そのとき集まった生徒を見て、時代を見て、本物の学びをつくる。かえつ有明中・高等学校に見る、「学習する学校」の姿
かえつ有明中・高等学校は、日本一帰国生に温かい学校づくりを目指し、現在帰国生が4分の1を占める東京都にある私立中高一貫校だ。
英語教育や国際教育に力を入れているだけでなく、15年以上前から探究活動や教科連携教育に取り組み、次世代の学校として注目されている。
先進的な学校として認知される同校のオリジナル科目「サイエンス科」「プロジェクト科」を牽引する田中理紗さんは、2019年にマサチューセッツ工科大学で開催されたピーター・センゲ氏のワークショップで「学習する組織」のコンセプトに出会い、感銘を受けた。
それをきっかけに同校の授業でもシステム思考のツールを活用し、生徒の思考を深めるだけでなく、全国の教職員に対してシステム思考の勉強会を開催するなど、啓蒙にも意欲的な田中理紗さんに、同校での実践や「学習する組織」の魅力について話を聞いた。
サイエンス科・プロジェクト科主任
1986年東京生まれ。9年の海外経験を持つ帰国生。私立かえつ有明中・高等学校教員。日本一帰国生に温かい学校づくりを目指し、現在4人に1人が帰国生という学校に。同校オリジナル科目サイエンス科、プロジェクト科において、生徒のワクワク感を大切にしながら、思考力・表現力育成のためのスキルやマインドを養うための授業を目指す。2018年には東京学芸大学教職大学院教育実践創成専攻で新学習指導要領と国際バカロレアのTOKの趣旨を踏まえた授業づくりに関する研究に取り組んだ。2019年にマサチューセッツ工科大学で開催された” Introduction to the Compassionate Systems Framework in Schools”のワークショップに参加。今年度は中学2年生対象にシステム思考のツールを用いながら気候変動を考える授業を展開。
私たちが本当にしたい教育は何か?
——貴校は、現在のように探究型の学びが話題になる以前から探究に取り組まれていますよね。貴校の探究型の学びの特色について、伺えますか?
探究型の学びは、創立100周年で現在の場所に移転した2006年から本校のオリジナル科目としてスタートしました。その科目名を中学では「サイエンス科」、高校では「プロジェクト科」と呼んでいます。
探究型の学びのプロセスを通じて、自分は何者かを知り(自分軸を確立する)、 多様な価値観を深く理解し(共に生きる)、 変動する社会で自分たちなりの生き方を創造する力を身につけていきます(学び方を学ぶ)。今でこそどこの高校でも探究学習に取り組まれていますが、当時はすごく珍しがられました。
また、2015年度には「高校新クラス」という名称のクラスを立ち上げました。このクラスでは講義型の授業はほぼ実施していません。
卒業後の進路も、進学が前提ではなく、それぞれの生徒が望む進路をサポートしています。生徒が望んで自ら選択したことであれば、最終的に進学しなくてもいい、というのが私たちの考え方です。
——「高校を卒業したら、大学や専門学校への進学が当たり前」といった風潮がまだまだ強い中で、思いきったクラスの立ち上げだったかと思うのですが、高校新クラスはどういった経緯で立ち上がったのでしょうか?
「私たちが本当にしたい教育は何か?」が最初の問いでした。
立ち上げにあたって「新クラスプロジェクト」というワーキンググループを作って、合宿をして自分たちの理想の教育について語り合うことからスタートしました。
何にも縛られず、私たちが理想とするクラスを作ることができるなら、どんな教育をしたいのか、そんなことを語り合っていきました。その中で共通して出てきたのが、「知識を詰め込むだけの講義型の授業をしたいわけではない」という思いでした。そういった従来の教育の形を手放したクラスを目指しました。
ただ、当時は今のように探究という言葉すら一般的ではなかったですし、「それで大学に行けなかったらどうするの?」という意見をはじめ、学内からも学外からもさまざまな意見をいただきました。
——そのような状況からスタートして6年ほど経つと思いますが、今では中学生からも保護者からも人気の高いクラスになっているそうですね。
従来の知識詰め込みの教育に対する違和感を持つ人が増えてきたという時代の後押しもあると思いますが、学校の文化に変化が起きたことが一番のポイントだと思います。
サイエンス科やプロジェクト科、そして高校新クラスのような探究型の学びのスタイルを実践していく中で、生徒の様子がこれまでとは異なるということを教員がまず認識したんですよね。
自分軸を持った生徒の言葉は本当にパワフルで、学校説明会で生徒たちが語る様子を見ても、明らかな成長や変容を感じる。その姿に、教員が影響を受けていきました。そういった積み重ねの中で、学校の文化が変わっていったことが保護者への理解を得ることにもつながったと思います。
そのとき集まった生徒を見て、時代を見て、本物の学びをつくる
——「学習する組織」のコンセプトに沿った実践は、中学のサイエンス科のプログラムでじっくり取り組まれているそうですが、どんな実践をされているのでしょうか?
今、中学2年生で「LAST GENERATION(ラストジェネレーション)」という名前のプログラムに取り組んでいます。
システム思考のツールを活用し、気候変動について理解を深めるところから始め、課題解決に向けたアイデア出しまでを約半年間かけて行います。
今を生きる私たちが気候変動を止められる最後の世代だと言われているので、「LAST GENERATION」というプログラム名にして、生徒と一緒にそれを解決するための方法やアクションを考えたいと思いました。
プログラムの進行で工夫している点は、気候変動を身近な問題としてリアルに感じてもらえるように、さまざまなゲストを呼んで、現場の声を伝えてもらうことです。
最初のうちは、他人事だったり遠い世界のことと捉えている生徒も多いのですが、ゲストのリアルな話やシステム思考のツールの一つ「ループ図」を使って物事の関係性を見ていくことで、自分たちの日常が気候変動に影響を及ぼしていることに、ハッと気づくことがあります。
そういった気づきを通して、対処療法的な解決策ではなく、自分たちの日常にグッと焦点を引き寄せた上での解決策が出てきたら、学びとして深まっていると言えるのではないかと考えています。
——大変興味深いプログラムですが、プログラムの内容は担当される先生たちが考えていらっしゃるのでしょうか?
はい、全て自分たちで考えて作っていますし、来年はまた変わると思います。
サイエンス科では、考えたり学んだり探究したりするのに必要なスキルとマインドをトレーニングしていきますが、日々時代は変わり、必要とされるスキルやマインドも変化するので、私たち教員も学び続け、変わり続ける必要があります。
サイエンス科を担当する先生は、週に1回研修を受けて、アップデートし続けています。毎年同じことをやろうという考えが一切ないので、プログラム内容は毎年変わります。そのとき集まった先生が、そのとき集まった生徒を見て、そのときの時代を見て、一番適切なプログラムを作らないと本物にならない。そう思っています。
——探究のプログラムを毎年自分たちで創造し続けることは大変なことかと思いますが、どうしてそれができるのでしょうか?
生徒たちの学ぶ姿に感化され、もともと教職員が持っていた学習意欲が触発されているように思います。
決められた研修以外に自主的に開催される任意の勉強会も学内でたくさん企画されており、すぐに20人ほど集まります。昨日はNVC(共感的コミュニケーション)の研修を2年目の先生が企画していましたね。
自発的な学び合いの文化が根付いているのも本校の特徴で、常に何かしら開催されています。
そしてそれは若手や中堅だけでなく、ベテランの先生方も学び続けているのが本校の強みだと思います。その姿に、私も大いに刺激をいただいていますし、学びに終わりはないことをベテランの先生方も背中で伝えてくださっています。それが本校の一番の財産だと思います。
——そのようにベテランから若手まで、意欲的に学び続けているのは、そうさせる土壌もあるのでしょうか?
一つは組織の風土として「関係性がフラットである」ことが影響していると思います。
トップダウンの中にも自由度があり、サイエンス科や高校新クラスの立ち上げの際も、こういった取り組みを始めるという枠組みが示されて、その中身については先生たちに任されていました。
制限の中にも、自由がある。副校長をはじめ多くの先生がNVCを学んでいることもあって、先生同士の提案や行動に対して、変に責められることもない。私が入職したときからそういう風土でしたね。
自身の「思考の癖」に気づくことができると、生きやすくなる
——田中さんご自身がシステム思考や学習する組織について学びを深めていったのは、どのような経緯ですか?
2017年にシステム思考教育家の福谷さんと、とある勉強会で知り合いました。彼がアメリカ滞在中に学んだことを聞くと、私の知らないことばかりで、新鮮ですごくおもしろかったんです。
あるとき福谷さんが、アメリカで行われるピーター・センゲ先生の教員向けワークショップに誘ってくださって、ちょうどそのときに私は教職大学院で学んでいて時間的にも余裕があったので、「これは行くしかない!」と参加しました。
そこには世界中の先生が参加していましたが、日本から来て参加しているのは私と福谷さんだけ。帰りの飛行機で、これは絶対に日本の先生たちに広めていかなければ…と固く決意しました。
その当時はまだ日本でシステム思考の認知が進んでいなかったこともあり、伝えたい一心で、個人の活動として福谷さんと共に、先生向けの勉強会を始めました。
——田中さんがそこまでシステム思考や学習する組織のコンセプトに惹かれたのはなぜでしょうか?
私自身のメンタルモデル(無意識に沸き起こる思考の癖)に気づくことができ、生きやすくなったからです。
これまで私が抱えていたメンタルモデルとして、「良い先生になりたい」というのがありました。いわゆるカリスマとされる先生に対する憧れもありましたし、保護者の前に立つときはよく見せなきゃと思ったり。それ故に、努力していないように見える先生と接すると腹が立ってしまったり。
でもセンゲ先生のワークショップを通じて、それは私のメンタルモデルであることに気づき、そのメンタルモデルによって私と関わる人が窮屈な思いをしていることに気が付きました。
自分を俯瞰して見られるようになり、自分が及ぼしている影響がポジティブだけではでなく、ネガティブな側面も持っていることを知るプロセスの中で、こういったことに気づくことのできるシステム思考は、とても重要なツールだと思いました。
——自身のメンタルモデルに気づくために、どのようなツールを使われているのでしょうか?
メンタルモデルは、先ほども出てきた「ループ図」が初めて取り組む際にはおすすめです。
ずっと誰かのせいだと見えていたことが、自分も影響しているんだとか、何なら全て私のせいだったということが分かって、そういう意味ではそれに気づいて苦しくなることもあります。でもそれも含めて目の前の世界をより良くする一助になりますし、「全て自分から変えていける」と思えるようになりました。
ただ、ループ図にしても他のツールにしても、不思議なもので、一人で書いていても全然楽しくないんです。絶対に誰かと一緒に取り組んだ方がいい。自分にはこう見えていたけど、こんな見方もあるんだなとか、この要素は見落としていたなとか、たくさん気づきがあります。
——最後に、田中さんが学び続ける意味や大切にしていることを教えてください。
今起きていることをあるがままに受け止めて、本当にありたい姿を考える。このプロセス自体が、自分自身と向き合うときにも、生徒と話すときにも、すごく大事だなと思っています。
私自身、最終的にこうなりたい!というビジョンを描ききれているわけではないのですが、どんなときも「まずは自分から」を意識しています。
今、教育の世界でルネサンス(再生)が起こっている、とマサチューセッツ工科大学の副学長が言っていて、本当にそうだと思っています。教育が良い方向に変わり始めているので、一緒に試行錯誤してくれる仲間が全国に増えていくとうれしいです。一緒に学びましょう!
〈取材・文=三原 菜央/写真=竹花 康〉