「なんでそんなん!?」は、子どもへのまなざしを拡張する魔法のことば。「違い」をユーモアに変える、通級指導教室
神奈川県にある横須賀市立明浜小学校には、通常学級のある本校と通路でつながる別棟に、通級指導教室「ことばの教室」がある。この教室は、主にことばやきこえ、コミュニケーションに課題があるとされる児童が週に一度指導を受ける場だ。
別棟の中に一歩足を踏み入れると、そこかしこに掲示されている子どもたちのユニークな作品や、BGMとして流れている子どもが自作したオリジナルの曲やラジオ番組などが迎えてくれる。これらの作品は、一見指導が必要だと思える子どもの姿に、先生たちが「なんでそんなん!?」とツッコミを入れておもしろく捉え直してきた足跡でもある。
この担当教員である髙松智行さんと吉田愛子さんに、ユニークな取り組みの詳細や現在のあり方に至るまでの経緯について、話を聞いた。
子どもの一見理解しがたい行動を、おもしろく捉え直す
ーーお二人が担当されている「ことばの教室」とは、どのような場所なのでしょうか?
吉田さん:
ことばの教室は、話しことばやきこえ、コミュニケーションに課題があるために、自分の持つ力を伸ばしにくかったり、発揮しにくかったりする子が週に一回、通常学級から通ってくる場所で、私は2017年からこの教室を担当しています。
髙松さん:
僕はもともと2014年から本校の方で通常学級の担任をしていましたが、年々、子どもとの1対1の時間を大切にしたいと思うようになって、2021年にことばの教室に異動してきました。
でも、いざ目の前の子どもと関わってみると、その子が自分の持つ力を伸ばすことができないでいるのは、ことばに課題がある以上に、ありのままの自分を存分に発揮して、ポジティブに受け止めてもらう機会が少ないからだと感じました。そして、そのタイミングで出会ったのが「なんでそんなんプロジェクト」です。
これまで僕は、教員をしながら学校外でアーティストと協働して「カマクラ図工室」の活動をしてきたのですが、そのアーティスト仲間の一人である滝沢達史さんがこのプロジェクトの立ち上げに関わっていたことから知りました。
ーーなんでそんなんプロジェクト、ですか?
髙松さん:
なんでそんなんプロジェクトは、岡山県にある生活介護事業所「ぬかつくるとこ」から始まった取り組みです。障害のある人がありのままに過ごすことを大切にしているこの施設では、一見「理解しがたい」「理解したことがない」出来事がたくさん起こります。そういったものに「なんでやねん」とツッコミを入れておもしろく捉え直す。
なんでそんなんプロジェクトは、人が行う営みをできるだけポジティブに捉え、楽しむための方法を模索する取り組みで、自分の課題意識と重なったことから、この考え方を教室づくりにインストールしたいと思ったんです。
ーー実際にどのようなやりとりが行われているのか気になります。
髙松さん:
あるとき、この教室に通っていた一人の女の子が愛子さんに「学校の〇〇なところが、おかしいんだよ!」と、不満を漏らしているのが聞こえてきました。そのとき愛子さんは、「そうだよね。考えてみるとおかしいよね」と、何食わぬ顔で返事をしていたんです。
多くの先生は、子どもが納得するようになんとか説得を試みると思うのですが、愛子さんはそれをしない。ネガティブな言葉でも、そこに至った過程を丁寧に聞きとり、その子の言葉を全て受け止めるんです。
吉田さん:
そのような返事をしたのは、特に理由はなく、感じたことを言っただけです。私、きっと教員に向いていないんですよね(笑)。どうしても学校の中ではネガティブな感情がタブー視されがちだと感じていて。
例えば運動会の作文を書くときは、「楽しかった思い出の作文」を書くことはあっても、「つまらなかった運動会」の作文を書く子はいないですよね。書いたら怒られるから。
でも、楽しかった子はそれでいいし、もしつまらなかったら「つまらなかった」ということをとことん書いたらいい。だって、事実だから。友達としゃべっているときと同じ感覚なんじゃないかな(笑)。良いことを言おうとか考えないですよね。
髙松さん:
そんな愛子さんとの時間の中で、その女の子は自分の不平不満を詰め込んだ「ふまんげ鏡」という万華鏡や版画、カルタ、書き初めなど、次々とユーモアたっぷりの作品を生み出していきます。
それらの作品を「図画”裏”工作の世界展」と題して、玄関ホールに展示しておくと、通級児童や保護者が手に取って「きれい!」「おもしろい!」とポジティブに捉えてくれるわけです。
人を傷つけることが多い不平不満で人を笑顔にしているということは、彼女にとって不思議な体験だったようで、「怒りと楽しさは表裏一体だね!」なんて言いながら、とても清々しい表情になっていました。
ダサいのではない、これが自分なのだ
ーー現在は、この教室に在籍している子以外も立ち寄れる場所になっているそうですが、以前はそうではなかったと聞きました。
髙松さん:
そうですね。ことばの教室があるこの別棟は、玄関は吹き抜けのホールになっていて窓も大きく、とても明るい場所なんですけど、一時期は窓にカーテンをつける計画があったそうです。
その理由は、ことばの教室に通っていることを知られたくない親子がいるためです。学校で用事がある方の多くは、この別棟の前を通る必要があります。そのため、どうしても人の目についてしまう。そんな鎖国状態のことばの教室を見て、僕は誰もが通いたくなる教室にしたいと思いました。
吉田さん:
私も同じことを思っていました。吃音をもつ5年生の男の子を担当していたことがあるんですけど、その年が終わる頃になったある日、いつものように楽しく60分過ごして帰ろうとした彼が、「ヤバい。ことばの教室にいるところを友達に見られる。“あんな所”に通ってるヤバい奴だと思われるのはイヤだ」と、本音を漏らしたんです。びっくりしました。
その後、髙松さんと二人体制になり、ある日の雑談で私は「ここに来てくれる子たちが、もっと気軽に通える教室になったらいいね」と髙松さんに話しました。
髙松さん:
これまでのことばの教室は、本校から見るとまさにブラックボックス。見えない場所であるがゆえに、「ここに通うことは恥ずかしいことなんじゃないか」という偏見すら広がっているように感じました。
そして、先ほどの5年生の男の子は、6年生になっても同じ思いを持ち続けていて、最初の通級の日に「みんなが一度でも遊びに来れば、ことばの教室が楽しい空間だと気づいて偏見がなくなるんじゃない?」と玄関ホールに卓球台を置くことを提案してくれました。
これはチャンスだと思った僕らは、彼と一緒に卓球台を設置して、本校との間にある閉ざされた扉を開放しました。現在、ことばの課題だけでなく、さまざまな事情で学校に馴染めない子が通っているのは、このときの彼の思いと行動がきっかけになっています。
彼は卒業するとき、「ダサいのではない、これが自分なのだ」という習字を書いてくれました。私たちはその言葉から「ことばの教室に通うことは、ダサいことではない。ここに通っていることこそが、自分らしさなのだ」というメッセージを感じました。
ーー素敵な言葉ですね。ことばの教室に通う一人ひとりに、ユニークなエピソードがありそうですね。
吉田さん:
そうですね。自分にとって理解しがたいような子どもの姿を見つけては、髙松さんと二人で「今日はこんなことがあってね」とおもしろがりながら語っていました。はじめは悩んでいたことでも、聞いてもらうことでどんどん無責任におもしろおかしくなってくる。
髙松さん:
「無責任におもしろがる」というのは、先生という立場から少し距離を置き、「人としておもしろがる」という意味です。愛子さんも僕も、教員の立場を外せばただの人なわけで。
そんな僕たちが一人の人間として子どもたちを見たときに、立派に整えられたノートや作文以上に、その子が紙の切れ端に描いた落書きのような行為におもしろみを感じるんですよね。だから日々の雑談では、その行為をいかに額装するか、といったことが話題になります。
例えば、ダイキンと室外機を愛してやまない男の子のエピソード。学校では友達との間でわざわざ室外機のことを話題にしないそうですが、ことばの教室ではダイキンの社長として、社員である愛子さんと共に本校まで活動範囲を広げて、エアコンや室外機の点検をしながら教職員と交流しています。
それから、子どもたちが思わず口にしたことばや衝動的に描いた絵にその子ならではのおもしろみを感じたら、それらをプリントしたTシャツを作って展示する、なんてこともしています。Tシャツにまつわるエピソードを一つ紹介しますね。
あるとき、「つ」の発音をトレーニングしている男の子が「僕、『つ』が言えるようになったから聞いて」と職員室にやってきました。彼が「つ、つ、つ」とずっと言っていたので、「じゃあ『つつごう』って言ってみて」とお題を出しました。
最初はうまく言えなかったのですが、だんだん言えるようになってきたんです。僕は野球が好きだから、「つつごう」と言えば、元横浜ベイスターズの4番・筒香嘉智選手。彼が「つつごう」と言えるようになってきたあたりから、「GO!GO!つつごう」と応援のときの合言葉を叫んで、みんなで盛り上がっていたんです。
ーーなんだか楽しそうですね。
髙松さん:
でもあるとき、「ところで『つつごう』って何?」と聞かれて(笑)。「つつごうって何だと思う?」と聞き返してみたら、「うーん…筒型の電車かな?」と言って、絵を描いてくれたんです。
その後彼は、そんな筒型の電車「つつ号」が生まれるまでの誕生秘話をその場で作って話し出したんです。それがとてもおもしろくて、僕はとっさに録音し編集を加え、ラジオ番組に仕立てて玄関ホールで流しました。さらに彼は、サランラップの芯のようなもので「つつ号」の立体模型まで作って、紐をつないで校庭を散歩し出したんです。
彼を担当し、この一連の活動に伴走していた、僕らと同じくこの教室の教員である藤井さんは、シャッターチャンスとばかりに彼の姿を写真に撮っていて。僕もそんな二人の関係がおもしろいと、思わず写真を撮ってしまいました(笑)。
このエピソードがあまりにおもしろくて、彼が描いた「つつ号」をTシャツにプリントしました。子どもたちは基本的に週に一度しか通級しないので、彼が翌週教室に来ると、自分の描いた「つつ号」がTシャツになっている。そして僕はそのTシャツの上にそっと筒香選手の顔写真も添えておいたんです。
確かに「筒香」という選手は存在するけれど、その事実が霞んでしまうくらい「つつ号」もユニーク。彼の発想や行為そのものが魅力的でおもしろいんです。こんな出来事が起こるたび、君はそのままで十分魅力的だから自分自身を生き延びようと、あの手この手で伝えています。
働き方改革より、おもしろがり方改革
ーー保護者の方も、きっとそのエピソードを聞いておもしろがったのではないでしょうか?
髙松さん:
そうですね。子どもと教員の関係はもちろん、保護者と教員の関係もとてもフラットです。僕は保護者の方々とも、小学校時代の同級生みたいな感じで何でも話せたらいいなと思っていて。お母さんと野球盤をやりながら保護者面談をしたこともありました。
吉田さん:
私もとてもフラットですね。教員として関わっていないっていうのかな。人として関わっていますね。やっぱり先生には向いてないんですよね(笑)。
髙松さん:
そういえば、愛子さんが担当する児童で、指導が終わっても教室に残って遊んでいる子がいたことがありました。愛子さんは保護者の目の前でその子に「今日はどうしても年休を取って帰りたいんだ」と伝えていたんですね。当然その子は渋るわけですけど、保護者は「そうそう、先生も早く帰りたい日だってあるのよ。あなたも学校から早く帰りたい日あるでしょ?」と諭していました(笑)。
なかなか教室に入れなかったり、あるいは学校から抜け出そうとしたりする子たちが、ここに来るとありのままの自分を開くようになる。保護者の方もそれを察して、学校に居場所を作ってあげようとここに通わせてくれるのはうれしいことです。
ある日、この教室に通う子の活動の様子をたまたま目撃した子が、担任の先生や僕のところに「ことばの教室にはどうしたら入れますか?」と聞きに来たことがありました。
このとき僕は「君は教室を抜けて一人でもやりたいことがある?」と聞きました。というのも、僕はこの教室を「一人でもやりたいことがある子が通う教室」だと考えているからです。
通常学級は、みんなと一緒に活動ができる場所です。そのため、たとえ自分にやりたいことがなくても、友達と一緒に活動することで楽しい時間が過ごせたり、学んだりすることができます。でも、一人でもやりたいことがある子にとっては、居場所がない。だからここに来て、とことんやりたいことをやるんです。
これまでことばの教室は、子どもや保護者にとって「みんなと同じことができないから通う教室」という認識が強かったと思うんですけど、「違い」をユーモアに変えて誰もが安心できる教室を作ることで、少しずつでも「通いたいけど通えない教室」になっていくといいなと思っています。
ーーお二人のように、子どものありのままを丸ごと受け止めて、興味を持っておもしろがれるようになるにはどうしたらいいですか?
髙松さん:
なんでそんなんプロジェクトに参加してみてください。というのも、このプロジェクトは思わず「なんでそんなん!?」と思える言動を写真と記事にまとめて投稿するものなので、まるで記者になったつもりで、第三者的な視点からその子の行動を捉えられるようになるんです。
また、このプロジェクトには全国の人が参加していて、記事を投稿するとみんながそれをおもしろがってくれます。周りの人がおもしろがってくれると、「自分もいったんこの子を第三者的に捉えて少し距離を取り、おもしろがってみよう」と思える。実は僕も、我が子の「なんでそんなん!?」を投稿したら、まんまとハマってしまったんですよ。
吉田さん:
他の子の行為は簡単におもしろがれるけれど、いざ自分の子のこととなると、どうしても心配な気持ちが先立ってしまい簡単におもしろがれないという保護者の方もいます。確かに、他人の子だから無責任におもしろがれるけれど、自分の子だったら考えちゃいますよね(笑)。
髙松さん:
でも記事を書いてみることで、親や先生という立場から離れて、その子のことを「一人のファン」という立場から見られるようになるんですよね。
ーー子どもの「いちファン」になる、ということですね。「子どもには〜すべき」という考えが緩まり、子どもと共にいることを楽しめる大人を増やしていきたいですね。
髙松さん:
教員は本来、ありのままの自分を起点にしてクリエイティブなことができる職業です。でも、その一方で、生きづらさを抱えた教員が増えている現状もあります。「こうあるべき」という考え方から少し距離をおいて、目の前の状況を人としておもしろがることができれば、良い方向に変わっていくような気がします。実は、「働き方改革」よりも「おもしろがり方改革」こそ必要なんじゃないかと思うこともあるくらいで。
なんでそんなんプロジェクトが、教員である自分の「普通」を拡張しながら、ツッコミのセンスを磨くためにも、今後は教育現場にさまざまなカタチでインストールされていくことを願っています。
▼横須賀市立明浜小学校の取り組みは、動画でもご覧いただけます!ぜひご視聴ください。
〈取材・文:先生の学校編集部/写真:芝田 陽介〉