フィンランド在住27年。日本人を夢中にさせるフィンランドが教えてくれること。
日本とフィンランドの架け橋として、教育・福祉現場視察のコーディネートをされているのが、フィンランド在住27年のヒルトゥネン・久美子さん。
日本とフィンランド、2つの国を知り、フィンランドで子育ても経験されている久美子さんに、環境や教育の違い、母国・日本への思いについて聞いた。
東京都世田谷区出身。全日空、フィンランド航空客室乗務員を経てフィンランドに移住。フィンランド在住27年。フィンランド教育と福祉のスペシャリストとして視察や研修プロジェクトなどのコーディネートを手掛けている。年間の視察、研修プロジェクトは40件を超える。日本においてもフィンランドセミナー、スタッフ研修などを提供。過去にはヘルシンキ日本語補習校運営委員長などを務め、現在はフィンランド日本人会会長も務める。現在の最大の関心事は、「人生のライフサークル(生まれてから亡くなるまで)の中での幼児期と高齢者に対する社会や公的サービスのあり方」である。「自分がどのように人生を終えるのかを考えてみることにより、今の生き方、あり方を真剣に考えたい」ことと、未来の地球と子どもたちのために私たちが今すべきことを語り合い、行動に起こしていくことを切望している。
あなたはどうしたい?みんな違って、みんないい
――フィンランドに興味を持って訪れた人たちの多くが、実際に訪れるとさらに虜になって帰っていきますが、なぜ日本人はフィンランドに夢中になると思われますか?
「それでいいんだよ」と受けとめてくれるような環境や空気があるのではないかと思います。自分を見つめ、自問自答したり、対話をしたりするのに良い環境ですよね。
それは音が静かだったり、人口が少ないことが影響していると思います。
日本にいると、まるで流れるプールで流されているような、すごく忙しい感じがしませんか?そして、流れに逆らうと不安になりますしね。
しかしフィンランドにいると、決められた流れなんてないし、「あなたはどうしたい?」と言われます。「あなたが思うようにしなさい」といった感じで、みんな違ってみんないいという考え方。
それがときにはすごくおかしくて、これでいいのかな?と戸惑うこともありますが、それが自分らしくていいのだと微笑ましくもあるのです。
そういったことを、フィンランドに訪れた多くの方が感じていると思います。
よくフィンランド人は「どうしてあなたはそう考えるの?」、「本当にそうなの?」と聞いてきます。
その問いに、いつも優しさを感じるのですが、「いいじゃない、できなくたって」、「そんなに気にしなくっていいんだよ」と、優しく包んでくれる空気があると思います。
――確かにフィンランドは、あるがままを肯定してくれる感じがします。そして、時間の流れも違うように感じますね。
フィンランドは時間の流れ方がすごくゆるやかですよね。勤勉な日本人は、つい前のめりになっている感じがします。
私もフィンランドにやってきたときは、「何でそんなに急いでいるの?」と言われました。時間の流れ方が違うんですよね。
フィンランドに来て最初に学んだのは、“ポジティブに諦める”ということです。自分ができないこと、足りないことを隠さず受け入れるようになってから、すごく自由で楽になりました。
本当の自分がどういう人なのかをある意味開き直って受け入れると、自分のことも愛おしくなります。
また「何でそんなに完璧主義なの?」「何をそんなに気にしているの?」と、“ダメは、ダメではない”ということをフィンランドは教えてくれます。
それまでは、ちょっと辛いと思っても「大丈夫です!頑張ります!」と無理をしていました。無理をしてやり切れても、心の底から満足しているわけではないし、本当にこれで良かったのだろうかと自問自答する日々でした。
今は、与えられたことはもちろん誠実にやります。でも、もしもうダメだと思ったら隠さない。ここまでが自分の限界だと思ったら、それ以上は他の方に頼んでもいいですか、と言えるようになりました。
ポジティブに諦め、次につないでやり終える、そのスタイルができてから、すごく楽になりました。
――久美子さんが日本とフィンランドの架け橋になってくださることで、多くの日本人が勇気とエネルギーをもらっていると思います。
フィンランドも日本もすごく好きなんですよね。だから、大好きな日本の人たちには、もし気づかぬうちに自分の箱の中に入ってしまっているとしたら、その箱を開けてもっと自由に幸せになってほしいです。
そういったフィンランドからのメッセージを伝えることで、日本に恩返しをしたいと思っています。
フィンランドでは、小さいときから「なぜそうなのかということを考えなさい」と言われて育ちます。
「本当にそうなの?フィンランドではそうかもしれないけど、他の国へ行ったら違うかもしれないよ」と問いかけられるのです。
日本人も、あまり「こうでなければならない」と思わない方がいいですね。それよりも、いろいろあるのだなとポジティブに諦めて、もっと心を自由にできたらいいと思います。
高福祉社会の鍵は、良き納税者を育てること
――フィンランドは教育先進国と言われていますが、日本との違いなどあれば教えてください。
私自身、大学まで日本の教育を受けてきましたが、身についた学びになっていない、という点に日本の教育の課題を感じています。
それはおそらく、何のために勉強しているのかという感覚を持たないまま、詰め込みの暗記勝負といった学びになってしまっているので、テストが終わったら忘れていい知識として、テストのために勉強するような学び方をしていたからだと思います。
要領良く、こうきたらこう書けば良いみたいなテクニカルな部分は覚えていましたが、勉強が日々の生活に役立つといった意識を持てずにいました。
フィンランドの先生に、子どもたちが何のために勉強するのかと聞いてみると、テストのためと答える人は一人もいません。
いい大学・いい会社に入るためではなくて、勉強していたら悪い人にだまされないでしょ、何かが壊れたときに自分で直せるでしょ、などと答えている先生がいました。
勉強を通し、物を買うときにどちらが節約になるかの視点を持つことで家計が楽になるんだよ、と具体的に話している先生もいましたね。
勉強を身近な問題につなげて話をしてくれるという感覚があり、そこが日本との大きな違いだと思います。
学校で勉強したことが生活を豊かにし、私たちの未来に役立つから、そういう視点で勉強しなさいというメッセージは、私が日本で受けた教育では伝わってこなかったですね。
――フィンランドは高福祉社会で、教育も大学まで無料で学べるというのは大きな特徴だと思います。
そうですね、教育は大学まで無料、学び直しも無料なので、どんなに貧しくてもやる気さえあれば医者にもなれますし、弁護士や政治家にだってなれます。
みんなに平等にチャンスを与えてくれる国なのだと思うと、なかなかこの国は良いなと思います。
ただ、税金をきちんと払ってくれる人を育てないと今の仕組みが成り立たないので、フィンランドの教育は、良き納税者を育てることも大切にしています。
社会の役に立ちながら税金を払ってもらうためには、引きこもりを作らないことも必要ですので、いじめを防止するプロジェクトや、寒くて暗い冬の間に鬱にならないようにするためのプロジェクトなどが、積極的に取り組まれています。
フィンランドは予防に対する意識が高く、全てが公共サービスで税金を使う高福祉社会では、そのような考え方はどうしても大切になります。
税金はみんなで出し合い、自分たちが暮らす地域や社会を良くしていこうとするものですから、効率的に使わなくてはなりません。
――日本はどうしても、学校・家庭・地域が分断されている気がしますが、フィンランドではどうでしょうか?
とてもオープンですね。学校がいくら頑張っても家庭が協力しなければならないし、家庭が一生懸命やっても地域の人が理解してくれなかったらだめでしょ、と常に話し合っています。
とにかくフィンランド人は、口数は少ないけれど対話が好きなんですよね。
フィンランドと言えばサウナが有名ですが、サウナは話すことに対する敷居を低くしていますし、フィンランドの職員室を見てもびっくりするんじゃないかしら。日本の職員室とは大違いです。
コーヒーにソファー、シナモンロールやお菓子が用意され、先生たちは対話を楽しんでいます。
答えが出なくても雑談をし続けることが大切で、何か大きな問題を抱えて議論する前段階の敷居の低い話し合いの場が、何気なくうまく用意されています。
Learning by doingの姿勢が子どもの良い見本になる
――フィンランドの職員室でも日本との違いを感じましたが、教室もICTが当たり前のように整備されていて驚きました。苦手意識を持つ先生などいらっしゃらないのでしょうか?
ベテランの先生などが、ICTを使い慣れず不得意に感じた場合は、ポジティブに諦めて隣のクラスの若い先生に頼んでやってもらうのです。
また、フィンランドでは校長がトップダウンで全部これをやりなさいとは言わず、どのやり方がいちばん良いか検討します。
全てにおいて「こうしなさい」がないんですよね。
デジタル関係に関しては、子どもたちもよくできるので、中学生くらいの子どもたちに、先生の方から「これはどうするの?」と聞くことも多々あります。
日本人は資格を取ったり、やり方が分かって準備ができてから一歩を踏み出しますが、フィンランドではやりながら覚えるんですよね。
Learning by doingが当たり前で、それが子どもたちにとって良い見本になります。
できないことは誰かに助けを求めればいいのですが、そのためにはネットワークやコミュニケーション能力が必要です。
一人で引きこもらずに誰かに助けを求めたり、自分は何が苦手かを把握したり、そういった生き方のサバイバル方法を先生が見せることで、子どもたちもやり方が分かっていくんですね。
――最後に、日本の教育現場で頑張っている先生方へメッセージをお願いします。
フィンランドの教育は、最終的には放っておいても自分で学んで巣立っていく人間を育てます。
子どもを“育てよう”と思っておらず、種をまくだけで良くて、あとは子どもが自分で芽を出し、育っていきます。どの栄養剤を取り入れるか、子ども自身で決めることが大切です。
こういう風にしなさいと選定したり、強制的に成長剤を入れたりするようなことをせずに見守ります。
熱い気持ちや、痛いくらいの犠牲心を持った本当に心が温かい先生が多いところが、日本の教育の素晴らしさです。
私が小学校の頃の日本の先生たちはかなり個性があり、自分が目の前の子どもたちのためにベストと信じることをされていました。今もそのようにされている方はたくさんいらっしゃると思います。
ですから、その方たちがクラスの運営方法や授業の進め方など、上から縛られないで、子どもたちにとって必要だと思うことをもっと自由にできるようになったら、とても強いと思います。
ありのままの自分をポジティブに受け入れ、素晴らしい仕事をしていることに自信を持って楽しんでいただきたいです。
大きな組織の中では簡単ではないかもしれませんが、やはり賛同してくれる人がいると力になります。
先生という仕事を愛し、続けるためには、たくさんのネットワークを作って、やりたいと願うことが実践できるように互いを支え合ってほしいと思います。
教育は未来を照らすローソクです。子どもたちの足元を照らし、一人ひとりが自信を持って歩んでいけるよう応援してください。私も先生方を心から尊敬し、応援しています。
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