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ハイテックハイは、「つながり」を学ぶ場所。生徒がプロジェクトに手と心で向き合う学校で、人文科学の先生が大切にしていること

ハイテックハイは、「つながり」を学ぶ場所。生徒がプロジェクトに手と心で向き合う学校で、人文科学の先生が大切にしていること

「ハイテックハイ」という学校名を聞くと、どのような印象を持つだろうか?

「ハイテクな何か」を学ぶ専門的な場所のように感じた方も少なくないだろう。しかし実際の教室では、生徒たちが授業の中で教え合う様子はもちろん、放課後になれば学年の垣根を超えて対話をする姿もあり、学びに向かって生徒たちがそれぞれの情熱を注いだ様子を、手に取るように感じることができる。

教室に対話の文化を広げるには?生徒がプロジェクトに没頭するためにできることとは?など、プロジェクト型学習を深めるためのヒントを得るべく、同校の教員であり、教育大学院でもメンターとして活躍するLisa Griffinさんに話を聞いた。

写真:Lisa Griffin(リサ・グリフィン)
Lisa Griffin(リサ・グリフィン)
High Tech High Humanities Teacher
2015年ハイテックハイに着任。それまで20年間にわたり、オークランドとサンフランシスコで芸術教育、アウトドア教育や教師教育などに携わる。教育大学院で英語教授法と青年心理学を教えていた経験もあり、現在ハイテックハイ教育大学院でも新人教員のメンターとして活動している。


対話を客観的に捉えることが、傾聴する姿勢につながる


私は「ソクラテス式セミナー」と「スパイダーウェブディスカッション」という手法を用いています。

「ソクラテス式セミナー」は、古代ギリシャの哲学者・ソクラテスの教え方で、さまざまなトピックについて対話させ、弟子たちを木の下に集め問いを投げ掛けリフレクションを促し、お互いの価値観をシェアし合うというものです。

「スパイダーウェブディスカッション」では、生徒たちが円になって対話している様子を観察しながら、その会話の流れをくもの巣のように図示しています。これらの方法は多くの教育者たちが使っています。


私は人文科学の担当なのですが、現在の英語クラスではノンフィクションの記事だけでなく、多文化主義の文学作品や詩を読んでいます。そして、その内容をもとに対話をします。

生徒たちは、文学作品や詩からの引用、他者の発言に建設的に付け加える意見、新たな視点の質問、話をできていない人に発言を促すなど、さまざまな関わり方で対話に参加しています。私がその様子をしっかり観察して図示し、生徒に「対話の中で自分たちがどのようにコミュニケーションをとっていたと思う?」と問い掛けます。

普段の会話で、自分たちのコミュニケーションのあり方をメタ的な視点から見つめ直すことはほとんどありません。だからこそ、自分たちのコミュニケーションを客観的に捉え直すことで、相手の言葉にじっくり耳を傾け、自身の癖や議論における役割に気づくことができるようになっていきます。


生徒たちにとっては、図がその日の対話のフィードバックの役割を果たします。

例えば、くもの糸が一人の生徒に集中していたら「ちょっと自分ばっかり話しすぎちゃったかな。次は他の人に質問するように心掛けよう」と振り返ることができます。逆にくもの糸が全く届いていない人がいたら「ちょっと聞き役に徹しすぎて、話せていなかったな」と気づくことができるでしょう。

生徒たちがその日の対話を視覚的に振り返ることで「自分は対話に参加できていたか?」「話の内容を最初から理解できていたか?」「アイデアを出して貢献できたか?」などの問いを自らに投げかけられるようになります。

私はあくまで人文科学の担当なので、この対話の第一の目的は、読んでいる文章の内容を理解してもらい、より豊かな経験へとつなげてもらえるようサポートすることです。しかし他方で、生徒一人ひとりをより良いコミュニケーター・学習コミュニティの一員に育てることも目指しています

この2つの要素が混ざり合うことで、この実践は独自の価値を持つのです。私はこの対話を通して「コミュニケーションのコーチング」をしており、生徒たちが将来、インターンシップや就職、さらには他国の人々と出会った際に、ここで学んだ対話のスキルを活用してくれることを願っています


生徒の自己理解を促し、他者とのつながりを感じられるサポートを


私は、生徒たちが「自分で決めていいんだ」「自分たちでも作品を作っていけるんだ」という感情を学びの中で感じてもらえるようなプロジェクト設計を心掛けています。

現在(2024年2月取材当時)取り組んでいるプロジェクトは、あるテーマをもとに詩や歌を作るというものです。5月に行ったプロジェクトの成果発表会では、自分たちが作ったオリジナル楽曲やポエムを披露しました。中にはパフォーマンス自体を怖がっている生徒もいたため、ステージ上で発表する生徒と、客席の小グループに向けて発表する生徒に分けることにしました。全く発表しないという選択肢はありませんが、発表の方法が1つしかないというアプローチは避けたかったのです。

そしてエキシビションに向けた新たな成果物として、生徒が作った詩や歌詞を世界中に公開するために、電子書籍を発行することに決めました。この電子書籍は、企画から編集まで生徒が全て担当します。生徒たちは雑誌の制作に向けて、さまざまな企画を持ち寄ってきました。

もちろん生徒の書いた詩や歌詞は載せるのですが、ある生徒は詩人へのインタビュー記事を、ある生徒はサンディエゴにゆかりのある音楽家の特集記事などを企画してきました。そうして持ち寄った企画をもとに、雑誌の構成を検討していました。私自身もこの取り組みにはワクワクしていて、どんな作品が出来上がってくるのか、今から楽しみにしています。

このように生徒が企画から編集までを自分たちで担当することで、生徒の中で作品や学びに対するオーナーシップが生まれ、プロジェクトが自分ごとになっていき、より自由に創造性を発揮するようになるのです。

プロジェクトに熱中できるように、例えば詩を創作する授業であれば、「3編の詩を作りなさい」という指示ではなく、「今度のプロジェクトでは、皆で文芸雑誌を作ろうと思うんだけど、どんなものを作りたい?」と問いかけ、実際に雑誌を持ち寄って皆で読みます。実際のものに触れてみることは、文芸雑誌を読んだことがない生徒たちにとっても刺激になります。

このように生徒がプロジェクトに主体的に関与できるようにすることで、興味関心を持続させることができます。


生徒たちのプロジェクトに対する情熱というのは、ウイルスのように伝播していくんです。私たちは常に生徒たちに、仲間と共にプロジェクトに取り組むことを通して、お互いに影響し合っているということを教えています。

人文科学の教員である私の仕事を表面的に表現すると「英語を教えること」です。でも英語を教えることは、私の仕事の一部分にすぎません。それ以上に私の仕事は、生徒一人ひとりが自分自身について考え、自分自身をより深く知り、他者にどのような影響を与えているのか実感するためにサポートすることだと思っています。

例えば今日の授業中、ある生徒が机に頭を伏せていました。その生徒を見て私は「大丈夫?水でも飲んでくる?」と声を掛けました。するとその生徒は「必要ないです、大丈夫です」と答えました。そのとき私は「私の解釈が間違っているかもしれませんが、そのような姿勢でいると『あなたがこの学習に関心がない』と受け取られるかもしれません」と伝えました。その生徒はそれに対して「関心はあるのですが、ただ疲れているのです」と言いました。

教室ではたった一人の行動や振る舞いが互いに影響を与えることを伝え、「仲間から歓迎されていると感じる」「学びを通して仲間とのつながりを感じる」「ミスが許容される安心安全な居場所がある」といった経験を築くために取り組んでいます。

ちなみに、「あなたが〇〇とするとき、もしかしたらあなたにとっては違う意図があったのかもしれませが、私は〇〇と感じます」という伝え方は、NVC(Nonviolent Communication)の概念に基づいています。


ハイテックハイは、関係性を学ぶ学校


「エンパワーメント」って、すごく複雑な言葉なんです。エンパワーメントという言葉を聞いて、どんな印象を受けますか?昔は「力のない人に力を授ける」といったイメージを持っていましたが、この仕事における自分の役割を捉える考え方は変わってきています。

どのように変わったかというと、私たち皆もともと力を持っているはずだ、ということ。でもその力を発揮できるかどうかは、その人が今いる環境に対する恐怖や信頼、安全を感じているのかどうか、その声が尊重されているかどうかに大きく依存しています。

生徒の声をしっかりと聴ききるためには、自分の頭の中にある「くもの糸」のように張っている偏見や固定観念気づくことが重要だと思います。

そういった意味で先生の最大の仕事は聴くことであり、先生とは観察者だと考えています。だから私は、生徒たちの言葉や行動に注目します。生徒の様子を観察するために、私のクラスでは毎日15分ほどトピックを設けて書く練習をします。

1週間に1度、私はそのノートをチェックするのですが、提出する前に生徒が「これを見てほしい」という部分にマークをつけてもらうようにしています。


学校とは公共の場所で、意見が異なる人が集まってくる場所です。そこで対話することを通して、お互いの存在がかけがえのない、ユニークな存在であることを理解する必要があります。現代は、家に帰ってドアを閉めると、コミュニティの中にいる他の人と話すことがほとんどなくなっています。

私は学校がそのような文化を変えていく必要があると思います。だから学校とは、対話の文化を実現する可能性を秘めた場所でもあると思います。


私は、対話を通して異なる専門分野を持つ教員同士が協働することは、とても美しいことだと考えています。

ときに教員は、自分たちの専門的な地位を意識しすぎるために、学習者としての役割を考えるよりも、専門家であることに必要以上のプレッシャーをかけてしまうことがあり、教員には「学習者」の視点があることを忘れがちです。もちろん私たちがプロジェクトを計画し、実施する際は綿密に計画を立てていきますが、教員自身があまり詳しくない分野のプロジェクトに取り組むこともあります。

例えば数年前、化学の先生と一緒に海洋プラスチックに関するプロジェクトに取り組みました。一般的な知識はもちろんありましたが、化学的な観点から専門的に海洋プラスチックを捉える知見は持ち合わせていません。だから私は、自分の専門分野からアプローチしようと考え、「人々を教育し、リサイクルを促すような創造的な解決策とは何か?」という問いを投げ掛けることにしました。私たちは地域の人たちが知っていることや、どんな疑問やあきらめがあるのかを質問するなど、私自身が学習者として一緒にスタートする必要がありました。

ハイテックハイには、結果が確実でなくても新しいアイデアを探究し、大胆な質問を厭わない同僚がいます。この学校に来る以前の私だったら、そんなオープンエンドな挑戦には尻込みしていましたが、今では生徒たちと一緒になって新しいことを学ぶことを本当に楽しんでいます。


その質問については、興味深い話があり、生徒にもこの話をよくします。

そもそも私の教職のキャリアは、カリフォルニア北部のベイエリアで積んできました。両親がサンディエゴに住んでいたこともあり、サンディエゴに住むことを身近な人に話したとき「ハイテックハイを見学してきて!」と言われました。

でもそれを聞いて「何?ハイテク?私は英文学の専門だし、アウトドアが大好きなのよ。だからハイテクとは無縁だわ」と、評判は聞いていたものの、私には無縁な場所だと思っていました。

ハイテックハイの共同創設者であるRob Riordan と Larry Rosenstockは、生徒たちがプロジェクトを通して創造的な問題解決を学べる場所を作ろうと決めて、学校設立に動き出しました。これを聞き、興味を惹かれたのが、ハイテックハイ設立に当たり出資金を拠出したGary Jacobsです。

Jacobsは米国の通信・半導体企業Qualcommのリーダーでもあったため、多様な人材が働く職場において、他者と協働するスキルや革新的な技術を扱うことの重要性を身に沁みて理解していました。ハイテク機器も含めて高い技術力(High Tech)を習得し、扱える人材を育てる学校という意味を込めて、ハイテックハイと名付けられました。

しかし創設者の彼らが作りたいと考えていた学校は、単にエンジニアリングやロボット工学を学ぶだけでなく、手・心・頭を使ってプロジェクトに取り組む場所でした。それが今日のハイテックハイです。

私はそんなことを知らずに、しばらくの間「ハイテクの学校」と勘違いをしていました。しかしあるとき、プロジェクトに向き合うことで自分の内側に気づいたり、他者とのつながりに気づくことのできるこの学校は、「関係性を学ぶ学校(High Relation High)」と呼ばれてもいいのではないか?とある知人が私に言いました。私も全くその通りだと、働き始めた今は感じています。


〈取材・文:先生の学校編集部/写真:先生の学校編集部、Stephanie Moura〉

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