ただの“子ども向け教育番組”ってワケじゃない!?『セサミストリート』に見る、楽しくも奥深く、カラフルな多様性のある世界
1969年にアメリカでテレビ放送が始まった『セサミストリート』。
お茶目な笑い声が特徴的な赤色のモンスター・エルモや、クッキーに目がないクッキーモンスター、身長250cmの無邪気で優しいビッグバードなど、看板キャラクターたちは日本でもお馴染みだ。
そんな『セサミストリート』を、単なる子ども向け教育番組だと思っていては、少しもったいないかもしれない。なぜなら、同番組を多様性やインクルージョンというメガネをかけて見てみると、実に示唆に富んでいることに気がつくからだ。
その多様性に富むカラフルな世界観は、どんな思想のもとに描かれているのだろうか。セサミストリートジャパン合同会社の吉田 麻鈴さんにお話を聞いた。
2016年にセサミワークショップへ入社し、2021年からセサミストリートジャパン合同会社マーケティングマネージャー。セサミストリートの日本語版制作や小学校向けカリキュラムの開発、健康教育や多様性理解のプログラムにも携わっている。
教育の力で社会問題を解決するために生まれた番組
——セサミストリートはどのような背景から生まれたのでしょうか?
セサミストリートは、非営利団体セサミワークショップが制作している子ども向けの教育番組で、現在はテレビだけではなく、その他多様なメディアや学校向け教育プログラムなども展開されています。
テレビ放送は1969年にアメリカで開始され、50年以上もの間、150以上の国と地域で親しまれてきました。
なぜ子ども向けのテレビ番組を制作したかというと、その当時のアメリカは、人種差別や経済格差、移民問題といった社会課題が山積みで、社会的不安が渦巻く激動の中にありました。
教育面においても、子どもたちの学習能力の差が明らかになり、特に移民やマイノリティの家庭に生まれた低所得者層の子どもたちは、なかなか学校に行けずに、一日中家に籠もってテレビを見ているような状況もありました。
そのような中、テレビCMや大人向けの番組から流れてくる歌を口ずさむ子どもたちの姿を見た番組の創設者たちは、子どもたちがテレビから大きな影響を受けていることに気づきました。そこで「メディアを通して良質な教育を届けていくことが、社会問題解決の鍵になる」と考え、クリエイターや教育者、専門家の協力を得て生まれたのが『セサミストリート』なんです。
——登場するキャラクターは約140種類にも上るそうですね。キャラクターや番組はどのように作られているのでしょうか?
「その時代のニーズや社会問題に応じた教育コンテンツを提供する」というミッションの下で制作しています。
放送開始当時は、どんな環境にいる子でも就学準備ができるようにと、ABCや123などの基礎教育のための内容を中心に、現在は社会の状況も変化しているので、各国の課題や子どもたちのニーズに合ったものをリサーチに基づいて開発しています。
例えば、日本では多様性と健康を、インドでは衛生習慣や文化を学習テーマにしたり、南アフリカではHIVという病気にまつわる誤解を改め正しい知識を伝えること、パレスチナといった中東地域では多様な民族や宗教が入り交じるコミュニティの中で、どのように人と関わり、健全な友情を育んでいくかというテーマで番組を作ったりしています。
こうした多様なテーマの中で、時代とともに生まれてきたのが140種類を超えるキャラクターたちです。子どもたちが暮らす多様な環境を描くため、人間や動物の他にも、モンスターや妖精や宇宙人のキャラクターなんかも登場します。
大人にとっては空想上の生き物でも、想像力豊かな子どもたちにとっては身近な存在になります。そんなキャラクターたちが、多様な世界をリアルに表現し、子どもたちの友達となって、同じ目線でサポートしていく仕立てを大切にしています。
——番組では、両親が離婚したアビーに新しい義理の兄弟ができるエピソードや、父親が服役中であることを打ち明けるアレックス、ホームレスの少女リリーなど、ともすると子どもに見せるには避けてしまいがちなテーマも取り上げていますね。
セサミストリートでは、設立当初から徹底して「ホールチャイルドアプローチ」を大切にしています。ホールチャイルドアプローチとは、一人の子どもが育つときに大切な全ての側面、頭(学力)だけではなく、心(精神性・社会性)や身体(健康)も総合的に育てていこうというアプローチです。
その中で、子どもが知るにはまだ早すぎるとか難しすぎるといった理由でタブー視されてきたような問題も、実世界でそれが子どもたちに関わるものであれば、きちんと向き合い、子ども視点で伝えていくという姿勢で取り上げています。
子どもたちが、約140種類いるキャラクターの誰かに自分の姿を投影しながら、一緒に困難を乗り越えようとしたり、周りの世界を理解しようとしたりできるように、多様性を描いています。
——キャラクターを通して子どもたちの理解や共感を育むとのことですが、これまで取り上げていなかったテーマなりキャラクターの設定に、制作サイドはどうやって気づくのですか?
セサミストリートは、リサーチ機関でもあります。まずは、子どもたちを取り巻く現状の把握やニーズのリサーチ・分析を行った上で、セサミストリートとして取り上げていくべきテーマを決めます。
セサミストリートとして何を伝えていかなければいけないのか、子どもたちに必要な知識やスキルは何かという視点も加味しながら、専門家の方々と番組やキャラクターを開発していきます。
例えば、2017年にジュリアという自閉症の特性を持つキャラクターが番組に登場したのですが、企画が立ち上がったのは2010年頃でした。
当時のアメリカでは、68人に1人の子どもが自閉症スペクトラムと診断されている状況があり、社内にもそのようなお子さんを持つ社員が複数いました。一方で、自閉症に関する社会の理解はまだ浅く、自閉症の特性のある子どもたちは日常生活においてさまざまな困難を経験しているといったデータや、いじめを経験する確率が、特性のない子どもたちに比べて5倍も高いという報告もありました。
そこで、自閉症の有無に関わらず、全ての子どもたちが家族や友達、コミュニティとつながりを強め、十分なサポートを受けられるように支援していくために、自閉症の特性を持つ女の子・ジュリアが誕生しました。ちなみに、ジュリアの開発には10年ほどかかっています。
——それだけ一概には括れないテーマでもあるということなのですね。そもそも、なぜそれほどまで入念なリサーチが必要だと考えているのでしょうか?
一つは、正しい情報や知識を伝えていくためです。その一方で、セサミストリートが描いているのは、多様性の1つに過ぎません。
例えばジュリアの場合、これはジュリアという子どもが持つ自閉症の特性を表現しているのであって、それが自閉症の全てを定義しているわけではありません。
自閉症の中には異なる特性を持つ子どもたちもいますし、障がいに関してもジェンダーに関しても、「1つの属性の中にもいろいろな多様性があるんだ」というメッセージは必ず伝えるようにしています。正しい知識を持って伝えるけれども、私たちが何かの属性を代表したり、一般化したりすることがないように、入念なリサーチが必要なわけです。
…とは言うものの、難しいところもあって。約50年の歴史の中で、まだまだ取り上げられていない子どもたちもたくさんいますし、初めて登場した黒人キャラクターの表現が「逆に偏見を生んでいる」とフィードバックをいただいたこともありました。
誤解を招くような表現になってしまった結果、引退したキャラクターもいれば、社会の変化に合わせて設定を変えて再登場させたキャラクターもいます。こうした経験も重ねながら、教育者と専門家、クリエイターの3者がスクラムを組む形で社会の変化に合わせた対応ができるのは、セサミストリートの強みでもあるのかなと思います。
全ての子どもたちが持つ“素晴らしい”に光を当てる
——セサミストリートが表現したい多様性やインクルージョンとは、どのようなものでしょうか?
セサミストリートが目指す世界観は、「子どもたちが、お互いに持つ“素晴らしい”を見つけて尊重できるようになること」です。
自閉症のプロジェクトが立ち上がったときに、2つのメッセージを出しました。一つは、「1人の自閉症に出会ったとしても、それは1人の自閉症と出会ったに過ぎない」ということ。もう1つが、「全ての子どもたちに“素晴らしい”を見つけることができる」というメッセージです。
特に障がいや家庭環境の多様性の観点で言うと、「できない」ところにすごく目を向けられがちですが、セサミストリートでは「できる」や「素晴らしい」ところに目を向けて、その子の能力と、それを支えている周囲の能力が将来を明るくしていくのだという考えを軸に置いています。
当事者だけが努力をしなければいけないとか、逆に当事者の周りの人たちが努力しなければいけないということではなくて、お互いが歩み寄ったり、尊重し合ったりすることが大切なのではないかと考えています。
——その世界観を実現するために、コンテンツ作りで大切にしている要素はありますか?
今期のテーマとして掲げているものが2つあります。一つは、ポジティブアイデンティティ(Positive Identity)。子どもたちが自分自身のアイデンティティを肯定的に捉えて、健全な自己認識ができるようになること。
もう1つが、ビロンギング(Belonging)。いかなる特性や背景を持つ子どもたちでも、自分の居場所があると感じられること。別の言い方をすれば、お互いがお互いの居場所となれることです。
今放送しているシーズン53と2023年11月から始まるシーズン54では、まさに2つのメッセージを発信しています。
——番組を見ると、人間の男性が「ジュリアの自閉症はね」という言い方をしていて、自閉症であることがジュリアの全てではなくて、ジュリアが持っている特性の一部なんだよというメッセージが込められていることが伝わってきました。子どもがポジティブアイデンティティやビロンギングを感じられるように、大人の接し方やセリフも参考になることが多いように感じます。
そこに気づいていただけるのは、本当にうれしいことです。実は番組をどう日本語に翻訳するかも、すごく悩むところで…。
特に気をつけていることは、「自閉症だからこう」と決めつけるような表現は絶対にしないことです。「ジュリアはこれができない」ということと、「ジュリアは自閉症の特性を持つ」というこの2つの要素を、ちゃんと区別してセリフに落とし込むようにしています。
ちなみに、子どものキャラクターには説明が難しい言葉や行動などは、大人のキャラクターが出てきて見せていることもあります。ですので、その子の持つ“素晴らしい”を引き出すために、周囲がどうコミュニケーションをとっているか。ジュリアでいうなら、周りがジュリアにどう接しているかという点にも注目して見ていただけたらとてもうれしいです。
学校で教材として使っていただいても、子どもたちだけでなく、先生方にとっても何か得られるものがあるといいなと思います。
身の周りにある小さな多様性に気づくことから始めよう
——日本の学校でインクルージョンや多様性を考えるにあたっては、どんなことを意識すると良いでしょうか?
2023年3月に、NHK・Eテレの子ども番組に出演する5人組のSDGsユニット・ミドリーズさんとコラボレーションして、『We Belong わたしたちのうた』という曲を作りました。
この曲は、全ての子どもたちのアイデンティティや友情を尊重し、多様性に富む社会で、子どもたち全員が自分自身に誇りを持ち、居場所を感じられるようにという願いを込めて制作しました。
曲の制作に当たっては、日本でニーズ調査を行い、専門家の皆さんとも協議を重ねてきたのですが、その中で話に上がったのが、アメリカの多様性は「皆違う」から始まる一方で、日本では「皆同じ」から始まるという視点でした。
つまり、スタート地点が違うということです。でも「お互いが尊重される社会になる」という、目指すゴールは同じです。「皆同じ」から始まる日本でどうアプローチするのがよさそうかというと、まずは、小さな多様性を探してみてはどうでしょうか。
——小さな多様性ですか。
はい。多様性と聞くと、皆さん、国籍や人種、障がいの有無や性別など大きなテーマを思い浮かべがちだと思うんです。でも、身の周りにはもっともっと小さな多様性があるんですよね。
例えば、同じ地域で育っていても、好きな食べ物や物の見方・捉え方が違うことや、お正月のお祝いをする方法が違うのも多様性です。
まずは「好きな食べ物は同じでも、好きな色が違うね」など、自分と友達との違いを知ることから始めて、次に自分と周りのコミュニティ、そして自分のコミュニティと他のコミュニティ、という風にスケールを少しずつ広げていく。
その過程で、互いの違いに気づいていくプロセスを大事にすると良いのではないでしょうか。身の周りの多様性に気づいていく練習は、先生も子どもたちと一緒に取り組むことができます。
——「皆同じ」ではダメだと思いがちですが、「皆同じ」から始めても良くて、でもその中にあるそれぞれの違いに気づいていくようなプロセスを辿ると良さそうですね。最後に、この記事を読む方々へメッセージをお願いします。
セサミストリートにとって“違い”とは、当たり前に目の前にあるものです。当たり前にあるからこそ、公平性を求めながら、お互いを尊重し合って共存していこうとする行動そのものが、とてもインクルーシブだと思っています。
多様性を考えることはお互いが居心地よく過ごすために欠かせない前向きなことです。ぜひ子どもたちと一緒に、身の周りにある多様性を発見し、それがどのように社会をよくしているか、どうするとより多くの人が尊重されるのか、考えてみていただきたいと思っています。
そしてその過程で、セサミストリートが子どもたちにとっても大人にとっても、何か気づきをご提供できる存在であれるといいなと願っています。
<取材・文:先生の学校編集部/写真:セサミワークショップご提供 Courtesy of Sesame Workshop.>