「学習する組織」のコンセプトをベースに、新しい学校モデルの確立を目指す札幌新陽高校の軌跡
「人物多様性」をビジョンに、「本気で挑戦し自ら道を拓く人の母校」をミッションに掲げる札幌新陽高校では、マサチューセッツ工科大学のピーター・センゲ氏が提唱する「学習する組織」のコンセプトをベースに、2021年4月から学校変革に取り組んでいる。
職員会議をなくす代わりに教職員の対話の場をつくったり、ビジョンの策定から共有を重点的に行うなど、新しい学校モデルの確立に挑戦している。
教育内容・組織・業務の3つの変革を同時に進める同校で校長を務める赤司展子さんに、「学習する組織」のコンセプトを活用しようと思った理由や、具体的な取り組み内容について話を聞いた。
早稲田大学卒業後、三井物産、アルフレックスジャパン、UBS証券を経て2007年PwC Japan入社。2014~16年、PwCの社会貢献活動の一環で福島県双葉郡教育復興ビジョンの具現化を推進。2018年ウィーシュタインズ株式会社を創業し“学びの多様化”に取り組む。2021年4月より札幌新陽高等学校(以下、札幌新陽高校)の学校長を務める。
ビジョンをつくる、共有することが全ての第一歩
——なぜ「学習する組織」のコンセプトを活用して、学校変革に取り組もうと思われたのでしょうか?
私はもともとビジネスの現場で、経営コンサルタントとして働いていました。
企業の経営に対してアドバイスをさせていただく仕事ですが、組織やマネジメントのコンサルタント業界の中では、「学習する組織」の書籍は必読書のような存在でした。全世界で300万部以上発行されており、有名な経営書の一つとして私も目を通していました。
そのような中で、本校の校長に就任することが決まり、以前よりメンターのように慕っている21世紀学び研究所代表の熊平美香さんに校長になることを報告したところ、「学習する組織」のコンセプトを活用した学校変革のアイデアをいただきました。
もともと汎用性の高い新しい学校モデルを確立したいと考えていたこともあり、熊平さんのご協力のもと「学習する組織」のコンセプトを実践してみようと思い立ちました。
——「学習する組織」のコンセプトは、具体的にはどういった内容でしょうか?
「学習する組織」には、歩みを止めない組織づくりに必要な5つの要素が示されています。それがシステム思考、自己マスタリー、メンタルモデル、共有ビジョン、チーム学習の5つです。
「学習する組織」のコンセプトはある程度「型化」されているので、学校現場でも導入しやすいと思います。世の中で広まっていて、ある一定の人が使いやすいと思っている型は汎用性もあるので、導入の一つの決め手になりました。
型から自分たちでつくると、検証期間も必要ですし、属人的になりかねないので、誰でも取り組める型だったというところも「学習する組織」のコンセプトの魅力です。
本校では、熊平さんと、株式会社リクルートでR&D組織HITOLAB(ヒトラボ)を設立し「人と組織」に関わるプロジェクトを進める福田竹志さんのお力も借りて、教員向けの年間のプログラムを設計しました。
——貴校の場合は、「ビジョンの策定」を起点に「学習する組織」づくりをスタートされたんですね。
そうですね、これは3人が合致したところで、「ビジョンをつくる」そして「ビジョンを共有する」のが、全ての第一歩だと考えています。それは「なぜやるか?」が示されていることが大事だということです。
どこに向かっているか分からない状態では、何か重大な問題や緊急なことが起きたときに、指示がないと動けない状況をつくってしまいます。
ビジョン・ミッションと照らし合わせたときに、自分はどういう行動をとるべきかを、組織の一人ひとりが考えられるようになっている必要があると思っています。ですので、ビジョンはキャッチフレーズではなく、言葉に含まれた意味や意図も含め、みんなで日々共有していくことが重要です。
個人のビジョンと組織のビジョンの重なりが「働きがい」を生む
——貴校では、ビジョンに「人物多様性」を掲げていらっしゃいますね。
2030年に向けたビジョンとして「人物多様性」を、スクール・ミッション(存在意義)に「本気で挑戦し自ら道を拓く人の母校」を掲げています。
どんな問題が起きても、まずはビジョン・ミッションに重ねたときに、「本当にこれは多様性を尊重できている取り組みか?」とか、「これは生徒が自ら道を拓くことにつながる話か?」など、当てはめて考えたら大概のことが判断できる基準であるべきだと思っています。
そして組織としては、組織のビジョンをつくり共有するだけでなく、個人のビジョンも大切にする必要があります。
——個人のビジョンですか。
人生における個人のビジョンや、仕事をする上でのビジョンってあると思うのですが、それと組織が掲げるビジョンとの重なりが、働く上での働きがいやモチベーションにつながると考えています。
もしかすると、重なりが全くないならその組織で働くのは向いていないかもしれない。でも逆に100%重なっている必要もなくて、大切なことは自分のビジョンを認識していること。そして、組織も個人のビジョンを理解していること。そういった関係性が大事だと思います。
でも、自分のビジョンを認識する時間や言語化する時間って、日々の中でなかなか捻出できないですよね。
そこで本校では、2021年から職員会議を止めて、代わりに月に1回、教職員が集まり同じ時間を共有しながら対話をする「中つ火(なかつひ)を囲む会」を始めました。
毎月第3水曜日に2時間ほど使って開催しており、来年度のスケジュールにも組み込み済みです。
——職員会議はなくしてしまっても大丈夫なものでしょうか?
校長に着任する以前から、連絡事項の伝達に終始してしまう職員会議に毎回1〜2時間の時間を使ってしまうことに課題を感じていました。
特に本校は校務のデジタル化が進んでいるので、集まらなくても情報共有できる仕組みがあります。そこで思いきって定期的な職員会議をなくしました。イベントや入試などの大きなイベントがあるときには臨時の職員会議を開いています。
ちなみに、職員会議で行っていた連絡事項の伝達は、主にGoogle for Educationのチャット機能や、Googleスプレッドシートで作った日報に情報を集約しています。その内容を見ながら、朝の打ち合わせで共有するようにしました。
もちろん全てうまくいっているわけではなく、課題も常にあるので、日々改善しながら進めています。
日々の「記録」が、成長を可視化する
——職員会議をなくす以外にも、業務改善に取り組まれているのでしょうか?
業務の改善は、割と日々の中でやっていますね。
私は企業で働いていたこともあり、学校の当たり前に違和感を持つことがあるので、「どんな目的でそれをやっているの?」「そのやり方しかダメな理由って何?」など、質問し続けています。
私の一つの役割でもあると思っていますが、校長になって1年が経つので、感度が鈍ってきている感覚もあります。「社会に開かれた教育課程」と言われますが、教育内容だけでなく、業務改善や学校運営においても学校はもっと外部の力を積極的に借りるべきだと思います。
本校でも、プロボノ(社会人が仕事を通じて培った知識やスキル、経験を活用して社会貢献するボランティア活動全般)で前職の仲間に協力してもらっています。
——赤司さんは、日々の学校の様子をつづったブログ「週刊新陽 校長室から」をnoteで発信されていますね。大変興味深く拝見しています。
ありがとうございます。多くの方に本校のことを知っていただきたいという思いで発信をしていますが、実はそれが在校生や保護者、働いている仲間や取引先とのエンゲージメントの高まりにつながっていると感じています。
実際に発信を始めてから、生徒が声を掛けてくれることが増えましたし、SNSでシェアをしてくれることもあります。教職員からも「今度こういうイベントがあるので、ぜひ見に来てください」など、お誘いを積極的にいただけるようになり、コミュニケーションが増えました。帰属意識の高まりも感じています。
また、日々の取り組みの「記録」という意味でも価値があることだと感じています。
——それはなぜでしょうか?
個人の変化も組織の変化も、劇的に今日と明日で変わるものではないですよね。徐々に変化するものです。
だからこそ、成長する前のことはみんな忘れてしまって、どうしても今できていないこと、足りないことに目が向いてしまいます。
だけど、以前と比べたらみんな進化しているし、成長しているはずなんですよね。そういったことに気づけるように、取り組んできたことはできる限り記録に残したいと思っています。
——最後に、貴校のような学校変革に取り組みたいと考える読者に、メッセージをお願いします。
本校の取り組みについては、先ほどご紹介したブログや、NewsPicks Educationさんのnoteブログでも詳しくご紹介しています。
学習するクセが組織に身につくことが「学習する組織」の一つの目的で、学習するクセが身につくと、カリスマ校長やエースがいなくても自走する自律型組織をつくることができると思います。
私自身カリスマリーダータイプではなく、汎用性の高い取り組みにしたいと思ってやっていますので、参考になれば幸いです。
本校も未完成ですが、これからも未完成で未成功だと思います。でも失敗じゃないんですよね。
常に挑戦者として、ファーストペンギンであろうという話をみんなでしています。歩みを止めないための組織づくり、全国で取り組みを共有し合いましょう!
〈取材・文=三原 菜央/写真=穴澤 栞〉
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