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児童養護施設の子どもたちの未来を拓く、新しい支援のカタチ。留学プログラム「Study in America」とは?

児童養護施設の子どもたちの未来を拓く、新しい支援のカタチ。留学プログラム「Study in America」とは?

児童養護施設出身の子どもたちの大学進学率は、全国平均の約4分の1にとどまる。ましてや、より多額の資金が必要となる海外留学となると、どれだけ本人が希望したところで、諦めざるを得ないのが現状だ。

こうした現状を打破するために、特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパンが立ち上げたのが、児童養護施設の子どもたちの留学を支援するプロジェクト「Study in America」だ。

本プロジェクトのディレクターを務める白井智子さんに、プロジェクトに込めた思いと、2023年の第1号派遣の様子について話を聞いた。

写真:白井 智子(しらい ともこ)さん
白井 智子(しらい ともこ)さん
Study in America(SIA)ディレクター、新公益連盟 代表理事(取材当時)

1972年、千葉県生まれ。東京大学法学部卒業後、松下政経塾に入塾。1999年、沖縄でフリースクール設立に参加。その後大阪へ移り、NPO法人トイボックスを立ち上げ。大阪府池田市と連携して、不登校の子どものための全国初の公設民営フリースクール「スマイルファクトリー」を設立する。2011年、東日本大震災で被災した子どもたちの支援事業を開始し、子どもたちの学習支援と生活訓練を行う施設や認可小規模保育施設を立ち上げた。2020年、NPO等ソーシャルセクター約150団体が加盟する新公益連盟の代表に就任。現在は「Study in America」ディレクターや文部科学省中央教育審議会臨時委員などの公職、TBSテレビ「ひるおび」などのコメンテーター等も務める。


格差の連鎖をどう断ち切る?


私は1999年に沖縄でフリースクールを立ち上げて以来、かれこれ25年にわたって、不登校、発達障害、引きこもりといったさまざまな課題を抱える子どもたちの居場所づくりを行ってきました。

最初にフリースクールを立ち上げた25年前は、「全国から不良が押し寄せてくる」と地元で反対運動が起きたほど、世間からの風当たりが強かったのですが、その後どんどん不登校の子どもの数が増えていき、2016年には不登校などさまざまな理由で十分な義務教育を受けられなかった子どもたちに教育機会を確保するための法律「教育機会確保法」が制定されました。

自分の生きている間にこんな法律ができるとは思っていなかったので、個人的にはかなり革命的な展開でした。

ただ、現場は驚くほど変わりませんでした。教育機会確保法において、「多様な教育の場をつくること」は、国や自治体の努力義務にはなっているものの、そのための具体的な予算がつけられていないのです。そのため、施行から7年が経った今でも、この法律の存在自体がほとんど知られていないような状況が続いています。

それまで私は、選択肢をどんどん作っていくことが大事だと考えていました。公設民営の学校をつくったり、震災と原発事故があった福島で学童保育や保育園をつくったり。いろいろな課題と戦っている子どもたちのために、居場所をつくり、選択肢を増やしていくための取り組みを行ってきました。

しかし、一つずつ施設をつくっていくやり方だけでは、増え続けるニーズにまったく追いつきませんでした。そこで2020年にいったん現場を離れて、100以上のNPOや社会的企業が加盟する新公益連盟(以下、新公連)の代表理事になりました。


新公連の代表になったことは、私にとってシフトチェンジと呼べる出来事でした。

新公連では、「コレクティブ・インパクト」をテーマに、多様なセクターによる協働を推進しているのですが、それぞれの団体が個別に動くのと、複数の団体が協力し合って動くのとでは、かかるコストやスピード感がまるで違ったのです。

就任してすぐ、加盟団体の中で最大の団体、ピースウィンズ ・ジャパン代表の大西健丞さんと、「一緒にコレクティブ・インパクトの事例をつくりましょう」という話になりました。 

ピースウィンズ ・ジャパンは、難民支援や国内外の被災地支援をメインに活動している団体なのですが、大西さんはそうした活動をする中で「一番のしわ寄せが子どもに行くことに、ずっと心を痛めてきた」「なんとか子どもたちを助ける活動をしたい」と仰っていて。

一方、私も、さまざまな困難を抱える子どもたちの支援をしていく中で、子どもたちは自分の生まれてくる家庭を選べないにも関わらず、生まれた環境によって受けられる教育や人生の大部分が決まってしまうことに、ものすごく理不尽さを感じていました。

常態化している社会的な格差の連鎖を、解消するための取り組みをしていきましょうということになり、 さまざまなアイデアを出し合いました。

その中で、大西さんが児童養護施設の先生たちから話を聞いたときのエピソードが話題に上がりました。養護施設の先生たち曰く、子どもたちを大事に育てても、措置の期間が終わってしまうと、その後はなかなかサポートしきれない。中には、やむをえず、風俗で働いたり、反社会的勢力の方に行ってしまう子どもたちもいるのだと。

そこで、まずは、こうした「児童養護施設の子どもたち」を支援できないだろうか、という話になりました。


「海外留学」というアイデアの根底にあったのは、「閉塞感が満ちている今の日本には、 イノベーション、チェンジメーカーが必要である」という大西さんの考えです。

つまり、「かわいそうな子どもたちを助けよう」というスタンスではなくて、これまであまりチャンスが与えられてこなかった層の中から、イノベーターやチェンジメーカーを探していかないと、この閉塞感は打破できない、日本の将来は結構まずいかもしれない。そういう課題意識がありました。

そして、周囲で起業して社会課題に取り組んでいる人たちのことを見渡してみて分かったのは、海外留学経験や、海外で仕事をした経験のある人の割合が非常に高いということです。

私自身も、4〜8歳までオーストラリアで教育を受け、日本に帰ってきたときのショックをきっかけに起業しています。大西さんも海外に留学したときに異文化を目の当たりにし、当たり前だと思っていた日本社会のシステムに疑問を抱いて、今の活動に至っている。

そこで、これまでそうした機会に恵まれなかった子どもたちに海外留学のチャンスを作ることで、何か大きな転換が起こるのではないかと思ったんです。


人生を変えた8日間のプログラム


まず、採用支援を通じて児童養護施設との関係を築かれてきたNPO法人チャイボラ代表理事の大山遥さんに、「養護施設の子どもたちの海外留学を支援したい」と相談してみたところ、約30の施設にヒアリングをしてくださいました。

当初は「生活するだけでも大変なのに、海外留学のニーズなんてないんじゃないか」という予想もありましたが、実際にヒアリングしてみると、意外にもほとんどの施設から「今までそんなこと考えたことがなかったけど、言われてみたら、そのチャンスがあれば活かせる子どもはいると思います!」というお返事が返ってきました。

中でも、6つの施設からは「今すぐ行かせたい子がいます!」という前のめりなお返事があり、すぐにオンラインで面接を行って、それぞれの施設から推薦のあった6名を第1期奨学生としました。その後は2023年1月から全4回の事前研修を行って、3月にアメリカにお連れした、という流れですね。


よく「英語や勉強ができる子を派遣しているのでしょう?」と聞かれるのですが、そうではありません。それは既に他の団体でやられていることなので、私たちがやるべきことではない。

私たちの基準は、とにかく「志」です。「社会貢献に関心があり、海外留学をしたらそのチャンスを活かせそうな子がいますか?」と各施設の方に訊ね、推薦をしていただきました。

また、第1号の派遣ということもあり、まずはしっかりと信頼関係を作れる施設さんと連携させていただきました。やはり、施設としてもリスクを抱えることになりますし、私たちも命をお預かりすることになりますので、子どもたちのチャレンジを応援するために、全面的に協力してくれる施設の方と組ませていただきました。


まず、全4回のオンライン事前研修では、「信頼関係をつくること」を丁寧にやっていきました。どこに行って何をしたいのか、できるだけ子どもたちの声を聞き、お互いのことをよく知ると共に、守ってほしいグランドルールについて、私からみんなにチャットで送ったり、直接話したりして共有しました。

現地に行ってからは、毎朝子どもたちに「今日の目標」を聞き、夕方には振り返りをしてもらって、その日感じたことを話してもらいました。

この間、私が子どもたちにとにかく伝えていたのは、「問いを立てよう」ということです。「せっかくはじめての外国、 はじめての異文化に身を預けるわけだから、今まで当たり前だと思っていたこととか、自分でつくっていた限界を、いったん壊してみましょう」と。

すると、子どもたちは本当にたくさんの問いを立ててくれました。

例えば、高校の見学に行って、きれいなピンク色の髪をした女の子を見たときには「かわいい!」と大騒ぎで、「私たちが今まで当たり前と思っていた校則って何だっけ」「あれってどういう根拠があるんだっけ」という議論になったり。

みんな口をそろえて「世界が狭かった」と言っていました。「今まで『日本に勝るものはない』と思っていたけれど、日本しか知らないだけだった」と。


そうですね。8日間子どもたちと寝食を共にしてみて感じたのは、彼・彼女たちが「いかに手っ取り早く、食いっぱぐれない職業に就くか」という思考の中で生きてきたのだろう、ということでした。

おそらく、「資格の必要な職業に就けば食いっぱぐれない」という思考があるのでしょう、6人中2人が「薬剤師になるのが夢です」と言っていました。

でも、AIの時代になれば、薬剤師の役割も変わってくるし、「資格があれば食いっぱぐれない」という前提も変わってくるかもしれない。もちろん、そうした資格を取ることは無駄にはならないけれども、せっかくここに来た、素晴らしい力を持っているあなたたちなんだから、ただ資格を持っているだけの人ではなくて、課題を解決していけるような立場を目指していった方がいいんじゃないか。

一人ひとりとのメンタリングを通じて、そういう話をしていきました。みんな、「そんなことを言ってもらえたのは初めて」「この8日間で本当に人生が変わった」と、すごく喜んでくれました。


未来を拓くキーワードは「伴走支援」


この8日間での子どもたちの変化は、私たちが横で見ていても本当に圧倒されるほど大きなものでした。

今は円安ということもあり、1人約100万円ぐらいのコストがかかるのですが、これだけ視野が広がって、進路選択にもプラスの影響を与えられるのであれば、逆にコスパがいいんじゃないかと思いました。特に今のような少子化の時代において、全ての子どもたちに望めばこうした機会を提供するということは、必要なことだと確信しました。

また、当初は長期の留学も支援しようと考えていたのですが、長期となると学費も高くなり、支援できる子どもの人数が限られてしまう点がネックでした。しかし、今回の第1号派遣を通じてわかったのは、短期留学に行ってモチベーションの上がった子どもたちは、長期で海外に行けるプログラムを自力で探してくるということです。実際、第1期奨学生のうちの1人は、ネパールに無料で行けるプログラムを探してきて、同じ年の夏には旅立っていました。

つまり、短期留学を回していくと、長期留学に行く子どもたちの数も自ずと増えていく。そのため今後は、「短期留学でモチベーションを上げる」「短期留学を経て長期留学を希望した生徒には、実現するまで伴走する」という部分に注力しようと考えているところです。


伴走支援は本当に大事だと思います。もし私が子どもたちに「問いを立てろ」と言い続けなかったら、見えてくる景色や選択肢はまったく違っていたでしょう。ただ、「アメリカってすごいな、広いな」と、憧れで終わっていたかもしれません。

子どもたちに問いをぶつけ続け、事前事後のメンタリングも含めて伴走し続けることで、自分で次の留学プログラムを見つけて行ってくるぐらいの意思の力と行動力が身についた。このことは、私たち自身の学びでもあります。

今はまだ、メンタリングを全て私がやってしまっている状態で、当然それでは持続可能性がないので、メンタリングを仕組み化して他の人でも実践できるようにすることが、今後の課題ですね


ときどき、「うちの町は教育に力を入れているので、お金をかけて教育センターをつくりました!」みたいなお話をうかがうことがあるのですが、子どもたちはハードだけでは育ちません。

それよりも、新しい文化や新たな価値観に触れられる機会をつくることに、私たち大人はエネルギーとコストをかけていくべきだと思っています。社会が少しでもそういう方向に変わっていくように、「Study in America」ではそのエビデンスとなるような事例をつくっていきたいと思います。


〈取材・文:藤田 マリ子/写真:ご本人提供〉