高校生発案のICTを使った地域貢献「掛川城プロジェクションマッピング」!生徒の世界が拡張する体験づくりの秘訣とは?
静岡県西部に位置する掛川市の県立掛川西高等学校で、地域の人たちとのつながりを作りながらICT教育を推進しているのが吉川牧人先生だ。
公立学校でも取り組めるアクティブラーニングやICT 教育の実践事例を積極的にSNSで発信しながら、学校の枠を飛び越えた活動を展開してこられた結果、2020年の「地方公務員アワード」を受賞するなど、注目を集めている。
「社会に開かれた学び」が重要視される中、高校生と地域をつないで企画した掛川城プロジェクションマッピングのプロジェクトは、「ICT夢コンテスト2018」で文部科学大臣賞を受賞した。
地域の教育を担う公立高校の教員として活躍する吉川先生に、ICT活用の重要性に気づいたきっかけや、取り組んでこられたプロジェクトのこと、ICT教育を通じて成し遂げたい目標などについて話を聞いた。
2014年から静岡県立掛川西高等学校に勤務。地歴公民科教諭として世界史を担当。2016年から研修課長、2017年からICT推進委員長。学校生活の中で生徒が主体的にICT活用をできるよう、「Google for Education」の採用などICT環境の整備に尽力している。
ICTを活用し、生徒たちの概念をアップデートして行く
――先ほど吉川先生の世界史の授業を拝見させていただき、ICTを活用したアクティブラーニングの授業スタイルが実践されていて、ワクワクしました。いつ頃からこのスタイルを実践されているのでしょうか?
掛川西高校に来て7年目になりますが、それ以前はひたすら黒板に書いたものを、生徒たちがプリントに穴埋めする講義式の授業を行っていました。
しかし、ちょうど異動したタイミングでアクティブラーニングが話題となり、本校でも実践していこうという雰囲気になったことをきっかけに、研修などに参加するようになり、新しい気づきが得られました。
近くの学校に、日本史のカリスマ先生がいらっしゃったので授業を見学に行ったのですが、その先生が何か一言発する度に、生徒全員が前のめりで反応していて、とても授業が盛り上がっていてすごいなと感心したんです。
そこで、教員が一方的に講義するのではなく、生徒同士で学び合えるような授業を実践するようになり、生徒とも対話を繰り返しながら改善していくうちに、今の授業スタイルにたどり着きました。
――まさに生徒主体の授業でしたが、ICTの活用も生徒の主体性発揮に一役買っているように感じました。いつ頃から、ICT活用の重要性を感じ、活用されてこられたのでしょうか?
前任校ではICT教育には取り組んでいなかったのですが、同僚の先生が異動する際に中古のiPadをくださったので、せっかくなのでと使ってみると、「こんなことできるのか!」と感心したことが、ICTに興味を持ったきっかけです。
また、2011年の東日本大震災を通して、アナログでデータを管理することの限界を感じたと共に、情報の共有や収集のツールとしてSNSが活躍したことを目の当たりにしたのも、ICT活用の必要性を強く感じるきっかけとなりました。
静岡県はここ40年ほど東海大地震が来ると言われ続け、その危機感と共に過ごしています。早い段階でクラウドサービスを活用した学びに切り替え備えておかないと、未曾有の事態に対応することはできません。
そのような思いから、さまざまな研修へ足を運ぶ中で、Googleのクラウド活用がいいのではないかという考えに至りました。
そこから、校長先生に相談しながら県の教育委員会のICT担当へ話を通してもらったり、陳情したりすることを繰り返してきました。
その甲斐もあって、静岡県教育委員会が実験的にGoogle for Educationに登録した際には、本校はいち早く教員・生徒全員の活用を許可していただくことができ、iPadの導入も進めることができました。
――貴校のICT活用の特徴は、生徒を巻き込み、生徒自身がICTを活用して取り組みたいことを実践されている点にあると思いますが、生徒を積極的に巻き込んで推進されようとした背景を教えていただけますか?
本校は掛川市の進学校で、先生方の多くはその誇りを持って授業スタイルも確立されていたため、当時は、アクティブラーニングやICTに対して懐疑的な姿勢の方が多い状況でした。
そんな中でも、外部からいろいろな方をお招きしてICTに関する研修を行っていたのですが、そんな状態で参加してしまうため、研修での学びが生徒に伝わる頃には10ある学びが1くらいになってしまうことをもったいないと感じていました。
それならば専門家を直接生徒につなぎ、生徒が自主的に活用できるようにシフトしたのです。まずは各クラス2人ずつICT係を選出して、授業前にプロジェクターやスクリーンを準備するところからトレーニングを始めました。
今では、クラスで何か決める際にはiPadを使ってプレゼンをしたり、Googleフォームでアンケート取ったりすることが当たり前のように行われています。他の委員会活動の中でも、生徒たちからICTを活用した取り組みについて自然と提案がなされるなど、これまでの生徒たちの概念がアップデートされているように感じています。
地域の人たちと本気で関わることで生まれる新しい教育の機会
――生徒たちの発案で始まったICTを活用した掛川城のプロジェクションマッピングは、もはや掛川市の名物になっていますよね。クオリティが高く驚いたのですが、どのように実現されてこられたのでしょうか?
ICT係の生徒たちからいろいろなアイデアが出たのですが、学校のすぐ隣に掛川城があることや、プロジェクションマッピングがチームラボさんの影響で注目されていたこともあり、このプロジェクトに決まりました。
ただ、最初に生徒が「お城を借りたい」と言ってきたときには、ちょっと頭を抱えましたね。「そもそもお城ってどうやって借りるのだろう?」って(笑)。
そこでまずは商工会議所の方に相談したら、以前掛川城でプロジェクションマッピングを実施した際の市役所の担当者を紹介してもらうことができ、そこから掛川市のイベントを担当している第3セクターにつないでもらい、多くの方の力を借りて実施することができました。
実はこのプロジェクトは、掛川城の他にもご要望をいただき市内の体育館や科学館、病院などでも実施してきました。この3年間で計9回も(笑)。
――地域貢献ですね!
そうなんです。進学校である本校の生徒は部活も勉強も相当忙しいため、あまり校外に出ていけないという状況の中、以前から何か一緒にやりたいという地域のニーズはありました。
それが突然、生徒たちが外に出始めたので、街はとてもウェルカムで、今はプロジェクションマッピング以外にも、地元のスーパーと協力してお弁当を開発して実際に売り出し、コンテストに出して日本一を取ったりすることなどもありました。
これまで部活などで生徒たちに「自分で限界を作るな!」と散々言ってきたので、生徒が何かやりたいと言ってきたら、生徒の想定を上回るような機会を作ってあげたい、という気持ちはありますね。
この掛川の街にも、世界規模の会社を経営していたり、国内で面白い取り組みをされている方など、社会の第一線で活躍されている方たちがいることに気づくことができたので、そういう方たちを積極的に巻き込み、これからも生徒につないでいきたいと思います。
――大都市ではなく地方だからこそできる教育がたくさんありますね。
本校だけでなく、今の教員の課題は、仕事の忙しさゆえにほとんど学校の中で過ごしているため、閉鎖的なところです。
街で何が起きているか知らず、地域の人たちとつながることもほとんどないので、そこはまず私自身が突破しようと思い、動き始めました。
プロジェクションマッピングを始めるには、外とつながらないと実現できなかったので、いろいろな方々に片っ端から人を紹介していただき、市役所の方、会社の方、議員の方など、毎日のようにお会いしていました。それはいまだに続けていて、週のほとんど街に出ていますね。
今はコロナ禍で少なくなってしまったのですが、街の人たちと一緒に勉強会や懇親会、プロジェクトなどに取り組んできました。それが街の人たちから支持していただける由縁です。教育について地域の人たちと本気で話すことによって応援してもらえるのです。
その応援が、自分が学校で何か挑戦する際に大きな心の支えになるし、反対する人がいても地域の大半は支持者なのだ、という自信はつきますね。若手教員を外へ連れていき、他校や社会とつながることの大切さを伝えることにもこだわって取り組んでいます。
地方は公立の学校が中心となり、地域の教育を担っています。公立の学校がどれだけ頑張れるかが、日本の大半の学校が本質的に機能するきっかけになるのではないかと常に思っています。
本校でできることは絶対、他校でもできると思いますので、そのトップランナーとして「公立校でもこれくらいできるんだ!」という道筋は示していきたいですね。
ちょっとしたヒントの共有がICT活用を推進する大きなポイント
――GIGAスクール構想の実現が新型コロナウィルスをきっかけに加速していますが、本質的なICT活用を推進する上で、貴校が大切にされてきたことについて伺えますか?
本校でも、ICT活用に対して本格的にパラダイムシフトしたきっかけは、新型コロナウイルスの流行でした。何とかしなければならないという危機感から、ICTを使わざるを得ないという状況が生まれたことで、一気に突破しましたね。
本質的なICT活用を推進するために大切なこととしては、「どんな生徒を育てたいか」という教育目標の延長線上にICT活用があると思っています。
本校では昨年から教員全員で研修をして策定した、生徒に身につけさせたい「4つの資質・能力」というものがありまして、コロナ禍でもその資質能力をどう育てるかということを重点的に考え、その手段としてICTを活用してきました。
ですので、学校内でICTを使うことが目的にならないよう気をつけていきたいのと、やはり校長のリーダーシップは欠かせません。私自身も校長にやりたいことをきちんとプレゼンし、理解を得られるように努めてきましたが、自分がこうしたいという思いと、その裏付けがあれば、応援してくれる管理職の方は多いと感じています。
――ICT教育のゴールとしては、どのようなことを思い描いていらっしゃいますか?
生徒が自分がやりたいことを実現するツールとしてICTを日常的に活用できるようになることを目指しています。今の生徒たちの世代は何かチャンスを与えれば、あっという間に自分のものにする力があるので、ICTを活用するきっかけをどんどん作り出していきたいと思っています。
僕は、ICTはナビゲーションシステムだと思っているのですが、結局ナビは目的地を設定しないとたどり着かないですよね。
ICTを使うにしても、ゴール地点を教員が定めてあげないと何の意味もなく、そこが定まって初めて生きてくるものだと思っています。ICTはあくまで学びのツールなので、ICTの活用を通じて生徒の資質・能力を育てるということに、今後もこだわっていきたいです。
――吉川先生ご自身の、今後の展望を教えてください
今回プロジェクションマッピングについて取材していただきましたが、この活動もあくまで1つの機会です。生徒が外とつながってやりたいことをやることで、これまでの世界から一歩踏み出してくれればいいと思っています。
生徒の世界が拡張するような、限界を突破していくような体験を、今後も作り出したいと思っています。
また、こう言った取り組みを自校だけでなく他校にも広げていくことが大事だと思っていて、SNSなどでも発信しています。僕の活動が少しでも他の先生方の勇気になったり、役に立ったらいいなと思っています。
「これだったら自分にもできるかな」と思ってもらえるきっかけを作り続けていきたいですね。このちょっとしたヒントの共有が、ICT活用を広めるための大きなポイントだと思っています。