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民主主義は、練習によって実現できるもの。シティズンシップ教育「ピースフルスクール」プログラムを実践するこども園。5年間の歩みと変化とは?

民主主義は、練習によって実現できるもの。シティズンシップ教育「ピースフルスクール」プログラムを実践するこども園。5年間の歩みと変化とは?

世界一子どもが幸せな国・オランダで開発されたシティズンシップ教育ピースフルスクールプログラム(以下、PSP)。

1990年代、いじめや子どもの問題行動が増加し、対処療法ではなく根源的なアプローチとして開発されたのがPSPだ。現在は、オランダ全土の約1,000校(全体の約15%)に導入されているという。

そんなPSPを2019年から導入しているのが北海道紋別郡湧別町の町営の幼児教育保育施設である。5年間の歩みと子どもたちや先生たちの変化、シティズンシップ教育の可能性について、湧別認定こども園 園長の兼田稚子さんに話を聞いた。

写真:兼田 稚子 (かねた ちかこ)さん
兼田 稚子 (かねた ちかこ)さん
湧別認定こども園 園長

北海道出身。教員だった父親の影響もあり、学校という場所が好き。小学校教員になり、転勤を繰り返す生活に憧れるが、縁あって今の職業に。趣味は「やりたいこと」を「する」ために、どうすれば良いのかを考えること。


うれしい気持ちはどんな気持ち?悲しい気持ちはどんな気持ち?


——オランダのシティズンシップ教育を、なぜ取り入れようと思われたのでしょうか?


北海道紋別郡湧別町は、オホーツク海に面した人口約8,000人の自然の資源が豊富な水産業と酪農を誇る町です。

この町では、地域の資源や伝統を生かしながら、幼児教育から中等教育まで、全国に先駆けて、小・中一貫の義務教育学校(9年制)の実施や中高の連携など、一貫した教育環境を提供しています。

園の教育・保育方針である『子どもたちの「生きる力」の基礎を養う』の中には「思いやりのある子ども」や「自分で考えて行動できる子ども」など、育みたい子どもの姿があります。PSPの目指す方向性が合致していることもあり、こども園でPSPに取り組むこととなりました。

円になって、対話に取り組む子どもたち


——PSPが導入されると聞いたとき、どのようなお気持ちだったのでしょうか?


当時は自分の視野が狭く、認識不足だったこともあり、PSPを日本で広めている熊平美香さんからお話を聞く機会をいただき、このプログラムを理解しようと必死でした。でもその中で、日常保育の中で普段、子どもたちに教えていることに通じるものがあると気づきました。

プログラムの実施が子どもたちの成長にもつながっていると実感し、今は保育士としての資質向上を目指して、試行錯誤しながら職員皆で取り組んでいるところです。

——具体的に、PSPをどのようにこども園の中で実践されているのでしょうか?


PSPは26のレッスンから成り立っており、毎月、順に1~2つのレッスンを行っていきます。レッスンは基本的にサークル(円)になって行うのですが、レッスンごとにテーマが設定されていて、「ウシとトラ」や「サルとトラ」などのパペット(あやつり人形)を使って、設定されているテーマについて学びを深めていきます。

1つのレッスンは、だいたい30分程度で、保育の日課の中で行います。年中児(4歳児)の秋からスタートし、年長児(就学前の5歳児)の年度末の3月に全てのレッスンが完了するようにスケジュールを立てています。

教材として使われている、地球を模した布ボールとパペット


——例えば、どのようなテーマがあるのでしょうか?


「自分の意見を言おう」とか「嫌なことはやめてと言おう」などといったテーマです。徐々に「友達と仲良くなろう」とか「どうしてそう思うのかを考えよう」など、テーマが複雑化していきますが、まずは自分の気持ちや意見を言うことから始まります。

その他にも「友達の話をちゃんと聞こう」「うれしい気持ちは、どんな気持ち?」「悲しい気持ちは、どんな気持ち?」などといったレッスンがあります。


子どもたちも最初の頃はサークルになって椅子に座っても「何をするんだろう?」と不安な様子でしたが、レッスンを重ねていくにつれて「今日は何をするのかな?」と、レッスンを楽しみにしている様子が見られるようになりました。そうすると、レッスンがスムーズになり、より進めやすくなっていくんですよね。

最初のテーマである「自分の意見を言おう」というのは、大人でもなかなか難しく、言葉につまってしまう子や、なかなか答えられない子などさまざまでしたが、先生のサポートを受けながら徐々に自分の考えや気持ちを言えるようになります。

レッスンの場を通して、「自分の言ったことを聞いてもらえた」という安心感や、認めてもらえたという気持ちを持つことで、自己肯定感や相手に対する信頼感も生まれます。

目に見えないものを見ようとする力が育まれている


——PSPでの学びを日常で生かしてもらうために行った工夫などありますか?


レッスンで学んだことを日常生活の中で生かしていくために、その日に行ったレッスンのポスターを保育室に貼っています。レッスンごとにポスターが違うので、レッスンをするたびにポスターが増えていくんです。

何か対立が起きた際などには、保育室に貼ってあるポスターを見て「こういう場合はどうしたら良かったのかな?」と問いかけると、子どもたちはポスターを見て「あ、そうだった」とすぐに思い出してくれます。

またパペットは保育室にいつも飾ってあり、子どもたちはパペットのことを友達だと思っているので、「おはよう」と親しみをもって話しかける様子も見かけます。

パペットは、子どもたちにとって身近な存在


——パペットが子どもたちとPSPの距離をグッと近づけているんですね。


そうですね。それと、自分の気持ちを表現できる「感情カード」を使って、朝、登園してきたタイミングで、感情カードを使って自分の感情を示してもらうようにしています。

「家でお母さんに怒られたから悲しい」とか「褒められたからうれしかった」とか「テレビが楽しかった」など、いろいろな感情について、カードを使って教えてくれます。

これが今の自分の気持ちを相手に伝える練習になっており、気持ちを伝えることで、「〇〇ちゃん、今日は悲しい気持ちなんだ。どうして悲しいのかなあ」というようにお互いの気持ちに気づくようになります。

すると、「〇〇ちゃん、今日はどうして悲しいの?」と聞くようになるんです。聞いてもらえた子は、悲しかった理由を言葉で話すようになるので、自分の気持ちや考え方を自然と表現できるようになります。このような出来事が、子どもたちの世界を広げているように感じます。


——お話を聞いていて、感情や意見など、目に見えないものを言葉にしたり可視化する工夫によって、子どもたちが自分や相手の目に見えないものを見ようとする力が育まれているのではないかと思いました。


そうですよね、大人って自分の気持ちや意見をなかなか言わない、言えないことがあるじゃないですか。でも、子どもたちはちょっとした言葉がけや工夫で話せるようになるので、小さいときから自分の感情に気づいたり、意見を言う力が備わっていきます。そんな子どもたちが増えていったらどんな社会になるのだろうと、いつもワクワク想像しています。


——PSPを導入されて5年目を迎えられて、子どもたちや先生たちの変化など感じられていることはありますか?


レッスンの際は別の保育室に移動して行いますが、年長児さんたちが椅子を持って、格好よく並んで勇ましく移動するんですよ。

そうすると、小さい子どもたちが「ピースフルスクールのレッスンをするんだ。いいな。自分たちもああやって椅子を持って移動してみたいな」とか、憧れの気持ちを持つようになるのは非常におもしろいし、不思議だなと思って見ています。

実施したレッスンは、保育の中に取り入れていくことで身についていくものだと思っていて、例えば、小さい子がトラブルを起こしてるときに、「こういうときはこうやって言うんだよ」とか「嫌だったらやめてって言うんだよ」など、年長児さんがレッスンで学んだことを、自分より小さい子に教えている姿が見られて感動しています。

聞いてくれるから話せるようになり、話せるから聞ける


——実際にレッスンでの学びが日常で生かされているんですね。


今までは、自分が話したいことを一方的に話すだけで、人の話は聞くことができなかったり、あるいは、自分の気持ちをうまく伝えられないことが多かったのですが、レッスンを通して共通認識の中で生活しているので、以前と比べると子どもたちの変化は感じますね。

相手が聞いてくれるから話せるようになってきているし、話せるようになってきたから相手の話を聞くことができるという、良い循環が生まれている気がします。


——先生方はどのようなことに気をつけながら、レッスンをファシリテーションされているのでしょうか?


最初は先生が主体となってレッスンを進めていきますが、後半になってくると、子どもたちが主体となってレッスンを進められることを一番の目標にしています。

そこに到達するには、26のレッスンを積み重ねていく必要がありますが、どのレッスンにおいても「子どもたちに気持ちや考え方を伝えてもらう」こと、また、「子どもの話をきちんと聴く」ことに重点を置いています。

そのために「どう思う?」「このときはどうしたらいいと思う?」と質問をして、子どもたちに考えてもらう機会や自分たちで答えを見つけてもらう機会を作るようにしています。どうしたら子どもたちが発言できるのか、どのような言葉掛けをしたら、子どもたちが発言してくれるのか、常に悩みながらレッスンをしています。


——お話を聞いていて、悩みながらも前に進んでいる姿こそが、本当に子どもと向き合っている姿なのではないかと感じています。


ありがとうございます。本当に子どもたちがレッスンをしていく中で、少しずつ少しずつ変わっていくのがおもしろいし、先生方もやっぱりたくさん悩みはするんですけど、そこで一旦振り返ることが大事なので、「こういう場合はこうしたらいい」とか、「こういうときはこう言ったらいい」とか、毎回必ず1つのテーマに対して先生方でリフレクションを行っています。

毎月、リーダーや担当者、メンターと一緒に1つのレッスンを共有し、良いところをたくさん見つけて「ここは真似しよう」とか、「こういうところは良かった」「ここはこうしたら良かったんじゃないか」というリフレクションを行うことで、先生方もすごく成長していると思いますね。


——PSP導入から5年目を迎え、兼田さんご自身にも変化はありますか?


自分自身でもちょっと変わったかなって思うのは、いつも何か失敗するたびに後悔ばかりして、ずっと引きずっているタイプだったんです。3日も4日も5日も6日も引きずって。

だけど、ちょっと考え方を変えると、引きずっているその気持ちを振り返ることで、次につなげていくための出来事なんだと思えるようになりました。失敗は糧であり、自分の成果品だと思って、次はこうやったら良いのだろうか?と考えるようになりました。そう思えるようになったのは、PSPのおかげだと思います。

2019年にPSPを始めたときは不安もあってスタートしたのですが、今はその思いが「やっぱりやって良かった」という思いに変わったんですよね。

PSPはすぐに答えが出るものではないので、迷いながらずっと続けて取り組んでいますが、子どもたちが徐々に変わってくる様子がうかがえて、これはもう地道に続けることが大切なんだと思っています。だから、大人のPSPもあったらいいのに、と思っています。

ピースフルスクールプログラム(PSP)とは?

集団や学校を一つの社会と見なして、子どもたちはお互いの関わり方を学び、先生と共に日々練習・実践を行います。自分の意見を持って、学校やクラスの集団に参加し、一緒に協働して社会を作っていくための「自立」と「共生」の力を育みます。

PSPの大きな特徴は、子どもたちが、けんかやいじめの問題解決を自ら行うところです。

問題に直面している当事者同士の間に仲介役として入り、両者が話し合いで問題を解決に導いていけるように誘導していきます。学校でその練習を積み重ねることで、子どもたちは家でも、地域でも、けんかはいけないことで、けんかに直面したら、「自分には話し合いで問題を解決する責任がある」と考え、行動するようになります。

学校で、コンフリクト(対立)やけんかに際して、話し合いで問題を解決する成功体験を積み重ねることで、「自分には、話し合いで問題を解決することができる」、「意見が違っても、話し合うことができる」と、話し合いの力を信じることができる大人に成長します。


<取材・文:先生の学校編集部/写真:ご本人提供>