学校改善は「対話」を軸とした安心できる組織風土づくりから。「学習する学校」を体現する、京都市立葵小学校
京都市中心部、京都御所や下鴨神社にほど近い京都市立葵小学校は、まさに「学習する学校」を体現していると専門家の間で注目を集めている。
2017年に校長に着任し、「対話」による安全・安心の場の醸成を中核とした組織マネジメントに取り組んできたのが市村淳子校長だ。
同校がどのようにして「学習する学校」に変容していったのか、その過程や成果について、市村淳子校長と研究主任の竹中紀子教諭に話を聞いた。
竹中 紀子(たけなか のりこ)教諭/研究主任【写真左】
京都市中心部に位置する1930年に開校した公立小学校。2021年度現在、生徒数は約500人、教職員数は約30人。2017年に市村淳子校長が着任し、対話による安全・安心の場の醸成を中核とした組織マネジメントをスタート。この取り組みは、日本教育経営学会でも論文発表されている。
「対話」を通して、教職員の関係性がガラッと変化
市村校長が着任された2017年頃、貴校はどのような課題を抱えていたのでしょうか?
本校は教育施設が多く集まる文教地区にあり、子どもたちの学力は非常に高いのですが、子どもたちの様子をよく見ていくと、中学受験をはじめとするさまざまなプレッシャーもあってか、人を偏差値や数値で推しはかる傾向のある子がおり、価値観が固定化しているのではないかという課題を感じていました。
そこで、「多様な価値を認める力」をつけることが、子どもたちが幸せな人生を送るための大きな資質・能力になるのではないか。そう考え、今年度は、傾聴力→内省力→共感力の3ステップで、児童の「多様な価値を認める力」を育んでいます。
具体的にどのような取り組みをされてきたのでしょうか?
大人も子どももどうしても結果に目が行きがちで、そこにばかり力を注いでしまうことが多いのですが、マサチューセッツ工科大学元教授のダニエル・キム氏が提唱する成功の循環モデルのように、「結果の質」や「行動の質」を起点とした循環ではなく、「関係の質」および「思考の質」から始めるのが良いのではないかと考え、特設授業として「対話の時間」を取り入れることから始めました。
対話を取り入れたということですが、どのように進めていかれたのでしょうか?
戦略的に行ったことは「校内研修の活用」です。具体的には、1年間かけて教職員全員で「対話の時間」のカリキュラムづくりに取り組みました。
まずは対話の専門家をお招きし、教職員が対話を体験するところから始めました。
教職員内でリアルに起きていたテーマを扱ったことで、それぞれの本音が全て受容され、学校改善を進める上で大切にしたい願い(ニーズ)が明確になりました。
その結果、子どもたちの変化の前に、まず一番変わったのが教職員の「関係の質」でした。
教職員の「関係の質」にアプローチするための取り組みではなかったのですが、「対話の時間」のカリキュラム化に取り組むことで、対話の価値に教職員が気づき、対話を通して関係性がガラっと変わっていきました。
この先生方の「関係の質」が変わったことは、間接的に子どもたちの「関係の質」を高めることにつながり、そのことが学校と保護者の「関係の質」にも効果を発揮し、学校改善が進んだ印象を受けています。
保護者と学校の「関係の質」にも影響があったんですね。
「対話の時間って何をしているんですか?」と興味を持って聞いてくださったり、「先生方が変わりました」という声を保護者の方から直接お聞きすることが増えました。
ですので、やはり教職員の皆さんが変わったんだな、ということを保護者の声からも実感しています。
さらに、保護者の方から「私たちも対話を体験したい」という声を受けまして、保護者と教職員で一緒に対話会も開催しました。
2021年度はコロナもあり開催できませんでしたが、年に一回、保護者と教職員の対話会を開催しています。
日常的に対話を重ね、本当に大切にしたい「ニーズ」に立ち返る習慣
校内研修で他に取り組まれたことはありますか?
2年目は、学習する組織の「自己マスタリー」に働きかける対話の研修を実施しました。先生方が、学校や子どものことを考える前に、まずは自分自身がどうありたいか、という心の声を聴く。そのプロセスを大切にしました。
「自分の内にある願い」や「大切にしたいもの」を、本校では「ニーズ」と呼んでいます。先生方がそれぞれの「ニーズ」に気づくことのできる研修を行ったんです。
具体的には、当時校内研究の体制を大きく変えたことで、校内研究に後ろ向きな声が上がっていました。
そこを掘り下げて対話をしていくと、「校内研究についていけない自分は、できない先生と思われるのではないか」といった不安や恐れ、心配などの感情が見えてきました。そしてそこで満たしたいニーズとして、「支え」「相互承認」「貢献」などが分かってきました。
これらが明らかになることで、先生方のニーズを満たしながら前進することができ、校内研究は大きく進んだように思います。
まずは教職員一人ひとりの願いを明らかにし、大切にされたのですね。
はい、「個人がどうありたいのか」ということから、次は「組織としてどうありたいか」を話し合いました。現在も毎年4月に「葵戦略会議」という学校教育目標を定める会を開催しています。
育成を目指す資質・能力をどう設定するかについて、教職員一人ひとりはもちろん、地域の人や保護者とも一緒に考えています。
安心できる組織風土がまずあって、個人・組織の価値を見つめ創出するプロセスを経て、はじめてカリキュラムマネジメントが意味のあるものになると考えています。
多くの教育現場では、カリキュラムマネジメントに重きを置き、力を注がれることが多いと思うのですが、システム思考で考えたときに、まずは安全・安心の組織風土が欠かせないと思い、そこから始めました。
何が本当に大切かを見極め、何に注力するかを決めていくということですね。
はい。働き方改革もこの流れで自然と起こり、プロジェクトとして「業務効率を高め教育の質を上げ隊」が発足しました。
当たり前にやっていたこと、例えばクラブ活動、通知票、宿題などは本当に必要かという話から、本当に必要な評価や教育課程って何だろう、という話し合いを重ねました。
そこから現在は、4年生~6年生まで各自が探究したいテーマを決めて、異年齢で学び合う「あおいカレッジ」という探究学習も始まっています。
先生方が日常的に「対話」を習慣化するために、取り組まれたことはありますか?
小学校の場合、「学年会」が一つの組織のようなものなので、学年会をガラッと変えました。
例えば、学年会を始める前に「セットアップ」という認識を合わせる時間をつくっています。ニーズカードというNVC(非暴力コミュニケーション)のコミュニケーションツールを活用し、学年会における自身のニーズや学年のニーズを明らかにした上で、話し合いを始めます。
対立が起こりそうなときもニーズに立ち返ると、意見や考えの違いはあっても願いは皆一緒なんです。
そこが分かりあえると未来が見えてくる。ニーズに立ち返るためには対話が欠かせないので、学年会という習慣的に行っている場を活用して、対話を習慣化させていきました。
実際に現場で実践されている竹中さんにもお聞きしたいのですが、学年会のやり方を変えたことで教職員同士の「関係の質」に変化を感じますか?
年度初めに行うセットアップでは、ワークシートやニーズカードを使って、いったい自分がこの学年でどうありたいのか、何をすれば自分は生き生きしているか、そのために自分はどんな行動をしていこうか、といったニーズから行動までを掘り下げ、言語化していきました。
まず、新年度が始まって1カ月ほど過ごす中で、心が動いたエピソードや心のザワつきをためておきます。それを持ち寄り、学年皆で対話しながら深めてセットアップをしていきます。
初めて同じ学年で組む先生とは教育観を語り合う機会はこれまでなかったので、こうした場があることで、それぞれの先生が満たしたいニーズや願っていることが見えてきて、お互いに力を発揮しやすく、支援しやすくなり、すごくいいなと思っています。
「どう指導するか」ではなく「どう支援するか」の姿勢やまなざしに
子どもたちが取り組んでいる「対話の時間」はどのような内容ですか?
「対話の時間」は、月に2回、年間20時間で特設授業として実施していました。現在は、教科の中に落とし込んでいます。
対話はどんな答えがあってもいいので、とにかく傾聴すること、自分の意見を出していいことを伝えて、「安全・安心な場を学級の中に作り出すこと」を大切にしています。
子どもたちも年度初めに、1年間でどんなニーズが満たされたらいいかを考え、共有しながら学級目標や学年目標を決めていきます。
本校の子どもたちの中では、「ニーズ」という言葉が共通言語として定着していますが、例えばけんかが起こっても、「あの子もきっと皆と遊びたかったんだよ」とか、「認めてもらいたかったんじゃない?」など、表面的な行動だけで判断せず、内面を見て振り返ったり、次の行動を考えたりできるようになります。
願いや思いといったニーズで話し合いができるのは、子どもたちにとっても教職員にとってもすごくいいと思います。
家庭でも対話ができるようになり、兄弟げんかや夫婦げんかを止めたりする子もいて、対話を取り入れた1年目は特に、保護者の方に驚かれることが多かったですね。
こうした取り組みの結果、子どもたちの自己肯定感が大きく上がったそうですが、何がそうさせたとお考えですか?
それはやはり、対話によって内省が進んだ結果だと思いますが、一番大きな要素は、先生からの声がけ・言葉がけが明確に変わったからだと思います。
どう指導するかではなく、どう支援するかという姿勢やまなざし。それが子どもたちの変容に最も影響を及ぼしたものだと思います。
言葉がけ・声がけについては、これまでどうしても行動だけで判断してしまったり、頭ごなしに叱ってしまったり、教員同士で出方をうかがってしまったりすることもありました。
しかし今は、「何があったから、その行動に出たのだろう?」とか、「何があれば、あなたは次に満足できそうかな?」というニーズを見ようとするので、子どもたちは自分の内面を見てくれていると感じるのではないでしょうか。
自分自身としっかりつながってほしい
市村校長が「学習する組織」を学校の組織マネジメントに取り入れることにしたきっかけを伺えますか?
京都教育大学の教職大学院に通っていた頃、担当教授と修士論文をどうするかを検討する中で、たまたま『学習する組織-システム思考で未来を創造する』という書籍を手に取りました。
読んですぐに、これが私の目指しているものだと確信しました。
これは私の失敗談でもあるのですが、その当時、先生方の関わりが子どもたちに影響を及ぼしているから、「先生をどう変えたらいいんだろう」ということばかりに意識を向けていました。
でも誰かを変えるという働きかけでは、人は変えられないですよね。矢印を相手に向けているだけでは、組織は良くならない。
「学習する組織」を読んで、一緒に未来をつくっていくような、そんな働きかけが必要だということにようやく気がついたんです。
市村校長が、先生方一人ひとりを尊重し、学校がより良い場になるよう行動し続けられる源は何でしょうか?
それは、私自身が「学校の先生」というお仕事をされている方のことが好きだからですかね。
先生というのは何かと板ばさみになってしまったり、難しい局面に立たされることもありますが、そういう関係者の言動の根本を辿っていくと、皆子どもたちの幸せを願っているんですよね。
そこを解きほぐすには、対話こそが最も大切なものだと今は確信しています。
この「学習する組織」のコンセプトを活用した組織マネジメントは、どの学校でも活用できそうでしょうか?
正直、変化するまでに時間を要しますので、取り組む覚悟は必要だと思います。私たちも5年かけてここまで来ましたから。
でも学校で取り組まれるのであれば、やはり対話から始めるのが始めやすいと思います。対話によって、子どもたちも先生方も、自分はここにいていいんだ、分かってくれる人がいるんだ、と受容される経験を重ね、そこが入り口になって変わっていけると思います。
日本における「学習する組織」の第一人者である小田理一郎さんから教えていただいたことですが、「組織を変革しようとする同じ志を持つ人が3人いたら、そこから組織は変わり始めるんだ」とおっしゃっていました。
そして4人いたら、組織は変わり続けると言われました。
逆に多すぎてもまた難しいので、「まずは同じ志の人を3人つくる」というのが私が本校に対話を取り入れた際に一番最初に実践したことです。
最後に読者にメッセージをいただければと思います。
「学習する組織」のコンセプトを学校の経営に取り入れて一番うれしかったことは、先生一人ひとりが「自分を満たすためにはどうしたらいいか」をしっかり考えるようになってくださったことです。
私自身も自分を満たすことに常に向き合うことができて、今ここにいます。
どのような場におられても、たった一人だとしても、自分は何者でありたいのかというニーズに向き合い続けると未来は変わっていきます。
読者の皆さまにも、ぜひとも自分自身としっかりつながっていただきたいと思います。
教職員一人ひとりが、自分に矢印を向けて、自分が一体どうありたいか、何をしたいか、自分軸で考えて内省することが当たり前になったと思います。
その証拠にと言いますか、本校では教職員も子どもたちも学校教育目標をサラっと言うことができます。
皆で作り上げたものですし、常に意識し、何かあるたびにそこに立ち返り、学年の目標、自分の目標を考える習慣がついています。同じ方向を向いているという実感があります。
校長先生が「変化の源で自分があれ」という言葉をよく仰っています。変化の源になれるよう、これからも自分に矢印を向けて挑戦していきたいと思います。
〈取材・文=鈴井 孝史/写真=葵小学校提供〉