High Tech HighのPBLは、日本の学校でも真似できますか?百聞は一見にしかずでHigh Tech High教育大学院に留学した平岡さんに聞きました!
ハイテックハイは、どのような学校なのか?
本当に、ここでの学びはプロジェクト型の学びに特化しているのか?
そんな強い興味と同時に、かつては少し懐疑的な目も向けていたと話すのは、その真相を確かめるべく2023年8月より1年間ハイテックハイ教育大学院に留学していた平岡慎也さんだ。
平岡さんの目から見たハイテックハイと、日本の学校がハイテックハイに倣うとしたらどんなところか話を聞いた。
2017年立命館大学情報理工学部卒業。教育をテーマにした探究型留学、Global Teacher Programの運営代表。フィリピンやフィンランドの公立学校と提携をして、日本から延べ200人以上の参加者を引率。23年8月より、High Tech High Graduate School of Educationに進学して探究学習デザインを研究。趣味は海外旅行で、これまで訪れた国は5大陸44カ国。
好奇と懐疑の目を向けていたHigh Tech Highへの留学
——平岡さんは、現在ハイテックハイ教育大学院に留学したきっかけは何だったのでしょうか?
きっかけは、私が事業として運営しているGlobal Teacher Program(以下、GTP)をより良いものにしたい、と思ったことです。
GTPとは、教育をテーマにした短期留学プログラムで、教員を目指す学生や現役の先生方と海外の学校を視察したり、現地の学校で実際に授業をしてみたりすることで、探究的な学びを行っていくことを目指したものです。
2016年にフィリピン・セブ島でスタートし、現在はフィンランドやサンディエゴにもプログラム開催地を広げています。
あるとき、大学との協働プログラムを実施した際、学長から「GTPは教員を目指す人にとっては実践的なプログラムでとても良いが、大学と協働するからにはもっとアカデミックな要素がほしい」とフィードバックをいただき、ずっと心に引っ掛かっていました。
私は大学時代は情報理工学を専攻していて教育とは全く異なるフィールドにいたという背景もあり、教育学や社会学をしっかり学び、GTPのプログラムに落とし込んでいきたい、そのためにも、いつかアメリカの大学院で教育学を学びたい、という思いが芽生えました。
2021年の末頃から受験勉強を始め、ハイテックハイ教育大学院への留学に行き着いた、という経緯です。
——数あるアメリカの大学院の中で、なぜハイテックハイ教育大学院を選んだのでしょうか?
受験勉強をしていた当時、スタンフォードの教育大学院に留学していた友人から、ユニークな学校だと勧められたのがハイテックハイでした。そこで、ハイテックハイを舞台にしたドキュメンタリー映画「Most Likely To Succeed」を観てみたところ、なんておもしろい学校なんだと興味を引かれて。
何やら、1日の授業の8割もの時間をProject Based Learning(以下、PBL)に使って学びが成り立っている。そんな夢のような話があるのかと。
私は割と懐疑的な性格をしているので、メディアに上手く切り取られているだけなんじゃないかと疑う気持ちもありながら、実際にハイテックハイの大学院生から話を聞いてみると、思った以上にPBLは教育としてしっかり浸透しているらしい。でもやっぱり自分の目で確かめたい、という気持ちが強くあって、ハイテックハイ教育大学院を留学先に決めました。
——ハイテックハイ教育大学院ではどんなことを学んだのですか?
大学院では座学の講義が週に2〜3回あり、ハイテックハイがPBLをデザインする上で欠かせない構成要素など理論的なことについて学んだり、ハイテックハイのベテランの先生方から、どのように構成要素を組み込みながら実際にPBLを行っているのかを聞いたりしながら理解を深めましたが、実は大学院での学びのほとんどはハイテックハイ(高校)での教育実習なんです。
私の場合は、平日の高校生たちが学校にいる時間帯は、私のメンターであるJohnのクラスに一緒に入って、実習に近い形で過ごしていました。
アメリカでは自分から動かないと重要な仕事は任せてもらえないので、Johnが投げかけるEssential Question(本質的な問い)に沿って、子どもたちの学びを深められるように自分がどんな風に貢献できるか、どう価値を発揮できるかを常に考え、隙あらばこんなことをさせてほしいと提案していました(笑)。
Johnは基本的には「いいね」と言ってくれるので、そんな形で日中はハイテックハイの授業に入ってPBLを学びました。
元・大工である創業者たちの意を脈々と受け継ぐ学校
——実際にハイテックハイの中に入ってみて、どんな印象を持たれましたか?
周囲から聞いたり記事で読んだりしていた通り、本当にPBLを中心においた学びが展開されていましたね。
1日の授業のうち、7〜8割はプロジェクトの時間に充てられています。ただ、PBLの中にも座学や正解のある知識を伝達するような授業はしっかりあり、先生が講義をして生徒たちがノートを取るような時間が想像以上にあったことは意外でした。
先人たちが切り開いてきた英知は効率的にしっかり学ぶ。その一方で、答えのない問いなど探究の余地があるところは、先生たちがしっかりPBLをコーディネートしている。この2つのバランスで成り立っている印象です。
——平岡さんがハイテックハイに留学して驚いたことや印象的だったことを教えてください。
ハイテックハイに来てみて最初に驚いたことは、先生や子どもたちの熱量ですね。プロジェクトをどんどん遂行していくところの熱量が、本当にひしひしと伝わってくるんです。
私のメンターであるJohnと、もう一人、Johnとコンビを組んでいるPat先生が進めているプロジェクトが「On Our Tables(私たちの食卓の上)」というものなんですが、“食”をテーマに、栄養学や人体のメカニズムを学んだり、持続可能な食や社会について考える中で、最終的に有形のプロダクトに落とし込んでいきます。
食にまつわる道具、例えばナイフやまな板といった木工作品を作るのですが、この子たちはプロの職人なのかな!? と思ってしまうほど、凄まじく細部にまでこだわったクオリティの高い作品を何十時間もかけて作るんです。こんなにも集中して良い作品づくりをしようとするその熱量の高さは、想像以上のものがありました。
もう1つ、ハイテックハイが大事にする原則が学校の隅々まで浸透していることも印象的でした。
——ハイテックハイの4つのデザイン原則のことですね。
はい。特に強く意識されているのが「Equity(公正)」と「Authentic Work(真正な学び)」の2つです。これらが本当に大切にされていることは書籍や映画で知ってはいましたが、その浸透度は現地に来てみると想像以上でした。
例えば、Johnはベテランの先生なので、放課後になると若手の先生が相談に集まってくるのですが、横で聞いていると、会話の中に頻繁に「Equity」という言葉が出てくるんです。
「Equityの観点から見ると、こういう風に舵切りしていくといいんじゃないか」とか、意思決定をするときに「それがEquityであるのか?」など、そんな会話が至るところでされているんです。学校の教育哲学が、ただ額装されて校長室の壁に掲げられているのではなくて、想像以上に先生たちから生徒たちまでしっかり浸透していることが驚きでした。
——なぜそれほどまでに4つのデザイン原則が学校の隅々まで行き渡っていると思われますか?
いろいろな背景があると思いますが、やはり一番の要因は、ハイテックハイの創業者たちが、この学校を作る上で何を大切にしたいのかということを徹底的に議論して、その文化をしっかり醸成していくプロセスを作り込んだのだと思っています。
ハイテックハイの創業メンバーには、大工と教育者、両方のキャリアを持つ人が複数います。彼らが大工としてずっと大切にしてきた「良い物を作る」というAuthentic Workを、学校の学びの中でも大事にしたいと創業時に話したことがしっかり浸透していると感じます。
創業メンバー達は皆第一線を退いていますが、今も年に数回はハイテックハイに来て講演をしたり、新任の先生たちにハイテックハイの思想や願いを伝えたりしているんですよ。
PBLは、学び手側に強い好奇心と信頼がなければ成り立たない
——授業中、生徒たちは皆真剣に、集中して先生の話を聞いている姿勢が印象的でした。
その姿勢のベースには、好奇心があるんじゃないかなと強く感じます。
これは本当にハイテックハイの先生の腕の見せどころでもあるのですが、PBLは、学び手側の好奇心が強くないとそもそも成り立ちません。探究をしたいという欲求がなければ手も頭も動きにくいので、まずEssential Questionをしっかり定めることが肝要です。
また、ハイテックハイではEssential Questionを考えていくにあたって、最初の動機付けとなるProject Launchと呼ばれるアクティビティがあります。そういうことをしながら、しっかりと好奇心を引き出すことを徹底してやっています。
——その好奇心に関連して、ハイテックハイではEngagingという表現も見かけました。つまり、生徒たちの好奇心を引き出す上で、先生と生徒の信頼関係がものすごく必要になってくるのかなと思ったのですが、例えばJohnさんが子どもたちの好奇心を引き出すプロセスの中で、繰り返し行っていることはあるのでしょうか?
まさに、子どもたちの好奇心ももちろん大事だけれど、さらに根っこのところにあるのは信頼関係だとJohnはよく話しています。
やはり生徒たちとの信頼関係がなければ、深い学びまで持っていきにくいということで、Johnは新学期が始まると、最初に生徒たち全員に紙を配って、3つのことを書いてもらっています。
1つ目が、クラス全体に期待すること。
2つ目が、先生に期待すること。
3つ目が、自分自身に期待すること。
これを匿名で書いてもらったら、天気が良ければ外に出て、芝生にマットを敷いて全員で円になって座り、皆が書いた紙を全員でぐるっと回し読みするんです。
クラスメイトが、クラスや先生、自分自身に何を期待しているかを全体で共有するんです。その後、ディスカッションをしながらさらに深めていく。そこから1年が始まります。
Johnは、「PBLはあくまでも手段だ」とよく言うのですが、私は初めてその風景を見たときに、本当に大事なことは、PBLをするという手法の前に、生徒たちとのリレーションシップを大切にすることなんだ、ハイテックハイにはその根幹があるのだということをすごく感じました。
コピペではなく、日本のコンテクストを大事にした展開を
——平岡さんは、日本にもハイテックハイのPBLを持ち帰りたいと思われますか?
そうですね。ハイテックハイは本当に素敵な学校だなと思うので、個人的には絶対日本にあった方がいいと思っています。
高校生の頃、数学や科学のテストでは赤点ばかりだったけれど、何かを作ることや、バイクのエンジンや機械的な仕組みの話をし出したら止まらなくなるような同級生がいました。その子にとっては、絶対にハイテックハイが合っているだろうと思いますし、日本でもハイテックハイのような学校を求めている子どもたちは少なくないんじゃないかと強く思います。
一方で、では日本のあらゆる学校がハイテックハイみたいになったらいいかというと、それは1ミリも思っていません。なぜなら、やはり子どもたち一人ひとりに合った学びがあると思うからです。
ハイテックハイでは、なるべく一人ひとりに合った学びの実現を目指してはいますが、日本で言うところの共通テストで測れるような学力は、他校ほどは伸びづらいです。そこを伸ばしたい人は、この学校は合わないかもしれないというメッセージを、学校としても明確に伝えています。でも、そこを伸ばしたい人もいるわけですよね。
そう考えると、子どもたち一人ひとり、学び方や興味関心が違うので、全員がハイテックハイに行く必要はないけれども、例えば高専のように各都道府県に1つくらいの数で、ハイテックハイのようにPBLを中心に置いた学校があるといいのかな、とは思います。
そういう学校で学びたい、そして非常に深い学びが得られる子どもたちは、日本全国にたくさんいるはずですから。
——では、ハイテックハイのエッセンスを日本の学校にも注入するとしたら、どんな形が考えられるでしょうか?
日本では今、探究学習やPBLにどんどん舵が切られているので、私もここでの学びを生かして日本の教育現場に貢献したいんだとJohnに伝えたところ、「それはすごくいいね。その上で、コンテクストを大切にしてほしい」と言われました。
これは、私がここに来てからJohnに何十回と言われていることなのですが、ハイテックハイはサンディエゴにある学校であり、サンディエゴでEquity(公正)を追求するというコンテクスト(文脈)において創設され、PBLや環境がデザインされているということがポイントなのだ、と。
どういうことかというと、メキシコの国境まで30分という位置にあるサンディエゴは、人種が多様なアメリカの中でも更に多様な地域で、英語が母国語でない子どもが全米平均の2倍ほども住んでいるという特徴があります。約2割の小学生は第一言語が英語ではないとも言われており、そうした子どもたちにとっての学びのEquityを保証するためには、言語に依存しない教育が重要になるという前提があります。
つまりサンディエゴでEquityな学校を作るという文脈の中で、どういうEquityが大事になってくるのかという議論が重ねられた上で、現在のハイテックハイのPBLがあるわけなんです。
では日本はどうかと考えると、おそらく日本では違う文脈があるはずです。
だからこそ、なぜ日本で今、PBLや探究学習が求められているのか。そして、サンディエゴの背景とはどういう風に違うのかという点をしっかり押さえた上で、ハイテックハイのPBLを持ち帰って、日本でうまく展開してもらいたい。それがJohnの思いであり、私の思いでもあります。
ですので、単純にハイテックハイのやり方をコピーするのではなく、日本の文脈に合った形で編集し、広げていく。それが大切なスタンスではないかと思っています。
——ただ単にコピペするのではなく、日本流にカスタマイズする必要があるということですね。最後に、平岡さんが考える、現状でも生かせそうなポイントを教えてください。
大きく2つあると思います。
1つは、教育理念を旗印にしてPBLをデザインすること。もう1つは、この学校最大の特徴である、PBLの集大成としてのエキシビジョン(展示会)という表現方法です。
1つ目に関しては、先にも触れたように、ハイテックハイでは4つのデザイン原則がすごく大切にされていて、あらゆる意思決定の指針になっています。
特に皆Equityのことをノーススター(北極星)と呼んでいて、迷ったときは目指すべきEquityという星を探して、その方向に沿って意思決定をする、いわばコンパスのような存在なんですよ。この姿勢には、すごく学ぶところがあると思っています。
学校ごとに、大切にしたい教育理念を掲げていると思います。そこが一丁目一番地なのであれば、そこをしっかりと見据えた学校経営やクラス運営をしていこう、という意思決定ができる。そんな学校や先生が増えていってほしいなと思っています。
2つ目に挙げたエキシビジョンについては、PBLの成果発表の方法として参考にできると思っています。日本でも工夫を凝らしてPBLを実践している先生方がたくさんいらっしゃいますが、最後の成果発表は、学習の結果をポスターのような制作物にまとめる、という形が多数派であるという印象です。
もちろんハイテックハイでもそうした発表はありますが、やはりこの学校の学びにおける最大の特徴は、プロダクトを作りながら学ぶことです。有形の作品を作る過程でしかできない深い学びを大切にしているからです。それ故に、半年のうちに複数のプロダクトを作り、集大成として最後にエキシビジョンを開催します。実際に作ったものを販売することもあります。
日本ではまだ有形のプロダクトを作るような文化は少ないと思うので、ちょっと挑戦してみようかなという先生が増えたり、実際にそれが行われたりするようになっていくといいかなと思います。
〈取材・文:先生の学校編集部/写真:ご本人提供、先生の学校編集部〉