ICTの環境づくりが難しい公立でもやればできる!助成金の活用で見えてくる公立学校でのICT普及
GIGAスクール構想に加え、新型コロナウイルスの影響によってICTの環境整備が急務となっている今、注目される先進的な取り組みは私立学校の先生によるものが多い。
一方の公立学校では、環境整備を含めネットワークの確保、機器の購入などいくつものハードルが立ちはだかっているのが実情だ。
そのような中、公立中学校の教員でありながらICTを活用した数々の実践を成し遂げ、ADE(Apple Distinguished Educator)にも選ばれた実績を持つのが、中西一雄先生である。
現在は滋賀県守山市明富中学校で理科を担当する中西先生に、公立中学校でICTを推進していくための具体的な方法や、そのやりがいについて聞いた。
民間の研究助成金を元に、ICT環境整備が遅れている公立中学校で独自に一人一台iPad環境の整備を進め、ジグソー法を取り入れたアウトプット型理科授業に取り組んでいる。2015年Apple Distinguished Educator認定。ITCE教育情報化コーディネータ2級。信念は「環境のない公立でもやればできる」。
何もない、ゼロからのスタート
——中西先生は教育研究所の研究員もされていらっしゃったと伺いました。どんなことを研究されていたのでしょうか?
広島大学を卒業後、大好きな理科を教える教員になりたいと思い、採用試験を受けて中学校の理科の先生になりました。実は、初任校も今在籍している明富中学校なんです。次に守山北中学校へ異動し、その後守山市教育委員会の教育研究所研究員となりました。
研究所には2年間在籍したのですが、ちょうど研究員になったのがICT機器を活用した先進的な学習を実践する学校教育「フューチャースクール」が行われていた時期だったので、タブレット活用やICTに関する研究を行っていました。その2年間の後、再度明富中学校に赴任し、今年で5年目となります。
——では、中西先生がICT教育に取り組むようになったのは、研究所でのご経験がきっかけだったのでしょうか?
確かに研究員として、ICTをテーマに研究をしてきたことは大きなきっかけではありましたが、初任校に在籍していたときからノートパソコンやデジタルカメラを積極的に使い、分かりやすい授業を行うことを心掛けていました。
特に私は理科を教えているので、「映像があれば分かりやすいな」とか、「生徒の意見を他の子に共有するにはどうしたらいいだろう」と考えたときに、ICTが一番有効な手段だと考えていました。
ただ、先生側がICTを使って授業を行うという発想はあったのですが、ICTを生徒自身が使って学ぶという発想は、当時は全くなかったんです。
研究員として全国の授業を見に行った際に、生徒がタブレットを使って学習をしているのを見て、授業の質が全然違うことに心底驚きました。特に衝撃を受けたのは、大阪教育大学附属平野小学校で、一人一台のiPadを使った授業をしていたのを見たことです。
今から7年も前ですよ。目指すべき姿はここにあると感じ、「次に現場に戻ったら、生徒がタブレットを使う授業をしよう」と決意したことは覚えていますね。
——しかし、実際に見学されたのは私立学校や国立学校が多かったことと思います。公立中学校でその世界を目指すのは相当大変だったのではないですか?
そうですね、本当にゼロからのスタートでした(笑)。
教育委員会に掛け合っても、実情として予算面や環境整備の面など難しい問題が山積みだったので、まずはタブレットを調達するための資金をどうするかというところから解決しようと思い、たどり着いたのが助成金でした。
研究所にいた2年目に初めて助成金をいただけて18台のiPadが手に入り、市内の先生にそのiPadを生徒が使用する授業をしてもらって、やはりこれはかなりの教育効果があると実感しましたね。
新たな道が見えた助成金活用とADE
——中西先生はこれまで多くの助成金を申請し、その助成金を活用して教育活動に生かしていると伺いました。これまでどのくらいの助成金申請をされてきたのでしょうか?
2020年度を入れたら、総額で800万円くらいかな。よく考えたらなかなかの額ですね(笑)。
一番初めはパナソニック教育財団というところが行っている実践研究助成に、「守山市内の先生方にICTを広めたい」ということで申請を行い、その申請が通ってiPad18台が手に入りました。
そこからスタートして、今では常時理科室で一人一台iPadが使える環境が整っています。
——ICT環境を整備するために助成金を申請するというのは、公立学校の先生にとっては大きな手段の一つになりますね。
そう思います。公立学校にはお金がないと嘆く先生も多いと思いますが、助成金の申請は誰でもやろうと思ったらできる手段の一つです。
まずはインターネットで助成金の申請について検索してみてください。
そうすると国内の助成金一覧のホームページが出てきますので、その中から自分に合う内容のものを選んで申請するという流れになります。
これまでいろいろな助成金を申請してきて大切だと思うのは、「自分ができることを申請する」ということです。
相手もプロなので、無理をしてできない内容を盛り込んでも必ず先方には伝わってしまいます。自分が本当にやりたいと思うこと、実際にできることを具体的に盛り込んで申請することが大事だと思います。
——助成金を申請し、通った後はどのようなプロセスがあるのでしょうか?
申請にもとづいた実践を行い、報告書を書いて助成金をいただいた団体に提出することになります。
今までの感触だと、助成金が高ければ高いほど報告書を書くのが大変だと感じています。ですので、バランスを見ながら申請先を選ぶことも大切だと思います。
報告書を書くのが大変だと思われる先生も多いかもしれませんが、報告書はこれまでの自分の実践に対するフィードバックになります。
報告書をもとに自分の実践をまとめているうちに、「次はこんなことがしてみたい」というアイデアが浮かび、それが次の申請につながることもよくあります。
また、報告書が実践論文となるため、それらを民間の論文賞に応募することもできます。
そこで賞をいただけるとまた賞金がいただけるので、大変ながらも報告書を書くメリットは大きいと思っています。
——2015年には、ADE(Apple Distinguished Educator)に選出されています。どのようなきっかけから選出されたのでしょうか?
市内の先生方を集めて、定期的に有志でICT活用講座を行っていたのですが、その中でiPadを題材にした講座をしてほしいという依頼がありました。
研修内容を考えているときに、たまたま知人のつながりでAppleの教育部門の方と知り合いになり、その方とやり取りをしている中で「ADEっていうのがあるんですが、応募してみませんか」と言われ、応募したのがきっかけです。
——ADEの集まりに参加されて多くの人と出会い、どんなことを感じましたか?
やはり自分の学校だけの世界で生きていると、周りの先生からも「すごい、すごい」と言われ、気がついたらうぬぼれてしまうところがあると思うんです。
でも、ADEの集まりに参加してみたら、私がしていることなんて全然話にならなかった。
世の中にはとんでもない人がいると感じることができて、また新たな目標ができたんです。
今の私がいるのは、大学院に行ったことや学校とは違う研究所という場所で過ごしたこと、ADEで外の世界を見たことが大きく影響しています。
ずっと学校にいたら、今の私のスタイルはできあがらなかった。どこでもいいので、どこか学校とは別の場所に身を置くということは、絶対に必要だと思います。
ICTは誰にでも平等にプラスの力を与えてくれる機器
——授業の中では、ICTを使って具体的にどのような取り組みをされていますか?
ICTの一番の強みは、アウトプットです。
そして、そのアウトプットは画一的ではなく多様である必要があると思っています。
生徒が多くの中から自由に選んでアウトプットできる多様性が一番です。
今までは、生徒は口で説明したり黒板に書いたりして説明することしかできなかったのが、タブレットがあることにより、考えをスライドにしてプレゼンしたり、動画で表現したり、リアルタイムにデジタルで描きながら説明することもできるようになりました。
そんな風に、アウトプットするツールとして使わせるというのが今の一番の活用方法ですね。
このような授業をタブレットですることによって、私の授業は180度変わりました。昔とは全然違う授業をしているという自覚があります。
——生徒たちの学びの様子も変わりましたか?
大きく変わりましたね。
アウトプットするというのが授業の中で必ず位置付けられているので、生徒はきちんと実験をしないといけないし、グループで協力して学ばないといけないと感じているようです。
生徒の学びに対するモチベーションが、何より大きく変わりましたね。
——授業の中で、インプットとアウトプットのバランスはどのくらいが良いとお考えでしょうか?
中学1年生だとインプットとアウトプットの割合が5:5、中学2年生はそれが4:6になり、中学3年生は3:7くらいになるように積み上げていけると思っています。
今年の中学1年生にはアウトプットの量を3とか4に減らしたらどうなるかなと試しているんですが、実感としてはあまり変わらないですね。
インプットの時間を長くしたところで、それが届いている生徒はごくひと握りです。
今年は少し反転授業にも挑戦しています。学校に来た時点でインプットが終わっていたら、1時間全てアウトプットに費やすことができますからね。
教員側はある程度ファシリテートしてあげたら、それでいいと思っています。
——中西先生が勤務している地域における小学校のICT教育の現状と、小学校との連携についてはどのような考えをお持ちですか?
現状でいうと、今明富中学校に生徒がやってくる2つの小学校は、ICT教育の環境は整っていないですね。というか、うちの市全体がまだ整っていない。恥ずかしい話、2019年までADSL回線でしたから(笑)。
ですので、小学校の子どもたちはタブレットに触れるような体験を全くしていないです。
私の思いとしては、小学校段階でタブレットに触れたり、文字入力やタブレット操作などベースとなるスキルを身につけたりしてもらえるといいなと感じています。
実際、中学校に入ってまずタブレットのベーススキルを教えることで時間を取られてしまっています。小学校から学習の中で当たり前のようにタブレットに触れる体験ができていたら、中学でのスタートも変わってくると思います。
——ICTは教育効果もあれば、先生の働き方にも効果があると感じています。ICTを使うことによって働き方に変化はありましたか?
ありました。以前は授業の準備で自分自身いっぱいいっぱいになっていることがよくありました。
授業中は特に、昔はこちらが全て進めなきゃいけないと思ってやっていましたが、今はある程度生徒が主体となって進めるので、その分余裕がありますね。
学校自体は何も変わっていないんですが、授業スタイルを変えることで気持ちの面で楽になりました。
——ICT環境が整っている私立の学校に行けば簡単に成し遂げられそうなことを、中西先生は公立学校にこだわって実践されています。それはなぜですか?
私は、ICTは平等だと思っているんです。
どの子にも平等にプラスの力を与えてくれる機器であり、どんな子にも学ぶチャンスを与えてくれる機器である、と。
そのような機器として活用できる可能性を探るのが、自分の使命だとすら思っています。
ですので、いかなる環境に身を置いている生徒にでもICTは価値を示してくれるというのを、教員生命を懸けて証明していきたいなという思いがあります。
——最後に、まだICTを活用できていない先生方へメッセージをお願いします。
ごちゃごちゃ言う前に使ってみてください、とお伝えしたいです(笑)。使ってみないことには始まらないので。
最初は黒板に書いていたものを写真で掲示するとか、そこからでいいと思うんです。それだけでも、授業は楽になりますよ。
私の周りでも、ICTを授業にどう活用しようかともがいている先生がいるんですけど、もがいている姿って変わろうとしている途中だと思っているので、そんな風にもがきながらも少しずつICTが学校に広がっていくといいなと思っています。
そうなるように私自身、これからも「公立学校でもこれだけやれているんだ」と発信し続けていきたいですね。