理想の学校は、バーバパパのがっこう!?誰もが通いたいと思える学校を、公立の学校で実現する岐阜市の草潤中学校
2021年4月、不登校特例校として岐阜市立草潤中学校が開校した。
「学校らしくない学校」をうたう同校では、私服可、通学スタイルを3つのコースから選択することができ、担任も選択制にするなど、公立校としては珍しい制度が多く、話題を呼んでいる。
そんな草潤中学校の立ち上げから現在もアドバイザーとして関わっているのが京都大学総合博物館准教授の塩瀬隆之さんだ。
絵本「バーバパパのがっこう」を理想の学校に掲げ、草潤中学校の準備期間から開校まで見守ってきた塩瀬さんに、草潤中学校の仕組みに込めた思いを聞いた。
京都大学工学部精密工学科卒業。博士(工学)。経済産業省産業技術政策課 課長補佐(技術戦略)を経て2014年7月より京都大学総合博物館准教授に復職。NHK E テレ「カガクノミカタ」番組制作委員。日本科学未来館“ おや? ” っこひろば総合監修者。平成29 年 文部科学省 中央教育審議会委員( 数理探究)。令和2年岐阜市教育委員会 不登校特例校設立準備アドバイザーほか。平成29 年度文部科学大臣表彰・科学技術賞(理解増進部門)ほか受賞多数。著書に『問いのデザイン』(学芸出版社、2020)ほか。
理想の学校は、バーバパパのがっこう
——2021年3月27日に執り行われた開校式での塩瀬さんのスピーチはネット上で大変話題となりました。理想の学校として、絵本「バーバパパのがっこう」を紹介されていましたね。
岐阜市前教育長の早川さんから「塩瀬さんにとって、理想の学校ってどんな学校?」と聞かれて、絵本の『バーバパパのがっこう』を紹介させていただきました。
本の中では、勉強が嫌い、学校を好きになれない子どもたちを大人は厳しく躾けようとしますが、バーバパパは一人ひとりの子どもにぴったりな楽しい学校をつくるんです。
普段、問題なく学校に通っているように見える子も、無理をして通っているのかもしれません。
不登校だけを特別視するのではなく、誰もが通いたいと思える学校にしていくことが大事だと考えています。
誰もが通いたいと思える学校を、公立の学校で実現することができれば、他の地域での実現可能性も高くなるので、公立学校で実現することに意味があったと思います。
——開校式のスピーチでも学びの選択肢がたくさんあることが重要だと仰っていました。草潤中の担任選択制もその一つですね。担任選択制については、苦手な人と向き合うことで育まれる力や、相乗効果を排除してしまうのではないかという声も聞かれます。塩瀬さんは、どう思われますか?
苦手な先生、嫌いな先生に対して我慢して乗り越えるべきだという考え方もあります。
確かにそれで乗り越えられるなら一つの経験になると思いますが、不登校の生徒の中には、その壁をたまたま乗り越えられなかった子もいるわけです。それをもう1回無理やり乗り越えろというのは、経験の仕方としてはイマイチだと思っていて。
乗り越えられなかった子が通う学校だからこそ、「自分の意志で選べるようにした」という背景です。
人同士ですから必ず合う合わないの相性はありますから。「合わない人と無理に付き合わなければいけない」というのも確かに社会の縮図としてはあります。
ですが、「自分に合う人だけを選んでも生きていけるほど社会には人がたくさんいる」ということも大事だと思うんです。世の中にはたくさん学校もあるし、たくさん大人もいるし、自分にもっと合う人がどこかにきっといる。
無理してまで、あるいは死ぬような思いをしてまで付き合わないといけない人も学校も存在しません。
そういった意味で、「自分で選べる環境を整えていくこと」が大切なんです。
大人になるといろんな人がいることが分かるから選べるんです。でも子どものうちは最初に入った学校が世界の全てで、まだ他の選択肢が見えていないからこそ、大人が他にも選択肢があることをちゃんと見せなくてはなりません。
会ったことも見たこともない「架空の人物を育てる教育」
——選択肢がたくさんあると、選択するための人間的成熟度も問われるように感じます。子どもが良い選択をできるように大人はどうサポートすべきだと思いますか?
「子どもは選ぶ力がないから、大人が与える」というのが教育の前提として存在していると思いますが、「子どもが選べない」という前提となっている見方をまず変えることが必要だと思います。
勉強と遊びの時間を天秤にかけたとき、子どもが遊びの時間を多く選ぶのは当然で、それは勉強のおもしろさと大切さを大人が伝えきれずにいるからです。
両方のおもしろさを知ってさえいれば、自分の力で選べるのですから、勝手に選べないと決めつけて何事も与えてしまうのはおかしな解決方法で、大人の役割がズレているのだと思います。
——最近では、STEAMやプログラミング、英語4技能など学校に求められることが増えています。教員にとっても未知の分野を教えることに困惑している先生も見受けられます。新設校ではあるけれど、そのような詰め込み教育ではないあり方に「救われた」という声も聞きました。
グローバル人材やSociety5.0もよく話題に上がるキーワードですね。
よく僕は、学校の先生向けに研修をするときに「Society5.0人材、もしくはグローバル人材に会ったことがある人は手を挙げてください」と聞くことがありますが、まったくといっていいほど手が挙がりません。
自分が会ったことも見たこともない「架空の人物を育てる教育」ってかなり難しいと思いませんか。
やっぱり子どもにたくさんのことを背負わせすぎだし、先生自身もできないことを無理にさせようとしすぎです。
先生は子どもが好きで、教えること自体も好きな方が多いから、先生自身が心の底から「大切だな」「おもしろいな」とさえ信じることができるものであれば、自然と子どもに見せたくなりますよね。
半信半疑のままやっているから、なかなかうまくいかないのであって、先生自身がおもしろいなと思って、教えればすぐにそのおもしろさも伝わるはずだと思います。
外部人材は「よい文化の引き継ぎ役」
——今後、他の自治体でも公立で新しいモデルを作ろうという動きが出てくるかもしれません。塩瀬さんのような外部からの協力者など、どういった人たちが関わっていけると良いのでしょうか?
草潤中では最初に参画してくださる教員には、手挙げ方式で集まっていただけるような仕組みをお願いしました。公立の学校では、どうしても教員の人事異動がありますので、学校としての文化をそっくりそのまま伝え続けることが簡単ではありません。
そんなとき、外部の人が学校に関わるメリットの一つが、「よい文化の引き継ぎ役」になれること。
すぐ傍にいる人々が見守り続けてくれると、内部で人の入れ替わりがあっても学校のアイデンティティを守り継ぐことができます。
『バーバパパのがっこう』のような象徴を掲げたことも、地域のたくさんの方々に学校創立に参画いただいたことも、時間が経って新しい人が加わったときにも、草潤中学校が大切にしたい理念を守るリレーのバトンが受け継がれるようになると思います。
——学校単体ではなく「地域で支えていけるか」というのも今後の課題かもしれませんね。
岐阜は全国学力調査では上位の成績をおさめる一方で、「地元のために何かしたいという評価が芳しくない」ということが教育創造会議での課題でした。
しかし、その課題は必ずしも子どもだけの問題ではなく、元を正せばそもそも大人も同じ傾向だと伺いました。それは隣接する愛知県などに働きに出ていく大人も多いことから、おのずと地域とのつながりが希薄になりがちなのかも知れません。
「いつか地元に帰ってきたい、地元をもっとよくしたい」、と子ども自身が思えるような拠り所となる場所が、どの地域にとっても重要なはずです。
そのためには小中高という多感な成長時代に、地域に見守ってもらえたという時間、その中で楽しく学ぶ時間を過ごせたという思い出があるかどうかが大きな鍵だと思います。
「学びたいときに、学びたい方法で学べる場所、ありのままの自分でいていいと心から信じられる場所」が学校や地域の中で創り上げられるといいですね。
〈取材・文=先生の学校編集部/写真=西村 真由〉