外部の力を借りて、持続可能な部活動運営を。生徒も教員もWIN-WINの部活動。「現場指導を完全外注」でセンセイの業務改革に挑戦
これまでの部活動は「顧問の熱意」に依存しており、決して持続可能な体制ではありませんでした。
昨今のICT活用や新学習指導要領への対応など、学校に求められることが増える中、部活動は教員の長時間労働の温床となってしまっています。また、部活動における安全配慮義務に対する社会的要求も増しており、顧問を担う教員の負担は増加傾向にあります。
そのような状況を打破しようと、東京都にある聖学院中学校・高等学校では、現場指導を外注化する「指導員制度」を導入し、生徒も教員もWIN-WINな状態を実現しています。
「部活はタダ」「学校の教員がやって当たり前」という文化に一石を投じたいと語る聖学院中学校・高等学校の日野田さんと髙橋さんに話を聞きました。
総務統括部長(教頭)
髙橋 孝介(たかはし こうすけ)さん【写真左】
高校生徒会顧問、国際教育部部長
部活動は誰のもの?失敗を繰り返して辿り着いた結論
部活動は、本来は生徒の「自主・自治・自律」に基づいた教育活動です。しかし現状は、顧問のやる気や考え方次第でいかようにも変化する、教員主体の活動になってしまっています。
そのような状況を打破すべく、本校で導入した「指導員制度」は顧問の熱意に依存する属人的なものではなく、学校全体で組織的にマネジメントし、顧問就任すらも選択できるようにし、持続可能な部活動運営を目指しています。
そのためには、資金の確保、良質な指導者の確保が欠かせませんでした。また、「部活動はタダ」という保護者をはじめとした社会全体の認識を変容するアプローチが必要だと考えています。
今回ご紹介する「指導員制度」を導入する以前にも、本校では部活動改革を試みてきました。2014年度には、週1回のスポットで外部指導員を招聘しましたが、本質的な改善には至りませんでした。
この失敗を機に、改めて学校規模に見合った部活動数の検討や運動部と文化部での活動実態の差異の見える化、授業公欠となる公式戦の定義の整理など、部活動の根本的見直しを始めました。
その際、教員の業務実態について調査アンケートを実施し、全体業務の中で部活動の占める教員負担の割合を、肌感覚ではなく数値で明らかにしました。
また本スキームの成否は、「部活動への意識改革」だけでなく「良質な指導者の確保」にかかっています。それを実現するためのパートナー選定において、リーフラス株式会社(以下、リーフラス)と業務委託契約を結びました。
当初は資金面から断られましたが、日本における学校現場の課題の共有、本スキームが国内での先駆的取り組みであることの理解を得て、連携に至りました。その他、民間企業2社との連携によりそれぞれの弱点を補完しながら、指導員配置と円滑なオペレーションが可能になりました。
リーフラスは指導員配置の手順の中で、指導員としての適性を見極めるための面接、採用試験を実施し、生徒への指導開始前に1カ月間の研修期間を設け、さらには指導開始後の実態調査に基づくアフターフォローも充実しています。このことが、制度の持続性を支えています。
いかに「良き理解者」を増やすか
本スキームを実現する手順として、まずは先行導入する部を選定しました。初年度の2020年度は、高校のサッカー部と中高の卓球部の2つの部活動で制度を導入。
コロナウイルスの感染拡大による休校措置のため、当初の予定より3カ月遅れて7月からの本格始動となりました。初年度は、指導員費用を学校で全額負担しました。
本スキーム導入に際しては活動現場での緊急事態発生時の対応指針を策定し、保護者承諾のもと、生徒の連絡先の管理を指導員およびリーフラスに委託しました。
これにより、負傷や熱中症などの緊急時に迅速に対応できる体制を整えることで、指導員のみの引率で日曜日や休日の練習試合を含む校外活動が可能になりました。教員の日曜出勤の回数が大幅に減少したことは成果の一つです。
導入2年目となる2021年度は、先行して制度を導入していた高校サッカー部と中高卓球部の保護者から、指導員の費用を徴収するようにしました。また中学サッカー部、中学野球部が新たに制度を導入しました。
本スキームによる指導員制度を職員会議で提案した際、積極的に部活動に取り組みたい教員からは懸念の声が上がりました。そのような意見に対しては、顧問業務を奪うのではなく、選択可能なスキームであることを丁寧に説明して理解を得ました。
具体的には、部活動顧問を希望する教員はリーフラスと業務委託契約をしてもらい、従来学校から支払われてきた手当、あるいは無償であった指導に対して相応の対価を得る仕組みを想定しています。
将来的にこの仕組みへの転換を視野に入れていることの周知を図り、「生徒のために」と志を同じくする仲間からの理解を得ました。
また、従来は無料であった部活動に金銭的負担が発生すること、つまり「サービスから受益者負担へ」の移行に対して理解を得るべく、保護者会を開催しました。
しかし、2020年度の1回の保護者会だけでは充分な理解を得ることができませんでした。金額や説明の手順について保護者の中には賛否両論があり、緊急の保護者会を開催しました。
また希望があれば個別面接を行い、当初予定していた負担額を7,000円から5,000円に減額することや、徴収時期を予定よりも3カ月遅らせることなどを丁寧に説明し、理解を得ることができました。
さらに、制度をいち早く導入した部の保護者だけでなくPTA本部に対してもアプローチし、現状のままでは本校だけでなく日本の部活動の体制、さらには教育システムの破綻の危険性もあることを伝えて理解を得ました。
部活動の概念を変え、教育界を変える
現時点で制度を導入している部活は5つですが、いずれの部においても顧問の働き方は劇的に変わっています。それは時間的余裕だけでなく、精神的な負担の軽減にもつながっています。
それが本来の業務である授業づくりや学級運営に時間を割くことができ、放課後の生徒や保護者との面談時間の確保を可能にしたり、教員間のコミュニケーションが増えるなど、さまざまな点において効果が生まれています。
変わったのは教員だけではありません。部活動の主役である生徒も目に見えて変わりました。
自主的な行動、周囲への配慮、他者とのコミュニケーションなど、その変化は大きいです。さらに、ある保護者からは「『ビブスを自分で洗濯する』と子どもが言ってきたのは初めてで、親としてもその変化に驚きました」と連絡をいただきました。
これは本校が目指す「どならない指導」「人間力の育成」「勝利ではなく子どもの上達にこだわる」と、指導員の指導が一致していることを如実に物語っています。
昨夏引退した3年生からは、「コーチにはサッカーの奥深さを教わると共に一人の人間として成長させてもらえました」「コーチが来てから皆の意識が変わり、 パス1本でも1年前の自分たちから上達していることに気づきました」「常に現象より原因にフォーカスするコーチの教えは、人生においても本当に参考になります」と前向きな振り返りが多くありました。
最後に、この取り組みは、単に「部活動の改革」を目指すものではありません。
学校教育は教員の独占物ではなく、これからの学校は、外部の力を借りることにより生徒が多様な価値観に触れ、成長するきっかけを提供するべきだと考えています。
「私立学校だからできるのでは?」と言われることがあります。その通りだと思っています。
これからの時代や社会では、今置かれている現状の中で、「何を」「どうすれば」「違和感のある現状を動かすことができるか?」、これを問い続ける力、姿勢が必要だと思います。
「教育が変わることによって社会が変わる、社会を変える」
このことは教育に携わる全ての人々の信念だと思っています。そのような姿勢を我々教員が生徒に見せ続けることが、教育改革の核心になると確信しています。