手のひらに情報がある時代に必要な学びとは?ネットを駆使した未来の学校「N高」という選択肢
進路先としての、ネットの学校。そんな選択肢が、今後ますます増えていくかもしれない。
学校法人角川ドワンゴ学園が運営する「N高等学校」(以下、N高)では、2016年4月、沖縄県うるま市に生徒数1,482人で開校後、わずか5年でN高・S校合わせて1.9 万人を突破するほどの勢いで生徒数が増えている。
同校のくくりとしては「通信制高校」だが、全日制高校以外の選択肢として仕方なく選ぶ学校、という認識であれば、アップデートが必要だ。
オンライン化が加速し、インターネットを介したコミュニケーションが日常的になった社会に適応できる能力を育むN高での学びとは、どのようなものなのか。
2021年4月に開校したばかりのS高等学校校長の吉村総一郎さんに、N高・S高に共通する特徴や理念について話を聞いた。
東京工業大学大学院修了。エンジニアとしてドワンゴ入社、ニコニコ生放送の各種ミドルウエア開発に携わる。その後、角川ドワンゴ学園にてIT戦略部長、講師としてプログラミング教育を牽引。N高等学校副校長を経て現職。
学びたいことを学ぶための時間を生み出す、「ネットの高校」3つのメリット
——N高は「ネットを駆使した未来の学校」を標榜しています。N高誕生にはどんな経緯があったのでしょうか?
2014年に、通信制高校での教員経験を持ち、現・N高の校長である奥平を含む3名を中心とした「高校設立プロジェクト」が立ち上がったことがきっかけです。
当時はKADOKAWAとドワンゴが経営統合を進めていた時期で、出版社KADOKAWAが持つコンテンツと、IT企業であるドワンゴが持つテクノロジーを活用することで、新しい時代に新しい学びの場となる「ネットの高校」を作ろうということで始まりました。
ですので、もともと通信制高校を作ろうとしていたわけではなく、通信制高校の制度を活用して、最新のテクノロジーとネットを駆使した未来の学校を作ることが目的でした。
——「ネットの高校」の特長はどんなところでしょうか?
大きく3つあります。
1つめは、ネットを使って効率よく学習することで、自分がやりたい学びにもっと時間を使えるようにすること。
2つめは、好きな学びを受けられると同時に、社会で即戦力となるためのスキルや資格を身につけられること。
そして3つめが、ICTツールを活用することで、日本全国や海外にいる生徒同士がつながれて、ネットとリアル双方のコミュニケーションスキルを学べることです。
もう少し具体的に説明すると、N高・S高には現在4つのコースがありますが、所属コースにかかわらず、生徒はみんな高校卒業資格の取得に必要な「必修授業」を受けます。
必修授業は、ネット学習・スクーリング(対面授業)・テストの3つから構成されており、ネット学習は、パソコン・スマートフォン・タブレットを使っていつでもどこでも学べる形となっています。
移動中のバスの中など、隙間時間に効率よく学習できるので、普通の学校では1年掛けて取り組む学習を、数ヶ月で終えてしまう生徒もいます。残りの時間を、自分がやりたい学びに充てることができるのです。
——いつでも、どこでも学べるのがネットの良さですね。
N高・S高には、必修授業の他にもプログラミングや語学といった「特別授業」、リアルで学ぶ「職業体験」や「ワークショップ」、eスポーツや起業に挑戦できる「ネット部活」など、学習コンテンツが豊富です。
いずれもその道のプロフェッショナルに講師をお願いしているので、社会で活躍するための武器を得ることができます。また、ネット運動会・ネット遠足、年5日間程度のスクーリングや文化祭で友達との出会いもあります。
高校生のうちからICTツールに慣れ親しんでおくことで、ICTリテラシーや、ネットによるコミュニケーション・コミュニティづくりのスキルを高められるというのが、ネットの高校のメリットです。
——ネット学習は、具体的にどういったものなのですか?
「N予備校」という、映像と教材が同一画面で見られる独自の学習アプリを使います。
必修授業の方は、5〜10分程度の映像学習と確認テストを何サイクルか受けて、最後はレポート課題に取り組みます。好きな学びを選べる課外授業では、プロが教える90種類以上の生放送授業が受講し放題となっています。
例えば、ドワンゴによるプログラミング授業や、有名予備校講師による大学進学授業、専門学校バンタンによるパティシエ、ファッション、美容系の授業、電撃文庫によるエンタテインメント授業など、とにかく多種多様。
興味のある分野に何かしら出会えると思います。
VR学習、オンライン通学…N高でスタートした新たな試み
——ICTツールは、どういったものを使われているのですか?
日常的なコミュニケーションは、多くの企業でも利用されているSlackを使っています。
学校からの全体連絡やクラスごとのホームルームとしてのチャンネル、担任の先生との連絡や友達との雑談など、用途ごとにいろいろなチャンネルが立ち上がっていて、日々活発なコミュニケーションが行われています。
あとは、Googleが提供する教育機関向けのグループウェアGoogle Workspace for Educationや、Adobe Creative CloudでPhotoshop・Illustrator・Premiere Proといったツールも無料で使えます。
これらを使った生徒たちの創作活動は、本当に多彩ですよ。グラフィックデザインや動画編集、ウェブデザインなど、そのクオリティの高さに驚かされます。
——Slackが学校空間そのものになっているのですね。部活動もネット上で行われているとか。
はい。美術部、eスポーツ部、起業部、投資部、政治部、研究部など、プロが顧問に就く13の部活と55の同好会があります。
例えば美術部にはプロの先生がチャットに入って作品に対するアドバイスをくれたり、eスポーツ部では日本一を本気で目指したい生徒はプロコーチによる指導が受けられる制度があります。
直近の全国大会では、2部門あるうちの両方で優勝し、うち1部門では昨年に続いて2連覇を果たしました。
起業部は、生徒たちがイノベーティブな考え方を学び、日本や世界を支える人材を育成するために立ち上げられた部で、部内でアイディアが通れば、起業に必要な費用は学校が出します。
また、ビジネスモデルの構築や事業計画書の作成など、実践的なプログラムと特別顧問らによる指導もあり、実際にこの仕組みを使って個人向け助成制度提案ICTサービス事業『Civichat』を立ち上げた生徒がいるなど、若き起業家が誕生しています。
——2021年4月から、新たに3つの挑戦が始まったそうですね。
2021年4月にS高等学校を茨城県・つくば市に開校しました。N高とは学び方に違いはなく、ただ本校所在地が違うだけです。
同じタイミングで、N高/S高で「普通科プレミアム」という新しい学び方を用意し、VR学習もスタートしました。最新のVRデバイスを活用した新しい学びの形で、単位取得授業と多彩な課外授業がVR空間で受けられます。
さらにもう1つ、4月から「オンライン通学コース」も新設しました。コロナ禍の中で生まれたコースで、実際に通学する「通学コース」を、ネット(Zoom)で再現したものです。
Zoomでクラスチャットに接続(=登校)し、グループワークやコーチング、実践学習など、通学コースが対面で実施している取り組みの大部分をオンラインで行います。
つまり、現在、2(N高かS高か)✕2(映像学習かVR学習か)✕4(所属コース)=16種類の学び方から、個々人に合った学び方を選べる環境になっています。
——なぜこのような先進的な技術を使ったチャレンジをされているのでしょうか?
「ネットを駆使した未来の学校であれ」という学園のミッションステートメントを実現するためです。
インターネットの登場と進化によって、この数十年で世界がガラリと変わってしまったことは、皆さんも実感するところではないでしょうか。
私たちは、各種SNSや動画サイトを通じて多くの人が熱狂し、突き動かされる世の中を生きています。今やネットはリアルの延長線上にあり、ネットでのコミュニケーションがリアルのコミュニケーションの質を良くも悪くも左右するものになっています。
さらには、スマートフォンの誕生によって、誰もが世界中のあらゆる知識を調べ、誰とでもコミュニケーションが取れる時代になりました。これは、常に手のひらに図書館と専門家への窓口を持っているようなものです。
このような時代に求められる「学び」とは、どのようなものなのか。それは、ネットや最新のICTツールを駆使した主体的な学びであるべきだと私たちは考えています。そして、その主体的な学びを支えるためには、ネットの深くて広いコミュニティが重要となります。
子どもたちにネットコミュニケーション社会に適応できるスキルを身につけてもらうため、「ネットを駆使した未来の学校」として、教育とITを高いレベルで融合させる挑戦を続けています。
伝統ある学校教育と革新的なネットの力で、新たな教育文化を作る
——ネットコミュニケーション社会に適応できるスキルとは、具体的にどのようなスキルを想定されているのでしょうか?
ネットによるコミュニケーションやコミュニティ作りのスキル、と言い換えると分かりやすいでしょうか。
ネットを介したコミュニケーションは、「今まで出会うことがなかった遠方にいる同じ趣味や志を持った仲間を結びつける」メリットを生む一方で、「感情が伝わりにくくトラブルが起きやすい」というデメリットもはらんでいます。
こうしたネット社会特有のコミュニケーションスキルは、既存の公教育ではあまり教えてくれません。
N高・S高では、日常的にICTツールを使ったコミュニケーションを行うので、ネットの特性を理解した上で、うまくコミュニケーションしていくためのスキルを身につけられます。
ネット社会でも、生徒たちがかけがえのない友達を作っていける下地作りができればと思っています。
——最近では、受験勉強に時間を割くためであったり、一般的な高校生活を送りたくないなどの理由で「積極的に不登校」を選択するケースも増えています。N高・S高が学び方の選択肢をどんどん拡張してくれることで、救われる子も多いのではないでしょうか。
そうですね。開校してからわずか5年で2万人近い生徒さんに通っていただいているという数字からも、「ネットの学校」にニーズがあるのではないかと感じます。
みんな片手にスマートフォンをもち、常にネットにつながっているのが普通なのに、「40分×6コマの時間分をインターネットから隔離されて教室で授業を受ける」という今の学校の形が、多くの子どもたちにとってメリットに感じれなくなってきたのではないでしょうか。
勉強と自分が取り組んでいる他のこととの両立に苦戦していて、もっと効率的に勉強したいと考えている高校生たちは多い。
既存の学校形態が合う子もいれば、当校のように、授業を細切れのコンテンツにして携帯し、好きなときに受けられる形にするだけで、随分救われる子がいるのも事実です。
別に、授業を移動中のバスや電車の中で見てもいいじゃないですか。そうした子どもたちのニーズが間違いなくあって、それを私たちネットの高校が埋められているのかな、と思います。
ただ、N高・S高だったらどんな生徒のニーズに応えられるのかというと、必ずしもそうではありません。
ITを駆使するといっても限界はある。今のN高・S高にできることをしっかりと見つめた上で、できる範囲のことをしながら、可能な限り多くの子どもたちの力になれればと考えています。
——社会の変化と共にN高・S高が今後どのように進化していくのか目が離せません。
ありがとうございます。ネットの学校というと少し突飛な印象を与えるかもしれませんが、私たちは従来型の日本の教育制度を否定するものではありません。
伝統ある学校の教育は、長年の経験知の蓄積があり、やはりすごく洗練されています。その優れたシステムや文化から学ぶべきものはたくさんあり、それらを尊重した上で、N高・S高ではネットを駆使して拡張し、新たな文化を作っていきたい。
今回、世界初のVR学習を始めたこともそうですが、「未来の学校」には完成形がありません。
今この瞬間もネット技術はものすごいスピードで進化しており、革新的なサービスが生まれています。そうした時代の流れをキャッチアップしながら、「未来の学校」の形を常に模索し、今後も新たな挑戦を続けていきます。
〈取材・文=栗崎 恵実/写真=ご本人提供〉