1. TOPページ
  2. 読む
  3. ICTをど真ん中においた新しい学びの創造。先生は子どものニーズに応じて学習環境を・・・

ICTをど真ん中においた新しい学びの創造。先生は子どものニーズに応じて学習環境を調整する、オーガナイザー

ICTをど真ん中においた新しい学びの創造。先生は子どものニーズに応じて学習環境を調整する、オーガナイザー

全国の公立小学校の中で、いち早く1人1台のICT端末を授業に取り入れ、プログラミング教育を牽引されてこられたのが、東京都小金井市立前原小学校の前校長である松田孝さんだ。

現在は、Society 5.0の時代にマッチした「学びの革命」を全国に広めるべく、自ら会社を興し、カリキュラムやコンテンツ開発、自治体支援、民間企業等と連携してICT教育の普及に取り組まれている。

これからの先生の役割は「子どもの学びを組織するオーガナイザー」と説く松田さんに、プログラミング教育によって子どもたちはどう変わるのか、お話を聞いた。

写真:松田 孝(まつだ たかし)さん
松田 孝(まつだ たかし)さん
合同会社MAZDA Incredible Lab CEO

1959年東京都生まれ。東京学芸大学卒業。上越教育大学大学院修士課程修了。東京都公立小学校教諭、東京都狛江市教育委員会主任指導主事(指導室長)をはじめ、東京都の小学校校長を3校歴任。2019年4月より合同会社MAZDA Incredible Labを立ち上げ、代表に就任。総務省地域情報化アドバイザー、金沢市プログラミング教育ディレクター、群馬県ICT教育イノベーションPJアドバイザー、小金井市教育CIO補佐官も務める。現在、早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程に在籍中。著書に「学校を変えた最強のプログラミング教育」がある。


授業をボイコットされた苦い経験

――東京都の公立小学校を中心に、36年間教育に携わってこられた松田さんですが、そもそもなぜ教員を目指されたのでしょうか?

実は、大学進学の時点では、将来のキャリアが明確になっていなかったんです。ただ、父が教員だったので、「大学を受けるなら教育学部を目指そう」とは思っていました。

当時、「モラトリアム(大人になるまでの猶予期間)」という言葉が流行った時期で、その言葉通り、大学で学ぶうち、だんだんと将来の方向性が見えてくるかな、という思いでした。

そして、ある素晴らしい地理教育の先生との出会いがきっかけで、社会科を通して「いい授業実践をしたい!」という思いが芽生えました。その方に「稚拙であっても、自分の言葉で語れ」というアドバイスをいただいてから、本もたくさん読むようになりました。

そういった人生に影響を与えるような出会いがいくつもあり、教員になりたいという思いは揺らがず、卒業後すぐに教員になりました。


――実際に教員になられて、どのような20代を過ごされたのでしょうか?

うーん…自分は一生懸命やろうとしていたけど、子どもたちは不幸せだったこともあるかもしれない。なぜなら、私の思いが強すぎたから。いい授業実践をしたくて、当時は強引なところがあったと思います。

1つ忘れられないエピソードがあります。あるとき、6年生の女子児童がした行為に対して、私が厳しく叱ったことがあったのですが、そしたらその後の水泳の授業クラスで、女子児童18名中16名にボイコットされて(苦笑)。

当時は子どもたちの気持ちを理解する力が足りなかった。その反省が今はすごくあります。


以前はできなかった授業がICTでいとも簡単に叶う時代

――松田先生は早い段階で、ICTやプログラミング教育の必要性を感じて取り組まれてこられましたが、「これからの学びに一役買うはずだ」と確信を持たれたきっかけを教えてください。

東京都の狛江市教育委員会の指導課長をしていたとき、市にICTを導入するプロジェクトに携わりました。3年間の派遣期間を終えて小学校に戻り、培ったネットワークで「ICT教育を現場に取り入れてみよう」と思ったわけです。

実は、最初はICT教育に対して、そんなに良さを感じられてはいなくて(笑)。でも「なんか可能性がある気がするなぁ」とは感じていました。2012年頃のことです。ちょうど国がフューチャースクール事業を推進していたときと重なります。


――実際に小学校に戻られて、ICT教育を試してみたときの先生や子どもたちの反応はいかがでしたか?

最初は全くダメでした。デバイスは子ども1人に1台、通信ネットワークもあり、環境は申し分なかった。でも授業では使われなかったんです。

なぜかというと、Society 3.0(工業社会)の時代に重宝された一律・一斉の指導方法は、ICT授業を想定したものではないので、そもそもデジタル端末の出る幕がなかったんです。

教職員からも「端末の準備や接続に時間がかかる」とか「目が悪くなる」とか反発をもらって。

加えて、当時のOECDが実施したPISA(国際的な学習到達度調査)では、日本の結果は悪くなかったし、変化を前向きに捉えるモチベーションが湧かなかったんでしょうね。

「どうしたらICT授業を広められるのか」を考えていたとき、「プログラミング教育に挑戦してみようかな」と思いついたんです。プログラミングは、コンピュータを使わないとできないでしょ?

いざ始めてみると、子どもたちが90分間、熱中するわけです。「トイレ行ったの?大丈夫?」とこちらが心配になるくらい(笑)。いつもだと、集中力が5分ももたないこともあるのにね。

ICTを導入して、なぜ子どもたちがこんなに前向きに授業に取り組めるのか、理解を超えることがたくさんありました。


――一度はうまくいかなかったにも関わらず、ICT・プログラミングの持つ可能性を信じて挑戦し続けられたのはなぜでしょうか?

「社会科の初志をつらぬく会(1958年に発足した民間教育研究団体)」や、先ほどお話した地理教育の先生を通して、たくさん学んできたからです。

「目の前にあるすっごくおもしろそうなこと」や「これは一体なんなんだろう?」という事象に対して、さらに教育実践史において最大の論争と言われる「出口論争」の真っ只中にあって、貪るように本を読みました。

まさに今言われているアクティブラーニングやPBLについては、社会科ではその誕生時から、問題解決学習としてさまざまに議論され、実践が積み重ねられてきました。

私はアナログの時代から「教え込む」という考えはなかったけど、子どもが主体的に考える授業をすることは、物理的に実現が難しかった。

例えば、意見共有しようと思ったらクラスの子ども全員分のノートを集めて、私が手書きで直して印刷して配って、そんなアナログな方法は続けられないでしょう?

今ならいとも簡単に実現できる。子どもたちにとってICTが良い学びのツールになるってことは、感覚的に分かっていたんでしょうね。



――子どもが目を輝かせてICT授業に臨んでいる姿を見ても、先生方から賛同を得られなかったのでしょうか?

少し時間はかかりました。今までのやり方を改善しながら、一生懸命取り組んでいる先生方にとっては、突然プログラミングを取り入れろ、と言われても困ったでしょうね。

ただ、私が小金井市の前原小学校に異動した2016年4月に「2020年から初等教育において、プログラミング教育を必修とする」と安倍前首相が発表したことは、追い風になりました。

先生方には、“経験値×ICTスキル”の2軸で自分の立ち位置を確認して、それがどんな位置にあっても良いから、進むベクトルを学校経営方針である「ICTをど真ん中においた新しい学びの創造」に向けてほしい、と伝えてきました。

教職員にアンケートをとったのですが、校長時代の後半になって、ようやくそれなりに信頼を得られたと思います。最大の理由は、「環境」を整えたから。

国の実証事業を3本受けたり、企業にかけあったりして、高速通信ネットワークと全校生徒530名に、1人1台の端末を配備したのです。


Society 5.0」の時代を主体的に生きぬく力とは?

――これから公立の学校の多くが、ICTを活用し始めていくと思いますが、壁もあるでしょうし、現場の先生方は、どのようなマインドセットで取り組めばいいかアドバイスいただけますか?

子どもたちの「学ぶ姿」を見ることです。コンピュータを使っていろいろな表現ができると分かったら、低学年でもものすごく楽しそうに取り組みます。素敵な姿をたくさん見られますから。

そもそも「先生は教えてナンボだ」という指導観を変えなきゃダメで、ICTの機能を使って子どもたちが「自学」できるよう、サポートをしてあげてほしいです。



――ICTが進む中、学校の管理職の方は、どのようなスタンスで変化を迎えるといいでしょうか?

「ICT教育は子どもたちの未来に必要なことだ」と本気で思うことです。

Society5.0に向かう学びというのは、先生が「教える」ものではありません。先生はごく簡単に説明し、その後は子どもたちに活動を委ねる。委ねられた子どもたちは何らかの気づきを得て、それを先生方も含め共有し、深め合っていく。

こうした過程こそが、未来を生きる子どもたちに必要な資質・能力である粘り強さや協働性、そして学びに向かう自己調整の力を育んでいくのだと思います。

例えば、schoolTakt(授業支援システム)では、子どもたち同士がコメントを書き合えるし、「いいね」ボタンの機能もある。子どもたちが自身の活動を振り返るからこそ、多様な気づきを共有できる。まさに自分が関わっているという実感が持てる。

メタ認知 、学習方略、自己効力感が、自己調整力の3つの要素ですが、デジタルだとそれらを生かして知識・技能の習得だけでなく、キャリア形成に向けても自己調整の力を育むことができるんです。自己調整力を育めば、変化の激しいSociety 5.0の時代を主体的に生きていける。

そこで今求められている先生の役目は、トータルに子どもの学びを組織する、オーガナイザーです。

授業内容が理解できない子どもたちには、いわゆる「先生」になるし、分かる子には「コーチ」となり、「メンター」になって励ましたり、ときには「ファシリテーター」でもある。ICTだとデータが蓄積されるから、「データ・サイエンティスト」でもある。

先生は、子どものニーズに対応して、「学習環境の調整」をすることが大事。それがICT活用の本質だと確信しています。


――最後に、ゼロから始められて、今や「プログラミングといえば松田先生」という存在です。「何に注力したからICT教育を推進できた」と思われますか?

プログラミングを使った「授業実践」です。
自転車に乗れるようになるのと同じで、見ているだけではダメで、やってみなければ分からない。

学生時代、私はいわゆる勉強ができるタイプではなかったし、コンプレックスの塊だった。そんな私ができるんだから、皆さんにもできる、という思いがあるんですよ。


▼松田さんのプログラミング教育に関する書籍は、こちら