自分たちでも、良い探究カリキュラムは作れる!ゼロから立ち上げた探究科。学校独自の教科に込めた思いとは?
大阪に校舎を構える追手門学院中・高等学校は、2019年に学校教育の全体像を刷新し、時間割に「探究科」という科目を組み込んで学校全体で探究的な学びを推し進める方向に舵を切った。
その翌年には、国語や数学などと並ぶ1つの教科として「探究科」が新設され、それまで行われていた探究の実践を集約し、振り返り、次の機会へ生かす体制に変わった。この「探究科」を立ち上げたのが、同校教諭の池谷 陽平さんだ。
現在探究科主任としてオリジナルのカリキュラムを開発・実践するなど積極果敢な挑戦を続けている池谷さんに、探究科の内容やねらい、そこに込めた思いについて話を聞いた。
追手門学院中・高等学校教諭。奈良県出身。大阪府立箕面高校で8年間、英語教員として勤務したのち追手門学院中・高等学校で働き始める。2023年1月時点において追手門学院での在籍期間は5年目に突入。追手門学院では高校1年生から3年生までの担任を歴任し、現在は中学校にて学年主任を担当。「自分がやりたいこと」を実現するべく、2年目から探究科を立ち上げた。探究科には6名の教員が所属しており、その中で探究科の主任を務めている。
「とりあえずやってみよう」から始まる学びを
——貴校には「探究科」という教科があり、探究科を専門にした教員のチームもあるそうですね。
本校では2020年より「探究科」という独自の教科として設置し、「探究科」を専門で担う教員のチームも立ち上げました。このチームでは、中学校の「総合的な学習の時間」、高校の「総合的な探究の時間」のカリキュラムづくりや授業に取り組んでいます。
独自の教科とは言いましたが、あくまで「総合的な学習(探究)の時間」に則っており、学習指導要領をしっかりと読み込んで理解し、総合で育てるべき資質・能力などについて分析した上でオリジナルのカリキュラムづくりに取り組みました。
——具体的には、どのようなカリキュラムなのでしょうか?
学習指導要領の理解や分析を踏まえた上で探究科では、「生徒が楽しみながら、自信を獲得し『自己肯定感』を高め、自らの人生をよりよく選択する」というビジョンを掲げました。
大前提として「学びに向かう姿勢は100%モチベーションだ」というのが、私たちのチームの考えです。このモチベーションをどう高く持ち続けるかを最優先にしながら『とりあえずやってみる』ことから始めよう」を合言葉にカリキュラムを作っています。探究科を通して子どもたちに身につけてほしいことは、以下の3つです
①オリジナル:自分にしかないものを発見する(固定概念を破壊する)
②クリエイティブ:違う価値観の他者と協働する(新しい価値を創造する)
③コンフィデンス:自分にしかできないことに気づく(自信を持って行動する)
中学1年生から高校1年生までの4年間をかけて自分のオリジナルを発見し、高校2年生以降はチームでプロジェクトに取り組みながら、クリエイティブやコンフィデンスを身につけるといったカリキュラムになっています。
——日頃どのような実践をされているのでしょうか?
多様な実践がありますが、よく例に出すのは「コラージュで自分の価値観を表現する」というものです。コラージュの授業は、新聞紙や雑誌から、直感的に「いい!」と思ったものを切り抜くところから始まります。何をいいと思うかは人それぞれですし、切り抜き方にも個性が垣間見えておもしろいです。
次に、切り抜いたものを画用紙にレイアウトします。しっくりくるレイアウトを自分の中で探すという作業が生まれるので、何度も何度も配置変えをしてレイアウトを決めていく経過が見られます。配置が決まったら貼りつけて完成。
しかし作品の完成が終わりではなく、むしろここから先が肝心です。
作品が完成したら、タイトルと作品の説明を書いてもらい、自分はなぜこの作品を作ったのかを人に説明できるよう、意味づけをしていきます。初めはどんな作品ができるか分かっていませんでしたが、なぜこんな作品ができ上がったのかと振り返って考えてみると、いろいろな気づきが生まれるようです。最後にお互いの作品を鑑賞し、フィードバックし合います
このように探究科の授業は、「とりあえずやってみる」ような学びが特徴だと思います。
「動いてから考える」マインドセットを育てたい
——おもしろいですね!学習を通して生徒たちに何か変化はありましたか?
毎回行う授業の振り返りでは、生徒から「好きなように作ったのに、自分が思っていたものとは全然違う作品ができた。私も知らない私の好みがあるのかな」といった気づきや、「作った自分でさえ作品に対していろいろな見方ができるから、他の人はもっと多様な見方をするのだろうと感じた」と他者の視点を取り入れたことによって、自分の考えが広がったというコメントが届くことがあります。
振り返りを毎時間行っているため、スムーズに自分の思考を言語化できるようになっていたり、互いに自己開示する機会が増えたことが生徒にとって安心して話せる場づくりにつながっているようです。中学の頃は不登校傾向があった子や、あまり社交的ではなかった子が対話することが怖くなくなったというような、私自身も想定していなかった変化もありました。
——なるほど。そもそも池谷さんが独自のカリキュラムや実践を考えるようになったきっかけは何だったのでしょうか?
追手門学院に着任する以前は大阪府の公立高校で勤めていたのですが、この頃に得たさまざまな気づきや経験が影響しています。
当時30代半ばだった私は、常に何かに縛られながら教壇に立っていました。「生徒たちを受験に向かわせないといけない」「生徒指導もしなければならない」という声が常に頭の中に響くのと同時に、生徒全員を受験という同じ方向に向かわせることに違和感を抱いていました。生徒たちは一人ひとりこんなにも多様なのだから、進む道ももっと多様であっていいのにと。
そんな最中、新しい校長の着任を契機に学校改革が始まりました。当時首席だった私は、新しいカリキュラムを開発する立場になり、この開発過程でたくさんの気づきを得ました。さまざまな知識や経験を持つ先生方とチームになってアイデアを出し合いながら、「良いカリキュラムって自分たちでも作れるんだ」という発見をしました。
このときの経験を通して、「今あるものだけが正解じゃない。正解はないから、勉強しながら理想を形にして、実践していこう」と思えるようになったんです。それ以来ずっと、オリジナルのカリキュラム作りを探究している感じですね。
——カリキュラムを作る上で大切にされている考え方は何ですか?
私が一番大切にしているのは、「動いてから考える」というグロースマインドセット(Growth mindset・成長型マインドセット)です。
高校生になってくると、失敗しないために考えてから動く子の方が多くなってくるように感じます。自分にとって意味のある、楽しい経験だけを取りに行くことに必死で、「目の前にあるものをどう楽しむか」というマインドセットになかなかならない。
そうではなく、「どうなるか分からないけれど、取りあえずやってみよう。目の前にあることを楽しんでみよう!」というスタンスになれた方が、結果的にそこで得られる学びが積み重なっていきます。実際に、まず動いてみたことによって新しい自分を発見し、価値観が変わったと目を輝かせる教え子たちをたくさん見てきました。
だから常に、生徒が「動いてから考える」マインドセットを獲得するにはどうしたらいいかという問いに立ち返っていますし、このマインドセットを作ることこそが探究の役割だと思っています。
——池谷さんの今後の挑戦も楽しみです!
ありがとうございます。実は2023年度から、新しいコンセプトをカリキュラムや実践に取り入れようと思っています。
「探究」という言葉を英語で考えたときに、「探」は「explore」で、僕の中ではドライブして冒険するようなイメージがあります。そして「究」は「inquire」で、ドライブ(explore)している間に何かに出会い、気になったら止まってちょっと掘って調べてみる(inquire)という感覚です。
来年度は今のカリキュラムをベースに、「探」(explore)する方法と「究」(inquire)する方法を少し整理しながら改良を加えて実践できたらと思っています。子どもたちには「とりあえずやってみないと分からない。やってみると、何かできるし、おもしろいよね。それを繰り返していこう」という姿勢を伝え続けていきたいです。
〈取材:先生の学校編集部/文:西本 友/写真:ご本人提供〉