不登校特例校・草潤中学校が目指す、新たな学校の形とは?公立校が挑む「学校らしくない学校」づくり
2021年4月、不登校特例校として岐阜市立草潤中学校が開校した。
不登校特例校とは 学校教育法施行規則に基づき、不登校児童生徒を対象とする特別の教育課程を編成して教育を実施する学校で、現在全国で17校が指定を受けている。
「学校らしくない学校」をうたう同校では、私服可、通学スタイルを3つのコースから選択することができ、担任も選択制にするなど、公立校としては珍しい制度が多く、話題を呼んでいる。
2回にわたり開催された学校説明会には、234名の児童生徒とその保護者が参加し、40名定員をはるかに超える入学希望者となった。
そんな同校の構想から実現までを牽引されてきたのが2021年3月まで岐阜市の教育長を務められていた早川三根夫さんだ。
早川さん、そして同校校長の井上博詞さんに立ち上げの経緯から、学校の仕組みに込めた思い、そして開校から2ヶ月(取材当時)経った現在の様子を聞いた。
井上 博詞 (いのうえ ひろし)/ 岐阜市立草潤中学校 校長
岐阜市立草潤中学校は、岐阜市の中心部に位置する2021年4月に開校した不登校特例校。これまでの学校のシステムに合わせることに疑問を感じ、不登校を経験した生徒のありのままを受け入れ、個に応じたケアや学習環境の中で心身の安定を取り戻しつつ、新たな自分の可能性を見出すことを目指している。
ありのままの君を受け入れる新たな形
草潤中学校は「学校らしくない学校」としてこれまでにない公立学校として話題を集めていますが、立ち上げの経緯を伺えますでしょうか?
草潤中学校はもともと、少子化に伴う児童数の減少により2017年に統廃合された小学校の跡地を利用しています。地域の方が愛情を注いでこられた小学校だったので、中長期的に教育施設として使用することをお約束していました。
さまざまな有識者の方にアドバイスをいただきながら検討する中で、2017年2月に「教育機会確保法」が施行され、不登校特例校の整備・充実が求められたときに、「あぁ、これだ」とピンときたんです。
岐阜市は不登校の出現率が全国的に見ても高く、特に中学生に高いという現状がありました。
そこで2018年度には統廃合となった小学校の跡地を活用して、不登校特例校をつくることを決め、2019年、2020年と準備をして今に至ります。
なぜ、岐阜市は不登校の出現率が高い状態にあったのでしょうか?
岐阜市に限ったことではありませんが、型にはめ過ぎてるということが一つ理由として挙げられると思います。
要するに、子どもたちの突出した才能を折る危険性が、「いい学級」と評価される学級にこそある。
相変わらず過度な団結力を求めてしまっている。それはそれで感動するんだけど、そこからはみ出る子がいるということに対して寛容にならないといけない。
いびつな才能をいかに伸ばすかということが、少子化やこれからの変化の激しい時代においては必須条件ですよね。
そのためにも、これからはもっと子どもたちの声に耳をすませていく必要があります。子どもたちが学校や世の中に持つ違和感こそが次の発展可能性なんですから。
だからこそ草潤中学校では、「学校らしくない学校」「ありのままの君を受け入れる新たな形」を公立発でつくることにしました。
「学校らしくない学校」というコンセプトが、新しい考え方のもと立ち上がった貴校を象徴しています。
どのような経緯で「学校らしくない学校」というコンセプトにたどり着いたのでしょうか?
岐阜市では2019年にいじめによる自死が起きています。
それをきっかけに、いじめを経験している子どもたちも含め、多くの子どもたちとディスカッションをさせていただきましたが、私たちが思っている以上に彼ら・彼女らは複雑な世界に生きていることを知りました。
学校の内申や、大人が望む進路に過度に適用しようとしている子どもたち。先生が望むことに対して応えようとする子どもたち。
そういうことでものすごいストレスがかかっていることが分かりました。
そういうことに苦しんでいる子どもたちがいるんだということに気がつかない先生や学校であったということについては、非常に反省すべきで、子どもが学校に合わせるのではなく、学校が子どもに合わせないといけない、そう強く思いました。
それが「学校らしくない学校」というコンセプトにつながったわけです。
この学校の在り様が、おそらく今後の義務教育の在り様を変えていける可能性になっていくと思います。
常に今までの発想と逆の発想で考える訓練を
開校にあたり、不安なことはなかったのでしょうか?
不登校特例校に通いたいと思う子どもたちが本当にいるのかな?という不安が当初はありました。
もともと学校というものに足が向かない子どもたちが、「違う場所だから行くか」というと、そんな甘いものではないと思ったんです。
ましてや地域にある学校ではないので、通学にもバスを利用したりすることになりますし、わざわざそこまでして本当に通うのだろうかと。それが最初の不安でした。
さらに、先進的に取り組まれているいくつかの学校にお邪魔した際に、「学校が嫌なんだから、学校らしい建物じゃだめですよ」というアドバイスをいただいたんですが、予算も限られていて、本校は学校らしい建物なんですよ。
だから余計に不安はありました。
それが蓋を開けてみると、2回にわたり開催された学校説明会には、234名の児童生徒とその保護者が参加し、40名定員をはるかに超える入学希望者になったわけですね。
だから学校らしくない学校というのは、建物のことではないんですよね。建物を無視はしませんが、そこが大きなボトルネックではなかったということ。
子どもたちに聞いても、そう言っています。
「勉強はしたかったんだ、学校には行きたかったんだ。ただ今の学校には行けなくてこういう学校を待っていたんだ」、と言ってくれているわけなので。
彼ら・彼女らが言う「こういう学校」というのが、どういう学校なのかについては、まだこれから我々が突き詰めて考えていかなきゃいけないし、そこのコントロールを間違えてしまう心配もあるわけなので、常に今までの発想と逆の発想で考える訓練をしなければいけません。
京都大学総合博物館准教授の塩瀬隆之さんには、設置準備の段階からアドバイザーに入ってもらっていますが、そういった外部の方だったらどう考えるだろうとか、そういう視点も大事になってくると思います。
塩瀬さんとのディスカッションを通して、「違う発想をしようよ」と言われて、自分としてはそうしているつもりでも、私が発する一言一言に、今までの当たり前がこびりついていて、凝り固まっているものが自然に出てしまっているなというのは、痛感する場面がいっぱいありましたね。
そういった意味でも外部の方にアドバイザーに入っていただくのは有意義なことだと思います。
生徒の声に寄り添う「ウォームアップ」と「クールダウン」
開校して、2ヶ月(取材当時)が経ちましたが、実際生徒さんの様子はいかがですか?
本校は通学スタイルを、下記3つの中から選択できるようにしています。
1)家庭での学習を基本にするコース
2)家庭で学習し、週に数日登校するコース
3)毎日登校するコース
入学の前の調査では、2)のコースの希望者が52%、できるだけ毎日来たいという3)の希望者が45%だったんです。
それが実際は4月出席統計で見てみると、平均して75%の生徒が毎日来ています。GWを開けた今も大きな変化はありません。
入学前には毎日来ると答えていた子が45%だったのが、4月末にもう一度希望を取ったら、67.5%まで増えていました。
つまり、昨年までの自分で考えると、毎日登校するのは難しいと思っていたけれど、この学校なら毎日来たいと思ってくれる子がある程度の割合いることが分かりました。
先日メディア取材の協力者を募ったところ、ある女の子が引き受けてくれたんですが「この学校のことを不登校の子に知ってほしい」と言ってくれて。
「この学校のことを知らなかったら、私はここに来れなかったし、こんなに毎日楽しい思いをすることはできなかった。この学校のことを不登校の子に伝えたいので、私は取材を受けます」と話してくれました。
それを聞いて、入学するまでに期待していたもののある程度は今満たすことができているのかなとは思うんですが、これからも子どもたちの声を聴きながら、学校作りをしていきたいと思っています。
現時点で、他校に汎用できるような事例は生まれていますか?
本校では、授業の開始前と終了後に「ウォームアップ」と「クールダウン」の時間を設け、生徒が自分で選んだ担任の先生と、一日の学習の予定を確認をしたり、一日の振り返りを行っています。
時間は10〜15分程度ずつですが、親御さんの話では、その時間が子どもたちにはすごくイイっていうんですよ。
この取り組みは、コース関係なく実施しているので、1日学校に行かなかったときに、先生にこれ見せたいとか、自分がどんな1日を過ごしたかを語りたいとかさまざま思いがあって、その時間を楽しみに1日生活している子もいるようです。
まだまだ日々改善、工夫しているところですが、他校でも汎用できる事例かと思います。
この仕組みは、普通の学校でも使えるでしょう。
こういった他の公立学校で汎用できる事例がたった2ヶ月で生まれてきて、そういう事例をこれからも次から次に生み出してほしいと思っているんだよね。
開校時の先生は、異動ではなく手挙げ方式で募集されたと伺いました。それも画期的ですよね。
手挙げ方式は、必須だと思います。
今、本校には「こうしなさい」とか、「こうしなければいけない」というものが何もありません。生徒のありのままを受け入れるということがどういうことなのかを考え続け、試行錯誤し続けることが求められます。
それはある意味で、これまでの自分のポリシーであったり、当たり前を一度壊して再構築するようなことなので、そういった意思のある人にきてもらう必要があった。
だからこそ、手挙げ方式は欠かせない仕組みでした。
今も私が職員に言っているのは、とにかく「ありのままの君を受け入れる新たな形」とはどういうことなのかを、1年間追い求めようね、と。
これまでの学校の常識で子どもを見ないようにしようね、「これまでこうだったからこうしよう」という発想は、一切しないようにしようね、というのを今も何度も伝えているところです。
〈取材・文=先生の学校編集部/写真=西村 真由〉