新しさではなく本質を。神山まるごと高専が大切にしているこだわりとは?
神山まるごと高専は、人口5,000人にも満たない徳島県神山町で2023年4月に開校した私立の高等専門学校だ。同校は、テクノロジー・デザイン・起業家精神の3つを学ぶ学校として、2019年の設立準備段階から注目を集めてきた。
最新の技術と日本をリードする起業家たちのマインドが詰まった神山まるごと高専が開校して半年。実際の現場ではどのような授業が行われ、学生たちはどのように学んでいるのか?
開校前の2021年10月より同校事務局長に就任し、現在は副校長も務める松坂孝紀さんに詳しく話を聞いた。
東京都生まれ。東京大学教育学部を卒業後、人材教育会社に入社。マーケティング、人事、経営企画などを担当した後、2017年に子会社として人事コンサルティング会社を起業。自社の経営を行いながら、コンサルタントとしても活動し、企業や地方自治体の人づくり・組織づくりプロジェクトを多数推進する。2021年より神山まるごと高専の立ち上げに参画。学校教育に新風を吹かせるべく、経営メンバーとして学校作りに邁進中。
新しさではなく、本質を目指す学校
ーー神山まるごと高専は、日本で約20年ぶりに新しく開校した高等専門学校だそうですね。斬新な取り組みやコンセプトが注目されていますが、まずはどのような学校なのか教えていただけますか?
本校は、2023年4月に徳島県神山町に開校した、私立の高等専門学校です。「モノをつくる力で、コトを起こす」をミッションに掲げ、2019年に「神山まるごと高専設立準備委員会」が立ち上がり、開校に向けて準備を重ねてきました。
本校は珍しい部分が多い学校です。例えば、私立の高専は全国に4校しかありませんし、人口5,000人ほどの地方で全寮制というところも珍しいです。さらには、テクノロジー・デザイン・起業家精神という3つの柱について学べるということも、極めて珍しいと思います。
テクノロジー・デザイン・起業家精神を学ぶのであれば、工学部や芸術大学、ビジネス専門の大学院に通わないといけないところを全部1つの学校で学べるようにしたところは、私たちがこだわっているポイントです。
ーーなぜテクノロジー・デザイン・起業家精神が1つの学校で学べるという点にこだわったのでしょうか?
新しい時代に合う学校教育とは?という問いを突き詰めて考えたときに、育てたい学生像をまず考えることになりました。議論を重ねた結果、育てたい学生像として「モノをつくる力で、コトを起こす人」という言葉が決まりました。
この言葉の通り、まず身につけてほしいのが、モノをつくる力。モノづくりは日本をこれまで支えてきたものでもありますし、これからも大事なものだと、本校では考えています。
しかし今の時代、必ずしも良いものが売れていくわけではありません。モノづくりを極めていき、社会に変化を生み出す「コトを起こす」ことも必要。だから、「モノをつくる」ことと、「コトを起こす」ことの両方をセットで学ばなければいけないと考えたのです。
その結果、1つの学校でテクノロジー・デザイン・起業家精神について学ぶことができるというアイデアに辿り着きました。
ーーなるほど。とても斬新な発想ですね。
ありがとうございます。これまでも本校は「全く新しい学校」と注目をされてきたのですが、決して新しさを志向しているわけではないんです。それよりむしろ、新しい時代に合う学校でありたい、今の時代に合った教育とは何か?という問いに本質的に向き合い、その問いに対する自分たちなりの答えを常に出し続けるというスタンスで学校を作っています。
それが結果として、「新しい教育だ」と評価されているように感じています。
学生の「支援」ではなく「応援」が基本のスタンス
ーー学生たちは、具体的にどのように学んでいるのでしょうか?
1クラス40人程度、講義時間は1時限を90分として授業を行っています。
学生たちの様子をお伝えすると、いわゆる授業の時間に学生が廊下を歩いていたり、ソファに寝転がっていたりすることがあります。一定のラインを超えないのであれば、学び方は学生たちに任せている授業もあるからです。
もちろん、ただ任せているだけではありません。授業の際には「この授業ではここまで到達してほしい」という学習目標を、ちゃんと伝えています。一斉授業の場面もありますが、一斉授業の中でできることには限りがある。だから、学生に任せる時間も設けているというわけです。
次に授業の内容についてお話します。
例えば、美術やデザインの授業で「神山町で聞こえる音を集めてくる」という学習目標を出した授業がありました。その際は、学生がそれぞれ30分間思い思いの場所に出かけ、音を集めてきました。川の音、森の中の風の音、はたまた町内唯一のコンビニの入店音を集めてくる学生もいました(笑)。
それぞれにユニークですが、どの学生も「神山町で聞こえる音を集めてくる」という学習目標には到達していますよね。
あとは国語の授業で、「神山町内で30分間1つの風景を見学して、それを自分の文章に残す」という学習目標を出したこともありました。すると学生たちは、道の駅で車が走っていく姿を文章にしたり、太陽や風など自然の様子を文章に表す学生もいました。
ある程度学生の自由や個性を尊重することで、各々の独自性が発揮される。そんな授業を設計するように心掛けています。
ーーおもしろいですね。学習目標をしっかり伝えて、その目的に合いさえすれば学び方は学生に任せるという発想は、やりたいと思っていても、なかなかできないと感じている先生も多いように感じます。
そうかもしれませんね。神山まるごと高専を立ち上げたメンバーは、既存の学校で行われていることをあまり知らないこともあって、固定観念にとらわれずに自由な発想で授業づくりができているのだと思います。そういう意味では、学校でいう「先生」という存在も、通常の学校とは多少異なるかもしれません。
私たちは、そもそも教員や先生のことを全員「先生」とは呼ばず、「スタッフ」と呼びます。それには「先生」「教員」といった型にはまらずに、学生の応援者として、一人の人間として生徒と向き合う人でいてほしいという願いがあるからです。
さらには、学校でいう「担任」という立場の大人を「クラスマネージャー」と表現しています。これらの些細な一つひとつの言葉にも思いを込めることで、まっさらな学校の中にカルチャーを作ることに、今はとても注力しています。
ーーカルチャーですか。そういう意味では、「学生の応援者」という言葉にも、神山まるごと高専が大事にしている考え方が詰まっているように感じました。
そうなんです。「学生の応援者」になってくれていると感じた具体的なエピソードを1つ紹介させてください。
ある学生が開校まもない頃に「地元の小中学生に向けて、プログラミング教室を開催したい」と言ってきたことがありました。スタッフが詳しく話を聞いてみると、2週間後に40人ほどを集めたいと言うんです。
遠方から来た学生だから、地域の小中学生に知り合いなんか1人もいないわけですよ。ちょっと難しそうだなと思い、計画を変更したらどうかと言いたくなるところもあったようです。でもそこで少し立ち止まり、どのように実現させようとしているのか、さらに話を聞いて見たそうです。
その上で、「小学校1年生から中学3年生までに教えるのは、本当に大変。対象者は絞った方が準備が楽だけど、もしやるならそもそもアルファベットを知らない子がいるということも念頭において企画する必要があるよ。対象を絞るか絞らないかは、どちらでもいい。大事にしたい考え方を貫くか、それとも実施しやすさをとるかは、あなたたちが決めていいよ」と学生に伝えました。
そうしたら「最初の考えを貫きたいです」と言って、小学1年生から中学3年生まで対象にした企画を作ってきたんです。彼らが出したアイデアは、会の途中で小学1年生から3年生までのクラスと、小学4年生以降のクラスの2つに分けるというものでした。
彼らは、当初想定していた倍以上の準備を自分たちで全部やり、最終的には30人の小中学生を集めました。本当によく頑張ったなと思います。
ーー学生たちを止めたくなる場面でも、さらに話を聞いてみる姿勢が素晴らしいですね。
止めようと思う瞬間や「大丈夫?それ失敗するんじゃないの?」と思う瞬間がないわけではありません。でも「別に、失敗したら失敗したでいいか」と思って、失敗して迷惑をかけそうなことがある場合については、事前に伝えるようにしています。
もちろん、学生がやりたいと言ってきたことについてはスタッフも多少は調べます。しかし全部をお膳立てして、本人がやった気にさせるようなことはしません。
「応援」という言葉がまさにそうなんですが、「やっていること、やろうとしているところを邪魔しない。背中を押してあげる」ということですよね。そうこうしているうちに、学生たちは私たちが予想もしないような成果をあげていく。そんな瞬間に、私自身もたくさん立ち会わせていただきました。
「子どもたちにとって一番いい場を作っている」と胸を張れる学校を増やしたい
ーースタッフの皆さんを「学生の応援者」にしようという構想は、開校当初からあったのでしょうか?
「応援者」という考え方は、それまで設定していたものを開校後に見直すことで生まれたアイデアです。
もともとは、学校の中でいわゆる生徒指導を担当する部署として「学生支援チーム」というものがありました。しかし、支援という言葉の中には「支える」というニュアンスが含まれていることに、あるとき気づいたんです。
支援と称して、どうしてもスタッフが先回りして準備をしてしまうような場面もありました。でも、本当にそれでいいのだろうか?と立ち止まって考えたときに、違うと思ったんです。先に学生のやりたいという思いがあり、そこに応えていけるようなチームにしていきたい。そこで、その部署の名前も「学生応援チーム」という名前に変えました。
この「支援」から「応援」に基本スタンスを変更したことは、神山まるごと高専を開校して半年の中で、特に印象に残っている方針転換でした。それはもともと私たちが、あまり作り込みすぎないようにして、どのような状況になったとしても対応できる状態を作ろうと決めていたからできたことでした。
現在の神山まるごと高専は、開校までに作ってきたものをいったん盛大に壊し、再度新しいものを作り上げている段階です。学校の状況や学生の状況を見ながら、スタッフ同士やときに学生と対話をしながら、学校のカルチャーを築いています。
ーー一度決めたことを変えたり、新しく作り直すことは、とても怖いことのように思えます。
確かにそうかもしれません。どうしても私たちは、成功や失敗を意識するあまり、一歩踏み出せないことがありますよね。しかしこの不確実な時代の中、今日良くなかったものが明日「いい」と評価されることも往々にしてあります。だから、その挑戦が成功か失敗かということは、誰にも分からないわけです。
だからこそ、私たちは「β(ベータ)メンタリティ」という言葉をキーワードにおいています。
モノづくりの世界において、製品が完成する直前のバージョンのことを「β版」と呼んでいます。「β版」とは、未完成のもののことを指します。未完成のものを、いったん世の中に出してみて、使ってもらった感想などのフィードバックを得ながら、さらにより良い製品へとアップデートしていく。
学校づくりも、未完成のままで世の中に出してみて、フィードバックをもらいながら作りあげていく「βメンタリティ」を大事にするようになりました。この考え方が神山まるごと高専らしさであり、スタッフたちも「これやってみよう!」「うまくいかなかったから、こうしてみよう」「やっぱり戻そう」といったやりとりをすごいスピードで重ねています。
ーースピードが遅いと言われる学校が多い中で、それだけのスピード感で変化する学校もあるのだと驚きました。
学校づくりに携わってみて、学校にはアップデートできる余地がすごくたくさんあると感じました。だから神山まるごと高専の取り組みを発信することで、学校のアップデートに関する知見を社会に届けたいと考えています。
でも一方で、私たちの形が全てではないので、世の中の学校全部が本校と同じようになったらいいとも思っていません。実際に、本校にフィットする学生もいれば、合わない学生もいるはずです。全ての学ぶ人たちにとって、自分に合う選択肢が、きちんと提供できている状態や社会が本当の理想。
そういう意味では、本校の存在を知ってもらうことで「こんな学校もありなんだ!」と思ってもらい、学校教育全体の枠組みを広げることに寄与したい。そうすることで、それぞれの学校がそれぞれのスタンスで自分の持ち場をアップデートし、「子どもたちにとって一番いい場を作っている」と胸を張れる学校を増やしたいですね
ーーこれからもお互いの立場で、「子どもたちにとって一番いい状態」を作っていきたいです!最後に、学校をアップデートしたいと考える読者の方に向けてメッセージをお願いします。
学生にとって学校で働く大人の存在は、一番身近な社会人です。そして学校という場は、一番身近な職場。
私たちでいうと、起業家精神を学生に育てたいと考えるのであれば、当然スタッフにもそれを求めています。教育に関わる自分たちがどのような意識を持っているかが、学生たちに自然と伝わっていくんですよね。
だからこそ、自分たち自身が教育を担う一人の大人として、現場で胸張っていられるような状態をどう実現するのか。そんなことを、これからも一緒に考えていけたらうれしいです。
<取材・文:チーム神山まるごと高専/写真:ご本人提供>