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若き校長に聞く!新しい商業科、女子校像づくりに挑戦する福岡女子商業高校の変革哲学。生徒の土俵に大人が入る学校へ

若き校長に聞く!新しい商業科、女子校像づくりに挑戦する福岡女子商業高校の変革哲学。生徒の土俵に大人が入る学校へ

「きみが校長をやればいい」。
この突然の一言から、着任2年目、30歳という若さで福岡女子商業高等学校の校長になった柴山翔太さん。

教務主任や教頭はおろか、そもそもリーダーというポジション自体を経験したことがなかった若き校長は、大きな不安や恐怖心を感じながらも、今は減少の一途を辿る女子商業高校に秘められた可能性を信じ、まずは自身が学校で一番の挑戦者になろうと決意して学校変革に取り組む。

生徒も先生も「自ら決めて、ここにいる」という意識を持つこと、そして皆が自分ごととして動いていくことができれば学校は変わると話す柴山さんの学校変革哲学について話を聞いた。

写真:柴山 翔太(しばやま しょうた)さん
柴山 翔太(しばやま しょうた)さん
学校法人八洲学園 福岡女子商業高等学校校長

1990年北海道砂川市生まれ。国語科の教員として4つの私立高校を経験後、福岡女子商業高等学校に常勤講師として赴任。赴任1年目が終わるときに次年度の体制について直談判したところ、唐突に理事長から「君が校長をやればいい」と打診を受け、30歳で校長に。主任や部長職、教頭の経験もない平成生まれの校長となる。校長就任後は学校改革を実施し、大人を巻き込んだ生徒主体のさまざまなプロジェクト活動に取り組む。生徒たちが学校の魅力を発信するTikTok動画が900万回再生を達成し、入学希望者数も倍増するなど、注目度が高まっている。著書に「きみが校長をやればいい」(日本能率マネジメントセンター、2023年)。


女子商業高校は可能性の宝庫


ーーまずはじめに、福岡女子商業高校の概要について教えてください。


本校は、福岡県那珂川市にある商業高校です。那珂川は自然あふれるとても豊かな環境で、博多駅から車で約30分と都心にも比較的近く、福岡市のベッドタウン的な場所です。

全校生徒数は、現在509人。実は、もともとは公立学校だったのですが、自治体の財政状況から2017年に私立へ移行したことで生徒数が減少していき、私が着任する以前は定員割れが続くような状態でした。

ですが近年は入学者数が増加傾向にあり、今年度は217人の新入生が仲間入りしてくれました。


女子商業高校は、かつては日本全国にありましたが、時代の流れに伴って校数は減ってきているのが現状です。けれども、私としては「女子校」であり「商業高校」であるという尖り方にはとてもワクワクする可能性を感じていて、女子商業高校の再定義をしたいという思いで現在校長をやらせていただいています。


ーー女子商に着任する前にも商業高校で勤務されていたと聞きましたが、普通科高校と比べてどんな印象を持ちましたか?


率直に、教員の自由度が高くて「これはおもしろいぞ!」と感じました。というのも、大学受験を目指す普通科高校では、どうしても進学実績を高めるための偏差値教育を求められますが、商業高校では、日常のあらゆることが探究学習というか、学びにつながるようなところがあります。

教員にとっても心が動いたりワクワクするような機会も多く、自分で仮説を立ててみて、「こんなことを授業でやったらおもしろいんじゃないか」と考える余白があり、アイデアを形にする時間もあるので楽しいなと感じました。

ただ一方で、商業高校という特性からか、多くの商業高校では検定取得を中心に置いた年間スケジュールが組まれていたり、取得した検定数で高校生活を評価したり、はたまた検定を取ったはいいが何のためなのか分からなかったりするような雰囲気もあり、その点ではもったいないとも感じていました。

かくいう福岡女子商業高校も、私が赴任した頃はそんなガチガチの商業高校でした。「なぜ女子商に来たの?」と生徒たちに聞くと、「家から近いから」「学力的に女子商しか行けないと言われたから」「女子商に通っていることを外で言いたくない」といった回答が多く、とてもショックでしたね。

この現状をひっくり返してやりたいという熱い思いが心の底から湧き上がってきたことを覚えています。


ーー柴山さんは着任2年目の頃に、30歳という若さで校長になり、高い注目を集めました。やはり学校を変えたいという思いがあっての決断だったのでしょうか?


「きみが校長をやればいい」

もともとは、次年度の学校の体制について理事長に直談判しようと思い、数時間にわたって思いの丈をぶちまけていたときに返ってきたのが、この言葉です。これを言われたときは、本当に驚きました。

まだ私は着任2年目で、30歳。教務主任や教頭の経験もないどころか、3兄弟の末っ子でこれまでの人生でリーダーのポジションを経験したことすらない。そんな自分に校長が務まるのだろうか、他の先生方や保護者の方々からの信頼が得られるのだろうかと、そのときは不安と怖さしかありませんでした。

ただ、女子商に来た当初から、女子校であり商業高校であるこの学校には大きな可能性があり、それをもっと高めていきたいという思いがありました。生徒たちの自己肯定感も上げたかったし、「こういうことができるからこの学校を選んで通っているんだ」と自信を持って自分が通っている学校を誇れるようになってほしかった。女子商の歴史を振り返ると、今の時代に求められる形に変えていく勇気を持っていることこそがこの学校の伝統なんじゃないかと考えて、校長職に就かせていただく決断をしました。

今もまだ変化の途中ですが、カオス状態だった最初の2年と比べると、ようやく今年度になってから少しは形になってきて、学校全体が大きく変わってきた実感があります。


自分で決めたから、ここにいる


ーー福岡女子商業高校をどんな風に変えたいと思ったのですか?


商業高校と聞くと、簿記や情報処理を学び、優秀な女性事務員を養成することを第一目的に置いた学校というイメージが強いのではないでしょうか。

福岡女子商業高校では、従来のイメージから脱却して、大人たちが現代社会で向き合っている困りごとに高校生のときから向き合い、大人たちも一緒に生徒たちと学びたくなるような学校づくりを目指しています。

女子商で学ぶ生徒たちには、当事者となって変革を起こすチェンジメーカー的存在になってもらいたいと思っています。「何事も、やってみなくちゃ分からない」という思いを持って社会に巣立っていってほしい。そんな実感が伴うような体験を、たくさん一緒に作っていきたいという気持ちで学校変革を進めている最中です。

3年生の学年集会でプレゼンをする柴山さん


実際に「挑戦を、楽しめ。」という学校テーマを校舎に掲げているのですが、先生が「こんなことをしてみよう」と言うよりも、「『何をするか』から自分で考えて、行動しよう」という話を生徒たちにはよくしています。

挑戦を楽しむのが女子商で、先生は絶対にきみたちの挑戦を邪魔しない。それにノーと言ったら、女子商が女子商ではなくなってしまうから、と。


ーー具体的に、生徒発案のさまざまな取り組みが動いているそうですね。


本当にいろいろありますよ。課外活動におけるプロジェクトとして、全て生徒たちの意思に基づく「手挙げ方式」で取り組んでいるものなのですが、例えば、学校広報などを自分たちで企画し実行する「キカクブ」や、地域や企業の困りごとを解決する「マーケティングLabo.」、小さなアイデアをコンピュータで自動化する「AI部」といった部活が誕生しました。

中でも、「キカクブ」によるSNS発信への反響が大きくて、公式TikTokのフォロワー数は3万人を突破しており、1つの動画投稿が900万回以上再生されたそうです。

TikTokの動画を撮影する様子


他にも、旅行会社4社と生徒2人ずつがチームとなって修学旅行を企画し、生徒の投票によってプランを決める「修学旅行プロジェクト」や、弁護士の方にも入っていただき、法律の考え方を学びながらの校則づくりなど、生徒たち主体でさまざまなことに取り組んでいます。


ーーすごいですね。生徒たちの熱量が原動力になっているこれらの活動には、生徒たちに付き添う先生たちの熱量もないとうまく推進していかないように思うのですが、職員集団の雰囲気づくりや働く環境づくりにおいて、何か工夫していることはありますか?


大切にしていることの一つは、学校と教職員のミスマッチを防ぐことです。

そのために、職員募集時も含めて、「女子商は先生方の土俵で時間を過ごす学校ではなく、生徒の土俵に大人が入っていくような学校なので、大変ですよ。何が起きるか分かりません」といった事前説明はしっかりとさせていただいています。

生徒たちから「こうしたい」という声が届けば、大人たちも彼女たちの土俵に入っていきながら、どうしたら実現するかを一緒に考えていく形を当校では大切にしています。

そのため、年間スケジュールの通りにいかないことも当然ながらあります。そうしたことも踏まえて、先生方には当校で教員として働くかどうかを、自分で選び、自分で決めていただいています。求める能力やスキル面の話は一切しません。私が日頃しゃべっているような景色を見たいと思っていただけたら、一緒に来てください、というスタンスです。

まだカオスの渦中だった昨年、先生方の前ではっきりと「先生方も自己決定してほしい」ということをお伝えしました。


ーー先生一人ひとりに自己決定をしてもらうことにどんな意図があるのか気になります


自分で決めなかったら、やはり人まかせになってしまい、学校変革は進んでいきません。

生徒たちに自己決定をして行動に移していくことの大切さを説く手前、先生方も「自分で決めたから、ここにいる」という意識でいてほしいんです。「今まで女子商でやってきたから今年も女子商にいる」のではなくて、「女子商の新しい流れの中でやっていきたいと思うから女子商にいる」という決断をしてほしい。

今、福岡女子商業高校にいる先生方は、皆さん「自分で決めたから、ここにいる」先生方です。だからなのか、すごくアクティブですよ。私が何も働きかけなくても、新しいものが生み出されるようになってきました。

例えば、以前までの進路室が「喫茶引き出し」という名前の部屋に変わりました。「生徒たちの可能性を引き出したり、生徒たちの選択肢がたくさんある引き出しのような場所を作りたい」という進路部長による思いからこうなりました。かつては3年生だけの場所だった進路室が、今は学年に関係なく、広く生徒たちの人生相談にのる場所になっています。

また、生徒指導部の呼称を生徒支援部に変えてはどうかと私から提案したことがあるのですが、「学校生活をアシストする部隊が私たちです!」という先生方の意見を元に、「スクールアシスト部」という呼称に変わったというケースもありました。

こうしてどんどん先生方がアクティブになったのは、「自分で決めて、ここにいる」という意識づけがすごく大事だったからかなと思います。


「学校は変わる」と信じる先生がどれだけいるか


ーーこれまでのご経験から、学校が大きく変わっていくためには何が必要だとお考えですか?


「学校は変わる」と信じられる先生がどれだけいるかだと私は考えています。

変革が行き詰まったときに、「やっぱり学校が変わるのは無理だ」という言葉ではなく、少しずつでも変わっていくのだという気持ちと、その経験値を持っている先生がチェンジメーカーになりうるのではないでしょうか。

ただ、一つ大事な条件があって、それは「誰の船に乗るか」ということ。見たい景色が自分と近い校長の下であれば、大きなエネルギーでもって変革を推進していけると思いますが、逆にその景色が思いっきりズレていたら、ただエネルギーを消費するだけになりかねません。

自分が校長になってみて感じるのは、決断する方も勇気が必要だし、大変なんですよね。学校を変えたいと考えている校長に必要なのは、おそらく一緒に深くまで潜ってくれる仲間です。校長とミドルリーダーが信頼関係を築いて強力なタッグを組むことができれば、学校は変わっていくと信じています。


ーーまだまだ変革の最中とは思いますが、今後どんな学校像を目指していきたいですか?


真の意味で、学校を生徒たちの実験の場にしたいと思っています。

生徒たちだけで学校運営をするぐらいのレベルまでいけたら、おもしろそうですよね。自分たちの学校をどうしていくか、自分たちが当事者意識を持って進めていくような空気を作りたい。

TikTokの取材を受ける柴山さん


また、「これがやりたい」という提案にゴーサインが出た後に、どうより良いものを作っていくか、やってよかったと言われるようにするにはどうするかを考える方がよっぽど難しいし、これからの社会を生きる上で必要な能力だと思っています。

生徒たちにはそういう体験をたくさんしてもらいたいですね。


<取材・文:2023年チームになる雑誌 チーム「さっそう」/写真:ご本人提供>