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「社会に開かれた教育課程」を実現!小学生からのアントレプレナーシップ教育

「社会に開かれた教育課程」を実現!小学生からのアントレプレナーシップ教育

アントレプレナーシップ教育という言葉を聞いたことはあるだろうか。

起業家教育とも言われるこの教育は、起業のテクニックを教える教育ではなく、「自己の発想や工夫を積極的に社会貢献へ生かす意欲を育てる」といった起業家精神と資質・能力を育むことを目的にした教育である。

探究学習に欠かせない「主体的に学ぶ」ためのマインドセットが獲得できるため、日本の教育現場でも少しずつ認知が広がっている。

そのような中、いち早くアントレプレナーシップ教育に目を向け実践を重ねてこられたのが、東京都三鷹市で教育長を務める貝ノ瀨滋さんだ。

コミュニティ・スクールという地域住民が学校運営に参加できる仕組みを作り、多彩な教育活動を手掛けてこられた貝ノ瀨さんに、アントレプレナーシップ教育の本質や、今後の学校が担うべき役割について話を聞いた。

写真:貝ノ瀨 滋(かいのせ しげる)さん
貝ノ瀨 滋(かいのせ しげる)さん
東京都三鷹市教育長

中央大学卒業、電気通信大学大学院博士後期課程中退。都内公立学校教諭、東京都教育委員会指導主事、東大和市教育委員会参事等を経て、1999年4月から三鷹市立第四小学校長となり、地域に開かれた学校づくりの中でアントレプレナーシップ教育を進め、注目を集める。2004年10月より三鷹市教育長、2012年10月より同市教育委員長に就任し、小・中一貫コミュニティ・スクールを推進。その後、政策研究大学院大学客員教授、東京家政大学特任教授、2016年7月から文部科学省参与を経て、2019年7月より現職。


地域との連携から始まったアントレプレナーシップ教育

——貝ノ瀨さんはアントレプレナーシップ教育を始める前に、地域に開かれた学校づくりに取り組まれたと伺いました。

今からおよそ20年前、三鷹市立第四小学校の校長に着任して早々、地域に学校を開いて教員と一緒に子どもたちを育てていく「夢育の学び舎構想」を掲げました。

その当時はまだコミュニティ・スクール制度もありませんでしたが、授業や行事、クラブ活動に、地域の方々にボランティアで参加してもらう取り組みを始めたのです。

当初は、若くして校長になったことも相まって、周りの校長からも「君、地域の方々を手伝わせて変なことやっているらしいね」、「外部の人を学校に入れるなんて、教育者としてプライドはないのか」等と言われることもありました。教職員も地域の方とはいえ、外部の人が学校へ入ることに抵抗があったようです。

そのような中、この取り組みが新聞に取り上げられ、それをきっかけにテレビ番組の特集として放映された結果、自校の活動が一気に全国へ広まりました。


——批判を受けながらも懸命に取り組まれた活動が注目されるようになったのですね。アントレプレナーシップ教育に興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか?

経済産業省の方から声をかけていただき参加した勉強会をきっかけに、初めてアントレプレナーシップ教育という言葉に出会いました。

これは日本語で「起業家教育」と訳されますが、ただ起業家を育てるためではなく、あくまで子どもたちの自主自立を育むための教育です。

この事業に予算をかけて展開しているのは、文部科学省ではなく経済産業省であるため、今でも学校現場ではあまり馴染みがないですよね。しかし、私は当時取り組んでいた地域連携活動をアントレプレナーシップ教育として発展させられるのではないかと考え始めたのです。


——地域連携とアントレプレナーシップ教育は、相性が良さそうですね。

子どもの自己管理能力を高めることが教育の本質だと私は考えていますが、それを後押しするのにアントレプレナーシップ教育は非常に有効であると感じました。

しかし、この教育を実践するにしても、「経済」の領域は先生たちの得意分野ではありません。

教員は大学を出てから早々に教壇に立って教科教育の専門性を身につけていますが、世の中のことを広く知っているわけではありません。

その点、青年会議所や商工会議所の方々は、市場調査から購買活動に至るまで、経済活動についてよく理解されているので、教員の代わりに指導してもらえます。

多様な考え方や価値観を持った地域の方と関わることは、教員にとっても、子どもたちにとっても、大変勉強になります。だからこそ、アントレプレナーシップ教育を実践するには地域連携が欠かせません。


子どもにとって身近な地域教材で作る独自カリキュラム

——三鷹市立第四小学校で始められたアントレプレナーシップ教育の具体的な取り組みについて教えてください。

さまざまな活動に取り組んだのですが、小学5年生を対象に行った「四小産の銀杏を販売しよう」をご紹介しますね。

四小の校庭のわきには、イチョウの大木があり、秋になると銀杏がたくさん落ちるのですが、臭いがきついので子どもたちはなかなか近寄りませんでした。

しかし、近所のお年寄りが銀杏を拾って持ち帰る様子を通して、子どもたちは銀杏が食べられるものであることを知りました。


そこでたくさん落ちている自然の恵みを商品にして販売してみたらどうか、という話になり、総合的な学習の時間の35時間をかけて銀杏の販売に取り組みました。

地元の青年会議所の方や起業家の方に話を聞いた上で、会社の立ち上げから、実際のお店を視察して販売方法や価格を決めるための市場調査、宣伝するための看板やチラシ作り等、全て子どもたちが行いました。

商工会議所の方のアドバイスのもと、借用書を書いて信用金庫からお金を借りて資本金を作るという本格的なプロセスも踏みました。この銀杏販売の取り組みは、たいへん賑わい盛り上がりましたね。

その他には、地域に古くから生息している紫草を染料として使って作ったストラップの販売等、学年ごとの発達段階に合わせた多彩な取り組みを行いました。


——とてもわくわくする活動ばかりですね!アントレプレナーシップ教育を実践する上で重要なポイントは何でしょうか?

紹介した銀杏や紫草のように、子どもにとって身近で興味が持てる地域にあるものを教材として使うことです。

また、失敗してつまずいても次にどうしたら良いかと考えることが学習になるため、無理に気負って成功体験を求めないことが重要です。

地域の方々に協力してもらいながら、学校ごとに工夫して独自のカリキュラムを作ってもらいたいですね。教育ボランティア制度やコミュニティ・スクールは全国でも増えてきていますので、アントレプレナーシップ教育はアイデア次第でいくらでも展開できると思います。

私は三鷹第四小校長として在籍していた約5年間の中で、さまざまな単元開発に努め、教育長に就任してからは市内の全学校でアントレプレナーシップ教育に取り組むことを広めました。

その後文部科学省に勤め、昨年から三鷹市の教育長に戻ってきましたが、キャリア教育の一貫として再びアントレプレナーシップ教育の普及に取り組んでいくことを計画しています。


——日本でのアントレプレナーシップ教育の認知度は低いですよね。今後普及させるためには、どうしたら良いでしょうか?

理屈でアントレプレナーシップ教育の良さを語ることもできますが、これだけでは学校現場は動きません。

教員たちが実践を見た上で、「やってみたいな」「面白そうだな」といった意識を持たないと変わらないので、今後たくさんの事例が出てくると良いですね。

アントレプレナーシップ教育という言葉は、高校生や大学生を対象としたものであると捉えられがちですが、発達段階に合わせた活動を行えば、小学生の段階から始めることも可能です。

小学校で実際に行ってみると、ただの社会貢献ではなく利益を出す活動に対し、子どもたちは想像以上に楽しみながら一生懸命取り組みます。

個人的には、プログラミング教育のように必修とはならずとも、今後の教育課程における有力な選択肢の一つとして、アントレプレナーシップ教育が広まることを願っています。


社会に開かれ、多様な人たちとつながる学校を目指して

——アントレプレナーシップ教育の実践を通して、子どもたちや先生方に変化は生まれましたか?

子どもたちにとっては、商品販売で利益を最大化するためにどのような工夫がいるか等を考える過程で、いろいろな人と関わることが必要なのでコミュニケーション力が鍛えられます。

他にはアイデアを出すための創造性、社会の流れを広く観察する洞察力、お金を借りるという責任感、商品の売れ残りに対するリスク管理能力等、今の社会で求められているたくさんの力を育むことができます。

教員たちにとっては、学校の外の方々と関わることでコミュニケーション力が高まることはもちろん、子どもは教員だけではなく、いろいろな人から学んでいるのだということを実感し、協力してくださる地域の方々への感謝や尊敬も生まれると思います。

アントレプレナーシップ教育は、子どもと教員、どちらにとっても良い影響を届けられると自信を持って言えますね。


——コミュニケーション力の向上をはじめ、先生と子どもたち双方にとってたくさんのメリットが生じるのですね。

人と助け合いながら生きていくことを「協働」と言いますが、これはとても良い概念ですよね。現在のコロナ禍では、人と人との接触を避けるため、多くのつながりが遮断されています。

教育の場合、個別最適化を追求する上でICTの活用は非常に有効であるとは思いますが、一方では孤立を生む可能性もあります。それを防ぐためには協働という考えを意識して取り組むべきでしょう。

人は一人では生きられないからこそ、コミュニケーションを大切にしながら共に生きるということこそが、より良い地域づくりにもつながります。

これを実現するのが新しい教育課程で掲げられている「社会に開かれた教育」です。


——最後に貝ノ瀨さんが考える、今後の学校や先生方に求められる役割を教えてください

学校という場所は、人と出会い、人と共に学ぶ場所であり、なくてはならない存在であるということがコロナ禍で再認識されたと思います。

どんな分野においても、人は多様な考えを持つ仲間たちと一緒に問題解決を行うこと、つまり連携や協働といったつながりを求めていますよね。多くの人たちがスマートフォンを肌身離さないことも、人とつながっていたいという思いからくるものでしょう。

人は人とつながっていなければ生きられない生き物なのです。単なる人と人との集合体ではない、「社会」を創るのが人間です。

そのためには、社会に開かれ、多様な人たちとつながり、最終的には一人ひとりが豊かで幸せな人生を送っていけるような社会の担い手となる子どもたちを育てることが学校には求められるでしょう。

私たちが生きる目的の最上位は“well-being(幸福)”です。
well-beingにはさまざまな要素がありますが、どれも協働という概念なしには成立しません。

社会の問題を解決しながら、皆が幸せで豊かになっていく、そんな社会を担える、自立して協働し創造できる人間を育てるのが学校という場所であり、先生方の役割だと思います。

〈取材・文=中務 彩夏/写真=小野 瑞希〉