自分を深く探究し、どんな自分も愛せる人を育てたい。子どものありのままを大切にする「ラーンネット・あーる」での学びとは?
日本の探究型スクールの草分け的存在であるラーンネット・グローバルスクールの系列校として、2023年6月に神戸市で開校した少人数制スクール「ラーンネット・あーる」。「あーる」には湾曲するような柔らかなイメージや、「ある・有る・在る」などさまざまな意味が込められている。
授業数は1日3コマほどで、一つの学びにゆったり時間をかける同スクールでは、カリキュラムに時間的・精神的な余白を持たせることで、「自分らしさ」の探究に主軸を置いているという。
どのような理念に基づき、どのような取り組みが行われているのか。同校でスクールディレクターを務める、齊藤勇海さんに詳しく話を聞いた。
埼玉県の小学校教員を9年間経験した後、兵庫県神戸市に移住。約1年、ラーンネット・グローバルスクールのナビゲーターとして活動。ラーンネット・あーるには設立から携わり、2023年6月から同校のスクールディレクター兼ナビゲーターを務める。もう一つの顔として、幼少期から社会人リーグまでずっとサッカー選手としても過ごし、両立する生活を続けている。
学年の垣根を越えて学び合う、無学年制のスクール
——「ラーンネット・あーる」とは、どのようなスクールなのでしょうか?
ラーンネット・あーる(以下、あーる)は、日本の探究型スクールの草分け的存在であるラーンネット・グローバルスクールの系列校として、2023年6月、神戸市灘区に開校したスクールです。ラーンネット・グローバルスクールはもともと、探究的な学びにどっぷりと浸かることで、子どもの好奇心や探究心を伸ばす学びを大切にしてきたオルタナティブスクールです。
現在は、学校に馴染めなかったり、既存の学校に違和感を抱いたりしていた小学1〜4年生の15人ほどの子が、新しい教育の選択肢を求めて通ってくれています。新たに設立した背景には、ラーンネット・グローバルスクールへの入学希望者が定員を超え続けていたこともあります。開校1年目の2023年度は週3日、2024年4月からは週5日開いています。
——あーるには、どのような特徴があるのでしょうか?
無学年制が特徴の一つで、学年という区分を設けていません。私たちが社会に出て働き始めると、同じ年の人ばかりが集まることはほとんどありませんよね。でも学校にいると、同じ年の学年という区分で分けられてしまいます。この点が、実社会と比べてみると不自然だと感じていました。
子どもたちの学びというのは、学年という区切りで決められるのではなく、いくら進んでもいいし、止まっても戻ってもいいはずです。そして、個性を持った子どもたち同士が、自分の好きなこと・得意なことを持ち寄って、関わりながら成長していくものだと思うんです。そのためあーるでは、学年関係なく子ども同士で伝え合ってお互いに成長することを意図して、無学年制にすると決めました。
ところで、スクールの名前でもある「あーる」が、ひらがなで表記してあることにお気づきでしょうか?
もとになった「ある」という言葉には、ものがそこに「有る」という意味もあれば、「人のあり方」の「在る」を想起する人もいますよね。そのことから、人がそれぞれ持っている「自分らしさ」を大切にしたいという考えが、スクール名には込めています。
——子どもの学びの本来の姿を見つめ直し、一人ひとりがあり方を磨けるような場所にしようと考えられたのですね。カリキュラムにも特徴がありそうですね。
カリキュラムは、マイプロジェクト、テーマ学習、フィールドワーク、そしてSEEラーニングの4つで構成されています。一人ひとりの興味関心から始まる探究活動がマイプロジェクト。テーマ学習は、社会の仕組みや歴史、自然現象や道具の使い方など「これは知っておいてほしい」という内容や概念で構成されている学習のことです。
テーマ学習では、さまざまなテーマを教科横断的に学んでいけるよう、ラーンネット・グローバルスクールを27年運営してきた知見を活用しています。
フィールドワークは、六甲山に登ったり、近所の大きな公園に行ったりして、たくさん歩き、自然観察をして、見つけたものをスケッチして見せ合います。フィールドワークを通して、自分と友達では見ている世界が違うということに気づいたり、何気ない帰り道の見え方が変わってきたりするんです。身近なところにも豊かさは広がっていることを体感してほしいと考えて取り組んでいます。
そして最後のSEEラーニングとは、Social Emotional and Ethical Learningの略称で、社会性、情動性、そして倫理的な知性を学んでいく学びのことです。
自分らしさをじっくり探究できる、余白を大切にしたカリキュラム
——SEEラーニング、ですか。初めて聞きました。
僕がこのスクールを、「自分らしさが探究できる場」にしたいと考えていたときに出会ったのが、SEEラーニングでした。この学びは、自分の身体感覚を起点として、自分の内面や、他者や社会、世界とのつながりを、体感を伴って理解できるところが魅力だと感じています。
SEEラーニングの学びを具体的に説明するために、ステップインステップアウトというアクティビティを紹介したいと思います。
このアクティビティでは、まず子どもたちが円になります。次に「猫が好きな人」とか「チョコレートが好きな人」などといったファシリテーターの問いかけを聞き、Yesの人は円の内側に一歩踏み込み、Noの人は最初の場所から動かないなど、身体を動かします。このアクティビティをすると、一人ひとりの好き嫌いなどの違いがはっきりと可視化されます。
一人ひとりの違いが見えてきたところで、ファシリテーターがそれまでとは異なる質の問いを投げかけます。
例えば「意地悪されるよりも、親切にされる方が好きな人」とか「悲しい気持ちよりも優しい気持ちの方が好きな人」といったようなものです。このような問いを聞くと、ほとんど全員が一歩前に踏み込んで、円がギュッと縮まります。
円が縮まるということは、「皆、親切にされたり、優しくされることが好き」ということ。つまり、誰もが持つ共通のニーズなのだと気づくことができるんです。
——お互いの価値観の違いや共通点に気づける学び、とても興味深いです。
先ほど自分らしさを探究するスクールにしたいと話しましたが、小学生はもちろん、私たちのような大人にとっても「自分らしさ」は探し続けていくものだと思っているんです。
自分らしさは、自分一人だけで見えてくるものではなくて、他者の内面や表現に触れ、同じところや違いに触れるからこそ、自分の感じ方・考え方に気づけるものだと思っていて。SEEラーニングに取り組んでいると、自分が持っている感度の高まりを実感できます。
感度が高まることで、自分はどんなことが好きで、嫌いで、こんな特徴があって、こんな物の見方をするという軸が見つかっていきます。さらには自分を知ることで、他者や社会全体のことも想像できるようになっていく。そうすれば、皆が幸せに平和に暮らせる世界も実現できると思っています。SEEラーニングは、そんな希望を感じさせてくれる学びなんです。
——なるほど。他者の考え方・価値観にもじっくり触れながら、自分らしさを探究する時間なのですね。
あーるでは互いのことや自分のことをじっくり知ることができるよう、時間的にも精神的にも余白を感じられるようなカリキュラムづくりを意識しました。
例えば、子どもたちの登校時間は朝9時20分と、ゆっくりめのスタートです。スクールにいる時間も、通常の学校のように教科学習で埋まることはなく、午前中に1〜2コマを、1時間半から2時間ほどかけてじっくり取り組んでから昼休みに入ります。昼休みは室内や近所の公園などで思い思いに過ごし、1時間ほど午後の活動をして、14時には下校という形で1日が終わります。
14時以降は、家族と過ごしたり、趣味に没頭したり、本物に触れるために出かけたり、それぞれ好きなことに充てる時間として大切にしてほしいので、普通の学校より早めの下校時間を設定しています。どんな過ごし方でもいいのですが、学校から離れる時間というのも必要かなと思うんです。
——余白を確保することは、どのような学びにつながるのでしょうか?
まずはゆったりと学ぶことができるので、一人ひとりの興味関心に合わせた学びに取り組むことができます。あーるには国語・算数のように、決まった内容を学ぶ時間はありません。でもおもしろいことに、その子自身の興味関心から始まる学びを進める中で、あるとき子どもたち自ら教科の学びの必要性に気づくことがあるんです。それを入り口に教科の知識を学び始めた方が、すんなりと身についていくことも多いです。
このように学びのきっかけに気づくためには、一人ひとりが学びを振り返ることも大切です。興味関心から始まる学びの中にも、背伸びをしてチャレンジする場面が必要なこともあるので、振り返りを通して、目標設定や学習の到達度を一緒に確認することも大事にしています。
——日々の学びを振り返り、対話することも大事にされているように感じました。
話すことや聞くことといった対話は、常に大事にしています。例えば先日は、僕がある物語を読み聞かせした後、「本当の優しさって何だろう」という問いをもとに、哲学対話の時間を設けました。
人はお互いに優しさや親切さを求めている。でも優しさを行動で表すって、どういうことなのか?子どもたちが考えていくんです。
世間にありふれた一般論を語るのではなく、このスクールにいる一人ひとりが考える「優しさや親切」という概念について、聞き合い語り合う姿を見て、子どもたちの力に改めて驚かされました。
その人がその人のままでいられる場所に
——対話を通して、子どもたちの感情が磨かれているのですね。そのような場を作る上で、齊藤さんはどのようなことを大事にされていますか?
一番大事にしていることは「きく」ことです。「きく」には、子どもたちの心の声、聞こえないものに耳を傾けて注意深く「聴く」こともあれば、何気ない瞬間に耳に入ってくる子どもたちの声をキャッチする「聞く」もありますよね。
ひらがなで「きく」としたのは、子どもたちは言語以外の表現でも、その子のことを常に表現しているからです。声にならないその子の声をしっかりと感じ取っていないと、見逃してしまうこともある。だから、どう「きく」のかをすごく意識しています。
そして、自分一人の見方を過信しないこと。僕が受けた印象と他の人が見た印象は違うかもしれない。一緒に子どもを見守るスタッフたちと、常に感じたことを共有して多角的に子どもたちと関わっていく姿勢は大切にしていますね。
——開校して1年ほどで、子どもたちにも大人同士にも対話の文化が根づいていることに驚きます。どのようにして、「きく」文化が根づいていったのでしょうか?
あーるにはルールや制限がほとんど無いのですが、たった3つだけ約束があります。1つ目は、「相手を大切にすること」。2つ目は、「自分を大切にすること」。そして、最後が「ものを大切にすること」。
これらをラーンネット・あーるとして、しっかり考えてほしいと子どもたちに伝えています。もちろん、これらのルールに対する捉え方も人それぞれ。抽象度の高い言葉だからこそ、子どもたちがそれぞれ今持っている言葉で、具体的な経験を交えながら約束について対話し、今自分たちに合ったルールを考えていくことができます。
対話を大事にしているので、もし何か対立が起きたときも、「ごめんね」「いいよ」という型通りの解決方法ではなく、お互いに嫌だったことや相手に求めることなどを、自分の言葉で話せるようになってきています。カリキュラムをストップしてでも、むしろそういう時間が大切だと思い、僕もその場をそっとサポートしています。でも僕は決して解決してあげることは決してしないので、「自分たちでしっかり相手と話して解決していかないといけない」と感じていると思います。
——余白があることで、子どもたちが自立的に考えて行動する機会がたくさんあるのですね。今後ラーンネット・あーるを、どのようなスクールにしていきたいですか?
少し抽象度の高い言い方になってしまいますが、「その人がその人のままでいられる場所」であってほしい、とずっと思っています。そもそも僕は、子どもたちがこのスクールに集まってくれるだけで、多様な人が集まる豊かな場所になっていくと考えているからです。
あーるのことを聞かれるときに、学力や受験についての質問をされます。そこを大切にする人の考え方も理解できます。そのような質問を受けるたび、自分という人間がどんな人かをよく知っていて、どんな自分も愛しいものであるという感覚をしっかりと感じてもらえる場所を作り続けたい、と僕は強く思います。
最近保護者の方の声を聞く会を設けたのですが、そのとき一人の保護者の方が「あーるは、一人ひとりの子がその子らしくいられる場所ですね」と言語化してくれました。今後も「その子らしく」を大切に考える大人や子どもがあーるの存在を必要だと感じたときに、出会える選択肢でありたいですね。
〈取材・文:鈴井 孝史/写真:芝田 陽介〉