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本気になるから、楽しい!子どもを自発的な学びに誘うプレイフル・ラーニングの力

本気になるから、楽しい!子どもを自発的な学びに誘うプレイフル・ラーニングの力

学校が「大人の価値観を押しつける場」になってはいないだろうか。探究的な学習において、「教員のやりたいこと・楽しいことを押しつける時間」になってはいないだろうか。

そもそも、探究学習こそが真に楽しい学びだよと伝えることも、結局価値観の押しつけになっているのではないだろうか。

自分たちの力で、自分なりの価値観を形成し、自らの人生をつくっていくためには、何においても「楽しめる」人を育てることができれば良いのではないだろうか。

ーーそんな悩みを抱える私たち追手門学院中・高等学校 探究科のメンバーは、「プレイフルラーニング」というコンセプトを提唱し、楽しさの中にこそ学びの本質があると説く同志社女子大学名誉教授の上田信行さんにお話を伺いました。プレイフルのレシピを皆さんにお届けします。

写真:上田 信行(うえだ のぶゆき)さん
上田 信行(うえだ のぶゆき)さん
学習環境デザイナー/ラーニングアーティスト

同志社女子大学名誉教授、ネオミュージアム館長。1950年、奈良県生まれ。『セサミストリート』に触発され渡米し、セントラルミシガン大学大学院にてM.A.、ハーバード大学教育大学院にてEd.M.,Ed.D.(教育学博士)取得。専門は教育工学。1996年〜1997年ハーバード大学教育大学院客員研究員、2010年〜2011年 MITメディアラボ客員教授。著書に『共同と表現のワークショップ:学びのための環境デザイン』(2010,共編著、東信堂)、『プレイフルラーニング:ワークショップの源流と学びの未来』(2013,共著、三省堂)、『発明絵本 イノベーション!』(2017,翻訳、アノニマ・スタジオ)、『プレイフル・シンキング[決定版]働く人と場を楽しくする思考法』(2020、宣伝会議)など。

プレイフルとは「本気」の学び

——上田先生は「プレイフル」という概念を提唱されていますが、そもそも、教育における「プレイフル」とはどういう意味なのでしょうか?

プレイフル(Playful)というと、「おもしろい」や「遊びの」などと訳されますが、私が提唱するプレイフルはそうではなく、何かに本気で取り組んで熱中しているときに感じるワクワク・ドキドキ感を意味します。

なぜ興奮や楽しさを感じるのかというと、本気だから。つまり、何かに熱中しているときの前向きな気持ちが、子どもを自発的に学びに向かわせる、という意味でプレイフル・ラーニングを提唱しています。

インタビューに対して、ご自身の考えを熱く語ってくれる上田先生

——なるほど、プレイフルな学びとは「本気」の学びということなんですね。では、私たちが目指したいプレイフルな探究とはつまり、「本気の探究」ということですね。

その通りですね。自分が周りの世界や目の前のテーマと、どのように関わっていけば楽しくなるか。どうすればプレイフルな状況を生み出せるか、という考え方や姿勢、振る舞いが大切です。探究活動は、ときに大変だし辛いこともある。

本気で知りたいというドライブ、つまり原動力を持たないと、探究はできません。それこそ体を張るくらいに本気でやるから、とてもおもしろいわけで。

もし本気でやれていないのであれば、それはそのプロジェクトを自分ごと化させていないからです。

——子どもたちが学びを自分ごと化するのはなかなか難しいことだと感じています…

探究学習のやり方は難しいですよね。子どもたちにしてみても、何からやっていいのか分からない。ティンカリング(Tinkering)という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

いろいろといじってみる、という意味の言葉なんですが、例えばプログラミングの世界でも、最初からゴールなんてないんです。思い浮かんだことをとにかく試して、いろいろとやっているうちにスイッチが入って、やりたいことが見えてくるんですよ。

なので最初は何をやっているか分からなくていい。ただ、スイッチが入ったタイミングで、「何のためにそれをやるのか」という目的をわたしてあげることが必要です。

——やっている間にスイッチが入る状態を少しでも引き起こすために、最初のテーマ設定で何かおすすめの方法はありますか?

プロジェクトを自分ごとにする1つの仕掛けとして、ソフトウェア開発の3原則というものが参考になるのでご紹介します。

原則(1)
Low Floor:敷居が低く、とっつきやすい。そのテーマにヒョイっと入れる感覚。

原則(2)
High Ceiling:天井が高く、奥も深い。そのテーマに入った先にもまだまだ深掘りできるし上にも行ける世界が続いている感覚。

原則(3)
Wide Wall:多様で幅広い選択肢がある。

探究のテーマというのは、まず敷居が低く、とっつきやすいものがいいですね。

何でもいいよ、だと制約がなさすぎて逆に困ってしまいます。はじめは簡単なものでいいので課題を与えて入り口を作る。

その課題に取り組むうちに、もっと深く掘れるし、高く突き抜けることもできる世界が広がっていることを体感する。さらに、バラエティにも富んでいる。この3点を意識したテーマ設定を考えてみると良いかもしれません。

探究学習の価値とは

——分かりやすいです。上田先生は、探究学習の価値をどのようにお考えですか?

私が考える探究とは、Reflective Practitioner(熟考する実践者)を育てることなのではないかと思っています。今の時代、どれだけ知識を覚えて頭に入れるかという学習方法は、もはやほとんど意味がありません。

自分で知識を生産できることの方がとても大事で、「学び方を学ぶ」ことを徹底するべきだと思うんです。もちろん読み書き算盤といった基礎的な知識は必要ですが、本質的な学びはやはり「経験」がベースになります。

経験したことを内省して省察することによって、自分なりに意味づけをする。このループがスパイラル状に渦を巻いていくことが、探究学習のプロセスになっていると思っています。

——熟考する実践者を育てるためには、どうしたらよいのでしょうか?

実践のベースにあるのは、やはり「経験」なので、まずはとにかく圧倒的に豊かな体験をさせること。探究というとなんとなく論理的なイメージがありますが、認知は面白さに支えられているので、もっと社会に役立ちたいという意思(ソーシャルモチベーション)や感情的な探究が注目されるべきだと思うんですよね。

次に、子どもたちにその体験や経験を言語化してもらい、抽象化・モデル化すること。つまり、メタ認知ですよね。言葉にするのは非常に難しいのですが、言葉にして初めて意味づけられるので、特にここの能力は重要です。ぜひ先生方にも、子どもたちに抽象化・モデル化するトレーニングをやっていただきたい。

最後のステップは、自分が作り上げたモデルを人に語ること。この3ステップが循環すること、別の言い方をすると、アクティビティー(活動)とモデル(抽象化)とセオリー(理論)あるいはフィロソフィ(哲学)が3層構造になっていないとダメだと考えています。

自分の活動を抽象化して、自分なりのモデルを作り、さらにそれを社会の理論や哲学、ものの見方や考え方と結びつけていく。これを循環させることで、子どもたち自身が、自分だけの哲学を探究することができるのです。

——「経験学習モデル」にも通じるお話で、プレイフルという概念も混ざり、なんだかすごく腑に落ちる感じがします。

もう1つ、クラッシュ(Clash)という概念も大切なので触れておきたいのですが、クラッシュは衝突するという意味の他に、議論を噛み合わせると訳すこともできます。相手を打ち負かすのではなく、相手の意見を尊重し、第3の意味を生み出す。

よく代替案としてプランBを考えると言いますが、プランAとBのどちらを選ぶかは、結構難しい選択ですよね。ならば、プランCを出したらいい。

ファンタジー小説を創作するときの発想法で、異なった意味を持つ2つの言葉を掛け算することで新しい発想や意外性を生み出す「ファンタジーの2項式」という手法があるそうです。掛け合わせる2つの言葉の距離感が近すぎたら面白くないし、離れ過ぎたら関係がなくなってしまうので、どの辺でスパークするかを考えると、良いファンタジーが生まれるのだそうです。

つまりは、掛け算。探究学習においても、子どもたちに掛け算をさせたらどうでしょうか。「AさんとCくんを掛け算したらどうなるだろう。何ができるか探究してください」というテーマを設定したら、面白そうじゃないですか? 探究というのは、掛け算の面白さだと思うんです。

別の言い方では、化学反応。議論をクラッシュさせて、化学反応を起こしたところに新しい発想が生まれるのです。

ティーチングデザインからラーニングデザインへ

——そうなると、探究学習における先生の役割も変わってきそうですね。

そうですね。探究学習は、先生が教えられるものではなく、子どもたち自らが経験して自分なりのモデルを組み立てていくものなので、先生方は、子どもたちの探究のプロセスを見守る立ち位置になります。

そう考えると、先生の役割は、知識を教える人という意味でのTeaching Designerから、子どもたちが探究できる場や環境をデザインするLearning Designerへと大きくシフトすることになります。

先生は、子どもたちがより豊かな経験ができる可能性をデザインする。それがラーニングデザインということです。

——上田先生が「プレイフル」を追究するようになったきっかけは何だったのでしょうか?

ハーバード大学教育大学院にいた頃に、師であるキャロル・ドゥエック氏が重視していた2つのマインドセットの概念に出会ったことが、プレイフルの概念を生み出すヒントになりました。

その2つのマインドセットの1つ目が、Fixed Mindset。自分の能力を固定的に捉えて、いくら頑張っても能力の伸びには限界があると考えるマインドセットのことです。

もう1つが、Growth Mindset。磨けば磨くほど自分の能力は伸びると考えるマインドセットのことです。私たちが何か行動するときにこの2つのマインドセットのどちらを選ぶかで、不安を感じてやめてしまうか、挑戦してみようと一歩踏み出すことができるかが決まってくる、というのがドゥエック氏の考え方です。

Fixed Mindsetの人は、“Can I do it? (私にできるか?)”と不安が先行する考え方をしがちで、挑戦しないことで学びの機会を失ってしまう。

一方でGrowth Mindsetの人は、“How can I do it?(どうやったらできるか?)”と前向きに考えて挑戦することで、能力を伸ばすことにつながります。

私は学生たちによく、「ものごとはCanではなくHowで考えなさい」と言うのですが、できないと思ったら何も進まず0歩だけれど、どうすればできるかを考えるだけで1歩前進なんです。

——ものごとに対する考え方や心の持ち方を意味するマインドセットは本当に大切だと思いますが、どちらを選ぶとか、そう簡単に切り替えられるものなのでしょうか?

おっしゃる通り、マインドセットはなかなか変わらないので、学生にはアプリだと思えばいいと話しています。普段はFixed Mindsetの人なんだけど、「よし、今日はGrowth Mindsetのアプリを入れて、前向きな心持ちでいこう」う感じで、それが嫌だったらアンインストールして、また新しい考え方をインストールすればいい。今風でしょ(笑)

でも、それでいいんです。自分を変えることは難しくても、変われるんだという思いは絶対なんですよ。

——ある意味、自分を信じるということに近いですね。

その通りで、成長的なGrowth Mindsetを持っている子と、否定的なFixed Mindsetを持っている子の大きな違いは、結局は自分を信頼しているかどうかだと思うんです。

例えば、算数の難問を解いていてすぐに諦めてしまう子というのは、結局「私は算数が苦手だから解けないのは当たり前」とどこかで諦めているからです。「解けないのは絶対にやり方がおかしいからだ。もっと頑張ってみよう」と粘れる心持ちになれば解ける。

つまり、できないのは算数の認知的な問題なのではなくて、自分を信じきっていないというところにあるのではないかもしかしたら、本気で取り組めない子どもたちは、自分を信頼していないからなのかもしれません。

学校は「憧れ」に近づく希望の場

——「教育」や「学校」について上田先生が今思うことはどんなことですか?

ロシアの心理学者・ヴィゴツキーの「発達の最近接領域」という考え方をご存知でしょうか。

子どもに対する教育は、子どもの現時点の能力に合わせて行うのではなくて、これから発達するであろう段階を水準として行う方が好ましい、という理論のことです。この、子どもがこれから発達するであろう段階や範囲のことを「発達の最近接領域」といい、教育そのものが、その発達を押し上げているというイメージなんです。

この理論にヒントを得て、私は「憧れの最近接領域」という概念を作りました。憧れの人や場の近くに身を投じることによって成長する、という考え方です。

例えばジャニーズでいうと、ステージに立つ『嵐』の後ろにジュニアの面々がいますね。彼らは憧れの先輩のそばにいるから、「次は俺の番だ!」とやる気にエンジンがかかる。

つまり、ジュニアの彼らにとっては、『嵐』の後ろが「憧れの最近接領域」なんです。「憧れ」のそばに行くことが大事であり、「憧れ」の人たちに囲まれていると、いずれ必ず「憧れ」に手が届く。

ただ、これは1人で実現してもなにも面白くないんですよ。皆で達成するからいいんです。そう考えると、私は、学校が「憧れの最近接領域」であってほしいと思っています。

学校へ来たら元気が出る。自分を表現できて、自分は誰かの役に立っているという感覚を持てるようになる。それが学校の役割だと思います。自分が憧れている世界に、行動を通して近づいていける感覚を味わえること。それこそが希望だと思うんですよね。

——学校が子どもたちの「憧れ」の場所になれるように我々教員も頑張ります!最後に、全国の先生方にメッセージをいただけますか。

先日、あるプロジェクトで、「未来の小学校」について考えてほしいという依頼を受けました。ただし、学習環境デザイナーとしてではなく、ラーニングアーティストとして。

取材中の追手門学院中・高等学校 探究科の先生と、上田先生

デザインとアートは何が違うのかと聞いたところ、デザインはソリューション(解決策)で、アートはクエスチョン(問い)。解決策はいらないから、今ある世界観を変えるような、誰も見たことのない問いを出してほしい、という話でした。すごく解放された気分だったし、勇気をもらいました。

先生方には、探究とは問いを探すアートであり、生徒一人ひとりがアーティストなんだという風に認識していただけると良いと思いますし、先生ご自身も、世界を変えるような問いを発見するプレイフルな探究アーティストでいてほしいと思います。

そしてもう1つ。私はロックという言葉がとても好きで、「学びはロックンロールだ!」とよく言っています。子どもたちに教育目的は何かを伝えるよりも、既成概念を揺さぶり、「憧れ」に火をつけ、議論をクラッシュさせて世界を変えたい、ロックしたいという姿勢。先生の皆さん、そんなロックな姿勢でいきましょう!

〈取材・文=O-DRIVEチーム/写真=ご本人、O-DRIVEチーム提供〉