私の仕事は「本当のあなたは、無限の可能性を持つ存在だ」と伝え続けること。元小学校教諭が、外国にルーツを持つ子を支援し続ける理由とは?
「ダブルリミテッド」という社会課題をご存知でしょうか?
ダブルリミテッドとは、日本で暮らす外国人児童・生徒が、日本語の習得の遅れによって母国語・日本語共に十分に発達していない状態のことを言います。
この問題を解決するために外国にルーツを持つ子ども向けの学習教室の開催や、学習教材の開発に取り組んでいるのがNPO法人にわとりの会です。愛知県小牧市で小学校教員として定年退職まで勤め、同法人を立ち上げ、誰一人取り残さない社会を実現しようとする代表理事の丹羽典子さんに話を聞きました。
1981年に愛知県内の小学校に赴任して以来、2018年まで小学校教員を務める。教員時代に外国にルーツを持つ子どもの支援に取り組み始め、教員を続ける傍らNPO法人「にわとりの会」を設立。日本語習得に困難を感じる子どもたちのサポートと、外国にルーツのある子どもを教える教育関係者への支援を本格的に始める。2020年4月より小牧市教育委員会と事業連携をし、「外国につながる子どもの学習支援事業」として、外国にルーツのある子どもの学習支援を実施している。
言語や文化の違いで、学習機会を奪われない社会を目指して
——にわとりの会がどのような活動をしているのか教えてください。
にわとりの会は、母国語も日本語もどちらも未成熟な主に6歳から15歳の児童生徒に対して、学習に必要な言語習得の支援をしています。
平成30年の文科省の調査によると、愛知県は「日本語指導が必要な外国籍の児童生徒」の人数が全国でもダントツに多い状況にあります。私が住んでいる愛知県小牧市にも、自動車関連の工場が多いこともあり多くの外国籍の家族が暮らしています。
外国籍の子どもたちは、家庭では母国語を話し、学校では日本語を使うという多言語環境の中で育ちます。一見すると日常的な会話には困らず、問題なく学校に通っているように見えます。
しかし日常会話には困っていなくても、学習や思考のための言語は、適切な時期に適切な指導をしなければ身につけるのが難しくなります。
日本人であっても一度授業につまずくとついていくのが難しくなることがありますが、まったく馴染みのない外国語だとすればなおさらです。学習で使う言葉が理解できなくなると勉強についていけなくなり、次第に学校に行くのが辛くなっていきます。場合によっては不登校になることもあります。
私たちはそのような外国にルーツを持つ子どもたちが言語や文化の違いで学習機会を奪われない社会の実現に向けて、教材やカリキュラムを開発し、届ける活動をしています。
——具体的にはどのような活動をされているのでしょうか?
活動の柱は、「にわとり式漢字カード」と呼んでいる漢字学習カードの開発と普及です。
表面には、漢字・音読み・訓読み・例文が載っていて、裏面には表面に掲載した漢字の例文を6カ国語に翻訳して載せています。
どちらの面も音声ペンでなぞると例文を読み上げてくれるようにしているので、漢字を楽しく学習することができます。母国語をある程度身につけている子であれば、母国語の音声を頼りに漢字の意味を理解できるんですよね。
その他にも、例文だけでなくイラストを付けることで漢字の意味をイメージしやすくしたり、漢字カードの配置を画数・部首・形などの観点から工夫するなど、さまざまな研究の成果をこのカードに込めました。
——かわいい教材の中に、たくさんの工夫が施されているのですね。
今でこそ小学校全学年の「にわとり式漢字カード」がありますが、最初は小学1・2年生用の漢字カードしか作っていませんでした。それは、私が長年外国にルーツを持つ子どもたちを指導する中で、多くの子が小学2年生の漢字でつまづいていることに気づいたのが理由です。
とある研究では、小学校入学段階で日本生まれ日本育ちの子どもは3,000語もの語彙を獲得していると言われています。一方で、外国から来た子どもたちが小学1年生段階で獲得している語彙数は100語にも満たないことが一般的。そのような中、2年生で学習する漢字は160語もあり、それまでに獲得している語彙数よりも学習する漢字の方が多いんですよね。
つまり外国にルーツを持つ子どもたちの周りには、常に分からない言葉があふれている状態にあり、「困っていることを困っている」とすら伝えられない状況にあります。私たちは、そんな彼らに徹底的に寄り添って学習支援をしています。
——「にわとりの会」という団体名には、どのような思いが込められているのですか?
「にわとりの会」の由来は、私の名前です。
「にわのりこ」の「にわのり」から、「にわとりの会」。外国にルーツを持つ子が「ひよこ」だとすると、その子たちがしっかり巣立っていけるよう、親鳥として温かく見守り育てるという思いを込めました。
外国にルーツを持つ子が日本語を学ぶことは、本来の力をもう一度取り戻すこと
——丹羽さんがこの問題に取り組むようになった経緯を伺えますか?
私は2018年に定年退職するまでの37年間、小学校教諭をしていました。教員になって20年くらい経った頃、出入国管理および難民認定法(入管法)が改正され、私の住む愛知県小牧市にも多くの外国人が転入してきました。
私も担任として転入してきた子どもたちを受け持つことがありました。概ね勉強はできて、そして「中学校に行っても頑張るね!」と言って卒業していくのですが、中学校ではどうもうまくいかないという話を耳にするようになりました。
中学校の勉強についていけなくなり、高校進学を諦めてしまう。私立に入るにはお金がないし、公立に入るには学力が足りない。だから工場労働者になるしかない、とやる気をなくしてしまうという状況があることを知りました。
——それで活動を始めたのでしょうか?
それでも一人の教員としてできることは限られているので、問題意識を持ちながらも何も行動を起こせずにいました。しかし、年々外国にルーツを持つ子どもたちが増え、2000年代には通常児童が在籍するクラスとは別に外国人児童生徒の支援や日本語指導を行う「国際教室」の担当をするようになりました。通常クラスとは別に補講のような形で学習支援をする教室です。
そこでの経験がきっかけとなり、自分が何かこの子たちのためにできることはないかと考えて、私は国語の教員でもありますし、その専門性を生かして教材を作ることに決めました。私が「にわとりの会」を設立したのは、2013年の3月です。
私が教員を退職したのが2018年ですから、NPO設立以降は小学校教員とNPOの代表理事という、二足の草鞋をはいて活動をしていたので、すごく忙しかったです。でもそれと同時に、大好きな2つの仕事を両方続けられることは、私にとってとても幸せなことでした。
——丹羽さんがダブルリミテッドの子どもたちを退職後も支援し続ける理由は何ですか?
大きな理由は、私が教員になるときに立てた「私の力を社会のために役立てるために、教員になったらクラスで一番困っている子を助ける」という信念です。
この信念をあるときふと思い出し、私の周りに目を向けたとき「クラスで一番困っている子」は、間違いなく外国にルーツを持つ子どもたちでした。小学校は卒業できても中学校で勉強についていけなくなる子、学力が足りなくて高校に行けないと知り絶望する子。そんな子どもたちの力になりたいと考え行動してきました。
外国にルーツを持つ子どもたちは母国語とは異なる言語環境の中で過ごすうちに、言葉はもちろんのこと、それまで培ってきた自信やアイデンティティまでも知らないうちに失っていることがあります。
そのような彼らが日本語を学ぶことは、単に言語を習得する以上の意味があると思います。日本語の習得は、その子がもともと持っていた可能性を引き出し、一度は失ってしまった本来の力を取り戻すことでもあるのです。
先生も夢を持ち、諦めないで
——にわとりの会の活動を続けていて、良かったことは何ですか?
「にわとり式漢字カード」ができたばかりの2013年に、ブラジルから日本にやってきた男の子のエピソードを紹介させてください。
私が彼に出会ったときは4年生だったのですが、母国ではとても優秀だったのに、日本に来たことで言葉を失い、「できない子」というレッテルを貼られるようになり、本人も深く傷ついていました。
でも彼は日本語を学ぶことで、母国で過ごしていたときのような「自分らしさ」を取り戻せるかもしれないと考え、一生懸命勉強をしました。言葉は彼にとって、自分らしさを取り戻す希望の光だったんですよね。
そんな彼は現在「僕を助けてくれた丹羽先生のようになりたいです」と言って大学に進学し、教員免許取得に向けてますます勉強を頑張っています。
——丹羽さんが子どもたちからすごく頼りにされていることが伝わります。丹羽さんが活動される中で、大事にされていることを教えていただけますか?
学ぼうと決心してきた子どものやる気を削ぐ「どうして分からないの」や「前にもやったでしょ」という言葉は言わないようにしています。
そもそも子どもたちは、言葉が分からなくて困っているから学びに来ているわけですから、その子たちがうまく覚えられないなら、変えるべきは私たちの教材や教え方の方なんですよね。
外国にルーツを持つ子どもたちは、一度日本語や漢字を覚えようとしたけれどうまくいかなかったという挫折を経験している子も本当に多いです。そのような子どもたちに「今の君はたまたま困難を抱えているかもしれないけど、本当の君は無限の可能性を持った存在なんだよ」と言い続けることが私の仕事かなと思っています。
——素敵な言葉ですね。にわとりの会では、今後どんなことに力を入れていきたいと考えていますか?
まずは外国にルーツを持つ子どもたちが、高校を卒業できるよう支援することです。
外国にルーツを持つ子は年々増え続けているため、日本語を教えるボランティアの人数が全然足りていません。学校現場も、ダブルリミテッドの子どもたちの対応に困っていて、きちんとトレーニングを受けた先生が必要になってきています。
学校には加配教員の制度もありますし、きちんとトレーニングを受けた先生が授業の中で教えるのが一番だと思っています。文部科学省でも外国人児童生徒のための個別の指導計画を立てて指導するように求めてはいます。ただそれを作ったところで、先生も知らないことばかりだからすぐにはできませんし、事務作業が増えただけで実際の運用は足りていないというのが、私の知る現状です。
現場の先生方は本当に困っているというのが本音だと思います。そうした問題を解決するためにも、情報発信や共同事業をして仲間を増やすことや、政策提言をすることが急務だと思っています。
——年齢が上がるにつれて学習のつまづきは大きなものになりますよね。
そうなんです。義務教育の9年間は、在籍していれば卒業はできてしまう。でもそうなるとそのツケが回ってくるのは高校になってから。
今、中学卒業認定試験の国・社・数・理・外国語の試験問題を分析して必要な言葉が何かを抽出していますが、本当に膨大な時間がかかっています。
——難しい課題が山積みですね。
そうですね。でも例えば、老舗の日本語ボランティア教室など、にわとりの会以外でも確実に知見は蓄積してきています。そうした教室は親とも深くつながっていますから、教育委員会や学校がそうした教室と連携して、地域で子どもを育てることが本当に大切です。
かつて、「にわとり式漢字カード」を使って学んだ子が、今は大学生になって、今度は自分が先生になりたいと言ってくれる若者もいます。私たちが支援している相手は、国の数、来日年数、本人の能力、親の関わる姿勢など、場合の数がすごく多いんです。
そういった子どもたちに対応する教材やカリキュラムをもっと開発していきたいという思いもあります。今はアプリも作っています。にわとりの会では寄付も募っていますし、教材も販売していますので、応援していただけるとすごくうれしいです。
——ぜひ応援させてください。最後に、この記事を読んでいる先生たちにメッセージをお願いします。
私は長年、教員として働いてきました。現在は教育委員会の方とも仕事をしています。ですから、学校をはじめとした教育関係者が、日々子どもたちのために尽力されていることは、心の底から理解しています。
一生懸命教育活動に取り組んでいると、先生個人の思いと、立場上できることの間に、乖離が生じることがあるかもしれません。そんなときは、先生方が子どもたちに「夢を持ち、諦めないで」と語りかけているように、先生たちもご自分が教員になったときの思いや情熱をもう一度思い出して、諦めないでいていただきたいと思います。
私はこれからもこの活動に力を注ぎたいと思っています。引き続き、一緒に頑張りましょう。
<取材:先生の学校編集部/文:鈴井 孝史/写真:荒木 幸太>