多様性への理解を助ける、「ゆるスポーツ」を活用した探究的な授業づくり
「ゆるスポーツ」という言葉をご存知ですか?
メディアにも多数紹介されているので聞いたことがある方もいるかもしれません。「ゆるスポーツ」とは、年齢・性別・運動神経の良し悪しに関わらず、誰もが楽しめる新しいスポーツの総称です。
その考案者でありプロデュースを手掛ける一般社団法人「世界ゆるスポーツ協会」では、「スポーツ弱者を、世界からなくす。」をスローガンに掲げ、老若男女、障がいの有無も超えてみんなで楽しめる新しいスポーツを創作しています。
例えば「ハンぎょボール」「いもむしラグビー」「ブラックホール卓球」など、名前だけでワクワクする種目がたくさん。
もし、このゆるスポーツを教室で、児童・生徒たち自身が作るとしたら、きっと楽しいと思いませんか?
日頃学校の中で生きる生徒たちが、学校の外に目を向けて、そこで生活する多様な人々のことを実感として理解できる、そんな実践を目指した「ゆるスポーツ」創作の単元を提案します。
教員11年目。「楽しくて力がつく」授業を理想に掲げながら実践中。生徒がのびのびと主体的になり、級友も教員も自分さえも驚くような力が発揮される、知的で楽しい教室が目標。その方策の一つとして、生徒全員が作者になる電子書籍創作の授業を推進中。大修館書店「言語文化」教科書編集委員。
多様性への真の理解を助ける「ゆるスポーツ」とは?
現代はVUCA時代(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性、の略)で、急激なAIの発展やグローバル化、気候変動などによって見通しの立たなくなった社会・時代だと言われています。
既存の価値観や方法では対応できない現代において、多様性について理解することが求められています。しかし、多様性を理解するとはどういうことなのでしょうか。もちろんクラスメイト同士の違いを知って、認め合うのも多様性の理解といえるでしょう。
ですが教室は、同年齢で近隣の地域から来た仲間、または同じ試験をクリアした同じような学力層の仲間が集まる場所で、教室内の多様性は乏しくなりがち。クラスメイト同士の違いを知るだけでは、真に多様性を理解したと言えないように思います。
たとえば外国の方や高齢者、障がいのある人について、知識として知ることは多様性の理解になるかと言えば、それもまた真の多様性の理解ではないような気がします。
では、どうすれば「理解」したことになるのでしょう。
日本国語大辞典では「理解」を、「内容、意味などがわかること。他人の気持ちや物事の意味などを受けとること。相手の気持や立場に立って思いやること。了解」とされています。
つまり、自分と違う他者だとしても同じ立場や感覚で物事を見て、できる限り寄り添うことができれば、多様性の「理解」へ一歩進むことになりそうです。
この理解のための方策として、今回「ゆるスポーツ」を取り上げた実践をご紹介したいと思います。
「ゆるスポーツ」とは一般社団法人世界ゆるスポーツ協会が提案する、年齢・性別・運動神経・障がいの有無などに関わらず誰もが楽しめるように工夫された新しいスポーツです。
ゆるスポーツの種目の一つに、「500歩サッカー」というスポーツがあります。
万歩計のような「500歩サッカーデバイス」を装着して行うサッカーで、試合中は500歩しか歩けないというルールがあります。一歩動くごとに1ゲージ減り、走ったり激しく動くと一度に3〜5ゲージ減ってしまいます。ゲージが0になると退場です。ただ、3秒以上静止すると、1秒につき1歩ずつゲージが回復していきます。
実はこのスポーツは、世界ゆるスポーツ協会の代表・澤田智洋さんが心疾患を持った友人のためにつくったスポーツです。
心拍を安定させるために定期的に休まなくてはならない、激しいスポーツには参加できないその友人が、「500歩サッカー」であればいわゆる健常者の人と対等にスポーツを楽しむことができます。そして、500歩サッカーを体験した健常者の人たちも心疾患とはどういうことなのか、相手の立場、感覚に沿って身体的に理解することができるのです。
澤田さんは著書「ガチガチの世界をゆるめる」では、「すべてのスポーツは、ある意味で障害者体験なんです」と述べられます。確かによく考えてみると、サッカーでは手を使うことを禁止していますし、バスケットボールではドリブルをしながらしか移動できないなど、見方を変えれば一般的なスポーツも積極的に不自由になり、それ自体を楽しんでいるともいえますよね。
ゆるスポーツの場合、先ほどの例のように障がいを持った人や高齢者を起点にスポーツを作ることで、健常者と呼ばれる「普通」の人たちが、障がいのあるような「弱い」人たちのことを、知識だけでなく体感として理解することになります。
さらに言うと、ゆるスポーツではいわゆる弱い人たちが、強い人たちと対等に戦ったり、圧倒することも多く起こります。そして何より、「普通」「弱い」「マジョリティ」「マイノリティ」という根本的な枠組み自体が揺らぐだけでなく、思考の枠組みまでをもゆるめることになるのです。
「ゆるスポーツ」と探究的な学びは相性抜群!
今回はこの「ゆるスポーツ」に着想を得て、実際に授業で「ゆるスポーツ」を創作し、地域の方を招待して一緒に楽しむという計画を立てるという単元を考案しました。
このような単元を考えたのは…
(1)地域とつながりを作り、多様性を実感する
(2)創作という活動が、生徒の探究的な学びにつながる
ような学びを実践したいと考えたからです。
(1)地域とつながりを作り、多様性を実感する
学校の授業は、教室内で完結することが多いです。授業は基本的に、教室で教員1人対生徒40人程度で行われることがほとんどですし、稀に学校外の団体と連携して行われる学習も講義形式が多く、行事以外で地域や社会と直接関わる機会は少ないように思います。
教室・授業を通して生徒たちが、地域や社会に影響を与えられる経験というのは、さらに少ないと感じています。学校と地域や社会との相互に連携することの重要性は、平成28年の中央教育審議会の答申でも次のように示されているほどです。
「教育課程の実施に当たって、地域の人的・物的資源を活用したり、放課後や土曜日等を活用した社会教育との連携を図ったりし、学校教育を学校内に閉じずに、その目指すところを社会と共有・連携しながら実現させること。」
(幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について)
生徒が地域の方と本気で戦って負ける姿や、大人を下剋上してうち倒す姿、障がいを持った方が圧倒的な力で快勝する姿。そんなスポーツがもしできたなら、きっと楽しいですはず。「ゆるスポーツ」を通じて、楽しみながら同じ立場で勝負することで本当の理解が生まれることも考えられます。
スポーツを作る際にスポーツの専門家や、障がい者の支援施設の方などにアドバイスをもらうことも、外部と連携する意図が明確ですし、必然性も高いので、生徒が地域とつながって主体的に関わる学習にもつながると考えました。
(2)地域とつながりを作り、多様性を実感する
私は探究的な学びと「ゆるスポーツ」との親和性にも注目しました。
「ゆるスポーツ」の創作は、スポーツのねらいやプレイヤー人数を明確にすること、ルールの設定など、1つのスポーツを多面的に捉える視点が必要です。
「老若男女健障」に関わらず、みんなが楽しめるスポーツを創作する必要があるため、子どもたちの実感とは離れた、高齢者の抱える問題や性差といった身体的な能力の違いなどを調べたり、考えることが必要となります。
作ったスポーツは頭の中や、実際に体を使ってトライ&エラーを繰り返しながら、全員が楽しめるように質を高めていきます。より良いスポーツ作りにこだわることが、そのまま探究的な学びになっていきます。
探究的な学習は、学習者が「楽しさ」と「意義」を感じることができないと、どうしても先細りの学習になりがちです。しかし、「ゆるスポーツ」の創作は、探究的な学びで生徒がその2つを感じられるものになっていると思います。
高校国語科で取り組んだ、「創作ゆるスポーツ」の実践
ここからは、2022年度に「現代の国語」の授業内「話すこと・聞くこと」を中心に行った学習を一部修正したものについて紹介します。
創作した「ゆるスポーツ」の実施に向け、創作の話し合い、クラスメイトに向けてプレゼン、依頼文作成、実施という流れをとり、実社会の企業などで行われる流れを模擬的に作りました。
対象:高校1年生
教科:現代の国語
概要:
学習内容 | 指導上の留意点 | |
①「ゆるスポーツ」を創作するために話し合う | ゆるスポーツとその意義を知る・単元の目標、概要を知る・ゆるスポーツを4人班で創作する(概要・ルール決め) | youtubeの動画を見たりしてゴールイメージと意義の理解を促す(参考にした動画①、参考にした動画②) |
②自分たちの「ゆるスポーツ」をプレゼンする | プレゼンの方法を知る・スライドを使用して自分達のゆるスポーツをプレゼンする・プレゼンを相互評価し、四次で行うスポーツを選出する | プレゼンの方法を動画等で示す(NHK for schoolとTEDxNewYorkがオススメです)・ゆるスポーツの5要件など共通の基準となるものを示すと選出しやすい |
③「ゆるスポーツ」体験会の依頼文を作る | 依頼文の型を知る・地域の方などに向けてゆるスポーツ体験会参加の依頼文を作成する | 自分たちのスポーツに対するアドバイスをもらうために、スポーツの専門家に依頼文を書くなどの展開も考慮する |
④「ゆるスポーツ」を実施する | 二次で選出されたゆるスポーツの実施・振り返りをする | 体育科の先生と協力しながら、考案したゆるスポーツを修正・実施することで教科横断的な学びの実践も可能になる |
次の資料は、生徒が実際に作ったプレゼン用スライドの一部です。全く新しい「ゆるスポーツ」を考案したので、イメージをしながら読み進めていただければ幸いです。
【ペンギンサッカー】老若男女が平等に楽しめるサッカー
「ペンギンサッカー」は、足にフィンのようなものをつけてペンギンになってサッカーをプレイする競技です。そうすることで、体力差やスピードなどのハンデをなくすというねらいがあります。
また、本来のサッカーは試合中はお互いに声を出し合ってコミュニケーションをとりながらプレーするのに対し、「ペンギンサッカー」は、試合中声を出せるのは親ペンギン(司令塔)のみ。それ以外のプレイヤーは、ペンギンの鳴き声に似た母音しか発することができなないため、試合前に十分コミュニケーションを取り、作戦などを考えておく必要があります。
また、使用するのはビーチボールなどの転がりにくいものを使い、コートやゴールを縮小することで、安全性を高めると同時に、体力差によるハンディを小さくすることを考えていました。
【赤シートde玉入れ】色覚障がいの人への理解を深める玉入れ
「赤シートde玉入れ」では、メガネのレンズ部分に赤シートを挟んだものを使用し、玉入れを行います。本来の玉入れであれば、玉の色で自分のチームの玉を識別しますが、このゲームでは玉の触覚を頼りに判別します。
玉の色は赤とオレンジで統一し、中身をそれぞれお米とBB弾の2種類に分けておきます。赤シートのついたレンズをかけているため、選手はチームの玉を色で見分けることがとても難しくなっています。その代わりに玉の重さや触覚を頼りに、自分のチームの玉かどうかを確認します。
プレイヤーは自分のチームの玉を触覚を頼りに見つけ出そうとしますが、当然判別が難しく、選手は間違って相手チームの球を投げたりもします。選手は自分のチームの球を見つけづらい一方で、観客はすぐに気づくことができるため、観客と選手の見えているものの間に違いが生じて、両者にとってとてもおもしろい競技です。
この授業では、学習の主体を生徒に委ね、教員は支援や働きかけを適宜行うという関わり方をしました。そのような中で生徒たちは、最後まで主体的に学習に取り組み楽しく学んでいました。単元終了時の生徒たちの感想には次のようなものがありました。
「スポーツは自分が『やる』ものとしては身近でも、『作る』ものとしては全くやるとは思っていなかったので、スポーツを作るということ自体が新鮮でおもしろかった」
「考えているのと実際にやってみるのとだとかなり大きな差があった。実際にやってみると欠点が浮き彫りになったり、実際に体験することでより分かりやすくなったりするのでトライ&エラーが大事になってくると感じた」
感想からは、楽しみながらもさらに深めようとする姿が見られ、「ゆるスポーツ」という題材の魅力が生徒の学習する力を引き出していたのだと考えています。
生徒と教員が共に楽しみ、良質な実践につなげる営み
教員自身が楽しんだり、意義を感じながら実践しているとき、最も子どもたちに大事なことを伝えられると思います。この記事をお読みくださった皆さまが、子どもたちと「ゆるスポーツ」を創作してみたいと感じていただけていたら幸いです。
京都大学の石井英真さんの著書『高等学校真正の学び、授業の深み』によると、成長を保証する授業は「問題や教材を介して、教員と生徒、生徒同士が向かい合い、ともに問題や教材に挑む「共同注視」の関係になっている。良質の実践には、共同注視の関係、さらには、社会問題の解決や自分たちの学びに対する「共同責任」の関係性がみられるものである」とされています。
ゆるスポーツ創作の過程には、楽しみながら生徒と教員が、この「共同注視」「共同責任」の関係に近づくための営みがあると考えています。
「ゆるスポーツ」の創作は、創作のプロセスの中で得られるものがたくさんありました。創作それ自体も、作ったスポーツを実施することも、創作の過程で悩んだり失敗することさえも楽しい学習です。
ぜひ、一度体験してみてください。日本中の教室で、新たな「ゆるスポーツ」が誕生することを楽しみにしています。
引用文献
・澤田智洋(2020)『ガチガチの世界をゆるめる』百万年書房,p.21
・中央教育審議会. “幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の 改善及び必要な方策等について(答申)”.文部科学省. 2016-12-28. (参照2022-10-02)
・石井英真(2022)『高等学校真正の学び、授業の深み』学事出版,p.11