PBL成功の鍵は、モチベーション!子どもたち一人ひとりの興味関心に寄り添い、モチベーションの最大化を
教育現場でここ数年話題になっているのがPBL(Project Based Learning)と呼ばれる教育手法だ。
正しい答えにたどり着くことが重要ではなく、答えにたどり着くまでの過程(プロセス)が大切であるということで、1900年代初頭にアメリカの教育学者ジョン・デューイが初めて教育現場で実践に取り入れたとされている。
日本でも新学習指導要領で注目された「アクティブ・ラーニング」や「生徒主体の学び」を実現させることができる教育手法として、注目を集めている。
しかし注目される一方で、何から始めればいいのか、どのように実施したらいいのか、どうやったらうまくいくのかがわからないといった悩みを抱える先生は少なくない。
そこで、学校の勉強は一切教えず、子どもたち一人ひとりの興味・関心に沿って、多様なプログラムを提供されている、プロジェクト型学習の放課後教室「studioあお」を京都で運営されている川村哲也さんに、4年間蓄積してこられたPBLのナレッジや実例を紹介いただきながら、PBLを実施する上で出現する壁の種類とその越え方などについて、伺った。
10歳からの社会教育「studioあお」、寺社仏閣でのテクノロジー教育「寺子屋LABO」、スタジオアル@立命館大学OIC、企業とのコラボ案件などなんかいろいろやってる。
心が大きく動いているときが、大きな学びのきっかけになる
——まずはじめに、「studioあお」について教えてください
京都市で、2016年から放課後教室「studioあお」の運営をしています。「全ての才能が開花する、多様性に溢れる社会」の実現に向け、当教室を立ち上げました。
教科書や参考書に縛られず、本人の興味・関心に沿った学びをサポートしています。生徒一人ひとりのやりたい!に伴走しているので、プロジェクトもばらばらなら、進行スピードもばらばらです。
そのため、「studioあお」の生徒数は50名限定で、それ以上は募集しないようにしています。この4年間で多くのプロジェクトが立ち上がりました。
——これまでにどのようなプロジェクトが立ち上がったのでしょうか
例えば、生徒の中に「マウイイワスナギンチャク」の研究をしている中学生がいます。マウイイワスナギンチャクは世界一の毒を持っているイソギンチャクで、フグの毒の60倍も強いらしいんですよね。
そこで、その生徒は疑問を持ちました。
マウイイワスナギンチャクが生息している海域を人間が泳いだだけで入院してしまう事例もある中で、人が泳げるようになるにはどうすればいいのか、と。
そこで研究を始めてみると、カクレクマノミの生態にヒントがあって、どうやらマグネシウムがキーポイントになるという先行研究を見つけました。
そこで彼は、マグネシウム繊維を使ったダイバースーツの開発をしようと、日本で数少ないマグネシウム繊維を扱う山口県の企業さん自分で連絡を取ったりしていました。
——中学生がですか!?すごいですね。
そうですね、でも、本来どんな子どもたちにもできることだと私は考えています。
他にも、ある2人の女の子は「ペットの葬儀キットを作って販売しよう」というプロジェクトを立ち上げ、進めています。
もともとは別の子たちが「卵を孵化させよう」というプロジェクトを立ち上げ、孵化した卵から生まれたニワトリを飼っていたのですが、そのニワトリが急死してしまったんです。
あまりのショックな出来事に泣きじゃくる生徒たちを見ていて、心が大きく動いている貴重なタイミングだからこそ、この機会が大きな学びのきっかけになるのではないかと思いました。
そこで生徒たちに「どうしたい?」と聞くと、「なぜ死んでしまったのか知りたい」と答えたので、「じゃあ自分たちで方法を考えてごらん」と投げかけました。
すると生徒たちはなぜ死んでしまったかを知る一つの方法として、病理解剖というものがあることを知り、自ら病理解剖医に電話をかけてアポを取り、実際に教室で解剖してもらう機会を作っていました。
その結果、ニワトリは熱中症で死んでしまったということがわかったんです。
世の中が劇的に変化しているのに、教育がなかなか変化できずにいる
——まさにPBLですね
そして次に、「お葬式をしたいね」という話になったんです。でもペットのお葬式について実際に調べてみると、ペット霊園に入れるとなると数万円の費用がかかり、お金をかけずに庭に埋めようと思っても京都にはそもそも庭がある家自体が少ない。
そんな問題意識から、手軽な値段でペットのプランター葬ができるキットを作り、インターネットで買えるようにしようというプロジェクトが生まれました。今、Amazonでの販売を目指して、準備をしているところです。
その他にも、プロ野球チームを人気にさせる「勝手にオリックス広報部」プロジェクトや、水族館に行けない子どもたちを対象にした「会いに来る水族館」プロジェクトなど、個々の興味関心に沿ったプロジェクトが生まれています。
——川村さんは、なぜPBLに着目した事業を手がけようと思われたのですか
まず、今世の中が劇的に変化しているのに対して、教育がなかなか変化できずにいるという事実があります。
僕自身も社会に出て、学生時代に学んだこととのギャップを感じたことも多くありました。
工業社会には、工場で作業する人が活躍する時代で、容量と機密性とスピードが求められていました。それが試験にも反映されて、今でもその風潮が残ったままなんですよね。
でも、今の世の中に求められている価値は、あの頃とは全く違う。
新しい問題を発見して、自らその問題に挑んでいく力が必要とされているのに、今の教育ではその力を伸ばす機会が少ないなと思ったんです。学校の学びの多くが、教科学習といった体系化された学びが中心になってしまっている。
そこで、今の世の中に合った細分化された課題に対してモチベーション高く取り組める教育の場を作りたいと思い、この事業を立ち上げました。
実はPBLに着目して始めたわけではなく、結果的に僕がやっていたことがPBLという教育手法にカテゴライズされているというのが正しいと思います。
ただ、studioあおで大切にしているのは「パーソナライズドPBL」という考え方です。
パーソナライズドPBLは、ルール無用の自由研究
——パーソナライズドPBLですか
工業社会から情報社会、そして今、創造社会に突入しようとしています。
一人ひとりが新しい社会を創造していける時代に、新しい社会を創ろうと思ったら「新しいハテナ」、つまり新しい問題提起が必要です。
でも、そんなに簡単には見つからないんですよね。新しいハテナを見つけるには、個々のモチベーションに沿いながら、より深くて長い思考が必要になります。それを引き出すのが、パーソナライズドPBLです。
みんなの興味関心に沿うのではなく、一人ひとりの興味関心を大事にすることが重要なので、パーソナライズドを付け加えています。
簡単に言えば、ルール無用の自由研究のようなもの。人の手をどんどん借りて、人生最大のアウトプットを生み出そうというのが基本的な考え方です。
——川村さんは個々の「モチベーション」を大切なキーワードとして取り組まれているように思います。なぜモチベーションを大切にされているのでしょうか
これからの学びにおいて、モチベーションは非常に重要なキーワードになると思っています。これは、テクノロジーの進歩が関係しています。
人の能力はもともと持ち合わせている素質や、育った環境などにより、バラバラです。それが個性だし、アウトプットの質もその能力によって異なっていました。
しかしテクノロジーが進歩した今、その能力の差はテクノロジーで埋められるようになったんです。
例えば、デザインセンスの有無に関わらず、アプリケーションを使えば誰でも簡単に、一定のクオリティのデザインを仕上げることができるようになりました。iPhone1つあれば誰でも綺麗な写真が撮れる時代です。
今までは凹凸だった能力が、テクノロジーの進化によって横並びで高い数値を叩き出せる時代になっています。 そうなった場合に、何でアウトプットの差が生まれると思いますか?
それが、モチベーションです。
——確かにモチベーションが高い人の方が、より量も質も高いアウトプットをされている気がします
「〜がしたい」というモチベーションさえあれば、たいていのことは実現できます。
「マウイイワスナギンチャク」の研究を例にとると、毒の成分を調べたいと思ったらGoogleで調べればある程度のことが分かりますし、誰か研究者にもっと詳細な内容を聞こうと思ったら、メールの書き方から簡単に調べられます。
極端な話、10歳から社会の一員になれるのです。テクノロジーの進歩が目まぐるしい今、モチベーションの重要性を強く感じています。
——確かにテクノロジーの進歩は、今後の学校教育にも大きな影響を与えそうです
そうですね。むしろ今まで学校の役割だった教科学習は、テクノロジーが進んだ今、家でも十分にできてしまうと個人的には思っています。
スタディサプリや、教え方のうまい有名な塾の先生が動画アプリケーションを通して、教えてくれますからね。だから僕は、学校の授業の多くを探究学習やPBLにしても良いのではないかと思っています。
PBLや探究学習のような、まだわかっていないことへ向き合うときって、絶対に多くのハードルが立ちはだかるんです。
そのハードルを一人では超えることはなかなか難しいので、そのハードルの超え方を学校で多くの人にサポートしてもらいながら進めていくのがいいんじゃないかなと思っています。
モチベーションが全くない子どもはいない
——studioあおは10歳を一つの基準にして事業をされていますが、実際に学校でPBLを導入する場合、小学校の低学年でも可能だと思われますか
studioあおで10歳を一つの基準にしているのは、10歳頃から物事を概念化して捉えることができるようになるという考えからです。
PBLには、①問い、②発想、③実装というフェーズがあると考えているのですが、やはり最初の「問い」と「発想」がとても重要になります。
逆に言うと、どんな問題意識にどんなアイデアで向かっていくかさえ決まれば、あとは進んでいきます。ですので、「問い」や「発想」を生み出せる10歳という年齢を一つの基準にしています。
学校教育で考えるとPBLを始めるには高校では遅いし、中学校でもギリギリかなと思っています。
小学校でいうと5〜6年生の方が質の高いアウトプットを生み出せると思いますが、低い学年でも失敗を受け入れる姿勢を持って取り組んでみるといいのではないかとと思います。自由研究は小学校1年生でもやっていますからね。
——「問い」が立てられるように、関わる大人はどのようにサポートするといいでしょうか
今の日本の教育で育つ子たちは、自分の好きなことや将来何になりたいかなどを聞かれて育っているので、自分が好きなものが何かは、結構書けたりするんですよ。ゲームとかサッカーとか漫画とか。それをより具体化させていくことが重要です。
具体的にしていく手法としては、「彫刻的質問」というのを大事にしています。いわゆるミケランジェロの「ダビデ像を作るのではなく、ダビデ像はそこにあるのだからそれを取り出すのだ」という考え方です。
生徒たちの内に秘めた問いを見つけるために、「昨日は何してた?」「楽しかった?」「いつから?」とどんどん質問を繰り返すことで、自分では気づくことのできない感情の揺れ動きをフィードバックしていきます。
すると、「3日連続同じアニメを見ているな」とか「アニメの中でも戦国時代が好きだな」と気づき始めるんです。そんな風に、自らの問いを言語化していくお手伝いをするようにしています。
学校でPBLを始めるにあたっては、この流れをワークシート化していくといいでしょうね。
——ちなみに、学校はどのように評価(フィードバック)すればいいのか悩まれるポイントだと思うのですが、studioあおでは評価はどうされていますか
studioあおでは、独自の評価項目を作っています。
PBLにおける成長段階には、3つのフェーズがあると思っています。まず、何がやりたいかがわかっていない子たちを育むフェーズを「モチベーションフェーズ」と呼んでいます。
僕の仮説では、モチベーションが全くない子どもはいない。必ずどの子も小さなモチベーションの火種を持っているんです。その小さな火種を見つけて、どんどん酸素を送り込んで火を大きくしていくのが僕らの役目だと思っています。
そしてモチベーションが言語化されてプロジェクトを始めてみたときに、実際にやってみて気づくことって多いですよね。意外と面白くないとか、これって世の中にすでに似たようなものが存在するな、とか。そういう気づきが多くなるフェーズを「エウレカフェーズ」と呼んでいます。
そして明確にこれでやろうと決まって突き進んでいくフェーズが「インパクトフェーズ」。
先ほどの葬儀キットを作ろうというアイデアが生まれた例でいくと、病理解剖医を呼ぼうとか、ペット霊園に入れようかとか試行錯誤している段階が「エウレカフェーズ」で、そのときにペットの葬儀キットを作ったらいいんじゃないかと閃くのがまさにエウレカです。プロジェクトの方向性が明確に決まって突き進んでいる今が「インパクトフェーズ」です。
そういった成長段階を踏まえ、主に“自分でプロジェクトを推進できる”という「主体性」と、“新しさがあるか”という「創造性」、そして“社会的価値を意識しながら取り組めているか”という「社会性」の3つを柱にして、それぞれにポイントをつけて評価しています。
それを見て、その子がどのフェーズにいるかを把握しサポートするようにしています。
——最後になりますが、学校でPBLを行う際の先生の役割として大事なポイントを教えてください
まず大事なのは、最初から大成功させようなんて絶対に考えないこと。
PBLはわからないことにどう取り組むかという姿勢を育てることが大切です。
初年度なら、クラスの中で1〜2名のプロジェクトが成功すれば十分です。そしてできればその1〜2名は、放っておいても勝手にできるような子たちではなく、少し手をかけなきゃできないような子たちを成功に導いてあげてほしいですね。
次に、プロジェクトはできる限り一人で進め、その意思決定は生徒にさせるということです。
人は、自分で決めたという認識がないと、失敗したときにも振り返ることをしません。これでは、PBLは全く意味がない。
もし小学生で意思決定をするのが苦手だという子には、隊長とかリーダーというあだ名をつけてあげてください。そうすると、多くの場合、その役割を演じて意思決定ができるようになります。
そしてもう一つ、notの少ない、心理的に安心安全な環境を作ることも重要です。
PBLをサポートしていく上で、子どもが先生に「何を話しても大丈夫」という安心感を持つことが欠かせません。否定のない環境の方が創造性を育みやすい。
そして最後に、世の中の多くのことはまだ謎だらけで解明されていないことが多いという事実を教員自身がマインドセットすることです。
子どもたちと共に学びながら、教員自身が分からないことに対して楽しんで進む姿勢を持つことが大事だと思います。
川村さん率いる「studioあお」で、3年後のPBLを考えるコミュニティを運営されています。興味のある方はこちらより詳細をご確認ください。
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