探究指導に全教員約100人で挑む!OECDからも評価された福井県立若狭高校の地域資源型探究学習とは?
福井県の南に位置する福井県立若狭高校では、「地域資源型探究学習による地域と世界を結ぶ科学技術人材の育成」を目標に、生徒が地域のさまざまな課題に目を向けてその解決策を考え、地域の方に提案する課題解決型の探究学習に取り組んでいる。
探究指導に全教員約100人が関わり、組織的に取り組んでいる若狭高校の探究学習は、「あの人だからできる」・「あの学校だからできる」の壁を越えた普遍性を持つ取り組みとして、日本はもとより世界からも注目を集めている。
OECD教育・スキル局局長のアンドレアス・シュライヒャー氏をはじめ各国の教育担当者から、「OECD各国の教育モデルとなる取り組みである」と評価された若狭高校の探究学習とは一体どのような内容なのか、SSH研究部長の渡邉久暢教諭に話を聞いた。
国語科の授業実践に関わる研究テーマは、高等学校国語科における「真正の学習」「真正の評価」のあり方であり、「高次の学力を培うために、授業デザインの中で『目標と指導と評価の一体化』をどのように図るか」等の実践的研究を重ねている。若狭高校国語科では「チーム」で授業改善に取り組んでおり、国語科における組織的な授業改善のあり方についても研究を深めている。若狭高校ではSSH・研究部長として、授業力向上に向けたカリキュラムマネジメント・組織作りに取り組んでいる。SSH,OECD-ISN,等の大型プロジェクトの運営を通して探究的な学習の推進を行うと共に、文科省から「教科等の本質的な学びを踏まえた主体・対話で深い学びの視点からの学習・指導方法の改善の推進事業」の研究指定を受け、学校全体で学習・指導方法の改善を推進している。
大切なのは「何をやったか」ではなく「どんな力が育ったか」
——若狭高校は随分前から探究学習を実践されていますが、実際にいつ頃から取り組まれているのでしょうか?
学習指導要領に「総合的な学習の時間(以下、総合)」が新設された際の先行実施校として、2001年から始めています。当時は若狭高校の定時制で先行実施することとなり、私が主担当になりました。
最初の年は「バリアフリーマップを作ろう」という内容で、今でいうユニバーサルデザインをテーマにして、障がい者の方と一緒に街を歩いて地域のマップ作りを行いました。
当時はインターネットが世の中に普及し始めた頃だったので、WEBでホームページを作り、学習してきたことをWEBで公開して発表会を行いました。今取り組んでいる総合と、遜色ない内容ですね。
——現在は、どのような時間数や体制で探究学習に取り組まれているのでしょうか?
本校は、2011年に文部科学省よりスーパー・サイエンス・スクールの指定を受け、全校で探究学習に取り組んでいます。
本校には、普通科・理数探究科・国際探究科・海洋科学科の4つの科がありますが、全学科、全学年で学校設定教科である「探究」を実施しており、探究科と海洋科学科で週2時間、普通科は週1時間の時間数です。
時間数が決して多いわけではないので、探究の時間だけでなく、全教科において楽しく・深く学ぶ授業への改善が必要だと感じ、授業力の向上にも力を入れています。
——探究学習において、どんな思いを大切にしてこられましたか?
「何をやったか」ではなく「どんな力が育ったのか」を主眼において探究に取り組むことが大切だと思っています。
一般的に高校で行う総合では、イベントをこなすことが目的になりがちですよね。それだと、教員がたくさん仕込んで作り上げられたようなものが多かったり、いい探究をするためにテーマも教員が決めてしまったりと、誰のための探究なのかよく分からなくなってしまうことも少なくありません。
取り組む内容よりも、探究学習を通して「どんな力が育ったか」を常に見つめていたいです。
本校でいえば、探究学習を通して主体性や粘り強く取り組む態度、社会貢献意識を通して課題設定能力を育みたいと考えています。
——探究のテーマ設定は、何かフレームを用意されているのか、生徒自身が決めて進めるのか、どのようにされていますか?
もともと若狭高校には理数科があり、教員の専門性に合わせてテーマを設けて生徒を集めるゼミスタイルで課題研究型の探究を行っていました。
しかし教員に合わせるスタイルは果たして探究と言えるのか、という議論になり、生徒自身が自分でテーマを決めて進めることが大切なのではないかという結論に至り、何の制限も設けず、生徒がそれぞれ好きなテーマに沿って探究を行っていた時期もありました。
しかしそうなると今度は、教員側が生徒が設定したテーマに対応しきれなくなったり、生徒自身も何に取り組めばいいのか分からなくなってしまい、インターネットで何となく調べて終わり、みたいな浅い探究になってしまいました。
それではダメだということで、現在では「身の回りの地域資源を活用した課題探究」という制限をかけています。
制限はあるものの、身の回りのことだからこそ、結果的にそれぞれの課題が「我がごと」になり、真剣に楽しく取り組めるようになっているのでははないかと思います。
地域資源を活用し、探究テーマを「我がごと」に
——現在生徒たちが取り組んでいる課題探究の内容を具体的に教えてください。
本校の近くに縄文時代の遺跡が発掘されるような場所があるので、「この地域ではいつから人の定住化が始まったのか時期を特定したい」という課題設定の出発点から、「鳥浜貝塚と呼ばれる集落遺跡において縄文人が出現したのはいつか」という研究課題を立て、それらを科学的な視点や研究手法で明らかにしました。
また、「農作物の鳥獣被害に苦しむ地元農家を支援したい」という課題設定の出発点から「農作物の鳥獣対策」を研究課題にし、かかしが鳥獣被害を防ぐためにどのくらい効果があるのかを研究したグループもあります。
実際に農家の人と一緒に取り組むことで自分たちの研究が地域社会に貢献できていることを実感し、我がごと化が進み、生徒たちのやる気が高まり研究がより進んでいくというサイクルはまさに理想的な探究の形でしたね。
——「我がごと」という当事者意識を持たせるための手段として、地域にフォーカスしたテーマにしているんですね。
例えば、総合の授業で国際的な問題をテーマに取り扱いたいという要望は一定数あると思うのですが、距離の問題で顔が見える関係では取り組みづらいので、結果的にインターネットで調べて終わり、というのはよくある話だと思います。それでは意味がないですよね。
それよりも我がごとにしやすい身の回りのことの方が具体的な課題も見つけることができ、研究的にも深まりやすい。分からないことがあれば、直接聞きに行けばいいですしね。
バーチャルのインターネットの世界に行かずとも、足で稼ぐ方が、間違いなく我がごとになります。
探究学習の目的は、これからの時代を生きるためのスキルを身につけることなので、生徒たちが主体性を持って没頭できるテーマである必要があると思っています。
——探究を進める上で、論理的思考力や物の見方などさまざまな力が必要になってくると思います。そういった力を育むために取り組まれていることはありますか?
一時期、思考スキルをトレーニングするような授業をやっていたこともありますが、結果的にほとんど機能していないことが分かったので、今はやっていません。
では、なぜ機能しなかったのか。それは、本物の課題じゃないと生徒が本気で取り組まないからです。
つまり、我がごとにできない課題に対しては、生徒は張り切って取り組まないので学びにならないんです。
例えば、レポートを書かないといけないときに、論理的に書かないとうまく説明できないから論理的な思考が育つわけだし、他の人の質問に答えなきゃいけない場面が出てくるから、どんな質問が出てくるかを想像し、多面的に考える力が育ちます。
探究するために必要な能力は、その課題を解決するために必要だから習得していくわけで、本物の学びの中でしか育まれないということが分かりました。
そのためにも、繰り返しになりますが生徒が主体性を持って取り組める「必然性のある課題設定」が大切だと思っています。
生徒が主体的に学びに向かっていけば、後から思考力も知識も身についていくはずです。
——生徒たちが主体性を持って課題に取り組むために、伴走する教員側が工夫していることはありますか?
一番大切にしているのは、「生徒と社会をつなぐこと」です。
学内で話して終わり、ではなく、いろいろな人に自分たちの考えを聞いてもらう場面を作るようにしていますね。
大学生や大学院生を相手に話したり、連携協定を結んでいる東京大学の先生に来ていただいたり、地域の方や市長にプレゼンテーションする機会も設けています。そうすると、生徒たちも自然とやる気が出ますからね。
そのためにも、長年人脈づくりに力を入れています。今では継続して関わってくださる方も増え、この分野ならこの方といったリストも作っています。
あとは、生徒が勝手に的確な人を探して、自ら連絡していることもあります。あとから「学校は何をやっているんだ」と怒られて謝ったこともたくさんありますよ(笑)。
探究教材よりも、まずは目の前の生徒をよく見ること
——教員側のチーム作りにも力を入れられていると聞きました。どのように取り組まれているのでしょうか。
現在本校には約100人の教員が在籍していますが、生徒が探究に取り組むときと同じように、先生たちにも主体性を持って取り組んでもらえるような組織作りを意識しています。
そのためにも、各学科・各学年にある探究の科目ごとに一人ずつ教員リーダーを決め、そのリーダーが集まってミーティングを開き、全体をコーディネートしながら進める形をとっています。
リーダーは決めていますが、決まったことをトップダウンで下ろしても意味がありませんので、チームとしてお互いの意見を聞き合い、目的を共有しながらも、やり方は各々の先生方に任せる形で進めるようにしていますね。
探究の授業で本物の課題に出会って、主体性を持って取り組めているとき、生徒たちは本当にいい顔をします。
そんな風に生徒たちを焚きつけられるかどうかは、教員側がどうカリキュラムを作っていくかにかかっていると思うので、これからも教員同士のチームワークを大切にしながら学校一丸となって取り組んでいきたいですね。
——教員リーダーはどのような役割を担っているのでしょうか?
大きな役割としては、その年の方針などグループの中での基本的な方向性を決めて調整することと、各クラスの生徒の様子を把握しながら皆の意見を吸い上げることです。
リーダーといっても、皆を引っ張って先頭に立つ人というより、広く意見を聞いてファシリテートするイメージです。
今年の探究リーダーの中には、初任者もいますからね。本校は公立校なので、毎年教員の入れ替わりがあります。だからこそ、初任もベテランも関係なくチームのリーダーになる可能性があります。
探究授業での組織において、誰が抜けても持続可能なシステムにするということも大切なポイントだと思います。
——最後に、この記事を読んでいる先生たちが探究の授業に取り組む際に、まず何から始めるといいと思いますか?
兎にも角にも「生徒のことをよく見る」ことだと思います。
その上で、自分たちの目の前にいる生徒たちには今、どんな力が必要なのかを明らかにすることです。
今は書店やインターネット上に探究教材も数多く出まわっていますが、まずは目の前の生徒たちをしっかり見ていくことが大事だと思います。
〈取材・文=先生の学校編集部/写真=中庭 廣子〉