ハイテックハイのベテラン教員、Patさん教えてください!プロジェクトの設計、ブラッシュアップ、外部連携、どうしてますか?
探究する学びにおいて、プロジェクトの設計、計画のブラッシュアップ、協力してくれる外部人材の発掘など、充実した学びを展開するためには、入念な準備が欠かせない。探究する学びを設計・実践する中で、常に何かしらの悩みがつきまとってくるように感じている方も多いのではないだろうか。
先生方が日頃感じている、探究にまつわる悩み一つひとつに対して、長年プロジェクト型学習に取り組んできたハイテックハイの先生は、どのように向き合ってきたのか。同校に勤務して17年目を迎えたPat Holderさんに、それらの悩みに対するヒントをいただくべく、話を聞いた。
ロサンゼルス出身。サンディエゴには2005年に移住し、人文科学を担当する。メキシコ北部のバハ・カリフォルニアの地区で家族とキャンプをすることやDIYが趣味で、プロジェクトにも木工制作を取り入れている。
生徒の学びの価値観がガラリと変わる、Authentic Work
——Patさんは、いつからハイテックハイで働かれているのでしょうか?
この学校で働き始めて、今年で17年目になります。現在(取材は2024年2月取材当時)は12年生、日本でいう高校3年生の担任をしています。私は人文科学系の教科を専門とする教員なのですが、教室の中が木工ショップのようになっていて、いつでもものづくりができる環境です。
なぜこのような教室になっているかと言うと、ハイテックハイではそれぞれの先生が自分の好きなように教室をアレンジできる裁量があります。そのため、人文科学を担当する私の教室も、ものづくりができるようにアレンジしているわけです。
——なぜものづくりができる環境にしたのでしょうか?
たとえ木工ショップのような場所になっていたとしても、文章を読んだり書いたりは普通にできますし、仲間とディスカッションすることもできますよね。そしてICTがあれば、グラフィックデザインをすることもできる。
私は生徒が1つのプロジェクトに取り組むとき、さまざまな領域の事柄と接点を持てるようにしたいと考えています。例えば沿岸環境問題を調査したプロジェクトでは、帆船を設計・製作したことがありました。また都市農業プロジェクトや食品研究に関するプロジェクトでは、家の中に菜園や雨水を貯める仕組みを作ったり、鶏小屋などの建設にも取り組んできました。
——インターネットで調べてまとめるだけではなく、実際に手を動かしてプロダクトを作ることを、プロジェクトの中に必ず取り入れているのですね。
その通りです。プロダクトづくりの要素を含めてプロジェクトを設計することで、生徒が自分の得意なことを生かしてプロジェクトに貢献できるように、プロジェクトへの多様な関わり方の選択肢を作ることができます。そしてプロダクトを作ることは、「Authentic Work」につながる道筋になります。
——「Authentic Work」は、ハイテックハイがプロジェクトを設計する上で大事にしている4つの原則の中の1つでしたね。「Authentic Work」とは、どのような学びなのでしょうか?
「Authentic Work」とは、成績や誰かに提出物を出して「合格」と言ってもらうことを目的とする他人軸の学びとは異なり、実社会にとって本当に価値のあるものを生み出すことを目的とする学びです。
プロジェクトには、誰かが必要としてくれるものを作って販売するとか、あるいは非営利団体と連携してその団体が解決したい問題に寄与するものを提供するなど、さまざまな目的があります。
いずれのプロジェクトにも「本物の目的」と「教室を越えた活動」が必ず必要です。生徒がそのような学びに触れることで、学びに対する価値観が大きく変わっていきます。
教室を越えたプロジェクトに対して評価をしてくれるのは、両親や先生ではないですよね。フィードバックをくれるのは、生徒たちが作ったものを使ってくれた人。その人たちにとってそのプロダクトが有用であったかどうかを知ることが、自分たちの評価にもつながります。
プロジェクトを通して単に物を作るだけでなく、実社会のつながりの中から得られる反応を通して自分たちの価値を感じることが、「Authentic Work」だと捉えています。
一番気をつけたいのは、プロジェクトがプロジェクトだけで終止してしまうこと
——プロジェクトで作った成果物が、実社会に寄与するかどうかがとても大切なのですね。
はい。生徒が実社会とつながり、本物の学びに触れられるプロジェクトをつくるために、日頃から職員同士でお互いが計画しているプロジェクトについて話し合いを重ねています。それは、たくさんの人の視点でプロジェクトを見て、プロジェクトが持つ学習の広がりや深まりを一緒に考えるためです。
例えば以前、異国の文化に触れて、その国の料理について調べてレシピをまとめるというプロジェクトを提案してくれた先生がいました。私はそのプロジェクトを、大変素晴らしいプロジェクトだと思いました。一方で、もっと素晴らしいプロジェクトになる可能性も感じました。
例えばそのプロジェクトで作ったレシピが、インターネット上で公開されてたくさんの人に見てもらうことができ、それぞれの家庭で実際に使ってもらえたら、そしてそのレシピが家庭でずっと受け継がれるようなものになったら、それはまさしく「Authentic Work」となります。
この例からも、プロジェクトを計画する上で一番気をつけたいのは、プロジェクトがプロジェクトだけで終止してしまうことなんです。
——だからプロジェクトが実社会とつながることを大切にしているのですね。プロジェクトを協働して進めてくれる団体・企業や、プロダクトを実際に使ってくれる人のことを「コミュニティパートナー」と呼んでいるそうですが、先生方は、どのようにコミュニティパートナーを見つけているのでしょうか?
実にさまざまな方法で、コミュニティパートナーを見つけてきました。
例えば今期、僕のクラスでは食品について研究しているのですが、プロジェクトの過程で、食べ物を育てたり届けたりする仕組みの一部に関わっています。現在生徒は地域の小学校で使ってもらうために、野菜栽培用のプランターを作っています。
なぜプランターを作ることになったかと言うと、プロジェクトを計画する際に、あるNPO法人から「地域の学校向けにレイズドベッド(ベッドのような大きさのプランター)を届けるプログラムを実施しているのだが、ハイテックハイの取り組みを知って、一緒に何か取り組めることはないか?」との連絡があったことがきっかけです。
ハイテックハイにはこれまでの実績があるので、ときどきこのように連絡をいただくことがあります。そういった連絡を見過ごしてしまわないように、連絡をいただいた団体や企業を整理するリストを作成しています。
リストを作成することで、プロジェクトが立ち上がった際に、関連する企業・団体に連絡をして「こんなプロジェクトをする予定だけれど、あなたのプログラムの力になれることはありますか?」と、すぐに尋ねることができるようになるからです。
——これまでの取り組みを評価してくれている方たちから、連携したいと連絡がくることがあるのですね。新しくコミュニティパートナーとつながるために、何か工夫していることはありますか?
コミュニティパートナーとつながるためには、生徒がプロジェクトでどのようなものを作るのか、知ってもらう必要があります。
例えば都市農業のプロジェクトに取り組んだ際には、生徒が製作予定だった「鶏小屋」「水を集める仕組み」「苗床」などの情報について情報をカタログにまとめ、それを保護者や地域の学校に送るなど、たくさんの人に製作予定の成果物について知ってもらう機会を作りました。
その結果、本当にたくさんの人から連絡がきて「私の土地を水収集に使ってください」とか「私の持っている空き地に、コンポストを置くことができます」と提案してくださいました。このように連絡をくれた人たちが、コミュニティパートナーとなり、生徒が製作した成果物を使ってくれるのです。
コミュニティパートナーを見つけるのに大切なことは、学校外にどのような人がいるかを知ることです。そのときに、決して1人の力で知ろうとしなくて大丈夫。
プロジェクトの計画をまとめて、同僚たちにその内容を伝えておけば「そのプロジェクトなら、こんな仕事をしている人とつながるといいんじゃない?」とか「こんなことを専門に研究している人がいるよ」というような形で、それぞれがつながっている人たちを紹介してくれて、コミュニティパートナーに出会うことができるからです。
——コミュニティパートナーは、生徒やプロジェクトにどのような影響があるのでしょうか?
ここまで話した通りコミュニティパートナーとは、専門家や企業だけでなく、一般の市民も含まれてきます。だからコミュニティパートナーは、生徒たちに何かを教える役割だけでなく、ときには自分たちだけで解決できない困りごとを生徒たちに相談することもあります。
そういった問題解決に関わることで生徒たちは他者に貢献する機会を得ます。
またプロジェクトの中で成果物を作ったとしても、誰にもフィードバックをもらえなかったら、どうでしょう?生徒たちは、一度作ったプロトタイプ(試作品)を、そのフィードバックをもとに見直す機会が得られなくなりますよね。
そういった意味でコミュニティパートナーは、私たちの学びを客観的な視点で見つめてくれる人たちでもあります。コミュニティパートナーが生徒が作ったプロダクトを見てくれたり、実際にクライアントとして使ってくれることは、生徒の学びのモチベーションにもつながるのです。
——コミュニティパートナーが子どもたちと関わる場面もあると思うのですが、一緒にプロジェクトを進める際に伝えていることや、大事にしていることはありますか?
コミュニティパートナーは生徒たちにアドバイスをくれたり、ときにクライアントになったりと、実社会とのつながりを教えてくれる大事な存在です。だからまずは私たちから、プロジェクトの具体的な内容や、やりたいことをしっかり伝えています。
そしてパートナーの方々には、自分たちが持つニーズを正直に伝えてほしいとお願いしています。コミュニティパートナーが本音を話すことで、「Authentic Work」につながるからです。
双方のニーズをしっかり共有した上で、生徒たちの学びをどのようにアシストしてもらうか、そして生徒たちがどのようにパートナーの仕事を助けることができるのかについて、プロジェクトの計画段階からアイデアを共有し、協働の方向性を探っていきます。
「自分はどうしたいか?」を考えるためのガイドやサポートを
——ハイテックハイの先生同士だけでなく、コミュニティパートナーとも一緒にプロジェクトを擦り合わせていくのですね。Patさんがその際に大切にしていることは何でしょうか?
プロジェクトをいろいろな人と相談してブラッシュアップすることを、私たちはプロジェクトチューニングと呼んでいます。他者の視点を取り入れたり、プロジェクトの不明瞭な部分について気づいたり、自分自身がプロジェクトについて論理的に説明できるかどうかを考える、良い機会になります。
チューニングの段階ではプロジェクトに関係する人を集め、「良いプロジェクトとは何か」「どのような価値を付与できるのか」「どうしたらさらに良いプロジェクトになるのか」「どのような課題の解決に役立つか」などについて話し合います。
プロジェクトチューニングをしていると、たとえコンテンツやアイデアが非常にユニークだったとしても、どのような成果物を作るのか、そのプロジェクトを通して生徒がどのようなスキルを発揮できるのか分からないプロジェクトに出会うこともあります。
でも多くの人の声を共有し、一緒にブレインストーミングをして検討していけば、良いアプローチを考えることができる。これがプロジェクトチューニングで最も大事なことかもしれません。
計画の段階で私にとって非常に意味のあるプロジェクトに感じられたとしても、生徒にとってどのような意味を持つかを考えることも大切です。そのため、チューニングしていく際には生徒の声も反映していきます。子どもたちにもプロジェクトを提示して、子どもたちがどんな願いを持っているのかをまとめることもあります。
——これまでで最も印象に残っているプロジェクトは、どのようなものですか?
どのプロジェクトもとても印象に残っているのですが、僕はキャンプやサーフィンをするのが大好きです。そのため私の車をカスタムして、キャンピングカーを作るというプロジェクトのアイデアが思い浮かびました。
このプロジェクトはすぐには実行せず、一緒にプロジェクトを計画していた同僚のJohnと、長い期間をかけてブレインストーミングをしてから実施しました。そのプロジェクトで作った最終のプロダクトは、現在私の車の一部となっています。
このときは、僕がクライアントだったので、もちろん私が資金提供をしました。実際にこの車を使ってキャンプをして、150回くらい車の中で寝たかな(笑)。
——プロジェクトを作る上で、Patさんが大事にしていることについても、ぜひお聞きしたいです。
僕はこの質問の答えに辿り着くまでに、長い時間がかかりました。生徒たちに成果物を作らせようとするとき、私たちは完璧なものを作らせようとしてしまうのですが、決して最初からプロになる必要はありません。
世の中には完成された建物やプロダクトがありますが、それらは多くの失敗やたくさんの人々の協力を得て成り立っていることを忘れずに、生徒に失敗の機会や、その失敗を振り返る機会を与えることが大事だと思っています。
プロトタイプを見て、その中にどのような失敗や間違いがあるのか、そしてそれはどのようにしたら良くなるのかを考えていく。そして、使えるものになるまでやってみることこそが、「Authentic Work」につながると思っています。
——先生が何かを教えて気づかせたり、学ばせたりするというわけではなく、生徒自らの振り返りの機会ということですね。
そうですね。私たち教員も全てを知っているわけではないことを自覚しています。生徒たちは時間と場所があれば、先生が全てを知っていなくても問題を解決しようとします。
「目の前の問題にどのようにアプローチしようか?」「問題解決のために、何を学べばいいだろうか?」「私たちはどうしたいのか?」、そんなことに気づくためのガイドやサポートが大切だと思っています。先生も、生徒と一緒に解決する道を見つけていけばいいのではないでしょうか。
——学校という場所の役割を改めて考えさせられました。最後に、Patさんは「学校」という言葉を使わずに学校を表現するとしたら、何とお答えになりますか?
そうですね、「成長する場所」「前向きに挑戦できる場所」「サポートされる場所」とも言えますね。学校とは、学ぶだけの場所ではありません。
これまでプロジェクトの取り組みについて多くのことを語ってきましたが、プロジェクトに取り組むのと同時に生徒との関係性を育む必要があります。
木工をする傍らで、生徒が抱えている問題、進学先や恋愛の話をすることもあります。つながりを築くことが、学校で生徒を育てる上で非常に重要だと思いますし、そうすることで学びにもっと向き合えたり、生徒が学校という空間をより快適に感じられるようになっていきます。
生徒に何かを教えてあげるというよりも、そうやって一緒に学びを少しガイドしたりサポートしたりする人であることを、これからも大切にしていきたいです。
〈取材・文・写真:先生の学校編集部〉