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通常学級に特別支援教育の視点を。ユニバーサルデザインと特別支援学級担任の経験を生かしたインクルーシブな教室づくり

通常学級に特別支援教育の視点を。ユニバーサルデザインと特別支援学級担任の経験を生かしたインクルーシブな教室づくり

文部科学省が2022年に発表した、通常の学級に在籍する発達障がいの可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果によると、知的発達に遅れはないものの学習面または行動面で著しい困難を示す児童生徒は、小学校・中学校において推定値8.8%だった。

各学級2〜3人程度の児童が、通常学級の中で困り感を抱え、支援を必要 としていることが分かる。

通常学級における特別支援教育の充実を目指し、ユニバーサルデザインの視点と特別支援学級担任の経験を生かして、インクルーシブな教室づくりに取り組んでいる公立小学校教諭の酒井田瞳さんに話を聞いた。

写真:酒井田 瞳 (さかいだ ひとみ)さん
酒井田 瞳 (さかいだ ひとみ)さん
公立小学校 教諭

教員5年目。大学で特別支援教育を学ぶ。初任時に難聴特別支援学級担任、2年目に知的障がい特別支援学級担任を経て、3年目は通常学級の1年生担任となり、2年間の特別支援学級担任としての経験を、通常学級にどのように生かすことができるか、実践を行う。その実践が岐阜大学教育学部同窓会が主催する教育実践研究論文助成事業にて、2021年に新人賞を受賞。


全体も動かしながら困ってる子も見る、両立の難しさ


ーー酒井田さんは、大学時代から特別支援教育を専攻し学ばれていたとのことですが、なぜ特別支援教育に興味を持たれたのでしょうか?


私が高校生のときに父が入院したことがあり、お見舞いに出かけた際に病気やけがで入院しなければならなくなった子どものために、病院内に設置された院内学級の存在を知りました。「入院したら学習できない」と思っていたので、「こんなところがあるんだ」「病気の子の力になれるんだ」と思ったのが最初のきっかけです。

その後、いろいろ調べてみると、普通の小学校に勤務しながら病院に行って教える先生がいることを知り、病気があっても学びが保障されることに希望を持ちました。そこから学んでみたいなと思い、今に至ります。


ーー大学卒業後、特別支援学校ではなく、なぜ小学校を選択したのでしょうか?


小学校と特別支援学校、どちらにも教育実習に行って迷ったんですけど、特別支援学校だったら先生もたくさんいて、支援が必要な子にきちんと支援が行き届くイメージを持つことができました。

一方で、小学校の通常学級の中にこそ「困ってるんだけど、なかなか支援が受けられてない子」がいるのではないかと思ったことをきっかけに、小学校を選択しました。


ーー入職して1〜2年目は特別支援学級の担任を、3年目に通常学級の担任をされて、2つを経験したからこそ感じたことがあれば伺いたいです。


1年目は難聴特別支援学級の4人の児童の担任、2年目に知的障がい特別支援学級の6〜8人の児童の担任を経験しました。そして3年目に通常学級で32人の1年生の担任になりました。そのとき感じたのは、全体も動かしながら困ってる子も見るという両立の難しさです。

困っている子の支援だけになったら全体が動かせないし、全体だけ動かしていたら、その子はおいてけぼりになってしまう。特別支援学級のときは、1対1で手厚く見れていたので、困っている子がいるのに手厚く支援できないもどかしさを最初に感じました。


ーーそのもどかしさは、どのように解消されたのでしょうか?


通常学級の場合は、全体を動かすことを優先しないといけないと思い、自分の中で優先順位を決めました。そして、特別支援教育の視点を通常学級に持ち込むことで、困り感のある児童はもちろんのこと、誰もが過ごしやすい場の設定をいくつか実践してみることにしました。

その1つが、ユニバーサルデザインの視点を取り入れた環境整備です。

ユニバーサルデザインというのは、「すべての人のためのデザイン」を意味する言葉で、年齢や障がいの有無、体格、性別、国籍などに関わらず、できるだけ多くの人に分かりやすく、最初からできるだけ多くの人が利用可能であるようにデザインすることを言います。

教室でユニバーサルデザインの視点を取り入れる際には、「みんなが分かる授業」や「みんながこの学級で居場所を感じられる」「ここで安心して学べる、安心して過ごせる」を大事にしてきました。


ユニバーサルデザインの視点を生かした教室・授業づくり


ーーなぜユニバーサルデザインに着目されたのでしょうか?


実は、「ユニバーサルデザインを意識しましょう」という取り組みが当時の勤務校にあり、教室前面には基本的に掲示物を貼らない、置かないなど、いくつかユニバーサルデザインを実現するための決まりごとがありました。


ーー勉強不足なので教えていただきたいのですが、なぜ教室前面に掲示物を貼らない方がいいのでしょうか?小学校のイメージは、黒板横のスペースに掲示物がいっぱい貼られているイメージがあります。


教室や授業をユニバーサルデザインの視点で環境整備する上で、3つの視点が大事だとされています。視覚化・焦点化・共有化の3つです。

教室前面に掲示物を貼らないという取り組みは、「焦点化」の視点を参考にしています。授業中の児童たちの視覚には、さまざまな情報が入ってきます。それは授業に関わるものだけでなく、教室環境そのものが刺激物として入り込んでしまいます。

そこで、教室前面の刺激を減らし、 安心して授業に取り組めるよう環境を整えていました。特に、視覚過敏の児童や、見えているもの全てに興味関心が湧き、授業中に注意が散漫になってしまう児童にとっては、教室前面にあるものは、大きな刺激になります。

「あそこに貼ってあるものは何?」「あの中に入っているあれは?」など、児童の声から、教室前面に刺激物が多いと実際に感じることがありました。本棚にはカーテンを設置、前面の掲示物はなし、授業で使うマグネットは全て死角になる場所へ置き場を作りました。

また、朝、教師机の上には何も置かないことを徹底していました。


ーー勉強になります。3つの視点を基に行った具体的な実践内容を他にも伺えますか?


「焦点化」の実践は他にも、授業で発問を考える際に「分かりやすい言葉を使う」「発問をしすぎない」ことを意識して授業づくりを行いました。発問の数を5つから3つにしたり、発問自体を短く分かりやすい言葉にすることで、児童が何を考えれば良いのかが明確になり、より多様な意見を引き出すことができました。

「視覚化」では、入学したばかりの児童たちにとって、授業で何を使うのか、何を机の上に準備すればよいのか、言葉の指示だけでは伝わらないことが多かったので、授業で使うものをホワイトボードに絵カードで提示しました。

実際に使っていた絵カード


担任の声かけがあるまで授業の準備をすることが難しかった児童が、ホワイトボードを見て何が必要かを確認し、自分で授業の準備をすることができるようになりました。

他にも、数字のカウントダウンではなく、だんだん量が減っていくことで残りの時間が分かるタイマーを使っていました。数字の概念が分からない段階では、量が減っていく様子で「あとちょっとしかない」とか、「あ、早く行かなきゃ」ということを認識することができます。

最後の「共有化」については、板書を工夫しました。板書そのものが、児童の思考の過程になるよう視覚化を工夫し、学級全体で思考の過程を共有できるようにしました。


ーーなぜ「共有化」することが、ユニバーサルデザインになるのでしょうか?


自分の考えが分からない、自分の意見を持てないときに、そのまま進んでしまうとおいてけぼりになってしまいます。「ペアで話してみよう」とか、グループで共有することで、友達の考えを聞いて「あ、そういうことか」と、見方・考え方を広げることができます。

ですので、ペアワークやグループワークを多く設定したり、板書で思考の過程を視覚化することで、みんなが共通の理解を持って学習することができます。


必ずしも全てを一緒に、がいいわけではない


ーーちょっとした工夫で、インクルーシブな環境を作ることができるんですね。実践を通して、難しさや課題はありましたか?


やはり支援が必要のない児童にとっては、過剰な支援・いらない支援になることもあるなと感じました。

最終的には支援がなくても自分でできることが理想なので、支援がないとできない状態にならないように、個別の実態に応じた指導・支援の工夫も欠かせないと思います。


ーー分離教育の中止を求める声も強まってきていますが、酒井田さんはどのように感じられていますか?


一緒に過ごすことで、周りの子どもたちが違いを理解したり、関わり方を学べたり、利点もたくさんあると思います。

一方で、通常学級の担任を経験して感じたのは、個別の実態に応じた指導・支援がもっと手厚くできたなら、この子の能力をもっと伸ばしてあげられるのではないか、もっとできることを増やしてあげられたのではないか、そう思うこともあり、必ずしも全てを一緒に、がいいわけではないのかなと思います。

ただ、例えば1クラスあたりの児童の人数が配慮されたり、授業を2人の教員で担当することができると、通常学級でも個別の実態に応じた指導・支援が丁寧にできるのではないかと思います。


ーーインクルーシブな教室や学校を作る上で、大切なことは何だと思いますか?


2つあります。1つは、一人ひとりの「実態を把握する」ことです。何に困っていて、何で不安を感じているのか、実態を掴むこと。その上で、「周りの理解」が一番大切です。

分離せず、一緒にすることはできるのですが、その後、みんなが同じ場で安心して過ごすことができるようにするためには、子どもたち同士もそうですし、先生たちもだし、保護者の方の理解も欠かせません。

教員が学級や授業での児童の様子を見て、個別に支援をしたいと思っても、保護者の方がそれを望まれないこともあります。障がいを受容するには段階がありますし、該当する障がいの知識がないと「ただサボっているだけなので、やらせてください」と、支援の方法を間違えてしまうこともあります。

ですので、「こんなことに困っているようなので、このような支援をしたいと思っています」という保護者の方との地道なコミュニケーションは大切だと思います。


ーー特別支援学級での2年間の担任経験を、通常学級に生かして実践を進めてこられる中で、一番の気づきは何でしたか?


困っているはずなんだけど、支援ができないとか、されてない子どもたちが通常学級の中にいるということです。

今、4年生の担任をしているんですが、大きくなればなるほど、隠すことも子どもの中でできてしまっているなと感じていて。見た目では分からず、みんなと同じように生活できているように見えるけど、実は困っている。

低学年だと実態も把握しやすいのですが、大きくなればなるほど気づきにくいように思います。

どんなときも「お家の方と一緒に」という思いがあるので、保護者の方への伝え方に気をつけています。保護者の方に、「先生が困っている」と思われてしまうようなコミュニケーションだと距離ができてしまうので、具体的な場面をお伝えしながら「子どもが困っている」ことを理解してもらい、これからも共に子どもたちに向き合っていきたいと思います。


<取材・文:先生の学校編集部/写真:ご本人提供>