア・サポートをご自身の現場で導入したいと考えていただけたのなら、まず心のどこかに「人は誰しも、誰かを助けたい」という気持ちを持っているという前提で、子どもたちと関わっていただきたいです。
子どもたちの本来持っているその気持ちを引き出すことが、ピア・サポートに取り組む上での第一歩になると考えています。
またピア・サポートとは、自分たちができることを考えて実行する取り組みですから、各地域・各学校で取り組みが全く異なってきます。だからこそ先生方には、子どもたちにどんな力を身につけてほしいのかについて、それぞれの現場で考えていただき、どんなことに取り組めそうか、子どもたちと一緒に考えるきっかけにしていただけたらうれしいです。
〈取材・文:先生の学校編集部/写真:ご本人提供〉