ワンプラットフォームである小学校教育に新たな選択肢を。今の時代に必要な「学び続ける力」を育むマイクロスクール
東京・中野区に、小学生と幼児を対象とした全日制のマイクロスクールがある。
中学受験に学びの焦点を合わせない、子ども主体の教育を行うことを基本スタンスとし、概念型の探究学習を中心とした独自の教育内容で関心を集める「東京コミュニティスクール」だ。
生徒数は、初等部とプレ初等部を合わせてわずか56人という少人数制。家族のような温かみのある雰囲気の中で、子どもたちはさまざまな体験の機会とテクノロジーも活用しながら、未知の問題を解決していく力を育む。
一般的には「オルタナティブスクール」と表現される同校は、その従来からのカテゴリー分けには収まらない特色を持つ。
同校の創立者であり理事長の久保一之さんに、概念型の探究学習を中心とした東京コミュニティスクールの教育方針やカリキュラム内容、今の公教育に対する問題意識などについて話を聞いた。
大学卒業後、大手サービス業にて主に人事・教育に携わる。株式会社グローバルパートナーズ創業後は、幼稚園から小学校、中学校、高校向けに教員のリクルーティング事業等を行う一方で、株式会社ビジネス・ブレークスルーのコンサルタントとして、数多くの大手企業のリーダー育成プログラムの講師を務める。それまでの経験から、学校教育、特に初等教育において新たな選択肢が必要だと考え、東京コミュニティスクールを創立。グローバルな視点を持った人材を育むための国際教育カリキュラムの研究・開発・実践・普及を積極的に行っている。現在、小学生と共に探究する学びを実践する一方で、大学ではアントレプレナー講座の指導を、大学院では卒業研究担当として事業計画立案の指導を担当している。
ワンプラットフォームである小学校教育に新たな選択肢をつくりたい
——東京コミュニティスクール(以下、TCS)は、全日制のマイクロスクールと表現されていますが、まずは「マイクロスクール」とはどういったものなのか教えていただけますか?
マイクロスクールは、近年アメリカにおいて出てきた新たな教育の形で、徹底した少人数に、テクノロジーを組み合わせ、一人ひとりの子どもの違いに合わせて高度に最適化された学びを提供し、未来の社会を生きるために必要な力をつけることを重視しています。
TCSは、当初はオルタナティブスクールと標榜していたのですが、日本ではオルタナティブという言葉自体があまり身近でないことや、既存の公教育に代替案を示したいだけで、あくまでも普通の小さな学校だよというスタンスでいたかったので、今はマイクロスクールと表現しています。
——もともと民間企業で活躍されていた久保さんが学校をつくろうと思われた背景には、既存の公教育に対するどんな問題意識があったからなのでしょうか?
私の会社員時代は人事畑が長く、採用や人材育成、評価制度の設計などに携わっていたのですが、「ずっと学び続ける力」を備えておくことがいかに重要であるかを強く認識する機会が多くありました。
例えば新卒採用の現場では、有名大学卒の学生さんも多く入社してくれ、皆さんの処理能力の高さには感心しっぱなしだった一方で、答えがない問いに対してはすこぶる弱いということにすぐに気がつきました。
自由に考えて動いてごらんと言っても、何をしていいか分からず固まってしまう。
これでは、自ら課題を発見し、解決策を考えなければならないビジネスの現場で、彼らは活躍していけるだろうか?と心配になりました。
このときに初めて、既存の教育に対する疑問が芽生えたのです。
管理職向けの研修に同行したときも同様です。いかに会社のお金をうまく使ってきたかという話が武勇伝として語り継がれる状況に、何か違うな、と。
——なるほど。
よく「学校と社会が離れている」ことが教育界の課題として挙げられますが、大人の社会も一緒で、人が学ぶことを止めると、時代も停滞してしまうのだなと感じました。
私たちが生きている時代をより良くするためには、私たちは学び続けてレベルアップしなければいけないし、そのレベルアップをサポートするのが教育であると、私は考えています。
その教育も、時代や環境の変化に合わせてアップデートされなければいけません。
今の公教育が、変化する時代に追いつけていないのであれば、自分で代替案をつくろうということで、2004年5月にTCSを設立しました。
——既存の公教育に代わる新たな教育の選択肢を提供する土俵として、初等教育(小学校)を選んだのはなぜだったのですか?
学校をつくるにあたって大きな影響を受けたのが、オーストラリアのメルボルンにあるフィツロイ・コミュニティスクール(Fitzroy Community School)という私立小学校でした。
少人数制に重きを置き、やりたいことを生徒自身に探究させて挑戦させることで自立心を養うという教育方針で、実際に現地に視察に行き、創立者であるフィリップ・オキャロルとも話してとても感銘を受けたことが影響しています。
また、小学校というのは、あまりにも選択肢が少ないワンプラットフォームであることも気になっていました。
2004年当時の日本では、全国2万3,420校ある小学校のうち、私立校はわずか0.8%。それに対して、中学校は6.4%、高校だと24.3%は私立の学校ですし、幼稚園にいたっては約60%が私立園です。
令和2年度の最新数値で見ても、私立小学校の比率は1.2%程度しかありません。初等教育にこそもっと選択肢が必要だと考えてのことでした。
小学校の6年間で子どもを完成させないTCSの教育方針
——TCSの教育内容について具体的に教えてください。
TCSには、どのような考え方で、何をどう学び、どう評価し、どういった姿を目指しているか、という学びの全体像を表した「TCSフレームワーク(TCS Curriculum Framework)」というものがあります。
このフレームに基づいて探究型のテーマ学習などを組み立てています。
中心部分が、核となる教育理念「自和自和(じわじわ)」と、TCSが目指す人物像。それを囲む赤い部分は、私たちがマーベルモデル(MARV Education-Learning Model)と呼んでいる4要素(モチベーション、習得、実体験、生きる力)で、評価の仕組みとして使っています。
テーマ学習では、人生のための学びという観点を重視し、私たちが生きていく上で欠かすことのできない6つの探究領域を設定し、教科融合型で学びます。
また、それぞれの探究テーマごとに、どのような概念、スキル、知性、スピリットの獲得を目指すのか、といったことが全てマッピングされています。
——TCSの教育理念「自和自和」は造語ですよね。柔らかくてあたたかい響きですが、この理念にはどのような思いが込められているのでしょうか?
自由、自主自律、平和、日本の和…これらは、自分が学校をつくるときに重視したい要素の一部なのですが、それらをうまく表現する言葉が見つからなくて。試しに、頻出する「自」と「和」の2文字をつなげてみたところ、妙にしっくりきたんです。
自和…じわ…じわじわ。音の響きから、ゆっくりと、着実に、学びが浸透していくようなイメージが浮かび、私が理想とする教育スタイルにぴったり重なりました。
今の小学生は、中学受験に合わせて3年生頃から塾に通い始めますよね。「人生100年時代」と言われるようになり、時間もたっぷりあるはずなのに、なぜそんなに急ぐのか。
そもそも、小学6年生までに何らかの完成形をつくるというサイクル自体が、中学受験を中心においた社会のルールや大人の都合に合わせた考え方なんですよね。
そこに子どもを主体において考えるスタンスが全くないなと、すごく感じていて。
TCSでは、小学校の6年間で完成形を目指すのではなく、その子が長い年月をかけて使っていける武器を、ゆっくりと、着実に醸成していくことを目指そう。
そんな考えが「自和自和」という理念に込められています。
——TCSではテーマ学習を中心とした探究する学びを大切にされていますが、具体的にどんなことをしているのか教えてください。
TCSの探究するテーマ学習というのは、学習者が主体であるという点では一般的な探究学習と同じですが、探究する対象を、電車や山といった具体的なトピックとしておらず、「概念」としているところが、他とは違って特徴的かと思います。
例えば、TCSフレームワークにある6つの探究領域のうちの「自主自律」領域であれば、”I am Special, YOU are Special. (私たちはかけがえのない存在である)”という概念を探究テーマに設定し、「私たちはどのように自分らしく生き続けられるのか」について、探究していく活動を行います。
この「概念を学ぶ」ことこそが、私が問題意識として持っていたことそのものなのです。
TCSには、新たな学びを選択したポジティブな明るさがある
——「概念を学ぶ」とはどういうことでしょうか?
先ほど、答えのない問いを前に優秀な学生の思考が止まってしまうという会社員時代のエピソードをお話しましたが、それはつまり、未知の問題や状況にどう対処したらいいかが分かっていないということです。
でも考えてみてください。自分が知っていることなんて、世の中のほんの小さな豆粒のような部分でしかなくて、これから先、知らないことに出会うことの方がはるかに多い。
そんなときに、自分のわずかな経験や知識を概念として捉えておくと、「コレとアレは似ているからこの考え方が使えるな」という風に応用ができる。
未知の状況を切り開く突破口をつくることができるのです。そういう概念的に探究していく力を、子どもたちにはできる限り身につけてほしいと思っています。
——生徒の評価はどうされていますか。
TCSでは、ルーブリックや数字を使った評価も行いますが、基本的には独自のマーベルモデルを使って子どもたちが成長するための評価を行っています。
他の子との比較ではなく、過去の自分と今の自分、こうなりたいと思い描く未来の自分とを比較して、差分がどれくらいあり、それをどうやって埋めていくかを明らかにします。
探究学習においては、日々の学習で得た気づきを記録、蓄積、活用していくポートフォリオが非常に大切なので、ストーリーパークというオンラインツールを使って学びのプロセスを全て記録し、保護者とも共有しています。
もう1つ、私も創立以来フルコミットしていることは、スタッフ全員で、生徒一人につき少なくとも20〜25分の時間をかけて、その子の現状や課題、どんなことをすればその子の良さを引き出せるかといったことをひたすら議論することです。
時間はかかりますが、これをすることによって個別最適化された学びのガイドラインができ上がりますし、スタッフ全員で子どもたち一人ひとりの状態を理解し、成長を支えることができるのです。
——TCSを一言で表現するなら、どんなキーワードが出てくるでしょうか。
「コミュニティとしての明るさ」でしょうか。
従来の教育法で定められた学校が本流だとしたら、オルタナティブスクールというのはその本流から外れてきたという、どこか後ろめたさだったり陰のような部分が少なからずあったと思っていて。
ところが、私が影響を受けたフィツロイ・コミュニティスクールは、そんな雰囲気は微塵もなく、とても明るく軽やかな空気に包まれていました。
TCSもそこを原点にこの17年間やってきたので、スタッフはもちろん、子どもたちや保護者も含めたコミュニティ全体で、「多様な学びの選択肢の中から新しい学びを選択したのだ」というポジティブな明るさがあると感じています。
——最後に、子どもたちにもっと多様な選択肢を提示できるようにと、自らも勉強に励む先生方へのメッセージをいただけますか。
今までいろいろな学校の先生とお付き合いをしてきて思うのは、日本の先生は、「オリジナルの罠やこだわりにハマりやすい」ということです。
なんでもイチから自分でつくらないといけないと思ってる人が多いようですが、知識というものは、人の知と自分の知がネットワークのように組み合わさり、変化しながら構築されていくものです。
ですので、皆さんそれぞれが工夫を凝らして実践してきたものを、どんどんオープンにして、互いにシェアしながらより良い形へと磨いていって、子どもたちに届けてほしいと思いますね。
ちなみに、TCSフレームワークも、いろいろな教育法のいいとこ取りをしながら、自分たちが使いやすい形に組み直していったものなんですよ。
TCSで実践している教育内容やテーマ学習のプロセスなども全てホームページに公開しているので、どんどん使ってやってください。
〈取材・文=栗崎 恵実/写真=ご本人提供〉