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SELを日本に初めて紹介した名誉教授に聞く!これからの学校教育に欠かせない社会性と情動の学習「Social and Emotional Learning」とは?

SELを日本に初めて紹介した名誉教授に聞く!これからの学校教育に欠かせない社会性と情動の学習「Social and Emotional Learning」とは?

日本の教育現場でも、実践校が増えてきたSEL。

SELとは“Social and Emotional Learning”の頭文字を取ったもので、日本では「社会性と情動の学習」と訳され、2022年、12年ぶりに改訂された「生徒指導提要」にも児童・生徒の社会性の発達を支援するプログラムとしてSELが明記された。

SELへの注目が集まる中、SELを学び始めた先生たちからは「いまいち掴みどころがなく、他の先生方への説明が難しい」「どのように捉えたらいいのか分からない」といった声も上がっている。

そのような悩みを解消するべく、日本のSELの第一人者である福岡教育大学 名誉教授の小泉令三さんに、SELについて詳しく話を聞いた。

写真:小泉 令三(こいずみ れいぞう)さん
小泉 令三(こいずみ れいぞう)さん
福岡教育大学 名誉教授/SEL-8研究会 代表

福井県出身。公立小中学校教諭を経験した後、兵庫教育大学大学院および広島大学大学院を修了。博士(心理学)。福岡教育大学では教育心理学、学校心理学、生徒指導などの教育と研究を担当し、2022年3月に退職。「子どもが楽しい学校生活を送れるようにするには、どうしたらいいのか?」を中心テーマに、学校適応の問題に取り組んできた。現在も続けて、SELの普及と実践校の支援に取り組んでいる。


SELとは、感情を育む数々のプログラムを乗せた汽車


私がSELと出合ったのは、アメリカのイリノイ大学シカゴ校に1年間滞在した1997年のことです。そこでホスト教授としてお世話をしてくださったロジャー・ワイスバーグ氏が、SELを推進するCASELというNPO団体の中心メンバーの1人でした。

そのワイスバーグ氏が仲間と本を出版したと紹介してくれたのが、『Promoting Social and Emotional Learning: Guidelines for Educators』(1997年)です。


日本で関心を持たれるかどうかは分かりませんでしたが、私が研究仲間と翻訳をしたのが『社会性と感情の教育:教育者のためのガイドライン39』(1999年,北大路書房)です。


これが、おそらく日本で最初にSELについて触れられたものだったと思います。


最初は、研究者同士、あまり交流せずに同じような旗が掲げられがちなアメリカとあって、このSELも数ある同じような旗の1つ程度だと思っていました。ですが、彼らと接しているうちに、本気でSocial and Emotional Learningを教育実践につなげようとしていることを肌で感じました。

アメリカには子どもたちが悲惨な環境に置かれている地域が多くあるのですが、そうした子どもたちを、どうしたらうまく教育につなげられるかという課題に向き合う熱量が本当に高かったのです。

私自身も公立の小中学校における教員経験があり、環境の違いでせっかくある資源や学びが有効に活かされないのはもったいないと思っていましたし、いわゆる教科学習だけではなく、今でいう非認知能力の大切さも感じていました。

SELは、そうした状態の突破口となる具体的な手立ての1つとして有効なのではないかと感じました。
そこで日本に帰国後、SELを日本でも導入できるようにプログラムにしてみようと動き出したというわけです。


SELは、アメリカでは長い定義があるのですが、やや難解なので、私は「自己の捉え方と他者との関わり方を基礎とした、社会性(対人関係)に関するスキル、態度、価値観を身につける学習」と訳して紹介しました。

この訳は2022年に改訂された生徒指導提要に、基礎という表現が基盤に置き換えられて、そのまま引用されています。

要は、自己理解や、他者・環境とどう関わるかという2本の柱に、情動(感情)を関連付けて、そこからきちんと教育していきましょうという考え方です。

SELの目指すところは、知識・責任感・思いやりのある善良な市民を育てることとしており、SELプログラムの一つであるSEL-8Sで育成を目指す社会的能力を、私は次の8つに整理しています。※


1〜5はSELを提唱し始めたアメリカのNPO団体CASELが位置づけているもので、Core 5(コア・ファイブ)とも呼ばれています。6〜8は、ワイスバーグ氏たちが出された本に書かれていたことをもとに私がつけ加えたものです。


SELとSELプログラムの関係性は少し分かりにくいですよね。SELは特定の学習・教授方法を指すのではなく、枠組みあるいはプラットフォームといった位置づけであり、1つの教育運動と考えると分かりやすいと思います。

これは私がよく使う図なのですが、CASELという汽車が、SELという台車を引っ張っている。そのSELという台車の中に、A・B・C・D・E…と、たくさんのプログラムが乗っかっているわけです。

つまり、「SELプログラム」という表現は、数あるプログラムの総称なんですよ。

「善良な市民」(を育てる)という目的地に向かって、感情や情動を育む数々のプログラムが乗ったSELという台車を引っ張っていく。その作業や動きそのものが、SELを導入・実践するということなのだと捉えると良いかと思います。


社会性の基盤が弱ければ、学力向上もままならない


徐々に広がってきているように感じます。その理由の1つに、不登校など、これまでの学校のシステムでは対応しきれないような事態に直面する事例が増えてきていることが挙げられます。

多様性が高まっている子どもたちに対して、今までのやり方で「〜しなさい」「〜をしてはいけません」と言ってもなかなか通じません。そんな環境の中で、一体何をしたらいいのか。

私たちは予防・開発中心の一次的援助サービスと呼んでいますが、問題が起きてからの治療・対処的な関わり方ではなく、問題が起きる前に、心理学の知見に基づくプログラム使って事態がマイナスの方向に行かないように予防し、さらにはプラス方向に転じさせていこうという取り組みが実施されるようになっています。

こうした予防・開発中心の一次的援助サービスの中で、SELは注目される1つの手法になると考えています。


私がよく使う図で、学校適応および学力向上の基礎として、社会性が重要であることを図示したものがあります。

この台形モデルで私がいつもお話しているのは、1段目の「社会性」の土台(基盤)をきちんと作れば、2段目・3段目・4段目が乗っかりやすくなるということです。

スポーツにおいても、基礎体力を育てなければ、いくら難しい練習をしたところで上達しないどころか怪我の原因になってしまうのと一緒で、社会性の基盤となる自己の捉え方や他者との関わり方の練習ができていなければ、いくらその上に規範意識や知識を乗せても生かしきれない。

子どもたちの社会性の基盤が十分に育っていないのであれば、学校教育においてそこをきちんと育むことに、もう少し注目した方がいいのではないか、ということです。


そうですね。かつては社会性の部分は、家庭や地域社会の中で育まれてきました。

ですが、今は核家族が増え、祖父母世代に叱られるといった光景があまり見られなくなったばかりか、地域社会における人間関係も希薄になってきています。

そんな環境の中、1段目に当たる社会性の基盤が十分に育っていない状態で学校に入学してくる子どもたちがいるわけです。

学校は、基本的には1段目ありきで2段目(規範意識・行動、学習規律、自尊心)から上の部分に取り組んでいますから、やがて「どうもおかしいな…」と、従来のやり方では対応しきれないような事態に直面することが増えてくる。それが、学校がうまく機能しにくくなってきているように感じられる正体なのではないかと私は捉えています。

そうした背景もあって、社会性の部分も、学校で意図的・計画的に育てましょうというのが、SELの基本的なスタンスです。


やはりSELプログラムを学習する機会をきちんと提供することが意味を成していくだろうと思います。

どんなプログラムを導入するかについては、各学校それぞれに、いろいろなプログラムとの出合いがあると思いますので、それをしっかりやられたらいいと思います。そのプログラムがどんなことを要求しているのか、どれくらいの時間と回数を必要としたものなのかはよく調べていただいて、可能な限りそれに近づけて実践していくのがポイントです。

ただ、日本ではアメリカと違って教育課程が全国画一的にびっちりと組まれているので、時間的な難しさや周囲からの抵抗といった制約の中でどうやって取り入れていくのかは、どこの学校現場でも抱えている課題だと思います。

できるだけ日本の実情に合わせた形で取り入れることがポイントです。


まずは小さな単位で、できれば家庭も巻き込んで


確かに、感情や情動を育む部分はもう少し重視されるべきだろうと思うと同時に、実は現在でも、教科教育の中にも感情を育む要素は入っているんですよね。

例えば国語の読み取りでは、その場面をきちんと読み取っていくために感情の言葉がかなり含まれています。

そうした教科学習の中で出合える“感情を育む要素”と、導入しようとされているSELプログラムのフレームワークを意識的に紐づけられると、より系統立ったものになるのではないかと思います。


そうです。国語以外にも、小学校高学年以上になると保健体育において健康教育という文脈でストレスマネジメントのような内容や、性教育や薬物乱用防止、そして生徒指導面ではスマホの適切な使い方といったテーマも出てきますよね。それらにもSELは密接に影響してくると思うのです。

子どもに限らず大人も含めて、人の痛みを感じにくかったり、自分自身をうまくコントロールできなかったりする人に「これは危険だからやめましょう」という知識だけを提供しても、かえって興味本位で手を出しかねません。

知識の前段階として、こういう行為をしたら相手はどう感じるかを想像する他者認知の力や、こういう行動を受けたときに自分はどう反応するのかといった自己認知や感情コントロールの練習もセットでやっておくことが大切なのではないでしょうか。


学校という大きな組織でSELを実践するにあたっては、小規模なグループ単位で小さな成功例を積み上げていくことが一番の近道になりますので、まずは担任を受け持つ学級や、授業を担当するクラス単位で試してみるのが良いと思います。

うまくいったら、他の先生方も興味を示してくれて学校全体の動きにつながっていくかもしれません。できる限りひとりよがりにならずに、仲間を作って一緒に協力しながらやっていくことが大きな推進力になります。

大切なことは、プログラムを実践して学習したから身に付くというわけではなく、これはあくまでもスタートだということです。

SELが目指す社会的なスキルが具体的に身に付くかどうかは、教員側がそれをどれくらい意識して、どういう風に行動として定着させていくかというところまでを考えて学級の中や指導場面で実践するかどうかだと思っています。

ぜひ、学習した後の子どもたちの様子をよく観察して、褒めるべきところは褒めてあげてください。それがまた他の子にとっての1つのモデルケースとなって、真似ていくことにつながりますので。

もう1つ付け加えるならば、学校におけるSELの取り組みをぜひ保護者の方々とも共有して、家庭も一緒に取り組めるようにしてみてください。

いろいろな通信で紹介したり、また授業参観でSEL学習を観ていただくのもよい機会でしょう。きっと保護者の方々も、子どもの社会性を育むためのちょっとしたコツを知りたがっていると思いますから。 


〈取材・文:先生の学校編集部/画像:ご本人提供〉


※本記事は、2024年7月発行の雑誌HOPE13号に掲載した記事をウェブに転載しております。一点、13号34ページに以下の誤りがありましたので、訂正しております。
▼訂正箇所(13号34ページ)
誤)「SELで育成を目指す社会的能力を、私は8つに整理しています」
正)「SELプログラムの一つであるSEL-8Sで育成を目指す社会的能力を、私は次の8つに整理しています」