「働く場」をデザインし、「働き方」を変えていく。事務職員だからこその視点で進める働き方改革とは?
昨今、話題になることの多い教員の働き方改革。少しずつ改善の兆しは見られるものの、教員の多忙化は、いまだ大きな課題である。
そのような中、働き方改革のアプローチの一つとして、職員室を中心とした「働く場」を改革しているのが、横浜市立日枝小学校事務職員の上部充敬さんだ。
「働く場の使いづらさが、多忙な状況をつくり出している」と話す上部さんに、これまでの実践例や大切にしてきた思いについて話を聞いた。
「働く場」をデザインし、「働き方」を変えていく
——上部さんは事務職員の立場から、「働く場」改革を進められていますね。具体的な取り組みをうかがえますか?
本校には、2019年4月から先生たちが気づいたこと、やりたいと思っていること、どうにかしたいと思っている困りごとなどに予算をつけてプロジェクト化する「この指とまれプロジェクト」があります。
こんなことをやってみたいと言い出した人がリーダーとなり、「一緒にやりたい人はこの指と〜まれ」のような形でメンバーを集め、目的が達成されれば解散するプロジェクトです。
そのプロジェクトを通して、非常勤の先生たちの不足していた席を確保するために、非常勤の先生たちの席をフリーアドレス化するプロジェクトや、トイレの使い方プロジェクト、働き方を見直す働く場プロジェクト、教室の空気環境改善プロジェクト、障害者施設との協働プロジェクトなど、これまでにいくつもプロジェクトを立ち上げてきました。
——教職員の皆さんの主体性を引き出すユニークな取り組みですね。
そういったプロジェクトの他にも、個人的に取り組んでいることがいくつかあります。例えば、のりやはさみ、ペンやセロテープといった事務用品を壁面収納にして見える化しました。
事務用品にラベルを貼って分かりやすくしていたものの、引き出しに入っているとどうしてもどこに何があるかが分かりづらいという課題がありました。忙しい先生方がすぐに事務用品にアクセスできるよう、全ての文具を見える化し、収納方法を一新しました。
結果的に、先生方が事務用品を探しやすくなり、事務職員も在庫が減った文具を補充しやすくなりました。
——これは一目でどこに何があるかが分かって、いいですね!
また、職員室のいくつかの場所に「共有文具コーナー」もつくりました。
手持ちの文具を減らすことで、文具を整理整頓する時間を減らすことができます。共有文具コーナーは、先生方の日々の動線を意識し、設置しました。各々の机にしまっておく必要がないほど使う頻度の低い文具は、共有文具コーナーに置くようにしています。
他にも、どの教室に行っても十分な文具がそろっていて先生方が安心して働けるように、さまざまな文具を収納した「教室セット」を用意したり、よく使うコピー機を職員室内に移動したり。さまざまな切り口から、働く場改革を進めてきました。
「働く場」をデザインすることで、先生方が働く場所に心地良さを感じ、自然と「働き方」が変わっていったら良いなと思っています。「環境が変われば意識が変わる。意識が変われば働き方も変わる」。前任校の富士見台小学校で校長を務められていた本田正道先生の言葉を大切にしています。
多忙感を、充実感に変える
——前任校である横浜市立富士見台小学校では、職員室のリノベーションにも挑戦されたそうですね!
2010年10月頃、校長先生から「職員室を変えてみないか?」と声をかけてもらい、職員室のリノベーションプロジェクトがスタートしました。
なぜ私に声がかかったかというと、富士見台小学校に着任し、先生たちの忙しそうな姿を見て、「環境を改善することで、忙しさを解消することはできないだろうか」という話をさせてもらっていたからです。
校長先生の思いと私の思いが重なり、多忙感を充実感に変えていく一助になればと、校長先生を中心に2011年度から職場環境改善プロジェクトを始めました。
——具体的に、どのように取り組まれたのでしょうか?
職員室のレイアウト変更から始めました。最初に、職員室の中央に管理職の机を置きました。
これまでのレイアウトでは、先生方と物理的な距離があり、情報を共有しづらい状況が生まれていました。管理職の机の位置を変更したことで、同学年の先生だけでなく全体で情報を共有できるようになりました。
さらに、コミュニケーションスペースを職員室の中央に配置し、先生方がよく使用するコピー機も職員室の中央に移動させることで、先生方がお互いに話しかけたり助け合うことのできる環境をつくっていきました。
——ちょっとした工夫で、変化が起きていくんですね。
書類を共有する棚「ラボ」もつくりました。
これまではそれぞれの先生が書類を各々で管理していて、書類が1カ所に集まっていませんでした。いつも誰かが書類を探していて、書類がどこにあるか分からない状況がたくさん起こっていたんですね。
「ここに行けば必ず書類がある」という場を職員室につくろうという思いからラボができました。保存しておく必要のある行政文書を、年度ごとにファイルにまとめて収納しました。業務の効率化と情報共有に役立っていると思います。
レイアウト変更のアイデアは、オフィス家具を扱うコクヨさんやイトーキさんといった企業のオフィスを見学させてもらったりアドバイスをいただいたりして、参考にしました。
ひとりではなく、みんなで進める
——これまでさまざまな働く場の改革に取り組まれていますが、取り組む上で大切にされていることはありますか?
対話の場づくりとファシリテーションですね。
働く場改革を進める中では、自分の目指す方向だけで話を進めると、自分の枠を超える結果を出すことができないことを学びました。ときには周りを萎縮させてしまうケースもあったと思います。
働く場の改革は、そこで働く教職員と共に進めることが大切だということに気づき、対話の場をつくり続けてきました。みんなで進めていくには、プロジェクトを進めるメンバーとの「関係の質」を高める必要があります。そうすることで思考の質に変化が起き、アイデアが駆け巡る状態をつくることができます。
「関係の質」を高めるためには、「心理的安全性」が欠かせません。「こんなことを言ったら、否定されるんじゃないか」と不安を感じる場だとしたら、関係の質を高めていくことはできません。
心理的安全性をどれだけつくれる人になれるかが重要だと考えたとき、ファシリテーションのスキルが必要だと思いました。そして今は、「ファシリテーター」という校務分掌を担当しています。
ファシリテーションのスキルを高めることで、先生方が働きやすい土壌をつくることができると信じています。
——先生方の働く環境を良くしたいと考えている読者の方へ、メッセージをお願いします。
まず、働く場改革の方向性を決めていく対話を、一度だけでなく繰り返し実施することが大切だと思います。
目指すビジョンについて対話を繰り返してほしいです。ただ、ビジョンを描くだけでは理想とする働く場は実現しないので、ビジョンを明確にした後、具体的に何が必要かを考えるアイデア出しも必要です。
また、働く場改革を円滑に進めるためには、大きな活動と小さな活動の2軸を同時に展開していくことも大切だと思います。
例えば、職員間のコミュニケーション活性化のために、職員室にハイテーブルを設置するといった大きな活動だけでは、改革は進みません。大きな活動で環境を変えて、新しい環境を使いこなすために日々小さな改善活動を続けていく。そのような2軸が、働く場改革には必要だと思っています。
——最後に、事務職員として上部さんが大切にされていることを教えてください。
教職員がご機嫌でいられて、一番力を発揮できる環境をつくること。それが、事務職員の大切な仕事だと思っています。
それと、僕たちが学び続けないと、子どもたちを幸せにできないという思いがあります。だから、僕たちが成長を止めてはいけないと思っています。
子どもたちと一緒に未来をつくっていくために、子どもたちが共に未来を描きたいと思える教職員であるために、これからも努力を続けたいと思います。
〈取材・文=田中 美奈/写真=竹花 康、ご本人提供〉